動悸…東洋医学から見た9つの原因と治療法

「こころ」と「からだ」と動悸

みなさん、よくご存知のはずです。うれしいこと・腹が立つこと・楽しいこと・つらいことがあると、ドキドキしますね。心臓の鼓動は感情の変化に敏感に反応します。動悸という病態を考えるとき、「こころ」の分析は不可欠です。

ひどくなると、感情の変化がなくとも常に動悸がする病態となります。さらに重症化すると意識が薄れて命の危険を伴う場合もあります。この場合は「からだ」の分析が当然必要です。

東洋医学の視点

このように動悸を考えるには、「こころ」と「からだ」を包括する「いのち」の分析が必要です。東洋医学は「気の医学」と言われますが、見つめているのは「からだ」ではなく、「いのち」なのです。

その前に、本ブログで繰り返しご説明する内容をおさらいしておきましょう。
実体=物質=肉体
実用=機能 (体の持つ諸機能。「こころ」を含む) =気 (陰陽気血すなわち「いのち」)
西洋医学は実体にアプローチします。
東洋医学は実用にアプローチします。

余談ですが、実体と実用は、砂糖を例に考えると分かりやすいかもしれません。
砂糖の白い粉=実体=物質
砂糖の甘さ =実用=機能
甘さがないと砂糖は用をなしません。そんな重要な甘さですが、これは科学的な手法では証明できません。甘いと証明できるのは我々のもつ舌の感覚だけです。「こころ」もそうですね。脳は証明できても「こころ」は難しい。機能 (=気) とはそういう証明しづらいものです。

「不眠…東洋医学から見た5つの原因と治療法」では、「精神」とは何か、精とは、神とは、という分析から不眠の原因をご説明しました。まずそれをご覧ください。本編はその続編です。精と神についてさらに切り込んでいきましょう。

「こころ」…神とは

まずは「こころ」です。これは言わずと知れた、脳の機能です。「こころ」はすべての行動の直接の「きっかけ」です。

考えてみれば、人間に「こころ」がなければ、人としての用をなしません。生きているということの最も重要な意味合いは精神活動です。そのために身体の諸機能があり、それら機能を支えるために身体の物質的側面 (肉体) が存在します。

コロコロ動くからココロ…などと言われますが、じっさい「こころ」は陽動的な力が本質です。陽動的な力というのは、生命の実用です。そのはずです、動かないものや冷たいものは生きているとは言えません。

陰静的な力は動かない物質で、これは生命の実体…すなわち「からだ」です。静が動を得たとき、静から動への変化が生じます。これが生命です。宇宙の星も誕生があり最期があるといいますね。動くものは生きているし、生きているものは陽動的な熱 (エネルギー) を持っています。

東洋医学では「こころ」のことを「神」 (しん) といいます。神は精 (生命の根源) が直接作り出した特別な気 (=機能) です。気がハチミツなら、神はローヤルゼリーみたいなものでしょうか。選りすぐりなのです。

それだけに扱いが微妙で、もし精の陰静的な力を補充できなかったならば、神はその本質そのままに、陽動・陽熱の本性がむき出しとなってしまいます。神は精に依存し続けているのです。

「からだ」…精とは

次に「からだ」です。体のもとは受精卵ですね。生命を究極までさかのぼったもの、それを東洋医学では「精」といいます。もちろん生命は物質 (肉体) が土台となりますので、精は肉体を究極までさかのぼったものともいえるでしょう。

「不眠…東洋医学から見た5つの原因と治療法」で学んだように、父母の二精が合体し、固有の精が誕生します。精は静です。陰静的な力です。ただし、この静は動のための静…つまり、動くためには静止がないといけませんね。止まっているものがあるからこそ動いているものを認識できるのであり、すべてが動いているのなら、それは止まっているのと同じことになります。たとえば地球は止まらず動いていますが、これを我々は止まっていると認識します。

