下肢静脈瘤…東洋医学から見た症例の考察

女性。67歳。2023年9月7日。
下肢静脈瘤の痛み。

諸症状緩解後も定期的に通院されている患者さんである。
この日は静脈瘤の痛みを訴えられた。

望聞問切

【現在の症状】
昨日から、下肢静脈瘤が痛い。右>左。
歩くと痛い。いま、駐車場から当院まで歩いてくるだけで痛かった。
膝窩部から下腿部後面にかけて痛む。

【既往歴】
26歳で第一子妊娠中に右下肢静脈瘤を発症。
コレステロールが高い。 >> 痰湿
血圧が高い。 >> 陰虚陽亢・痰湿
妊娠中に鼠径ヘルニア。三子をもうけ、妊娠のたびに出た。
50歳代のとき遠出の帰り、疲れている上に電車に乗り遅れないように駅のホームを全力で走ったところ、左下肢静脈瘤が急激にひどくなった。家に帰って脚を見て、その変わりように驚いたという。それ以来、しゃがむと痛いのでしゃがまないようにしている。

【その他の症状】
左膝痛。初診時は夜うずいて眠れなかった ( >> 営血蘊熱) が、現在は消失。たまに日中の動作時痛を訴えることはある。
左肩痛。重い石がのっているような苦しさ ( >> 痰湿) があったが、現在は消失。たまに孫 (15kg) の世話をたのまれることがあり、抱っこをせがまれたときに若干の痛みが出ることはある。

【体表観察】
神闕に熱の反応。八綱としては熱証である。
神闕に虚の反応。八綱としては虚証である。
後渓に実の反応。標としての邪熱がある。
豊隆に実の反応。標としての痰湿がある。
足三里には反応がない。食べ過ぎは見受けられない。直近の食べ過ぎによる痰湿は否定。

病因病理 (弁証)

豊隆の痰湿に注目する。

痰湿とは、器 (脾胃) に収まりきらず、あふれた水のことである。

しかし食べ過ぎは認められない。ということは、器が小さくなったのである。器は物質 (血) であり、陰でできている。陰が一時的に弱く (小さく) なったので器に入り切らず、あふれて痰湿となったのである。陰でできたこの器を大きくすれば、この痰湿は消え去る。陰とは、落ち着き・クールダウンのことである。

器が小さくなった原因は…。

「忙しくても、目一杯の一歩手前の所で、一分間でも横になりましょうか。それができなかったら、一分間でも目を閉じましょう。それもできないくらい忙しかったら、この話を思い出すだけでいい。そんな忙しいときに、こんな話を思い出せること自体、すごく落ち着きがある証拠です。落ち着きとは陰のことです。それだけでほんの少し「陰」を増すことができる。そのほんの少しが大きいんですよ。たとえばコップの水が表面張力しているとき、ほんの一滴水を垂らしただけで一気にあふれますね。ほんのの少しのことで “あふれる” か “あふれない” かという大きな違いが出ます。」

熱と水… 1分間でも横 (陰) になる
腹八分目が体にいいように、仕事をする上でも八分目がいい。一気にやってしまうのは良くない。二分の余力を残していれば、持続可能となる。その方法を考える。

「草引きがね、ついやりすぎてしまったんです。1時間とか…。」
「いつやりすぎたんですか?」
「昨日です。」
「それから脚が痛くなった?」
「はい。」
「でもね、今、あふれていた痰湿の反応 (豊隆) が消えてます。少し早めにほんの少しの休憩、気をつけようって思ったでしょ? 」
「はい (笑) 。」
「いまの気持ちでいてくださいね。それだけで陰 (落ち着き) が増す。陰でできた器が大きくなる。器が大きくなったから、こぼれていた痰湿が回収されたんですね。その、下にこぼれた痰湿が脚の静脈瘤の痛みになっていると、つなげて考えてください。」

9月とは言え、日中は猛暑である。暑い時期は、どうしても邪熱がハバをきかし、陰に負担をかけて落ち着きを無くしてしまいがちになる。

「器」とは、体が受け入れることのできるキャパシティのことです。お腹の中にあります。食べ物は食道を通ってその器に入り、それが体組織に変わり活動力に変わるのです。器が大きければ大きいほど、飲食物を処理できる量や、生み出す活動量 (仕事量;陽) が増えるのです。この器は陰でできています。陰とは落ち着きです。我々でも、落ち着きが大きければ大きいほど仕事量が増しますね。時間に追われたり、他人から急かされたりしていると、本来できるはずの仕事もできなくなってしまいます。落ち着きが増すと、器 (キャパシティ) が大きくなり、その分、陽 (仕事量) も大きくなるのです。

東洋医学では、この器のことを「脾」といいます。脾は純陰ですから器は陰でできているのです。そして、後天の気 (脾) が先天の気 (腎) を補う。つまり陰が腎にプールされる構図も見て取れます。この、腎 (陰) の弱りにスポットを当てた見方が、以下に示す陰虚陽亢 (上実下虚) ですが、上下の真ん中である脾胃を抜きに考えてしまうと、骨抜きになってしまいます。

