ストレスによる胃腸障害

胃腸はデリケートです。ストレスが絡むと、とくにそうですね。

便秘・下痢。… 過敏性腸症候群などです。
拒食・過食。…摂食障害・食欲不振などです。

同じストレスという原因であっても、出たり出なかったり、入ったり入らなかったり…。

これを東洋医学的に考察してみたいと思います。

▶運化・制水・疏泄

その際に用いるキーワードは…

疏泄… 肝の機能
運化… 脾の機能
制水… 脾の機能
です。

これらについて簡単な説明をします。

疏泄とは肝の機能で、スッとよどみなく目的の場所に進んで至ることです。指を動かそう! と思えば、その意志は指先までスッと至り、動かすことができます。目で見よう! と思えば、その意志は目までスッと至り、見ることができます。もちろん、食べたい! と思えばスッと食べられるし、排便したい! と思えばスッと排便できます。

運化とは脾の機能で、飲食物・栄養分・体液を、ジワジワと体に染み込ませたり、ジワジワと肛門に向けて動かす力のことです。雨が降ると土に染み込み、植物の深い根があるところまでジワジワ染み込みますね。

制水とは脾の機能で、体液をむやみに外に漏らさない働きです。尿もれなんかもこれに当てはまります。植木鉢の土は水をシットリと含み、流れ落ちてしまわないですね。土がふんわりしているからです。ジャージャー流れ出たりポタポタ落ちたりするのは、この機能の弱りです。砂土だと流れ落ちます。粘土だと溢れ出ます。脾は土に例えると理解しやすくなります。

 ▶胃腸障害のいろいろ

1.ストレスがあると食欲が増す… という方がいます。ストレス食いです。
2.ストレスがあると食欲がなくなる…という方がいます。
3.ストレスがあると下痢する…という方がいます。
4.ストレスがあると便秘する…という方がいます。

各タイプについて説明します。

▶肝からみた胃腸障害

まず、肝から見た説明です。

先ほど説明したように、肝には「疏泄」という機能があり、それは「よどみなく動かし進むこと」です。進む方向が正しければ肝が正常であるということです。進む方向が誤っていれば肝が異常であるということです。

この異常は、メンタルの要素である 五志の太過不及 により起こります。愛情豊かで人を大切にしたい と思うのは正しい方向です。怒りっぽくて人を傷つけたいと思うのは誤った方向です。

あるいは生まれた環境でも左右されます。ルパンのような泥棒稼業の家に生まれたら、泥棒すること (誤った方向に進むこと) は悪いことだとは感じなくなります。

▶正しい疏泄

進む方向が正しければ、生長収蔵という「大自然の道」に乗ることができます。この「道」は輪のようなサイクルがあり、途中で行き止まりがなく無限に進むことができます。正しい疏泄です。

▶誤った疏泄

進む方向が間違っていれば、生長収蔵の道からはみ出します。サーキットの周回からコースアウトするのです。はみだした道は、一時的に「Ⓐ 楽に進める」ように思えても、いずれ壁にぶち当たり「Ⓑ 行き止まりになる」という結果を来します。「今さえ良ければいい」「自分さえ良ければいい」などで、肝がそういう性質を持ってしまうのです。誤った疏泄です。誤った疏泄は、誤った方向にスッと進んでしまいます。

▶疏泄太過と疏泄不及

Ⓐを疏泄太過といいます。スピードオーバーによるコースアウトです。「よどみなく動かし進むこと」が変な方向に狂います。
Ⓑを疏泄不及といいます。クラッシュです。「よどみなく動かし進むこと」ができなくなります。

1.疏泄太過によって、過食となります。
2.疏泄不及によって、食欲不振となります。
3.疏泄太過によって、下痢が出ます。
4.疏泄不及によって、便秘となります。

▶肝から脾へ

異常な肝は、誤った方向に疏泄 (八つ当たり) しますが、もっともありがちな行く先は「脾」です。戦争に例えるならば、本来攻撃してはならない隣国である脾に、「よどみなく」侵攻するのです。

「肝気横逆」という言葉があります。肝のすぐ「横」には脾があるのです。この脾を、肝は助けるのが「順」です。脾が妻で肝が夫と考えてみましょう。これを「逆」に攻撃してしまう。これが肝気横逆です。その結果として生じた肝実脾虚の病態を「肝脾不和」といいます。

もともと肝には、「よどみなく動かし進む機能」があります。正しい疏泄です。これが狂うと、よどみなく動かしてはならないところを「よどみなく」行います。これが誤った疏泄です。すぐそばにいるパートナーに、よどみなくゲンコツを放つ。ためらいなくDVを行う。