つまり精とは、動のための静、動に移行する寸前の静であり、非常に陽動的なパワーを秘めた陰静的なものなのです。

「精・神」とは

まとめます。

神は「こころ」。陽動的な力の源です。行動の根源です。

精は陰静的な力です。しかし陽動的パワーを秘めたものであり、物質・肉体に限りなく近い概念を持ながらも、その本質は機能 (気) といえるでしょう。物質 (実体) と機能 (実用) を 包括する概念ともいえるかもしれませんし、実体 (陰) と実用 (陽) を分ける境界ともいえるかもしれません。しかし、それでは分かりにくいので、「不眠…東洋医学から見た5つの原因と治療法」では精を「からだ」と言い切りました。厳密にはそうではないのですが、神の受け皿が精であり、精の存在意義は神を生み出すことにありますので、精は「からだ」とは当たらずとも遠からずといったところでしょう。ここでは、神という実用の実体は精であると分かりやすく考え、話を進めていきたいと思います。

こうした基本をふまえて、動悸について考えましょう。

動悸の基本病理

動悸の病位は心臓です。心臓が実体だとすると、神は実用です。心臓には神が宿っているのです。これを「不眠…東洋医学から見た5つの原因と治療法」で、心臓を家に、神を家主に例えてご説明しました。今回もそれをイメージします。

動悸の基本病理はこうです。気 (陽) と血 (陰) でつくられた家があるとします。屋根が気で柱や壁が血と考えたらいいでしょう。

気と血はそもそも精からできています。

この心臓という家には、神という家主がいます。家は一番落ち着く場所ですよね。つまり家は陰静的な力をもっています。そういう家で家主はくつろぐことができます。こういう状態では動悸は起こりません。屋根や柱が破損して家が陰静的な力を失ったとき、家主は家から飛び出し、その陽動性を露わにします。これが動悸です。心臓が陽臓といわれるゆえんです。

以下、どのようにして家主が落ち着きを失うのかを見ていきましょう。

原因と治療法

1.心虚胆怯

視覚・聴覚・触覚から得られる外部からの情報は、まず神が防波堤のように受け止めることとなります。これら情報による刺激が大きいと驚きますね。驚き (精神的に大きな刺激) はすべての感情を過大にします。ひどく驚くと、神が直接しかも火急に動じ、家から家主が飛び出した状態となります。家から飛び出した家主は落ち着く場所がありませんので、動悸となります。

家から飛び出した状態が長く続くと、家主の体力が弱ります。神は精のバックアップが得られず、神がひ弱になるとそれだけ防波堤もひ弱になるので、些細なことに驚きやすくなります。

心臓は脈に通じており、脈は体の浅部と深部を分ける境界です (私見) 。また、胆は少陽であり、中正の官で、中央にあって右か左か道を決断する役割があり、やはり境界を司ります。少陰・少陽はともに「枢」といわれています。このように心と胆は重なり合う部分が大きいと言えます。

驚きが強いと、心臓から胆に境界のぼやけが波及し、その結果、決断力が弱ります。そこに恐怖・悲哀・苦悩などの精神的興奮が加わると、「怯え」が現れます。怯えは新たな驚き (興奮) を呼び込み、心虚胆怯という悪循環を生み出します。以下の2.以下の原因は、すべてこの心虚胆怯がベースとしていくらか関与します。

その他、胆は六腑を統べる地位にあり、これは心臓が五臓を統べる地位にあるのと対称的で、ツートップとなっています。また、胆は奇恒の腑であり、気血 (体力) の銀行のような働きがあります。

「胆力がある」「キモがすわっている」などはここから出た言葉です。精神的な体力が弱っているときは胆に弱りが出ます。

症状…
動悸。驚きやすく怖がりで、それが動悸をひどくする。
不安感があり、夢が多く熟睡できない。
脈は動数、あるいは虚弦。

治療方針…
沈驚定志・養心安神。まず、驚きで上に昇った気を下に引き下げる。そのうえで消耗した神の体力を補う。

鍼灸…
神門・心兪・湧泉・申脈・足三里など。

漢方薬…
安神定志丸加琥珀・磁石・朱砂など。

2.心血虚 (心脾両虚)

