あれから2年が経とうとしている。以前に増して元気でお過ごしの当該患者をみて、また奇跡的とも言える腎機能の回復をみて、あのメールのやり取りがその源流をなしていたと、そう思えてならないのである。
人工透析はeGFR10以下が基準となる。以下メールやり取り当時 (2023年4月) 、当該患者はeGFR8まで下がり、医師から何度も人工透析を勧められた。しかし透析を受けること無く、その後ゆっくりと上がり続け、2025年1月現在eGFR18まで回復したのである。通常、一度失われた腎機能は、回復することはない。
本ページ内容に反論したい人は、この程度の自験例を提示したうえで堂々とお願いしたい。机上の空論では話にならない。
生死のはざまにある必死さがある。それをそのままお伝えするために、誤字の訂正はあえて行わず、原文のままとした。
2023/04/07 12:56
こちらから失礼します いつもお世話になっている●●です。ただ今 入院中でして どうしてもききたい事がありまして 失礼を承知で連絡しました 病気の相談 聞いていただけますか
2023/04/07 13:15
症状ですが金曜日から39℃発熱続き 胸に痛み広がってきたと感じ近大病院受診 心臓まわりに水が溜まってるとCRP18 水を減らしていくには 入院中の私にできる事 教えてください このままではステロイド治療になりそうです アドバイスよろしくお願いします もききたい事がありまして 失礼を承知で連絡しました 病気の相談 聞いていただけますか
2023/04/07 17:04
腎臓も弱ってるらしく このままステロイドしないと 内臓が弱っていくのを見てるだけになると 言われパニックになりました 何回も連絡して申し訳ないです この急場はもうステロイド治療踏み込むしかないですね
2023/04/08 19:23
▲▲です。いつもお世話になります。 先生… ●●さんが、心臓周りに水が溜まって、もう肺も白くなってきて、酸素も付けてるそうです。 このままじゃ死ぬかも…なんて、弱気な事も言い出して… どうしたらいいやら… 薬の治療ももう始めるしかなくなって、始めたみたいですが、身体が耐えられるでしょうか… 先生に診てもらって、良くなってきてるね。て喜んでいたのに…
2023/04/08 21:22 (●●さん宛)
いまメッセージに気づきました。おそくなりましたね。 僕的には理由はよくわかります。ちょっと無理をしすぎました。プレドニンは減らしてはきましたが、それでも炎症を無理やり抑えているという事実は変わりません。こないだ湿布がよくないといいましたが、プレドニンはその比ではありません。引っ越しやリフォームなどのアクションが、体の回復を待たずに、ちょっと早すぎたかもしれません。いや、ひっこしはいいとしても、●●さんはそこに首を突っ込まずに、もっとご主人などに任せるべきだったかと思います。どうしても考えたり動いたりすることが増えてしまいます。すると容量 (キャパ) を超えてしまい、体が悲鳴をあげます。しかしすぐさまプレドニンがそれに蓋をします。その繰り返しの中で、足首に痛みが出ています。それは、体にとっては必死の「もうやめてくれ! じっとしていてくれ! 体を動かすのはウォーキングだけにしてくれ! 」という叫びであり、ブレーキであったのですが、それでも「考えたり行動したり」を止めることが出来なかったのではないかと思います。それで体は、しかたなく発熱 (体中の炎症) や心臓の痛みという「もっと効きそうなブレーキ」に舵を切ったと見ていいと思います。 ●●さんがこのことに気づき、もっと体の声に耳を傾け、体の言い分を聞いてあげることが大切です。そういう気持ちで、入院 (強制的な休憩) をされるならば、引っ越しで蓄積した疲れは大きく取れると思います。今、じかにお体を診ることができない状況では、これくらいのことしか言えません。まだ回復への長い道のりである途中で、引っ越しなどの大仕事が「過ぎた」ことを体にわび、まずは僕のところに治療に行けるくらいに回復されることが第一義だと思って、病院のにおまかせし、ゆっくりされることだと思います。
2023/04/08 21:31 (▲▲さん宛)
いま●●さんのメッセンジャーに気づいてメッセージを贈りました。そんなに悪いですか。ちょっと電話でお話したいですね。
