長期邪気スコア…自分を知れば生命力が強くなる (変形性膝関節症の症例から)

73歳。女性。

「先生、こないだ鍼を打っていただいてから、膝がとっても楽になったんです!」

送り迎えをしてくださっている娘さんが補足してくれた。
「前回、脛 (すね) に鍼を打ってもらってから、膝がすごく軽いって言うんです。ありがとうございます!」

両膝に変形があり、右のほうがややひどい。曲がった膝はこれまでの治療で伸びてきていたが、さらに軽くなったというのである。
治療はいつも百会一穴であるが、その日は右豊隆に瀉法 (即刺即抜) を行っていた。

「そうですか。あの鍼はね、生命力が強くないとできないんですよ。」

「そうなんですか! 生命力が強くなったんですね!」

「そうなんです。お母さん、前回、「古い痰湿のレベル」がどうのって話しましたね。3段階のレベル2あるよ、これくらいの痰湿があるから、お母さんも “知っておいてくださいね” って言いました。実は、あれで生命力が強くなったんですよ。」

「へええ!」

“自分を知る” ということは、強いってことなんです。」

また新しいことを思いついたのである。

痰湿とは邪気の一つである。
邪気とは、気滞・邪熱・痰湿・瘀血などのことで、正気 (生命力) を邪魔する気のことである。
現在 (2024年3月現在) 、ほとんどの患者さんで痰湿が主になっている。だから痰湿を相手に治療をしている。当該患者の場合、ここ数日で新しい痰湿を生んでいない。つまりここ最近の食事の摂り方が「この調子でいい」、つまり合格なのである。だが、それで治るのではない。

もしここ最近で新たな痰湿を生めば、その分の量が増える。これが短期痰湿スコアである。不養生があればその分の痰湿が増え、何らかの症状が出する。もし激しい不養生があれば、痰湿が爆発的に増えることになる。爆発的に短期邪気スコアが急上昇すると、自覚症状がある場合は激しい症状に発展する。自覚症状がない場合は数値など症状に現れない部分で悪化する。よって短期痰湿スコアは急性期の悪化を評価するうえで有用である。詳しくは以下のリンクにまとめてあるのでご参考に。

邪気の数値化…邪熱スコアと痰湿スコア (短期邪気スコア)
重症疾患を診るには、患者さんの言葉である「問診」に頼れない。邪気を数値化 (スコア化) して重症度を認識する必要がある。邪気とは正気 (生命力) を邪魔する力のことである。

しかしこれだけでは不十分である。過去に蓄積し続けた痰湿がどのくらいあるかということを知っておく必要がある。これを長期痰湿スコアと呼びたい。短期痰湿スコアをコップの水量であるとするならば、長期痰湿スコアはお風呂の湯船の水量である。新たな邪気の場合、コップの水程度の痰湿 (短期痰湿スコア) が増えただけで (溢れようとしただけで) 、生命はそれを激しく拒絶し、症状を出して教えようとする。これ以上、湯船の水量を水量を増やしたくないからである。

ところが、その湯船の水量はさして変わらない。コップに比べて、湯船というのはなかなかイッパイにならない。コップ一杯程度の水が足されたからと言って、湯船はそう増えることはないのである。しかしそれが積み重なって、いったん貯まったら今度はなかなか減らない。これを減らすには時間と根気が必要となる。そして、これが病気の根治に関わる。根治は時間がかかるのである。

湯船の蓄積は、いずれ表面化する。湯船がイッパイ (長期邪気スコアレベル3) になってから表面化すれば、治りにくい病気 (ガン・脳梗塞・認知症など) として現れる。湯船がイッパイになる前段階 (長期邪気スコアレベル2) で表面化すれば、命に別状のない慢性疾患として現れる。
治療というのは本当に重要なのである。ただ単に結果 (症状) だけを良くする考えで治療を行うと、症状は消えてもコップの水は捨てられたのではなく、湯船の方に足されているのである。原因を良くする考えで治療を行うと、コップの水を捨て去って湯船の方は増えない。

とするならば、短期痰湿スコアが合格点 (「新たな痰湿」を生んでいない) ならば、新たな痰湿を掃除する労力が浮くことになる。その労力を使って「古い痰湿」 (長期痰湿スコア) の掃除に手を付けることができるのである。

