冷えとガン

53歳。女性。2023.2.13。

有棘細胞がん。皮膚がんの一種である。

施設で生活している。身寄りがないため、従兄 (いとこ) の〇〇さんが、女性ケアマネージャー同伴で来院させた。高速道路で片道1時間、〇〇さんは自宅から施設まで2時間かかるので、往復6時間かけての来院である。

若干の知的障害がある。母親を20歳前後でなくし、父親は高齢で施設に入居している。

〇〇さんは、当院の年来の患者さんである。重度の皮膚疾患で来院され、いまは治癒して10日に1回程度の健康管理的な治療をしている。ぼくも〇〇さんもなかなかの屁理屈たれで一致しており、屁理屈たれ同志でおだやか〜にやり合いながら治療を行っている。ぼくもそうだが、〇〇さんの特徴は「困っている人を放っておけない」ところであり、ここでも一致を見る。

そういう経緯があり、従妹を連れてこられた。

病院では放射線治療を一通り終え、もう打つ手が見当たらないとのことである。臓器への転移はない。ただし主治医によると、いつ血管が破れて出血を起こしたり脳を圧迫して意識混濁を起こしたりしてもおかしくない、とのことである。薬は、解熱鎮痛剤を炎症を抑える目的として用いているのみである。

顔面部をガンが犯しており、癒着のために口が開かず、言葉は不明瞭である。
左目・左口角から膿が流れている。
病巣の左耳付近はガーゼで覆われているが、黄色い膿が多量に出ている。アズノール軟膏を塗布してガーゼがくっついてまわないように処置してある。

ひんぱんに「ゴボッゴボッウッ」と苦しそうに咳をする。痰 (膿?) が喉に詰まるのだ。眉をしかめ、一瞬息が止まる。このままガンが進行すれば、痰の吸引が必要になるのは時間の問題だろう。

膿の異臭が部屋中に漂う。生ぐさい臭いである。
診察の合間に摂った昼食後すぐである。問診をとっていてもひんぱんにえづく。
このままでは集中できない。鼻では息をしないようにして診察をすすめる。

ガーゼを取ってもらって画像をいただいた。

閲覧を望まない方のためにボカシを入れました。
学術発展のため画像 (ボカシなし) はリンク先で閲覧可能です。

その際、ケアマネージャーからご質問があった。

「先生、この膿、洗ってもいいでしょうか…。」
「ん? それは西洋医学の先生のご専門なので、その指示を仰いでもらったほうがいいですね。」
「主治医は洗ってもいいって言うんです。でも看護師は洗ってはダメと言うんです…。」
「たしかにね、実務的なことは看護師さんのほうがよくご存知の場合もありますね。」
「臭いがきついって、施設の他の利用者さんから声が上がっていて…。」
「なるほど、この臭いは誰でも気になるでしょうね。洗えばいくらかマシになるかなってことですね。」
「はい、そうなんです…。」
「衛生環境がシッカリしていれば洗っていいでしょうが、人間の体を無菌にすることはできないので、現実には不可能かもしれませんね。僕だったら洗わない。膿が雑菌の侵入を防いでいる側面があると思います。カサブタを考えると分かりやすいかもしれません。カサブタは剥がすとバイ菌が入りますね。感染症を併発したら、それが一番こわいと思います。」
「看護師さんも、まったく同じことをおっしゃっていました。そうですね。分かりました、そうします。」

このケアマネージャーは、親身になってくれている方だ。信頼できる。聞けば10年以上に渡って当該患者を世話してくれている方らしい。

ただし、問題はこの病態である。

東洋医学は何を診るのか。僕は何を感じ取るのか。

冷え (寒邪) である。
熱 (邪熱) である。
痰湿である。

頬は大きく腫れ上がっている。さわるとフワフワと柔らかい。そして膿。これらは痰湿の特徴である。痰湿とは、飲食物が「器」 (脾土の許容量) からあふれたものである。器にスープを入れすぎてあふれた状況をイメージしよう。あふれたものはこぼれて、タタミやカーペットやザブトンを汚す。汚すということはきたないのである。臭いのである。器に入っていれば良い香りであったのに、あふれてこぼれた瞬間に邪魔でベタベタして汚く臭いものになる。当該患者は、肉を好み白米は好まず、チョコレートの間食を好む。この膿 (痰湿) の原料は肉とチョコだ。栄養たっぷりなのである。だから余計に臭い。