ここで脾がそれを阻もうとする。すると肝の八つ当たりはできなくなり滞ります。疏泄不及です。食欲不振となったり、便秘になったりします。

ここで脾がそれを阻めない。すると「よどみなく動かし進む機能」が負の力として作用し、よどみなくお腹が通る「下痢」になったり、よどみなくノドが通る「過食」になったりします。

前者は脾が押さえつけられています。後者は脾が機能しなくなっています。

▶脾からみた胃腸障害

脾から見た説明です。

さきほど言うように、脾には運化 (動かす力) と制水 (留める力) がありましたね。肝はこれを攻撃し、弱らせます。前述のとおりです。

1.“脾は燥を喜び湿を悪 (にく) む” 。こういう側面をもつ脾が攻撃されると、燥 (空腹感) を喜ぶ働き・湿 (過度の飲食物) を嫌う働きが弱ります。

脾は燥を喜び湿を悪 (にく) む

太陰湿土,得陽始運.陽明燥土,得陰自安.此脾喜剛燥.胃喜柔潤也.
《臨証指南医案・巻二》

2.運化は (食が) 進む力で、これが攻撃されると食欲がなくなります。
3.制水は留める力で、これが攻撃されると、ダダ漏れになります。
4.運化は (大便が肛門に向かって) 進む力で、これが攻撃されると便秘になります。

詳しくは下記をご参考に。

非常に複雑です。この複雑さが摂食障害や過敏性腸症候群の黒幕となります。

上記の内容を用いて、摂食障害と過敏性大腸症候群について、説明します。

▶摂食障害とストレス

摂食障害とは、おもに若い女性が陥りやすい「やせ」への執着によって誘発される病態です。執着は五志の太過不及 によって起こると考えられます。

しかしここでは、一般的な「ストレスによる食べすぎ」「ストレスによる食欲不振」も織り交ぜて考えます。

共通するのは…
・必要な食事を食べられない
・必要以上に食べ過ぎる
です。多くはこれを交互に繰り返します。

摂食障害は、
・食べた後に (意図的に) 吐く
が加わります。

▶食欲不振と食欲過多のシーソー

食欲不振は陰 (疏泄不及) です。
食欲過多は陽 (疏泄太過) です。

陰陽にはつながりがあります。陰が極まると陽となり、陽が極まると陰となります。

このシーソーの主役は、ある日突然入れ替わります。

▶疏泄の異常

疏泄は肝でしたね。誤った疏泄になっています。食べ物は命です。動植物は、その生命を我々に提供してくれています。これを好きだの嫌いだのと文句をいうのは、もったいない話です。

大自然は我々人間と同じように、動植物も養う大きな「組織」です。われわれは、その大きな組織の一細胞に過ぎません。そういう価値観を持ちたいですね。きっと「生長収蔵」の大きな流れに乗ることができ、正しい疏泄が機能することでしょう。

▶食欲に関するいろいろ

▶過食…満腹感がなくなる

肝は横にある脾を攻撃する (肝気横逆) という説明を、先程しましたね。

肝は夫でもあり社会人でもあります。よって、すぐ隣にいる脾 (妻) だけでなく、すぐ上にいる肺 (上司) を攻撃する場合もあります。これを肝気上逆といいます。 こうなると、肺は「感覚」を主 (つかさど) るので、満腹感という「感覚」がなくなるという側面もあります。

肝が実働部隊の隊長 (将軍) だとすると、肺は上官 (宰相) です。上官の作ったルールを打ち破って、好き放題をやる。これが「感覚がなくなる」ということです。

▶食欲はあるが食べられない

先程あげた引用をもう一度ご覧ください。

太陰湿土,得陽始運.陽明燥土,得陰自安.此脾喜剛燥.胃喜柔潤也.
《臨証指南医案・巻二》

“脾は燥を喜び湿を悪 (にく) む” …これは先程の法則ですが、これと同時にもう一つの法則があります。

“胃は潤を喜び燥を悪 (にく) む”

「胃が乾く病態」を胃陰虚といいます。胃陰虚の特徴は、空腹感はあるが食欲が無いということです。陰虚の「虚」というのは生命力が弱くなった状態を示します。絶えず「誤った疏泄」が脾胃を攻撃し、生命の乾きが起こった状態です。少し陰 (みずみずしいサッパリとした果物など) を補うと、それが呼び水となって食事が取れるようになることがあります。

