更年期障害…東洋医学から見た原因と治療法

突然カーッと熱くなり、汗が噴き出る。汗が引いたと思えば、体力が奪われたような疲労感。更年期障害の症状は多岐に渡りますが、ホットフラッシュはその筆頭に挙げられる症状です。

大河ドラマの「龍馬伝」をご覧になった方は覚えておられるでしょうか。福山雅治さん演じる坂本龍馬が近江屋で切られ、命を落とすシーン。刀で切られながらも、即死とはならず、最期の時を待つばかりの痛々しい場面です。このとき、息も絶え絶えの龍馬は、全身から珠のような油のような汗を大量に流します。これはたぶん忠実な描写なのだと思います。

いろんな汗がありますね。暑いと汗が出る。汗をかいたらカゼが治った。冬でも寝汗が出る。汗って何だろう。この考察は、ホットフラッシュを考える上でも欠かせません。東洋医学では、汗をどのように考えているのでしょうか。

さて、いつものことながら、東洋医学独特の「たとえ」をつかい、発汗のメカニズムを解いていきましょう。

東洋医学は、なぜ「たとえ」を多用するのでしょうか。
「東洋医学の気って何だろう」をご参考に

陰陽で汗を解剖

人体を、西洋医学的な物質的アプローチではなく、東洋医学的な機能的アプローチの切り口で見るとき、陰陽論を使うと分析しやすくなります。東洋医学は陰陽論を基礎にする医学です。
・陰とは静寂。
・陽とは活動。
まずはこう考えて下さい。

静と動は相対する概念であり、同時に協調して生命を営みます。つまり、陰と陽は生命力で、生命=陰陽です。静がなければ動は無く、動がなければ静はありません。寝ないと動けない。もうひとつ言えば、動がなければ生命ではありません。陰がなければ陽は作られず、陽がなければ陰は作られません。陽がなくなると生命活動は停止します。

また陰は水であり、陽は火でもあります。水と火は、静と動よりも具現化して陰陽を例えたものです。

汗は水分なので陰に属します。同時に、汗とともに火 (熱) が漏れるので、汗は陽でもあります。汗をかくと体温が下がりますよね。このように汗は、陰・陽どちらの意味も持ちます。少しややこしいと思います。もう少し詳しく見ていきましょう。

営衛不和とは

陽浮陰弱

東洋医学の原典の一つ、傷寒論 (漢代) に以下の記載があります。

陽浮者、熱自発、陰弱者、汗自出、<傷寒論>

【訓】陽浮なるものは熱自ずと発す。陰弱なるものは汗自ずと出づ。

【訳】陽が浮いていると熱が勝手に出る。陰が弱いと汗が勝手に出る。

【解説】
陽が浮くとは、浅いところ (衛気の領域) に、余分な陽があるということ。
陰が弱いとは、その陽を縁の下 (深いところ・営気の領域) で支える陰が、その陽に比べて弱いということ。
陽>陰。もし、陽が強いと体温が上昇します。このとき同時に、相対的に陰は弱くなり、発汗が起こります。

治法:調和営衛。
方薬:桂枝湯。
鍼灸:申脈・外関・中脘・脾兪など。

営衛不和の私見

簡単に説明すると上記のようになります。しかし、もう少し詳しく解説します。

その解説を試みる前に、まず前提があります。陰・陽というものは、親子関係・男女関係のように結びつき、抱き合っているのが原則であるということです。つまり、陽 (温かさ) と陰 (体液) は、抱き合って “温かい体液” になります。また陽 (外・浅部) と陰 (内・深部) も、抱き合って一つの形体を保持します。これらは生命の証とも言えるでしょう。

これを踏まえて “陽浮・陰弱” についてです。

陽浮の中にも、陽 (温かさ) と陰 (体液) があります。陰弱の中にも、陽 (温かさ) と陰 (体液) があります。健康な本来の姿であれば、陽は浮かず陰は弱らず、生命の内外をまんべんなく温かい体液がめぐります。ところが、陽浮陰弱になった。つまり陰 (内・深部) が弱ったために、陽 (外・浅部) が強くなった。これは陰らしさ・陽らしさが失われたということです。深部の温かい体液を見捨てて、浅部の温かい体液は外に外に、抱き合っていたはずの陰陽はバラバラになろうとするのです。親元を離れて行く不良の子供のようです。