▶ごはんとガン

がん患者で散見されるが、ご飯を食べずに、おかずだけを食べるという特徴がある。巻きずしを食べるときに、中の具材だけを食べて周りの米を全部残すがん患者を見たことがある。医師からも「ガンが食べるんです」と聞いたことがある。ここから逆算しても、白米とおかずをバランスよく食べるということの重要性が読み取れる。 白米を主食にする をご参考に。

ケアマネージャーの話によると、当該患者もおかずしか食ず、白米にはあまり手を付けないとのことである。しかもここ数日は食欲がないとのことである。これは良くない。

こういうことは、カゼで発熱する前の子供さんでも見られる。最近おかずしか食べない、お菓子しか食べないという変化が見られたら、やがて熱を出すことがあるので注意して見ておくとよい。そういう場合、発熱とともに食欲がなくなるのが特徴である。食欲がなくなるカゼは治るのに時間がかかる。

そのくさい痰湿を、激しい熱が炊いている。すると揮発して、その臭さはあたり一面に充満する。熱の激しさは炎症部位の急拡大を見てもうなづけるところである。

なぜそんなに激しい熱があるのか。体が魔法瓶になっているからである。だから熱が冷めない。魔法瓶の表面は冷たいだろう。だから熱を逃さない。ペットボトルにお湯を入れてもすぐ冷めてしまうのは、ペットボトルの表面が温かいからである。当該患者の足は、膝まで氷のように冷たい。冷えが取れれば熱が冷めるのである。

だからここに注目するのである。
足の冷えである。

それ以前に、天突の望診で表証があることを見抜いている。直接的には表の寒邪をねらう。

左肺兪の絶対的虚は、縦の長さが16cmにもおよぶ。
一筋縄では行かない冷えである。
そしてその分、邪熱もまた強いのである。

冷え (寒邪) … 今日の入浴をひかえる。当分は冷たい飲食をひかえる。
熱 (邪熱) … 肉やチョコレート (肥甘厚味) の過食をひかえる。
痰湿… 過食・間食をひかえ、飲食の節度をわきまえる。

以上の中医学的養生を指導し、たった1mmの成長こそが健康につながる旨を説明する。

神闕の周囲に打鍼術を行う。水分→左肓兪→陰交→右肓兪 の順に邪を散らしていく。この間、数十秒。

気にしすぎ、上等。より引用

槌を使ってコンコンと打つが、打つ強さは槌が鍼の頭に軽く触れる程度のもので、患者さんはほとんど何も感じない刺激である。

悪化直前の脈より引用

これで処置は終了、そのまま10分休憩させる。

10分経った。

診察室のカーテンを開け、もう一度診察して、表証が消えていることを望診 (天突) と背候診 (左肺兪) で確認する。もちろん足の冷えも診る。足は氷ではなくなったが、まだ水の冷たさである。
「ハイ、結構ですよ。起きてください。」

ところが、なかなか起きてこない。
「大丈夫ですか?」
「あ、はい、大丈夫です。」

まだ起きてこない。
静かである。服を着ている気配がない。
「お着替え、進んでますか? 手伝わなくていいですか?」
「え? もう起きて良いんですか?」

カーテンを開けて中を除く。
「あ、まだ寝てた^^ ああ、いい、いい、まだ寝ててね。ついでに足診とこ。ん? おっ、指先あったまってるやん! わーよかったあ、ほら、みてみて足の先、ちょっとあったかいでしょ ! ? 」
「? ? 」

まあ、僕一人で喜ぶことはよくある。こんな性格である。

「ケアマネージャーさんなら分かるかな? ケアマネさん、ちょっと来てください! ほら、指先がちょっとだけあったかいでしょ? いつもこんなじゃないでしょ ! ? 」

「ああ、ほんとだ、たしかにあったかいですね。いつもホントにつめたいんですよ。」

ああよかった…。温まった…。

あらためて服を着てもらう。
カーテン越しにゴソゴソと音がしている。今度はちゃんと服を着始めたようだ^^
着替えている間に、ケアマネさんは車に荷物一式 (消毒薬・ガーゼ・軟膏など) を片付けに出て行かれた。

着替えて出てこられるのを、ぼくはカーテン越しにじっと待っている。

その時である。

ん?