歩いただけで静脈瘤が痛いのは、痰湿と邪熱が原因である。

この邪熱は陰の弱りによって起こった側面 (虚熱) と、誤った肝気が高ぶって起こった側面 (実熱) とがある。この虚実錯雑の状態を陽亢という。この陽亢 (誤った疏泄) が痰湿を伴ってあらぬ方向 (下肢静脈) に向かい、下肢静脈を犯したのである。台風 (陽亢) が、海水 (痰湿) を巻き上げて舞い昇る姿をイメージするといい。

静脈は歩いたときのみに痛い。痰湿には重い性質がある。血管の壁に何kgもあるような重りがついていたとしたら、歩く度にブラブラして痛いだろう。そういうイメージである。つまり、この歩行痛は痰湿が中心であることが言える。もし邪熱が中心なら、火傷をしたときのようにジッとしていてもズキズキし、軽く触れたり擦れたりしただけで激痛となる。

ただし邪熱 (焦り) を食い止めなければ陰 (落ち着き) の器はますます小さくなり、新たな痰湿 (出来損ないの仕事) を生むことになる。「邪熱」と「陰の弱り」が合わさって陽亢となり、「痰湿」を静脈に運び犯したのである。この3つすべてを取らなければ、この静脈の痛みは取れない。

すでに痰湿 (豊隆の反応) は消えている。後は邪熱のみをねらう。ただし、この邪熱は正気を増してからでなくては取ることはできない。正気とは、ここでは陰である。これを補い、邪熱を取り去り、さらに陰を安定させる。

このあたりは、下段の考察でさらに詳しく説明する。

鍼灸治療 (論治)

百会に一本鍼。5分置鍼。陰をバックアップしつつ邪熱を取る。
抜鍼後10分休憩の後、治療を終える。

後日診察時に経過をうかがうと、院から帰りの駐車場に向かう時、すでに気にならなかったとのこと。以来、歩行時の痛みなし。

考察

腎は「作強の官」

器とは、陰 (落ち着き) であると説明した。
そしてこれは同時に、腎でもある。
腎は “の官” といわれる。
また “力すれば腎を傷る” とも言われる。

腎者.作強之官.伎巧出焉.《素問・靈蘭祕典論08》
強力.腎氣乃傷.《素問・生氣通天論03》

「強」の字源字義

“強” とは何か。

健壮・強大・剛強・堅硬・強迫・強制 などをイメージすればいい。
そして、「弓」である。強く堅く大きく、頑強な弓である。これを力いっぱい引き絞る。
ギリギリと満月のように引き絞ったときの弓の状態、それが「強」である。

「強」は、もともとはコクゾウムシの意味でした。
しかし、「彊」と同じ意味で用いられることのほうが多くなったため、その原義はほとんど失われました。
「彊」の本義は「弓が力強い」です。時代が下り、「彊」よりも「強」の方が用いられるようになりました。よって「強」は、弓を強く引き絞るというイメージがコアです。
挽弓当挽強.—— 杜甫《前出塞》
強[qiáng]…無理に、強制的に、などの意味を表します。
強[ jiàng]…硬直、頑固、などの意味を表します。

これから放つ矢、それを支えているのが弓 (腎) である。
弓は引き絞って静止しなければならない。心静かに。これが陰である。
そして矢が放たれる。一気に飛び出す。陽である。

腎を傷 (やぶ) る

しかし、引き絞る力が強すぎると
①弓が折れてしまう。
②力に耐えきれず放たれてしまう。
これが腎を傷るということである。 ②の場合、狙いが定まらないままに、あらぬ方向に飛んでしまうが、これが陽亢である。

「私、全力を出し切ってしまうんです…。」冒頭の【既往歴】の、駅のホームを全力疾走して静脈瘤が飛び出た話をうかっている時、そのようにおっしゃった。これは学び多き言葉である。生命が飛び出そうとしたのだ。そしてそれを、そうならないように押さえつけたのである。

妊娠出産時も、相当な馬力を必要とする。その “強力” に耐えられない。胎児をとどめておけない。持ちこたえられない。出そうになる。飛び出そうとする。でもこらえる。押さえつける。

…と、
鼠径部から腸が、飛び出てしまう (妊娠中に鼠径ヘルニアが出た) 。
下腿部の血管が、浮き出てしまう (妊娠中に下肢静脈瘤が出た) 。

胎児を飛び出させないようにするためにこらえるのだが、押さえきれずに別のところが飛び出すのである。

持ちこたえる力は、「静」である。まだ「動」 (産まれ出る) は早いのだ。この「静」こそが陰である。落ち着きである。

妊娠は陽だけでできます。しかし陰がよりそうものでなければ、そのあとに「持ちこたえる力」に問題が生じます。下肢静脈瘤はその中の軽い軽い一例です。出産後に体調をくずしたり、生まれてきた子に問題が生じたりするのは、東洋医学的に見るとこの「持ちこたえる力」に問題があると考えられます。陰陽がそろうのは自然です。これを無視して「強力」はよくありません。強いてはよくない。無理矢理はよくない。自然に出来る分だけです。たとえば発達障害は先天的で治ることがないと言われますが、やはり「持ちこたえる力」がない。たとえば落ち着きの無さが問題になる子供が多いですね。