親元を去った浅部の温かい体液は、こちらは陰 (体液) と陽 (温かさ) は離決せずに、親元を離れます。まるで男女の駆け落ちのようです。こうして温かさ (陽) も汗 (陰) も体から立ち去ってしまう、外泄してしまうのです。

つまり「営 (陰) 衛 (陽) 不和」とは、内外陰陽の抱き合う姿が「和さない」状態で、発汗し陰を失い、同時に陽を失う状態といえます。

慢性的な営衛不和は慢性的に気血不足となって、気虚不固を起こします。
急性の営衛不和は外邪の影響を受けて起こったものです。

営衛不和=陽浮陰弱です。これは汗病における証の一つとして独立したものですが、同時に、どんな汗にもこの法則が当てはまります。

この法則から以下のような分析が可能です。

いろんな汗の分析

生理的な発汗

暑いと汗が出て涼しくなるのは正常です。体が健康なら、発汗とともに余分な陽 (余分な体温) が漏れるので、発熱することはありません。暑くても、体温が上がらないように調節できるということです。

陽浮となって体温が上がろうとしますが、同時に相対的な陰弱が起こって発汗し、上がろうとする体温 (陽浮) を奪い、陰陽 (営衛) は調和します。その目的が達成できれば、発汗は止まります。

健康ならこのようになります。

また、汗が出てカゼが治ることもがあります。これも健康的な汗です。カゼが治る寸前の発汗は、異常な陽が正常な陽に押し出される形で汗が出ます。このときは爽快感を伴います。

微似汗…ジワッとした汗◀傷寒論私見…桂枝湯〔12〕 をご参考に。

肺衛不固

顔色が悪く、寡黙で、食が細く、動きたがらないような体の弱い人は、気虚です。こういうタイプの人が、発汗が止まらない場合があります。

冷たい汗です。暑くもないのに汗が止まりません。気には温煦作用があるので、気虚で発汗するとやや寒く感じます。

気虚証 をご参考に。

陰 (深部) 、陽 (浅部) ともに気で満たされていれば問題ないのですが、気虚で気が陰 (深部) のみしか守れず、陽 (浅部) を制御できなくなると、陽 (浅部) は陰 (深部) と離決し、浅部の陰 (体液) と陽 (温かさ) が外泄します。駆け落ちですね。外泄するときは陽浮陰弱になっています。

この場合は、何らかの原因で急性に気虚をひどくしています。よって気虚を元のレベルに戻せば、駆け落ちした “温かい体液” が戻ってきます。

以上が基本病理ですが、肺気が特にやられる理由を説明します。気には防御作用があるのですが、内外ともにまんべんなく防御するのが正常な姿です。詳しくいうと、気は体の内側を満たすことをまず優先し、その過剰分つまり余りの気で、体の外側を温め、バリアのように防御します。そのため、気虚で防御できなくなると、結果として外側から防御が弱ってきます。外側、すなわち皮膚は肺の領域です。

肺生皮毛.<素問・陰陽應象大論 05>.

よって、気が消耗し固摂が弱るとき、まず肺が皮膚表面を衛護する働きから弱ることが多い。簡単に言うと、最前線の味方を見捨て、最前線を後退させるのです。見捨てられた味方が “温かい体液” として外泄されます。これが、固摂ができなくて汗が出る姿です。

こうして皮膚表面の気が足りなくなると、外邪が侵入しやすくなります。バリアが弱くなり、外邪の一つである風邪が侵入して風穴を開ける。風邪はデタラメに疏泄するので、その風穴から汗がデタラメに漏れ出す。こうなると営衛不和です。

発汗後、脱力感が出てしんどいのは、陰 (汗) とともに陽 (活動力) がもれているからです。陰 (汗) がもれるとドンドン陽 (活動力) も漏れ、するとまた汗が漏れますから、まず気を補って固摂を高め、汗を止めることが必要です。

食べすぎ・動きすぎは、気血生化の源である脾を弱らせるので禁忌です。

治法:益気固表。
方薬:玉屏風散。…黄耆・白朮・防風。
鍼灸:申脈・中脘・脾兪・外関など。

心血不足

心配事が多くなったときに、汗が出やすくなります。

取越苦労や過ぎ越し苦労ばかりしていると、精神疲労によって心血が消耗します。精神疲労はハアハアすることがありませんので、自覚症状は出ず、最初のうちは血だけが消耗します。血は石油ストーブの石油のようなもので、石油が減ったからと言って、すぐにストーブが消えるわけではありません。