心血虚は、心臓という家の、柱である血が弱った状態です。家主はそんな家で落ち着いていられず、外に飛び出してしまいます。血は家であり陰性的な力ですので、家主の陽動的な力を中和しますが、血が弱り家をよりどころにできない家主は、くつろぐことがきなくなります。

家の柱である血が弱る原因は、出血過多・長患いなどもあり得ますが、最もよくあるのは脾臓の弱りです。食べ過ぎの不摂生が長期にわたると脾臓が弱ります。

≫「東洋医学の脾臓って何だろう」をご参考に。

考えてみれば、血は食物から得られた栄養分で作られます。その加工から運搬までやる脾臓が弱ると、精を補充できず、血を産生できません。

ことに、普段から考え事が多すぎてそれを消化しきれないと、食べ過ぎて消化しきれないのと同じように、脾臓が弱ります。脾臓が弱ると些細なことでもクヨクヨと考えてしまい、考えがまとまらずうつ状態になり、悪循環となります。

その上にいくらか心虚胆怯があり、心神の問題があります。1.心虚胆怯 で述べたように、心臓が病むということは境界を病むということです。生命には膈という機能上の境界があり、上の心臓・肺臓と、下の肝臓・脾臓・腎臓を仕切っています。「膈の境界」を病むと、上・下ともに病むという形になりやすくなります。脾臓の弱りは脾臓のみにとどまらず、心臓にも波及して心血の衰えとなります。

症状…
動悸・怔忡・不安・不眠。
めまい・物忘れしやすい。
≫血が不足すると清空というスペースそのものを維持できない。結果として上に清陽が昇れない。
顔色につやがない。
≫血が不足して顔面が栄養されない。
気持ちが入らない。息がハァハァいう。汗。
≫血虚で気虚が起こる。

治療方針…
補血養心・益気安神。心神を安定させながら、脾臓の血を産生する力を増す。

鍼灸…
神門・心兪・後渓・足三里・公孫・三陰交など。

漢方薬…
帰脾湯など。

3.水飲凌心

脾臓の弱りあるいは腎臓の弱り (脾陽虚・腎陽虚) があると、「浮腫…東洋医学から見た原因と治療法」でご説明したように、豪雨災害のように体内に水があふれます。溢れた水が皮膚に流れれば浮腫 (むくみ) となります。それが心臓に流れれば動悸となります。なぜわざわざ心臓のような大切なところに流れるかというと、もともと心虚胆怯がいくらかあり、2.心血虚 でご説明したように、川の堤防のような役割を果たす「膈の境界」がぼやけるからです。心・胆は境界でしたね。よって心臓が侵されることとなります。

大雨がふって土 (脾臓) がドロドロになり水がしみ込まず、また水を蒸発させる熱気 (腎陽) もなく、溢れた水はそのまま土砂として流れ、家屋が被害を受けた状態です。家主は家を飛び出し、動悸となります。

症状…
動悸・小便が出にくい・足がむくむ。
口渇するが飲みたがらない。
≫中焦・下焦が弱ると、摂取した水分を、有用な水 (清) と不要な水 (濁) に分けることができない。なので、清濁混淆の水が体内に滞る。水は冷えを生むので、中・下焦の冷えがおこる。もともと心虚胆怯があると、境界である膈が機能せず、上焦をも侵すという形になる。上焦のノドを潤すことができるのは清なる水なので、清濁混淆の水が上焦にも氾濫すると、ノドが潤せず口渇する。加えて、陽臓である心臓は、冷えた水に取り囲まれても容易に冷えることはなく、かえって陽動性が発散できず熱化するため口渇が起こる。水を飲もうとするが、中焦には冷たい水が溢れているので、飲む気にならない。
心下痞 (みぞおちのつかえ) 。
≫心臓が熱化し、中焦は弱りがある。熱と弱りの程度が拮抗すると心下痞が起こる。
寒がる。手足が冷える。
めまいがする。≫流通できるのは清なる水だけである。清濁混淆の水が溢れると水が滞る。これを水滞という。水滞は気滞を生み、気滞は腎臓に負担をかけて気逆となり、その結果、水も逆上する。その水が清空の障害物になるとめまいとなる。≫「めまい…東洋医学から見た原因と治療法」
悪心嘔吐。よだれが口中に溢れる。

