腸閉塞 (イレウス) …東洋医学から見た症例の考察

症例

初診までの経過

76歳。男性。

腸閉塞 (イレウス) 。救急で5回運ばれている。腹痛発作はいつも夜間に起こる。

  • 40歳      鼠径ヘルニア
  • ✕✕年10月下旬 イレウス。ヘルニア型嵌頓 (かんとん)。 指で押し込んでもらう。
  •    11月初旬 イレウス。入院 (〜11月16日)。 
  •    11月上旬 手術。閉塞を起こす腸の細くなった部分を2箇所除去する。
  •    12月上旬 手術。ヘルニア門を左右とも修復する。
鼠径ヘルニアとは|国立国際医療研究センター病院

…これで痛みの再発はないかと思われたが、4ヶ月後に油汗が止まらないレベルの激痛にたびたび見舞われることになる。

翌年

  • 4月上旬 イレウス。入院 (〜4月中旬)。
  • 5月中旬 腹痛。ガスがたまり、イレウス様だが閉塞箇所が認められない。原因不明。
  • 5月下旬 腹痛入院 (〜6月上旬)。やはり閉塞箇所が認められない。重症便秘症と告げられる。
  • 6月7日 当院初診。

初診 (6/7)

  • 腸の手術をしてもなお、イレウス様の激痛が起こる。最後の望みを託しての受診である。
  • 便秘がひどく、4日に1回。下剤:8錠/日。
  • 度重なる腹痛のため、この半年あまりで13kgやせた。るい痩がみられる。少量しか食べられないため、間食を摂取している。
  • アキレス腱付近がだるい。
  • 夜間尿が2回。
  • 手足の冷えがひどい。初診の治療後、手は温まるが足は冷たいまま。

右外関に鍼。

2診〜18診 (6/8〜29)

18診までの変化は以下の通りである。

  • 初診以来、毎日便通がある。下剤:2錠/日。
  • 初診以来、夜間尿は0〜1回に減った。よく眠れる。
  • 食欲が出た。
  • アキレス腱のだるさは10→4に減少。
  • 手は治療前から温かくなる。足は治療後に温かくなる。

大きな腹痛は今のところ出ていない。

用いた穴処は、右外関。もしくは関元。

19診 (7/1)

一昨日 (18診:6/29) の夜に腹痛があった。夜8時ごろから朝の4時頃まで痛みで寝ていない。

救急を呼ぼうかとも思ったが翌朝まで辛抱し、近くの病院でCTを撮ってもらう。ガスがたくさん溜まっていて、少し炎症を起こしているとの所見。イレウスの特徴である。

昨日 (6/30) の夜も同じく腹痛があった。弊院は定休日で受診できず。

今夜も腹痛を起こす可能性がある。

急を安に転ずることができるか。凄みのある場面だが、こういうのを何度も乗り越えている。

診察

望診で表証がある。天突で診断する。
左肺兪〜左厥陰兪にかけて虚の反応がある。浮脈ではないが間違いない。表証だ。

これまでの治療で温まってきていた手足が、また非常に冷たくなっている。

この患者さんは、もともと表証の所見が見られない。にもかかわらず、表証が出ているということは、何かいつもと変わったことがあったはずだ。

「カゼを引いたみたいになっているんです。カゼを引くと、寒気がしたり、体の節々が痛くなったりすることがあるでしょ? 外から寒が入ると体の循環が急にフリーズするんです。だから腸管も動きを止めてしまったんですね。もともとウイークポイントがあったら、その症状が派手に出ます。それからカゼって急に引くものですね。だから急に症状が悪化します。〇〇さんの場合は、急にお腹が痛くなった。カゼだと思ってください。6月29日の夕方から夜にかけて、寒いな…と思った記憶はないですか?」

「そういえば、食事前に風呂に入りました。関係あるかどうか分かりませんが…。」

「食事前の風呂は、よく入られるんですか?」

「めったにないです。」

脈診で調べる。今日は表証があるので風呂はダメだが、明日以降は…。
食後休憩してからならOK。食前はアウト。
原因はおそらくこれだ。

脈診で “体の声” を聞く
藤本蓮風先生の御尊父、藤本和風先生。その患者さんが、かつて近所におられた。その方いわく、「ピーナッツが好きでね、でも和風先生は脈を診て、” ピーナッツは一日〇〇個までやで ”っておっしゃるんです。」僕が鍼灸学校に通っていたころだった。

「原因は “食前の風呂” ですね。湯冷めしたのかも知れません。体重が10kg以上も減って、体力が落ちているので、空腹時にお風呂に入ると、寒さから身をガードする力が弱って、やられやすくなると思います。」