さらに重要なことがある。僕自身が「古い痰湿」がどの程度のレベルであるかを知り、そのレベルを患者さんに伝え、患者さん自身も現状を知る。知ると、痰湿が取れやすくなるのである。取れやすくなったかどうかは、上章門に手をかざしながらレベルを伝えるとよく分かる。伝えた瞬間に、レベルが少し改善するからである。

長期邪気スコアの診方は、背部兪穴を用いる。広い背部全体で、邪気の中心がどこにあるのかをまずは診る。多くは、右肝兪や右胆兪 (多くは邪熱で現れる) ・右脾兪や右胃兪 (多くは痰湿で現れる) あたりに出る。その深さが深いところまであればあるほど、レベルが重い。ただし、深さというのは上から見ても分かりづらい。そこで横から見るのである。井戸も上から見てもハッキリしないが、横からの断面図を見たら深さがハッキリと分かるではないか。よって、側臥で邪気の「長さ」を測るのである。

この「重症度」を患者さんに伝えると、先ほど言うようにレベルがすこし浅くなる。これは邪気がすでに取れた、あるいは取れやすくなったことを意味する。

このようにしてから正気を補う。すると邪気が取れやすくなる。場合によっては、本症例で2穴目の豊隆に行ったように、邪気を瀉すことができるのである。

本症例ではまず、短期痰湿スコアが合格であることを伝え、ついで長期痰湿スコアがレベル2であることを伝えた。そのうえで正気を百会で補った。すると、脈が実脈を呈して瀉法が可能になった。そこで邪気の種類を調べると痰湿で、空間診をみると右下、痰湿を取るツボである豊隆を診ると「生きたツボ」の反応がある。よって右豊隆に瀉法をした…という段取りである。

「実はね、あの脛の鍼は “勝負” なんです。痰湿を取るツボなんですけど、勝負できる時しか使っちゃダメでね、勝負できないときに鍼しちゃうと効かないばかりか悪化することもあるんです。お相撲さんでたとえるとね、相手の力士がいて、それを押し出すようなものなんです。そのためには、こっちが相手を押し出せるくらい強くないと、勝負を挑んだらダメですね? こっちが弱いのに勝負を挑むと、かえってやられてしまいます。今まで脛の鍼をやってこなかったのは、お母さんの生命力が、痰湿を一気に押し出すだけの力がなかったからです。力はあったのですが、手玉に取るくらいの勢いはなかったのですね。その力が、お母さんに “古い痰湿のレベル” を知ってもらうことで、一気に強くなったんです。 “敵を知り己を知れば百戦して危うからず” っていう言葉が中国にあるんですけど、それで生命力まで上がるってことに最近気づいたんです。」

彼を知り己を知れば百戦殆からず《孫子》

「へええ〜、自分を知るってそんなに大切なことなんですね。」

「そうそう、強さっていうと、筋肉ムキムキで (ファイテングポーズで) さあ来い! ってイメージですけど、そんなのは強さじゃない。たとえば謙虚さ、これは強さなんです。でもお母さんは、その強さはもう持っておられますね。だからここまで奇跡的な回復を見せてきたんです。その強さの上に “自分を知る” という強さを付け加えた。だから膝がまたグッと良くなったんですね。」

当該患者の初診からの様子は、認知症予備軍 (軽度認知障害;MCI) の症例… 素直に信じるという奇跡 に詳しい。

生命力のことを正気という。
生命力を邪魔するもののことを邪気という。

正気を強くし、邪気を押し出す。

自分を知れば正気が強くなる。

正気が邪気を押し出す。

患者さんに邪気 (相手の力士) のレベルを伝えることによって、正気が増したのである。相手力士の強さが分かっていたほうが稽古がしやすい。

預金はどの程度の残高があるか知っていたほうが運用しやすい。
借金もどの程度の額であるか知っていたほうが返済しやすいのである。

正気を増すことを補法という。
邪気を押し出すことを瀉法という。

瀉法は勝負なのだ。

補瀉 (補法と瀉法) って何だろう
正気が「味方」だとすれば、邪気は「敵」です。補法は味方である正気を増やす方法です。瀉法は敵である邪気を追い出す方法です。どういうイメージで補法・瀉法を行えばいいのか、字源・字義にさかのぼって本質に迫ります。

自分を知ることが強さ。
謙虚さも強さ。
犠牲心は得難いものであるが、これを得た人はもっとも強い生命力を身にまとう。

真の強さとはこれを言う。

我利は生命力を弱くする。慎むべきである。

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