しかしあるラインを超えて血が消耗すると、自覚症状として現れます。それが気虚です。

陰 (血) と陽 (気) は抱き合っていますが、血 (陰) がドンドン消耗し小さくなると、気を抱ききれなくなり、抱ききれない気は外泄してしまいます。気 (陽) には体液 (陰) が抱きついていますので、気とともに体液 (汗) が漏れ出します。陽浮陰弱の構図があります。

血や体液を作り、血や体液を保持する働きをもつ脾を強くしつつ、心血を補うことが治療の要点となります。

治法:補法心養血。
方薬:帰脾湯。
鍼灸:神門・三陰交・中脘・脾兪など。

陰虚火旺

高齢者に多い発汗のパターンです。

陰虚には邪熱が伴うことが多いです。この邪熱は、陰 (クールダウンする機能) を補えば取れますので、実熱ではなく虚熱です。陽浮陰弱になっていますね。

邪熱の特徴は、午後から症状が顕著になることです。

午後、特に夕方以降になると、日中の陽 (活動力) が、体にしまい込まれていきます。その際、もともと陰が不足していると、陽を中和できず、相対的に陽の過多になって、カーっと熱くなったり発汗したりします。

寝ると特にこれが顕著になり、その時の発汗が寝汗です。寝汗の原因は陰の不足なので、寝汗をかけばかくほど陰を消耗することになります。

陰虚の原因は老化が挙げられます。

治法:滋陰降火。
方薬:当帰六黄湯。…当帰・生地黄・熟地黄・黄連、黄芩、黄柏・黄耆。
鍼灸:照海・腎兪・大巨・陰谷・百会など。

邪熱郁蒸

邪熱がこもると、熱い汗が出ます。

カーっと熱くなったり熱っぽさを伴ったりします。邪熱が強すぎて、相対的に陰弱になっているので発汗します。汗 (陰) が漏れるとますます陰弱になり、発汗が止まらなくなります。

本来の正常な状態ならは、発汗して熱が漏れて涼しくなるので、熱っぽさ (陽浮) はなくなり、相対的に陰弱ではなくなるので、発汗が止まります。

邪熱はすべて、午後以降、とくに夕方から症状がより激しくなります。

邪熱の主な原因は、ストレス・食べすぎです。

治法:清肝泄熱,化湿和営。
方薬:竜胆瀉肝湯。…竜胆草・黄芩・山栀子・柴胡。澤瀉・木通・車前子。当帰・生地黄。甘草。
鍼灸:百会・肝兪・蠡溝・後渓・内関・行間など。

カゼによる高熱でも汗が出ることがあります。この場合は暑邪・火邪などによる邪熱です。

亡陽…いまわの際の汗

坂本龍馬が切られた場面をイメージします。

まず、切られたことで陰 (血) を激しく消耗します。

もそも陰と陽は、こがれ合う男女のような関係です。極端に弱った陰は、陽を引き付ける力を持たず、そのため陽は陰を見捨てて体を離れてしまう。このとき、陽は今まで抱きついていた体液 (陰) もろとも外泄しますので、大量の汗とともに陽が離散することとなり、死に至ります。

これも、陽浮・陰弱の法則により、発汗します。

汗のルートを開くもの

疏泄太過

視点を少し変えてみます。

発汗の機序として大切な事があります。それは発汗するための水のルートを開く力です。これには、肝の「条達」 (疏泄) が働いています。条とは筋道のことでしたね。道を開いて通りやすくする力です。これが条達です。肝の条達は人体の正常な循環に不可欠です。

さて、いま言う条達はもちろん正常な働きですが、正常があれば異常がある。陰陽論の考え方です。条達にも、誤った条達があります。誤った条達の正体は「疏泄太過」です。

疏泄太過は陰静の弱りによって起こると考えています。静けさの欠如、つまり興奮状態です。生まれながらに陰精の弱りがある場合、血虚によって起こる場合、老化による陰虚によって起こる場合があります。

