乳ガンの症例

62歳。女性。首都圏からの来院である。

45歳で右乳ガン。右乳房を切除し抗癌剤治療。
58歳で左乳ガン。徐々に腫塊が大きくなりつつあり、現在に至る。

一度目の乳がんの経験から、手術も抗がん剤治療もしない道を選ぶ。

癌サバイバーを自認。

初診 (11月12日)

問診

現在、右乳房のガンの部位は赤黒く糜爛を起こしており、ゴルフボールよりもやや大きい腫塊が認められ、ゴルフボールさながらの硬さと重量感がある。 >> 赤黒さは瘀血であり、瘀血はガンの本体である。硬さは瘀血の特徴である。

ストレスがあると過食となりやすい。 >> 生命を養う栄養以上の栄養は痰湿となる。痰湿はガンの材料となる。陳旧化した痰湿は瘀血となる。

優れたキャリアをお持ちで、仕事が大好き。 >> 上限以上に働くと正気 (生命力) を損傷する。正気はガンの増殖を抑え消滅させる力をもつ。

持病として若い頃から右下歯痛があり、それとつながるように下顎角の頸側にシコリがある。忙しすぎると歯痛が起こることが多い。

目が疲れる・かすむ・乾燥する。夕方疲れやすい。便が硬くなりやすい。 >> 血 (陰) の弱り・邪熱
雨天時は体が重く、目がコロコロする。 >> 痰湿。痰湿もまたガンの本体となる。

舌診

淡紅舌・胖大。薄白〜白膩。 >> 痰湿。
舌下静脈の怒張なし。
有神。

切診

細脈。 >> 単純な瀉法をしてはならない。しかしガンという邪実を瀉す必要がある。この矛盾 (虚実錯雑) がガンの特徴であり、治すことの難しさである。

右胃兪に邪熱。後渓が実。 >> 邪熱。
左肺兪に虚。 >> 表寒。ツボの面積は直径3cmほど。 >> この大きさは大したことはなく、一般雑病でも散見される。末期ガンなど重篤なものは30cmに達することもある。だが、これをまず治さなければ、ガンを瀉すことはできない。

背部は膈兪〜大腸兪が硬い (皮膚表面の硬さ) 。 >> 緩められる反応があるということは重要なことである。これがガンの硬さとどの程度リンクするか。そういう事を考えながら「この手で操作する感覚」を養う。

治療方針

▶正気を補う

正気を補い邪熱をおびき出して取る。

邪熱が血に負担をかけて血虚の症状 (目が疲れる・かすむ・乾燥する・夕方疲れやすい・便が硬くなりやすい) が出ている。血虚があるから邪熱がある。邪熱があるから血虚がある。このように正気と邪気が変にバランスが取れてしまっている構図を見抜く必要がある。

▶瘀血と痰湿が本体

もちろん、硬い腫塊 (ガンそのもの) は瘀血である。これはカチカチに固まった餅のようなものである。改善すると柔らかくなるが、餅が柔らかくなったら痰湿である。瘀血よりも痰湿のほうが除去しやすい。皿にこびりついたカチカチの餅は、柔らかくふやければ取り除きやすいのである。

つまり、硬いガンはやっかいだが、柔らかいガンは与 (くみ) しやすいのである。

瘀血と痰湿が腫塊を構成する物質的要素である。

▶邪熱がターゲット

そこに気滞と邪熱が機能的要素として腫塊が硬く大きくなるのを手助けする。ギュッと圧縮すると熱を持つというのは自然法則であり、つまり邪熱は気滞 (緊張) から生まれる。

邪熱がある場合はまずそれから取ることが重要となる。

邪熱はガンの進行を加速させる。つまり、
邪熱はドロドロの痰湿を乾かしてカチカチにする。
さらに邪熱が強くなると、カチカチの瘀血を溶岩のように変える。溶岩はあちこちに流れ、流れ着いた先でまたカチカチに戻ってあちこちに腫塊を作る。これが転移である。

まずは邪熱を下火にし、進行をくいとめる。

弁証施治

ガンを構成する邪気は気滞・邪熱・痰湿・瘀血であるが、右胃兪・後渓の反応から、現時点では邪熱が中心であると弁証した。

百会に3番鍼を5分置鍼。抜鍼後10分休憩ののち治療を終える。

背中の硬さがゆるむ。同時に、乳ガンのゴルフボール様のカチカチの表面に、硬い餅をお湯に浸けて表面だけが少しふやけたようなゆるみを認める。

2診 (11月14日)

まず、乳ガンの硬さを確認する。前回認められた「ゆるみ」は?

