肩凝りの駆け込み寺… どてらこてらは口チャック

79歳。女性。2025/7/12診。

今日は土曜日、予約が詰まっている。朝から1時間に10人ペースで休憩なし、収まりきらず12時以降も予約が続いている。

その12時、電話が鳴った。スタッフが対応に苦慮している。あっ、こっちに近づいてきたぞ。なになに。聞けば、〇〇さん (10年来の患者さん) からだ。両肩が重くてしかたないので、これから診ていただけませんかとのことである。え? これから? 土曜は午前診のみである。

実はおととい治療に来られていて、その時に普段言わない両肩の重さを訴えられていた。狭心症を起こしやすいこともあり、「スッキリしない場合は次回の予約を待たずに電話してきてください」と指導していた。

何かある。よっぽどつらいのだ。

「これから来てもらってください。何時頃になるかな。」
「…すぐにタクシーで来るとのことです。」
「うん、それでいいです。」

我々は駆け込み寺でなければならない…とは名医・藤本蓮風先生の教えだ。

午後1時頃に来院。

「すみませんねえ、こんな時間に。肩が重とうて重とうて…。」
「分かりました。まず集中して診ますね。」

胆に弱りがある。これが原因だ。胆とは肝っ玉のことである。なにかメンタルで問題がありそう。

「胆、だいぶ前に言ったかことがあるかな。覚えていますか。」
「覚えてるような、覚えてないような…織田信長の話やったかな。」
「それだけ覚えてれば十分、かいつまんで話しますね。いま、〇〇さんは気になる要素がいーっぱいあんねん。で、あっちからもこっちからも、やあやあ我こそは、尋常に勝負せよ! ってやってくる。それに一つ一つ相手になっていると、〇〇さんの生命力が分散されて効率が良くありません。ですから、ここぞという一点に生命力を集めます。それが胆です。」

>> 胆を強くするための説明…織田信長の話

胆を右陽陵泉で確認する。すでに胆に生命力が到達している。

座ってもらって肩を診る。気の流れは…。浅いところに一部滞りがあるが、深い部分は全て流れている。

「今、肩の重さはどんな感じかな。」
「ああ、なんか軽いですわ。」
「そうですか、じゃ仰向けになりましょう。」

しかし、まだ落ち着かない様子。

「いや先生、気になることがありますねん。お父さん (ご主人) がまたえらいこと言い出しましてな。若い頃からの夢や言うて、近鉄の株を大金つこて優待券が欲しい言うて銀行呼びつけて、それがかないませんねん。」

ここは話を聞いてあげるべきところである。腰を据えて聞いた。

「それはいつですか。」
「一週間ほど前ですねん。」
「なるほど、それやなあ。」
「あんな性格ですやろ、言い出したら聞かんし、負けず嫌いやし、銀行の人にも大声出して、息子は好きなようにさしたれって言いますねんけど、老後にお金も置いとかなあかんし、ええ返事せえへんかったらなんやら機嫌悪いし、どてらこてら、どてらこてら。」
「ちょっと待ってお母さん、もう一回座ってください。」

座位でもう一度肩を診る。さっきは深い部分が流れていたのに、一部流れが滞っている。

「お母さん、もうやめとこ。また悪なってきてるで。これは愚痴やねん。言えば言うほど悪なるから、損なだけやからやめとこ。お父さんにしてもそういうとこあるかも知れへんけど、そういう人やからこそ、一代であれだけの事業を立ち上げはったんですわ。まあ他人をコントロールするのは無理やから、変えられるとしたら自分です。でね、こう言う場合に僕が患者さんに勧めるのは “祈り” です。虎の絵の描いたやつで祈りについて書いたブログがあるんですけど、あとでスタッフに紹介してもらいますから、読んでみてください。でね、この愚痴も祈りやねんで。祈りって言っても、いい祈りもあれば悪い祈りもある。丑の刻参りってありますね、あれ悪い祈りです。相手に不幸になれと願う。でも “思う” だけでは叶わない。だから神社とかに何度も足を運ぶという “行動” を起こすんです。受験生なんかでもそうです。あの高校に行きたいと、思ってるだけでは入れない。教科書開いて問題集開いて鉛筆でカリカリやるという、行動を起こす。すると思ったことが現実化しやすくなるんです。これはこの世の法則です。心でね、お父さんのことをどてらこてら嫌だ嫌だと、思ってるだけならいい。しかしそれを、言葉という行動に表すと、本当に “嫌なこと” が現実化してきます。今、また肩が滞ってきているのは、それなんですよ。とりあえず、口チャック。」

「ああ、これがあきませんねな。せやけど、どてらこてら。」
※筆者注;どてらこてら=どうたらこうたら

「ほらほら、またまた。それが愚痴やで。」

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悪性リンパ腫、中医学的な症例検討である。心因性の病因は未知の部分が多いが、歴史的に中医学は2000年も前からこの病因に着目してきた。それを応用した症例と言える。

百会に2番鍼。1分間置鍼。

終わって、もう一度肩を診る。皮膚表面、浅いところまで全て気の流れあり、良好。

「肩はどうですか。」
「ああ、楽ですわ。いや〜鉛でも乗せてるかと思うくらい、重くて重くて、やっと落ち着きました。すみませんでしたこんな時間に。ああ、助かりました。」
「いや、今日はよく電話してこられました。診といてよかった。」

受付を済まし、タクシーを呼ぶ。

ふたたび肩が楽になったことを告げて帰っていかれた。そういえば、どてらこてらはもう言ってなかったな。

現在午後2時、お腹すいた。

駆け込み寺はこれにて営業終了。


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