不眠と “うるおい” と母乳

【質問】
5才の一人娘の母 (47歳) です。
娘を完全母乳で育て、卒乳は3才半くらいでした。卒乳するまでは夜中なんども母乳をせがまれまた寝るという生活で、毎朝寝た気がせず…でした😅。
ところがいざ卒乳してみると、娘は朝まで起きずに寝るようになったのにもかかわらず、私は2、3時間おきに目が覚めるというのが続いています。
朝まで2〜3回、目が覚めてトイレに行きます。
寝てから朝まで起きずにぐっすり寝たいのですが…。
何かアドバイス頂けたら大変幸いです。

・起床は何時頃ですか? …6時から6時半頃です。
・就寝は何時頃ですか? …10時くらいにはベッドに入るようにしています。
・寝付きはいかがですか? …寝付きは非常に悪いです。それは若い頃からです。
・トイレに行きたくて目が覚めますか? …常に睡眠が浅い感じでなんとなく目が覚めて、目が覚めるとトイレに行きたくなります。トイレに行きたくて目が覚めるという感じではないように思います。

まず、就寝と起床の時間は問題ないようですね。この努力を続けてください。

不眠の原因

なぜ眠れないか…ですが、東洋医学的に見ると “うるおい” が足りないのが原因です。胸 (心) にうるおいがあれば、落ち着きます。落ち着けば、自然と眠りにつきます。

この “うるおい” のことを、東洋医学では「血」と言います。

寝付きが悪い人、寝付けるが夜中に目が覚める人、2つのタイプで考えましょう。

肝火・心火型

カッカすると誰でも寝付けないですね。 “落ち着きのなさ” は「邪熱」です。熱があると乾きますね。潤いがなくなる。血が消耗するのです。邪熱が原因で、結果として血が足りなくなる。

怒傷肝.<素問・陰陽應象大論 05>

ちなみに、食べすぎでも邪熱が生じます。胃に熱がこもり、熱は上に昇る性質があるので、上にある心の潤いを乾かし、寝付けなくなります。

急な心配事があっても寝付けないですね。考えすぎて頭で血を使いすぎたり、焦燥感から邪熱が生じたりします。いずれも心の潤いが足りずに眠れなくなります。

気血両虚型

邪熱がないのに血が足りないこともあります。血というのは正気 (体力) なので、つまり体力がもともとない…ということです。

血 (燃料) が足りないと気 (元気) も足りなくなります。

元気が足りないと、気を失うように眠ってしまいます。一方で、血 (うるおい) が足りないので眠れません。

つまり寝付きは良くてもすぐに目が覚めるのです。

質問者は邪熱と血虚が両方あって、寝付きの悪さは邪熱を、夜間覚醒は血の不足を想像させます。気の不足はなさそうですね。いずれにしても、血 (うるおい) に余裕がなくなっていると見ていいと思います。

うるおいの余り

女性の生理は、この “うるおい” の余りから作ります。余りとは、貯金に余裕があるということです。しかし、余りがないのに無理に “放流” する場合もあります。この場合は、生理の後半に体調の悪化が見られます。

このうるおい、つまり血を材料にして胎児は多くなり、産後の母乳も血を材料にして作られます。これらも “余り” から作るのが本来の形です。しかし、生理でもそうだったように、余裕がないのに なけなしのもので無理やり作る…ということもありえるのです。

産多乳衆

中医学では “産多乳衆” は精血を消耗する…と説きます。つまり、出産回数が多く、母乳をたくさん出すと、血が消耗してしまうのです。質問者の場合、40歳を過ぎての妊娠出産ですので、 “産多” でなくても意味は同じです。高齢になればなるほど精血は弱くなっていくからです。そのうえに、45歳まで、3年以上に渡る授乳…ということです。

血 (うるおい) が母乳とともに流出した可能性があります。僕の臨床では、脈で体の声を聞いた上で、授乳をやめるよう指導する場合があります。

血の不足があると、イライラしたり落ち込んだりしやすくなります。つまり、母親の体がシッカリしなくなれば、結果として育児に悪影響を及ぼすことになるのです。健全な子に育ってほしい! という願いを優先したいのであれば、母子双方のバランスを取ることが第一義です。一方に偏ってはなりません。