「うん、いいですね。」
「でしょ ! ?  わたしもそう思うんです!」
「え? 微妙な違いだけど、分かります?」
「ハイ! わかります! 体もすごく楽なんです!」

背中のゆるみも持続している。

百会に5番鍼を5分置鍼。抜鍼後、右少沢刺絡。10分休憩ののち治療を終える。

3診 (11月17日)

ハッキリとガンのふやけたようなゆるみが触知できる。

ただし…。

「前回治療して頂いて、東京についた頃に歯が痛くなってしまって…」

持病の右下歯痛である。偶然か? それとも…。手をかざして右頬を診ると、たしかに邪熱の反応が認められる。偶然ではない。

「今も痛いですか?」
「はい、あれからずっと痛いんです。」

ガンの特徴は自覚症状がないことである。腫塊はゴルフボールより大きくとも、痛くも痒くもない。
2診目では “体が楽だ” とおっしゃっていた。もしも、このまま楽になり続けたらどうなるか。このまま腫塊が柔らかくなり続けたらどうなるか。

仕事人間である。いまは抑え気味の仕事を、バリバリやり始めるだろう。やり過ぎるほどにやるに違いない。すると正気 (生命力) は弱り、過度の情熱は邪熱と化して、津液 (体液) を乾かし痰湿をつくり、血を乾かし瘀血をつくる。結果として、ガンが悪化する。

この歯の痛みは「コルク栓」だ。

ただし、これを断定するためには列缺が実の反応を示していることが条件となる。
はたして、列缺は実。

「コルク栓」についての説明が必要だ。しかし、この説明は20分近くかかる。他の患者さん数名が治療を待っておられる。

「いま、スマホ持っていますか? ぼくのブログ、開けますか?」
「ハイ、すぐに開けます。これですね?」
「検索で “コルク” と入れてください。ああ、これです。
これ ( https://sinsindoo.com/archives/plug.html) を今、読んでいただいていいでしょうか。」
「はい、読ませていただきます。」

気閉はコルク栓… 感謝と謙虚で栓を抜く
気閉と気脱は陰陽です。この2つをコルク栓の開け閉めにたとえて説明します。気閉も気脱も重症をイメージさせますが、慢性的な軽症にも当てはめてかんがえてみましょう。そのとき、症状の緩解と悪化を繰り返すカラクリが見えてくるかも知れません。

他の患者さんを診たあと、当該患者のベッドに戻ってきた。

「読めましたか?」
「はいー、私すぐに調子に乗っちゃうから…。ほんとにそうだなって思いました。」

列缺を確認する。実の反応はもうない。
頬に手をかざす。邪熱の反応は感じられない。

「いま、歯の痛みは?」
「なくなりました。」
「うん、そういうことなんです。」
「そーかー。そうなんだー。」

その後、関元に2番鍼を5分置鍼。抜鍼後、10分休憩ののち治療を終える。

考察

病気とは、張り詰めた緊張である。瓶に詰められたコルクである。その緊張 (コルク) から解き放たれた時、出てくるものは?

抑えきれない興奮か。
報いきれない感謝か。

感謝と謙虚 (水) なら何も起こらない。興奮 (シャンパン) なら生命が飛び散る。命が飛び散れば命が無くなるので、そうならないように、さらに強くコルクが詰められる。

緊張下で今まで何をつちかってきたか。
これから何をつちかってゆくのか。

そして歯痛は今後も繰り返すであろう。物言わぬガンのかわりに、体はこれを窓口にして “思い” を表現しているのだ。何かを訴えているのだ。

体とは他人と同じである。思い通りにならないのがその証拠である。関係の深い他人が、何も言わなくなったら? 関係は破綻する。もっとも関係の深い他人は家族であり、家族以上の身内は「この体」である。「この体」が何も言ってくれなくなった時、それが、「この体」に見放された時であり、「この体」と一緒にいられなくなるときである。そうならないように、「この体」つまり「この自分」に、懸命に向き合うのである。

悪いことをしたら優しく注意してくれる。それでも聞かなかったら厳重注意。それでも聞かなかったら一晩留置所に。それでも聞かなったら逮捕状。それでも聞かなかったら…。そういう順番がある。

しかし、何も言ってくれない場合、いきなり実刑判決が出るのだ。

痛くも痒くもない。何も言ってくれない。それが「ガン」である。

しかし今回、治っていく上での大切なことが腑に落ちた。
大きな関門をクリアしたのである。

その後

4診は11月21日、前回治療日翌日に乳房腫塊から排膿があり、ますます輪郭がぼやけてきている。重量感も無くなってきた。もうゴルフボールではない。硬式テニスボールくらいの手触りと軽さに。

さらに週に2回のペースを継続して、12月を終えようとしている。腫塊はますます柔らかくなった。パンパンだったテニスボールの空気は抜けてしまって跳ねそうにない。これじゃプレーではとても使えそうにない笑。

鉛のように硬く重かったガンが、明らかに緩 (ゆる) み軽くなってきているのだ。

下顎角のシコリは、初診以来 触れなくなっている。

体が軽い。心も楽。

いい循環が動き始めている。

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