治療方針…
化気行水。清濁混淆の水を清と濁に分け、清はめぐらせ、濁は排泄する。

鍼灸…
足三里・陰陵泉・胞肓・復溜など。

漢方薬…
苓桂朮甘湯・真武湯など。

4.心気不足

脾臓・腎臓は生命エネルギーの源です。脾臓は精を補充し、腎臓は精を保存するからです。これらが弱ると非常にだるく疲れやすく、気力・体力ともになくなり、肉体的にも精神的にも前向きになれなくなります。こういう状態を気虚といいます。気とは前に進む力であり、これが虚ろになると生命活動そのものが前進できなくなります。

この状態に心虚胆怯が加わると、心臓の気が不足します。特に、心臓とは全身にエネルギーを押し出す力のことですので、脾・腎というエネルギー源ばかりか、心臓までもが弱ってしまうと、前に進む力が極端に危うくなります。

心臓の気が不足するということは、家の屋根が壊れるようなもので、家主は落ち着いて家におられず、飛び出してしまい動悸となります。

精神的・肉体的負荷がかかると動悸しやすいのが特徴です。また、だるさが強いので、夜は気を失うように寝てしまうことがあり、不眠は特徴とはなりません。

症状…
悩み事がおこると、即時に動悸がおこる。怔忡。
動くと動悸がし息が切れる。
前向きになれない。自汗がある。無口である。顔色につやがない。
めまい。
≫気が弱ると清陽を上に運ぶ「力」がなくなり、清空が満たされず眩暈となる。

治療方針…
養心益気・安神定志。神が落ち着くレベルまで気を増して生命活動の機能を高める。

鍼灸…
太白・足三里・中脘・合谷など。

漢方薬…
四君子湯など。

5.心陽不足

4.心気不足に冷えの症状が加わったものが心陽不足です。気虚があって前に進む力が不足、しかも心臓というエネルギーを押し出す力までもが不足する。そのうえ、冷えが加わるということです。

そもそも、生命は動くものです。これは気 (推動機能) の力です。この動く力は、温かさによって守られ助けられています。温かくないものに命は宿りません。気を守るべき温かさまでが不足した状態は非常に危険といえます。温かさと前に推し動かす力は、心臓にシンボライズされています。

症状…
動悸。不安感を伴う。体を動かすと動悸がひどくなる。息がハァハァいう。
胸心が悪い。≫水飲凌心がある。
寒がりで手足が冷える。顔面蒼白。

治療方針…
温補心陽。心臓の押し動か力と温かみを補う。

鍼灸…
陽池の灸。

漢方薬…
桂枝甘草竜骨牡蛎湯など。

6.陰虚火旺

心臓という家にとって火は大敵です。火事になると家主は落ち着ける場所を失ってしまいます。心臓はもともと陽臓なので、火事を起こしやすい。そのため、常にクールダウンする力が働いて熱を持ち過ぎないように調節されています。このクールダウンする力を腎陰といい、精の陰静的側面のことです。

気が進まないのに無理をしたり、セックスを強いて行うと、腎陰が弱ります。クールダウンされなくなった心臓という家は火事となり、家主は家を飛び出して動悸となります。

症状…
動悸して落ち着かない。心労や気を使うことでひどくなる。心煩。不眠で夢が多い。
めまい。耳鳴り。赤ら顔。手足がほてる。≫陰虚陽亢がある。

陰虚陽亢については
「頭痛…東洋医学から見た原因と治療法」
「めまい…東洋医学から見た原因と治療法」をどうぞ。

足腰に力が入らない。

治療方針…
滋陰清火。陰を補い鎮火する。

鍼灸…
腎兪・照海・後渓など。

漢方薬…
黄連阿膠湯など。

7.痰火擾心

痰火とは、陰虚陽亢+痰湿のことです。

外部の出来事にたいして、まず意識である心神が防波堤のようにこれを受け止めます。その際に心虚胆怯があれば、いろいろな事柄を「驚き」をもって受け止めることとなります。それをベースにして、例えば「怒り」を感じるならば、驚き+怒り=大きい怒り…となり、「恐れ」を感じるならば、驚き+恐れ=大きい恐れ…となります。怒りは肝臓に影響し、恐れは腎臓に影響します。