「そういえば…。今までイレウスを起こした時、食前風呂に入った後が多かったと思います。」

「いま、お腹は痛みは?」

「少し痛いです。ガスが溜まっているせいか、膨満感があります。」

治療

右外関に2番鍼を2mm刺入。平補平瀉。5分置鍼。

冷たかった手足が温まる。

表証の反応 (天突・肺兪) は除かれた。手足の温かさが持続し表証が復活しない限り、痛みの原因となる内熱 (炎症) はドンドン発散されていくはずだ。

「いま、痛みは?」

「ああ、少しマシなような気がします。」

そのまま15分休んでいただく。その間にもっと腹痛がマシになった。

  1. 今日の入浴はしないこと
  2. 温かいものを飲食すること (初診時から気をつけていただいている)
  3. 今日の外出は控えること

以上を伝える。弊院で推奨する「表証のときの注意事項」である。

20診 (7/2)

「きのう、あれから帰宅してすぐ、ガスがたくさん出ました。今朝もガスがたくさん出て、膨満感が楽になりました。痛みもなく、熟睡しました。今日はこれから、昨日の病院に来るように言われているので行きます。」

治療同前。

入浴はしてもよいと伝える。ただし食前は禁止。

21診 (7/3)

「病院で調べてもらったら、炎症も治まっているし、ガスもなくなっているし、腸はよく動いていると言われました。今朝もガスがたくさん出ました。」

治療同前。

結胸証とは

イレウスは結胸証

東洋医学では、腸閉塞は 結胸証を参考にする。

結胸証とは何だろう。

陳尭道の説明が簡潔なので引用する。

…反下之、則外邪乗虚内陥、結於心下、乃為結胸也、按之則痛、小結胸也、小陥胸湯主之、不按亦痛、大結胸也、大陥胸湯主之。

【訳】 (表証があるのに) これに下法をかけると、外邪が虚に乗じて内陥し、心下に結した。これがすなわち「結胸」である。 (心下を) 押さえて痛むものは「小結胸」であり、小陥胸湯が主治する。押さえなくても痛むものは「大結胸」であり、大陥胸湯が主治する。

【解説】結胸とは、心窩部 (上腹部・みぞおち) を中心に腹が痛いものを言う。心窩部に “邪気の結集” があり、しかも誤下したと同等の “裏の弱り” がある。虚実錯雑である。腹部を押さえると圧痛があって自発痛がなければ小結胸、圧痛もあるがそれ以前に自発痛があるものは大結胸である。

腹痛が心窩部から始まり、重症度が高いほどそれが腹部全体に広がる。
心窩部が硬くなり押さえると痛く、重症度が高いほどそれが腹部全体に広がる。
押さえなくても痛いものは重症である。
それが結胸証である。

重症の急性腹症は心窩部から

虫垂炎も心窩部から痛みが始まることがある。重篤な急性腹症は大結胸証と考えていいだろう。つまり、痛みの激しいイレウスはこの大陥胸湯証が参考になる。

当該患者のケースではどうだろう。

  • “手術前” は、単にヘルニアを起こしたところ (下腹部) のみが痛いだけだった。
  • “手術後” は、上腹部から始まって痛みが腹部全体にに及んだ。あぶら汗がとめどなく流れた。
  • “19診” は、上腹部が痛んだが、 “手術後” と比べると半分以下の痛みだった。 汗もそう出なかった。

上腹部が痛いかどうか、その痛みが腹部全体に及ぶかどうか、これが劇症かどうかの指標になる。

  • “手術前” は結胸証とは言えない。単にヘルニアを指で押し込むべき病態。
  • “手術後” は大結胸証 (⧻) 。
  • “19診” は大結胸証 (+) 。

傷寒論にみるイレウス

傷寒論 “大陥胸湯” の条文を読み解く。この病態は大結胸証である。

太陽病、脈浮而動数、頭痛、発熱、微盗汗出、而反悪寒者、表未解也、
医反下之、動数変遅、
膈内拒痛、胃中空虚、客気動膈、短気躁煩、心中懊憹、
陽気内陥、心下因鞕、則為結胸、大陥胸湯主之、
<傷寒論>

【解説】
太陽病、脈浮而動数、頭痛、発熱、微盗汗出、而反悪寒者、表未解也…表証がまだ解していない。

  • 動数…動脈と数脈のこと。
  • 動脈…滑脈+数脈の強烈バージョン + 短脈
  • 滑脈…大陥胸湯証では実熱を示す。
  • 短脈…脈の去来が短い。推動不足。もともと気滞が強い。気滞が強いと寒熱が交流せず、寒は寒、熱は熱になってしまう。
  • 数脈…大陥胸湯証では熱をしめす。また生命の家屋である陰陽そのものの存亡危機を示す。