●●さんにじかに電話でお話できるか聞いてみます。
実は、前回の治療で、「このまま下り坂で走り続けたら、いずれコケる」というたとえ話をして、このままでは何かが起こるということを●●さんにお話しました。ただし、いきなり肺が白くなるところまで行くのは想定外で、なにか僕の知らないことがある可能性が非常に高いと思います。 以下は、●●さんに送ったメッセージです。▲▲さんにも理解しておいてほしいと思います。
いまメッセージに気づきました。おそくなりましたね。 僕的には理由はよくわかります。ちょっと無理をしすぎました。プレドニンは減らしてはきましたが、それでも炎症を無理やり抑えているという事実は変わりません。こないだ湿布がよくないといいましたが、プレドニンはその比ではありません。引っ越しやリフォームなどのアクションが、体の回復を待たずに、ちょっと早すぎたかもしれません。いや、ひっこしはいいとしても、●●さんはそこに首を突っ込まずに、もっとご主人などに任せるべきだったかと思います。どうしても考えたり動いたりすることが増えてしまいます。すると容量 (キャパ) を超えてしまい、体が悲鳴をあげます。しかしすぐさまプレドニンがそれに蓋をします。その繰り返しの中で、足首に痛みが出ています。それは、体にとっては必死の「もうやめてくれ! じっとしていてくれ! 体を動かすのはウォーキングだけにしてくれ! 」という叫びであり、ブレーキであったのですが、それでも「考えたり行動したり」を止めることが出来なかったのではないかと思います。それで体は、しかたなく発熱 (体中の炎症) や心臓の痛みという「もっと効きそうなブレーキ」に舵を切ったと見ていいと思います。 ●●さんがこのことに気づき、もっと体の声に耳を傾け、体の言い分を聞いてあげることが大切です。そういう気持ちで、入院 (強制的な休憩) をされるならば、引っ越しで蓄積した疲れは大きく取れると思います。今、じかにお体を診ることができない状況では、これくらいのことしか言えません。まだ回復への長い道のりである途中で、引っ越しなどの大仕事が「過ぎた」ことを体にわび、まずは僕のところに治療に行けるくらいに回復されることが第一義だと思って、病院のにおまかせし、ゆっくりされることだと思います。
2023/04/08 22:00 (●●さん宛)
▲▲さんからもメッセージが届いていて、今読みました。 ●●さん、じかにお電話でお話できますか?
2023/04/08 23:56
返信ありがとうございます。 ●●さんが、私に送ってくれたLINEですが、 なかって その間に肺が白くなってきて 酸素付けなあかんくなって もう治療するしかないから 始めたよ このままじゃ 死ねかも 腎臓守りたい 守れるかな と、とても不安な気持ちになります… CRP17になってるそうで… そうか… リフォームや引越し… そうですよね。 確かになにもしなくても、負担ですね… 気持ちにだけでも… このまま死んでしまったらどうしよう。 祈りしかないんですね私には… なんとか先生のお力、お借り出来たらなぁ。と思っています。 お話しだけでも出来たら随分変わる気がします。
2023/04/10 9:50 (●●さん宛)
080✕✕✕✕✕✕✕✕ まで、よかったらお願いします。
2023/04/11 5:50
先生お返事ありがとうございます。気をつけきれなかって悔しく せっかくコツコツ良い方向に向いてたのに それまで全てなくなってしまったような気持ちです 先生のメッセージに心 救われました 穏やかで 沁みますね おっしゃる通り 思いっきり休み 心身とも元気になって退院します 気分がイマイチの時は 先生のブログ読み 気持ちおちけながら 入院生活過ごします お電話したかったのですか 大部屋で状況難しく お申し出 ありがたかったです
4月8日に僕が返信して、3日後に来た●●さんからの返信である。音信が途絶えたその3日間、絶望的な気持ちがだんだん増していただけに、心救われる返信だった。
2023/04/13 14:41