母子双方のバランスを取った上で、卒乳の時期を見極めるべきでしょう。ですから、時期はその親子それぞれです。

うるおいを増す方法

血の不足がある。でも、赤ちゃんはほしい。母乳も与えたい。ならばどうすればいいかというと、 “その他のこと” で血の消耗を減らす。燃費を良くして燃料の余りを作る。いきなり母乳をやめるのではなく、まずそれから考えるのが順序でしょう。

“その他のこと” とは何でしょう。

◉出血をなくす。出血は血虚の原因になります。だから母乳を与えている間は生理が止まりやすいのですね。これは体が勝手にやるものなのですが、生理病理を知っておくことは大切です。母乳を与えているのに生理が復活するということは、血の余りができているか、もしくは放流してはいけないのに誤って放流が開始されてしまったかです。誤った放流のことを疏泄太過と言います。

五志過極をなくす。五志過極とは、喜びすぎ・起こりすぎ・考えすぎ・悲しみすぎ・恐れすぎ…のことです。これら過度な精神活動は、大量の燃料 (血) を消耗し、しっとりとした潤いを失わせます。お肌の潤いにも、お通じの潤いにも影響します。気をつけたいですね。

眼の使いすぎをなくす。画面の見すぎ…これが盲点です。ゆったりとした自然の景色を眺めるのは心が潤いますね。でも小さな人工的な画面はその逆です。これからの時代は、これに因する病気が増えて来る可能性があります。

久視傷血.<素問・宣明五氣 23>

◉食べ過ぎをなくす。寝る前だけでなく普段から気をつけるべきです。飲食物が体の持つキャパを超えると、過剰分が溢れて循環ルートに乗れず、すぐに排泄できません。日中で片付かなければ、夜の残業として夜間尿が増えます。食べすぎがなくとも、キャパの小ささそのもの (腎虚) が問題になることもあります。

◉運動し過ぎ (動き過ぎ・労働し過ぎ) をなくす。運動は健康であるための必要条件です。しかし投資と同じで、もうけが期待できる分、リスクを伴います。投資が身の丈に見合わなければ、運動のしすぎ、仕事のしすぎ (労倦) となります。これは脾を傷ります。脾は気血生化の源で、血を生み出すところですので、そもそも血が作られない…ということが起こります。食べ過ぎも動き過ぎもダメなんですね。

飮食勞倦.則傷脾.<難経・四十九難>

今ここに挙げたものは、血を養うとともに、現在の不眠を治すためのものでもあります。

不眠には意味がある

ああ、そしてもう一つ、いちばん大切なことを忘れるところでした。

眠れても眠れなくてもいいから、夜ふかしせずに早く床につく。そして、夜が明け明るくなったらできるだけ起床することです。

夜眠れなくても、暗くして横になってさえいれば、血を養うための大切な時間であるということです。

眠れなくてもいい?  をご参考に。
陰を養う方法 をご参考に。
うまくいかなくていい をご参考に。
早く寝なさい! をご参考に。

日中の忙しさの中では修復できない体の “滞り” があります。夜、覚醒した状態で、しかも真っ暗な状態で、フトンに横になっている…この状態でなければ修復できないものがあるのです。道路工事も夜間しかできないことがありますね? 事情があるのです。昼間はできない。だから夜に目を覚まさせてやるしかない。熟睡していると工事ができないのです。

体には事情がある。だから眠れない。それは道路をきれいにし、滞りをなくすための工事です。この道路がないと、「こころ」に潤いを届けることができないのです。

でも我々はそんなとき、その工事の邪魔をします。眠れなくてカッカしたり心配しすぎたりするんですね。起きてテレビを見たり片付けをしたりする。こうなると、血は消耗するし、工事は進まないし、良いことがありません。

夜の眠れないつらい時間は “自分と向き合う” 大切な時間です。自然の流れに身を任せ、カッカしない。心配しすぎない。食べすぎない。スマホに逃げずに自分と向き合う。

寝たい寝たいと焦るのは損だ。眠れなくてもいいから体のやりたいように任せよう。そんな気持ちで時を過ごせば、やがて工事も短時間で終わり、眠りにつくものです。目覚めは… 寝ていない割にはスッキリするかもしれません。

そういう方向に舵を切った瞬間から、血の消耗はV字回復に転ずるからです。

 

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