医反下之、動数変遅…医者が誤って下剤を服用させたため脾胃を冷やし、脈は滑脈 (熱) から遅脈 (寒) に変わった。

  • 遅脈…寒証を示すことが多いが、大承気湯証 (腑気不通) の場合もある。総じて言えば、極端な推動不足である。推動不足があると、寒熱が交流せず、寒は寒、熱は熱になってしまう。

膈内拒痛腸管と腹筋をへだてる “膜”(膈) が、人の手をさえぎるほどに激しく痛む。
胃中空虚…胃家実 (陽明病) ではない。
客気動膈…水寒の邪と、強烈な邪熱が、互いに “膜” でぶつかり合い、突沸して激動する。
短気躁煩、心中懊憹…ハアハアして煩躁し、懊悩する。
陽気内陥、心下因鞕…内陥して火邪となり、水寒と結びついて、心下から腹部全体が硬くなる。

突沸とは

以上が条文の解釈である。

ややこしいが要は、 “寒” と “熱” が激しくぶつかり合って、突沸を起こすということである。

突沸とは、例えばナベに冷たい水を入れておいて、そこに高温に熱した焼け石を放り込むと、爆発するような沸騰の仕方をする。電子レンジで卵を熱する、いわゆる爆発卵も突沸だ。ドロッとした冷たいスープを大きな深鍋に満タン容れて、下から強火で熱すると、爆発してスープのほとんどが飛び散る。これらは、寒と熱がぶつかり合うことによって、激しい “動” を起こすのである。 “客気動膈” とはこの事を言うと思われる。

ドロッとしていると寒と熱が入り混じらず、突沸が起こりやすくなる。当該患者は、この半年あまりで13kg体重が減少したが、栄養は普通の食材で摂取するように指導している。気にしすぎて不自然に栄養を摂ろうとすると、ドロッとして循環が滞る。突沸が起こりやすくなるのだ。

イレウスの激しさは、突沸と相関する。

この突沸が、まず上腹部 (みぞおち) に起こる。重症度が高いほど、それが腹部全体に広がる。

当該患者は、ヘルニア嵌頓 (かんとん) の原因を、手術で除去・修復した、そしてその後も急性腹症が持続した。こういうことはあり得ることだ。結胸証という体質が持続すれば、症状が持続する。

寒を取れば熱が取れる

当該患者においては、

  • 手足の著しい冷えは、水寒の邪を示す。
  • 足のだるさは、水寒の邪によるもので、水は下に下る性質があるために足に症状が出る。
  • 夜間尿は、水寒の邪の停滞があって日中に処理しきれず、夜間に残業を行ったものである。

こうした冷えを、表証が急激に後押しした。

冷えを上手に取れば、内熱は自然と冷めていく。つまり魔法瓶のように外が冷たく中が熱い状態なので、普通の容器に変える (冷えをなくす) と、自然と熱湯が冷めていくように、内熱を取っていく。

このような病因病理が理解できていなければ、イレウスは安易に手を出せる病態ではない。それなりの知識と経験と、そして覚悟がいる。

術者の診断、患者の信念

以上のような病因病理があり、イレウスを起こしたのである。

“食前風呂” が引き金であると見抜く。この難しさである。病因はほんのささいな生活習慣の中にあり、生活習慣は患者さんにしか分からないもので、術者はどんなに学識があっても、患者さんの生活は患者さんから教わらなければ知ることはできない。患者さんと同じ目線を欠いては、正しい診断はできないのだ。

また、食前か食後かということ以前に、表証があれば、そもそも入浴は禁忌である。今夜の入浴を控えるよう指導しなければ、このようなスムーズな改善は見込めなかっただろう。表証を見抜く診断技術と、表証がどのように結胸証 (イレウス) と関わるかという臨床知識である。

これは術者側からみた療治である。

表証…カゼ (風邪・感冒) を治す意味
表証と呼ばれる概念の中にカゼ (感冒) があります。これを治療することは中医学の弁証論治の基本です。表証を見破り、慢性的な表証を治療することも大切ですが、もっと大切なのは、裏証を治療するためです。表裏は一枚の紙の表と裏で、一体のものです。

イレウスという疾患にあって、大切なお体をお任せいただいているのは、ひとえに当該患者の「信念」の確かさにある。いつも奥様同伴で来院されるが、帰り際、なにかと「ありがとう」と繰り返し奥様に言葉をかけられる姿が強く印象に残る。「先生のおっしゃることは、全て忠実に実践しています」…そう常におっしゃる。

これは患者側から見た療治である。

「先生にもう少し早く出会えていたら、イレウスは起こさなかったかも知れません。縁あって今こうやって来させてもらっていますが、もしこのご縁がなければ、今頃どうなっていたか分かりません。」

冥利に尽きるお言葉をいただいた。

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