思いっきり休んで下さい。きっと良くなります。大丈夫。 そして、今回学んだ反省点を、元気になって退院した後に、生かして下さい。誰でも失敗します。そして、失敗が大きければ大きいほど、それに気をつけるものです。だから本当の成功 (元気な生活) につながります。だからそれでいい。 何でもそうですが、右肩上がりにすんなり行くものではありません。良くなったり悪くなったりしながら、でも全体にはだんだん良くなっていきます。いったん悪くなるからこそ、本当の実力が付きます。 こんど、ぼくのグループで以下の記事をアップすることにします。 下書きのままでずっと放置してあったもので、まだ未公開です。●●さんにすべてあてはまるとは言えませんが、読んでみて下さい。
〇
反省とは、自分を「せめる」ことではない。 良くなかった過去に向き合い、それを良い未来に変えることだ。 反省とは、しゃがむことである。ジャンプし前進するために。 八方ふさがったときは、しばらくそこにいることだ。無理に動くのは得策ではない。どうせそこにいるなら、楽にしていたほうが得なのである。寝ていればいい。なにもしない。しゃがんだままでいる。それが最善。ベストだ。 やがて、環境が変わる。必ず変わる。 つぎは、今ほど苦しくない、調子のましなときが必ずくる。 そして、その時が勝負だ。調子に乗らない。それができるかどうか。自分の身勝手で「体という他人様」に無理なことをさせていないか。 間食・食べすぎ 夜ふかし・目の使いすぎ・朝寝坊 動きすぎ そういう情動や行動が少しでも起これば、素早く反省できるかどうか。ここが勝負どころである。八方塞がりはコントロールできないが、調子がマシならコントロールが可能なのである。 「体という他人様」…。 変な言い方である。 しかし、考えてみるがいい。 思い通りにならないのが、この体であり、体調なのである。 思い通りになるのがこの「自分」ならば、 思い通りにならないのは「他人」とおなじ。 体は、他人同様。 丁寧に大切に扱わなければならない。 しかし、 われわれは本当に、他人様を丁寧に扱っているだろうか? たとえば、 他人様は丁寧に大切に扱えたとしても、 自分の家族はどうだろう。 親・子供・パートナー。 家族を大切にできない人は、他人も大切にできない。大切にしているかに見えても、それは表面を飾っているだけ。いつわりである。 家族とは、一番好きで好きでたまらないもの。 それを大切にできないで、どうしてその次に好きなものを大切にできるだろろうか。 そして、 家族を大切にできない人は、最大の身内である「この体」をも大切にできない。 最も身近な他人である「この体」。 これを大切にできる人は、 その次に身近な他人である「家族」をも、大切にできる。 これを大切にできる人は、 その次に身近な他人である「友人」をも、大切にできる。 これを大切にできる人は、 まだ見も知らぬ他人である「人間」をも、大切にできる。 この体、家族、友人、そして世界中の人々。 みな、他人様。 いつもそばに寄り添ってくれている「この体」「この自分」を大切にできる人は、この世のありとあらゆるものを心から大切にできる人だ。水・火・土・空気・植物・動物・食物・道具…そして時間。 言い換えれば、身の回りのものを心から大切に扱うことは、「この体」「この自分」をも大切に扱うことにつながる。 そして。 反省とは。 自分を「せめること」ではない。 他人に「あやまる」ことである。 「せめる」は戦いである。 「あやまる」は仲直りである。 戦ってしまうのは降参しないから。 降参しないのは、誤った自分を正しいとするから。 正しいとするからイライラする。 イライラするから他人のことも自分のことも「せめる」。 間違った絵を画用紙に描いてしまったならば、ケシゴムをつかって真っ白にすればいい。 それは、すぐ消せることもあれば、時間がかかることだってある。 反省とは、すぐにできねばならぬものでもない。 そして、真っ白な画用紙に。 もういちど正しく絵を描けばいい。 落ち着いて。 破いたりせず。 真っ白に。 そして。 わびる。 ぼくが悪かった。 乱暴だった。 これから気をつける。 ごめん。いままでごめん。 この大切な「体」は、きっと笑って許してくれる。 この大好きな「家族や友人」が、きっとそうしてくれるように。 こっちこそごめん。私も悪かったの。 きっと許してくれる。 仲直りできる。 当てずっぽうではない。 病弱だった僕自身が歩んだプロセス。 そして、良くなられた僕の患者さん方が歩まれた道なのである。