皮膚に向かって気が上る

求心力は陰である。これが足りないがために、血管が膨れるのだ。五体 (皮毛・肌肉・脈・筋・骨) の中心 (求心力) を骨と見た時、皮膚に血管が浮き上がり膨れ上がる病態は、陰虚陽亢に痰湿を挟んだものであるとも見ることができる。
・本来の陰虚陽亢 (脳梗塞など) は、下から上に向かって気が上昇する状態をいうが、
・下肢静脈瘤での陰虚陽亢は、骨から皮膚に向かって気が上昇するのである。

気逆証 >> 考察 >> 昇降と出入は同義 より引用。
骨から皮膚に向かって気が上昇することについては、リンク記事をご参考に。

中医内科学・中医外科学にも定説がない中、下肢静脈瘤の病因病機の手がかりになりうる資料として、本ページを活用してもらいたい。

参考にすべき資料

中医学的にまとめられていないものは、西洋医学でまとめられた臨床所見を参考に病因病理を類推する。

下肢静脈瘤の臨床所見に照らし合わせても、この病機は符合します。
・足のだるさやむくみが慢性的に起こりやすい >> 水湿痰飲 (痰湿)
・午後から夕方に症状が強くなる (足に血液がたまるため) >> 陰虚
・足のこむら返り >> 陰血の弱り、もしくは痰湿
・足がほてる >> 陰虚
・足のむずむず感・不快感 >> 陰虚
・足のかゆみ・湿疹 >> 邪熱 (陽亢)
青字で、中医学的な病機を付け加えました。陰虚陽亢に痰湿を挟んだ所見がそろっていますね。

また、
・遺伝がある
・命に関わることがない 
ということも付記しておきます。陰虚陽亢で、命に関わる代表は脳梗塞ですが、下肢静脈瘤は軽症の陰虚陽亢であることが分かります。命に関わるというのは全体的なのです。軽症であるというのは部分的 (骨から皮膚に向かうのみ) なのです。

参考:下肢静脈瘤について

さらに、陰虚陽亢の病理の理解は、以下の脳梗塞の記事でその病因病理を理解する必要がある。

脳梗塞…東洋医学から見た原因と予防法・治療法
生命を物質的にではなく、機能的に見る東洋医学の視点は、脳梗塞を「気の上衝」と捉えます。まるで台風のような上昇気流に、飲食の不摂生などで形成した「痰湿」が巻き上げられ、生命の天空とも言える頭部を犯すのです。その予防法を探ります。

瘀血のみではない

下肢静脈瘤は、一般的には桂枝茯苓丸など瘀血として弁証するケースが多いと思う。そういう中、これを陰虚陽亢というのは異端にして新説と言える。

そもそも瘀血というのは青紫黒といった色を呈しますが、これは上流で土砂 (瘀血) が流れをさまたげると、下流が濁るのと同じ現象です。細い血管が膨れること無く赤色を呈する場合は「蟹爪縷紋」 (画像あり) と言って、単純に瘀血と診ていいです。しかし膨れて怒張してるものはまた別で、青紫だからといって単純に瘀血と診てこれを取ってしまうと、なんとか抑えていた陽亢がフリーになって頭部に向かうかもしれません。陽亢が頭部を直撃すると中風 (脳梗塞) になります。

下肢静脈瘤=瘀血 と単純に考えず、弁証論治を重視する事が大切です。基本は陰虚陽亢であるというのが僕の考えです。ここに痰湿を挟む場合もあれば、瘀血を挟む場合も当然あります。陽亢を治すことなしに痰湿だけを治そうとしたり瘀血だけ取ろうとしたりすると、痰湿瘀血が取れて楽になった分だけ負のエネルギーを貯め、タイムラグを経て、陽亢は余計に危険な方向に矛先を向けます。調子が良くなると、体に悪いことをするということはよくありますね。夜更かししたり無理したり暴飲暴食したり。

中医学では、瘀血を取って邪熱を残さないように気をつけよと言いますが、まさにここのところです。

ちなみに下肢静脈瘤は出血とは言えませんが、血を制御しきれていないという側面があり、血証としての弁証も視野に入れていいと思います。つまり、不統血 (脾) や不蔵血 (肝) などです。陽亢というのは上実下虚で、上下のバランスが崩れる要因にはかならず中 (脾) が関わり、この弱りが中心ならば脾不統血となります。また陽亢は虚実錯雑で、実の部分は肝火であり、これが不蔵血につながります。臨機応変に弁証するということになります。

まとめ

器質的に出てしまったもの (静脈瘤や鼠径ヘルニア) は元に戻り難い。
これは、脳梗塞がいったん起こると元に戻り難いことを考えると納得がいく。

そういうメカニズムを理解したうえで、陰 (落ち着き・安らぎ・休息) を得ることである。すなわち、陽が独亢しないように気をつけることの大切さである。

この大切さは、脳梗塞にならないように予防することと矛盾しない。

大きな「陰」を得ることこそ、矢の切っ先が向かう「的」として下肢静脈瘤を診ていきたい。

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