そういえば…。

さっきまで口で息をしてたのに、おかしい。
カーテン越しでも えづいていたのに。

なれた?

本人が着替え終わったのを見計らって、カーテンを開けて近づいてみる。

やっぱり!
臭わない!

ケアマネさんが駐車場から帰ってきた。
「おかえりなさい。ところであの、臭い、マシだと思いませんか? 」

ケアマネさんは瞬時に目を丸くし、
「え ! ? あれ? 」
マスクを下ろして、近寄って手で仰ぐ。
「あれ? ほんとだ! 臭わない! 」
再度手で仰いで、臭いを確認する。
「ええ〜すごい! こんなこと初めてです! 今日もこうやって二人で車で来るのも、実は臭いが大変で…、え ! ? …ほんまや! 」

「足の冷えですよ。これがホンのちょっと改善するだけで、熱がこれだけマシになるんです。だから僕はあんなに冷えのことを気にしてるんですね。まだ膿 (痰湿) の量は変わってない。でも、それを下から炊いている熱が今、すごくマシになった。だから急に臭いがなくなったんだと思います。」

一般の施術所では、よく赤外線などをつかって足を温める。ぼくは断じてこれを使わない。使うと、治療がどれだけ効いたかわからなくなる。また、自分の技術の上手下手がどのレベルにあるのか知れようがない。冷たい足が、一本の鍼で温まるのは日常経験することだ。これは、体が変化したからである。そのくらいのことができる腕がないといけないし、それがどれくらい大切なことか分かっているならば、いくら寒い冬でもあっても電気で温めるなどありえない。さらに、もし足湯・カイロ・灸・ショウガ (乾姜) などが頭に浮かぶなら、一から勉強し直したほうがいい。無理に温めても邪熱は減らず、むしろ増えるのである。

中医学的に病因病理を切り崩し、結果として温まるのである。治療技術を高めるためにも、鍼でどれだけ温まったかを知る必要がある。

「そんなに臭いマシになったん? クンクン。おれ、わからんわ。」
従兄の〇〇さん (67歳) は、蓄膿の既往歴をお持ちであるため… (笑)
「でも、よかった〜〜〜」
心の底から深い息を吸い、そして吐かれた。
そういう方である。
遠方で通院が難しければ、自宅で引き取ってでも。
そう思っておられるのである。

そんな思いをよそに、本人は至って怖がり。
鍼が怖いから来るのを嫌がっていた。

しかし〇〇さんの「一回でいいから行こう」という説得と真心があった。

そして、思いやりのあるシッカリしたケアマネージャーがいてくれた。

そしてさらに、服を着るのが10分遅れた!!

これらの奇跡的な偶然が揃わなかったら、治療はかなわなかった。
そして「足のぬくもり」には気づけなかっただろう。
そしてさらに、たった数十秒の治療で起こった「臭いの消失」にも。

偶然ではない。
きっと必然があった。

また奇跡がおこった。

ありがたい。

次回の予約を喜んでとられた。

3日後、再診。同行のケアマネさんにその後の経過を聞く。

異臭がなくなった。
「臭いがもう、ぜんぜん違うんです…。ほとんど無くなって…。」
目を丸くして教えてくださった。
そうである。近づかないと、まったく臭わないのだ。
邪熱が減ったのである。

数日なかった食欲も、元通りになった。
「食欲もすぐ戻りました。あの日の帰りの車で、ムシャムシャ食べてました笑」
初診の帰りの車中で、治療前には食べられなかった弁当を美味しそうに食べたらしい。
生命力をいれる「器」(=脾土) が大きくなったのである。

痰がつまった咳もましになった。
「咳もしなくなって、今日は朝から一回も咳をしてないんです。」
痰湿が減ったのである。

この3つは、東洋医学から見た「ガン縮小の必要条件」である。

ケアマネさんのご友人お二人を、近日診ることになった。


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