「大丈夫」といったのは、僕の言ったことを当該患者が消化できていたからである。これなら行けると思った。
2023/04/13 21:31
生活 心 落ち着くお話ありがとうございます 涙が出てきました 希望もわいてきました まだ治る可能性 ありますね 仲直り うまくしてまたコツコツやっていこうとゆう気持ちが持てました 優しき先生 友人に感謝でございます 本当にありがとうございます
死に肉薄する時々刻々、このメールが届くか届かないかすら分からない状況、今あらためて読んでみて、3人の必死さが伝わってくる。
このご親友は、思うように体を動かせない当該患者を、高速道路を乗り継いで片道1時間以上かけて治療に連れてこられている方である。まったく頭が下がる。
2023年6月、入院生活を終え、再来院。
受付さんは泣いてた。
シワが無くなる特有の皮膚のつっぱり、レイノー症状的なロウのような透明感、血流障害による潰瘍。
すべて強皮症の特徴である。潰瘍が進むと壊疽を起こすので注意が必要である。
45歳。女性。
もともと強皮症 (全身性強皮症:指定難病51) を患い、体が思うように動かせない。自力で寝起きが出来ず、椅子からも自力で立ち上がれない。
だが当院で治療を受け、日を経るごとに改善に向かっていた。そんな小康状態の中で機運が高まったのが、家のリフォームだった。買い出しや色選びなど、知らず知らずの間に無理が重なる。そんなスピードにブレーキをかけるように足の痛みが出たが、それも痛み止めで消し去ってしまい、リフォームの準備を続けたのである。よって、無理が大きくのしかかっていることに気付けなかった。
そんな矢先での、胸の症状。尿毒症性心膜炎 (心臓に水が溜まる) である。腎臓が深刻な機能低下を起こしているのだ。腎機能を示すeGFRは8まで落ち込む。eGFR10以下になると人工透析が真剣に検討されるなか、医師はすぐさま透析を勧めた。だが当該患者は「待って欲しい」と懇願、そんな中でのメールのやりとりであった。
あれから2年近くなる2025年1月現在、eGFRは18となった。
eGFRが8まで下降したにも関わらず、2年近くの長期を経て回復しつつある。
2023/11…eGFR 8
2023/12…eGFR 11
2024/3 …eGFR 12
2024/4 …eGFR 13
2024/7 …eGFR 14
2024/9 …eGFR 16
2024/11…eGFR 18
2025/1 …eGFR 18
腎機能 eGFRは、ずっと上昇し続けているのである (2025/1月現在) 。
ありえない。
奇跡は、当たり前のようにそこに居座っている。
医師はもう、人工透析を勧めてこない。
全身性強皮症 (指定難病51) も改善しつつある。もともと椅子から立ち上がれなかったが、ほんの数ヶ月前から立ち上がれるようになった。4年前 (2021年) の初診以来、初めてのことだ!
遠方でもあり、その他諸事情あってこの2年間、週に一度の治療すらままならないのである。
そんな中で起こったこれら奇跡の源流は、上のメールのやり取りの中にあった。僕にはそう思えてならないのである。何か他人と違うことをしたとするならば、これ以外に見当たらないのだ。
思いっきり休んで下さい。きっと良くなります。
大丈夫。
そして、今回学んだ反省点を、元気になって退院した後に、生かして下さい。
誰でも失敗します。そして、失敗が大きければ大きいほど、それに気をつけるものです。だから本当の成功 (元気な生活) につながります。
だからそれでいい。
心 落ち着くお話ありがとうございます
涙が出てきました
希望もわいてきました
まだ治る可能性 ありますね
仲直り うまくしてまたコツコツやっていこうゆう気持ちが持てました
そう。
安心。
その細い糸のようなかすかな、しかし確かにあると感じられるそれを固く握りしめて、生死を分ける入院生活を、お医者様に委ねられた。いや、天に委ねられた。
ふつうは持ち得ないであろうそれを持って、再びやわらかい日の当たる場所で、当たり前に過ぎる生活に戻られたのである。
この奇跡に源流を求めるならば、僕はそこにたどり着くのである。
会話は、ボックスの色で分けている。