陰が陽をつなぎ止められない。陽が陰に未練がない。そして陽は体液と抱き合いながら外泄する…という構図は前述のとおりです。

疏泄太過って何だろう をご参考に。

内風と外風

「風」も発汗の機序として重要です。血虚生風と言われるように、血虚が深く関わります。

風はデタラメに吹きますね。そして風は風穴を開ける力があり、隙間を縫ってルートを開きます。風には「内風」と「外風 (風邪) 」があり、どちらもデタラメで誤った道を開いて、発汗異常の原因となります。

内風は、陰の弱り、あるいは陽の亢進によっておこります。火が風を起こすのに似た現象が人体にも起こります。陰の弱りも陽の亢進も火を生みます。その火が風を起こすのです。

カゼで寒気がして汗が出て止まらない…というのは外風によるもの。
高熱で汗が止まらない…というのは、熱から生じた内風が汗のルートを開いています。肝による正しいルートではなく、邪熱を退けるという目的を持たないデタラメな発汗なので、熱を退けることができません。

これら以外でも、気温が高くないのに汗が噴き出るのは、外風または内風がルートを開いているからです。

内風については「アトピー…東洋医学から見た4つの原因と治療法」で詳しく解説しています。

ホットフラッシュのメカニズム

加齢は陰を損なう

さて、本題のホットフラッシュは…。

実はここまでの説明が、みなホットフラッシュと関係します。

まず、50歳前後になると、誰しも体力の弱りが出てきます。年齢による弱りは陰の弱りです。そもそも、陰は臍下丹田にあって、人体の最深部にあるコアです。引力=求心力を持つ地球のコアと同じもの。これが求心力となって陽を出し入れします。

その陰が弱る (陰弱) と、陽 (浅部) は陰 (深部) につなぎとめてもらえず、むなしく浮揚します (陽浮) 。疏泄太過あるいは内風が先導役となってルートを開き、陽は体液 (陰) を抱いたまま浮揚し、体外に漏れ出します。これがホットフラッシュの発汗です。

ほてり・首の凝り

もう少し詳しく説明しましょう。

浮揚した陽の一部は上昇し、顔のほてりや熱感を生じます。上で滞ると首の凝りを生じます。発汗が起こると、それでなくても弱っている陰が漏れ出すのですから陰を大きく損ないます。陰と同時に、陽 (活動力=気) も漏れて、脱力感が生じます。寝汗の病理と同じく、陰が不足し、陽の過多は相対的です。原因は陰の不足なので、いくら汗をかいても陰を消耗するばかり。陽の過多は相対的なので、退けようがなく、かえって気を漏らすというわけです。

陽が陰に勝つ。精神的にも肉体的にも興奮状態となります。ホットフラッシュはその代表的な表現と言えます。

それがもう一歩進むと精神的にも肉体的にも脱力状態となります。更年期の本当の辛さはここにあります。

その他の更年期障害の症状

更年期障害の症状は多岐に渡りますが、基本は陰虚陽亢です。

・動悸… 陰虚による血虚、もしくは陽亢による心火。
・頭痛・後頭部の重さ・めまい・耳鳴り… 陰虚陽亢。
・疲れやすい… 気陰両虚による正気の不足。
・体重増加… 陽亢の背後にある肝鬱による過食。
・やせ… 陰虚。
・冷え・頻尿… 陰虚陽亢による上実下虚。あるいは陰虚にともなう陽虚。
・抜け毛… 陰虚による血虚。

ここまでのまとめ

ホットフラッシュののぼせは、陰 (求心力) の弱り。陽が逆上し、顔が火照ったり、首が凝ったりする。
ホットフラッシュの発汗は、陰 (求心力) の弱りにより、陽が外に漏れた状態。陽浮・陰弱の条件を満たし、発汗する。発汗は陰・陽をともに損ない、脱力感を生じる。

治療

陰虚陽亢の治療が軸になります。

陰虚 (陰の弱り) が中心の場合は、腎兪・大巨・陰谷・照海などを用います。
陽亢 (陽の逆上) が中心の場合は、百会・後渓・内関・行間などを用います。

陰虚と陽亢は互いに関係しあっていて、人により比重は様々です。それを見極めてサジ加減をおこないます。
こうした治療により、内風を鎮静化しながら、陽亢を静め、陰を養い、生命を安寧に導きます。

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