▶気持ち悪さ

脾と胃は陰陽関係にあります。つまり両者は一枚の紙の裏表であり、一体です。

よって、肝気横逆の矛先は胃にも向けられます。

胃には「下降作用」があります。口から肛門に向けて下に下に行く力です。これがやられると、下に行くことができないので、気持ち悪くなったり吐きたくなったりします。

胃の下降作用ができなくなることを胃気上逆といいます。主な症状は嘔吐です。拒食症の特徴でもあり、そのバックには「誤った肝気」が隠れていることがわかります。

将軍である肝は、宰相 (肺) を幽閉するくらいの武力をもっています。その武力は、肺が定めた「下降というルール」を無視した激しい嘔吐となります。そもそも、このように将軍が狂った行動をとってしまうのは、君主 (心) がちゃんとしていないからです。君主・相傅・将軍…十二官における臓腑観 を参考にしてください。

心が過つと、肝が狂い、肺が身動きできなくなり、脾が弱くなってしまうのです。

▶食欲そのものがない

心 (メンタル) の問題だけの時期ならば、それを解決すれば回復します。しかし、慢性化すると肝・肺・脾が弱り、最終的には生命力の根幹 (腎) の弱りが起こります。こうなると、食欲そのものが無くなるだけでなく、衰弱の危険があります。

最初はメンタルの問題が大きかったとしても、それが慢性化すると、やがて脾の弱りとなり、腎の弱りとなり、回復に時間がかかることになります。

誤った疏泄は、脾を弱らせます。脾は大地と相似関係にあり、これが弱ると大地の根幹である地球そのものが弱ります。すなわち生命そのものが弱る。食事は元気のもとで、生命の根幹をも補います。

 ▶過敏性腸症候群とストレス

過敏性腸症候群とは。

・便秘と下痢の繰り返し。
・便秘は無く下痢のみ。
・便秘だが小口が出ると後は下痢。
・小口がすごく固いのでお腹がすごく痛い。
・ひどい便秘のはずが、いきなり失禁する。

過敏性腸症候群の複雑な症状の例です。人それぞれの細かい特徴が、その人の便通異常の原因を暗示しています。ここまでの説明で、これら症状がなぜ起こるかがある程度わかると思います。

▶急転直下の変化

ストレスは肝の異常となり、肝気を滞らせ気滞を生じます。肝鬱気滞です。先程の分類では、疏泄不及です。滞ってイライラします。

それがピークに達すると肝気横逆が起こり、こんどは脾虚が主役になります。肝と脾は夫婦なので、陰陽の転化が起こるのです。イライラから一転、体がだるい、やる気が出ない…。

躁から鬱へ。肝が原因なのか、脾が主に原因になっているのかで、症状が変わります。

このように、肝鬱と脾虚はひとつながりです。

この流動的な病態が、そのまま便通異常となります。すなわち、肝鬱気滞で便も滞る。脾に嘔逆すれば便がむなしく流れ出ます。肝鬱気滞から脾虚不制水に、一瞬にして急転直下の変化を見せたのです。これがストレス性の下痢の病理です。

慢性化すればするほど、ここに血虚が絡みます。「肝鬱による血虚」のレベル (肝血虚) なら便はカチカチに、「脾虚による血虚」のレベル (脾虚気血化源不足) なら制水も機能せず下痢に…。そして血虚は、ストレスを感じやすい体質 (肝鬱気滞) をより治りにくいものにします。

▶大腸がんに移行する危険

便秘と下痢を繰り返す…というのは、気滞という病理産物の存在と、脾虚や血虚という体力の弱りが混在する状態です。脾虚で運化できないと痰湿をためやすく、気滞が長くどどまると邪熱を生みやすく、気滞や邪熱は瘀血を生みます。

体力の弱りがあるだけに、こうした4つの病理産物 (気滞・痰湿・邪熱・瘀血) は固着化しやすくなります。4つの副産物が一つに結び付くと、癌を形成するとされます。

一般的に、下痢と便秘を繰り返すものは大腸がんに移行する危険性があるといわれますが、それを東洋医学から見たときの説明です。

▶まとめ

胃腸とストレスのからみについて、東洋医学的な「肝」と「脾」に焦点をしぼって読み解きました。意外な病気や危険な状態にもつながりかねないことがよくわかりましたね。

ストレスが長引くと、体が傷つきます。その傷口がふさがらない状態だと、些細なことが大きく心にダメージを与えます。その大きなストレスが、さらに体に負った傷口を広げるのです。このような悪循環を断つためには、体から治療することが近道となる場合があります。

もちろん、メンタルからアプローチするほうが近道の場合もあります。

メンタルとフィジカルは陰陽で、どちらに偏っても良い治療とは言えません。

気持ちの問題としてのストレス、そしてそれが体とどのように関わり合うのか…「心身一如」です。これは慎重に考える必要があります。

東洋医学には、様々なヒントが散りばめられていると思います。

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