驚きと怒りが組み合わさると動的陽性の力が過度となり陽亢となります。
驚きと恐れが組み合わさると、静的陰性の力が損なわれ陰虚となります。
こうして陰虚陽亢となります。

陰虚陽亢は「脳梗塞…東洋医学から見た原因と予防法」でご説明したように、しばしば痰湿を巻き上げて上昇させます。この状態を痰火といいます。心臓が病むと境界がぼやけるとは前述したとおりですが、こうして「膈の境界」を失った心臓を痰火は容易に侵し、動悸となります。

症状…
動悸が時に起こり時に起こらない。驚くと出やすい。
煩躁。不眠。悪夢。≫心臓を熱が侵している。
胸悶。≫胸中を痰湿が侵している。
口苦。≫心から胆に熱が波及。
口乾。便秘。小便が濃い黄色になる。≫熱がこもって津液を乾かす。

治療方針…
清化痰熱。心臓に波及した熱を冷まし、精神を安定させながら痰湿を除去する。

鍼灸…
霊台・後渓・豊隆など。

漢方薬…
黄連温胆湯など。

8.陰陽倶虚

心気・心陽・心血・心陰のすべてが弱った状態です。
この証は傷寒論にある炙甘草湯が主治しますので、これについて考察しようと思います。

炙甘草湯は…
【君薬】生地黄。≫清熱生津滋陰・養血。
【臣薬】炙甘草・人参・大棗・≫心気を増し、脾気を補い、気血を生み出す源を力づける。阿膠・麦門冬・麻子仁。≫心阴・心血を補い、血脈を充実させる。
【佐薬】桂枝・生姜。≫辛行温通し、心陽を温め、血脈を通じる。上記の補う薬は厚味滋腻の性質があるので、これらをめぐらせる働きがある。
【使薬】清酒。≫辛熱の性質があり、血脈を温め、薬力をめぐらせる。

生地黄が君薬となっており、滋陰・養血しながら虚熱をなくします。これが当証の主要な病態といえます。血が不足すると気も不足し、気血が不足すると陰陽の幅も小さくなり陽も不足します。そういう機序で陰陽ともに虚という病態となります。弱りはいろいろな原因で起こりますので一概には言えませんが、ここでは2.心血虚 の延長線上にある証であると一応位置づけをしておきます。最終的には精を補うという方向をイメージしつつ診ていくことが大切だと思います。

症状…
動悸。怔忡。結代。
神疲乏力。自汗。胸悶して息がハァハァいう。≫気虚。
心煩失眠。五心煩热。盗汗。≫陰虚による虚熱。
顔色につやがない。めまい。≫気血ともに不足し、頭部を栄養することができない。

治療方針…
益気滋陰・補血・通陽復脈。滋陰・補血を行うことを目的として気を補い、陽気をめぐらして心臓の脈を回復する。

鍼灸…
足三里・三陰交・滑肉門・天枢・大巨など。

漢方薬…
炙甘草湯。

9.心血瘀阻

瘀血は、気滞、気虚、寒凝、邪熱により形成されます。
このうち寒凝は陽虚が関連し陽虚は気虚から発展し、邪熱は気滞と関連します。なので、ざっくりいうと、気滞と気虚が瘀血の原因となります。あらゆる邪実は気滞を生じますし、あらゆる正虚は気虚を生じます。ですから、上に述べた1~8は、すべて瘀血を生じます。

具体的に言うと、気滞とは機能的停滞のこと。機能的な停滞が高じると、物質的な停滞となります。機能の段階では浅い (軽い) 病ですが、物質の段階となると深い (重い) 病となります。気 (機能) の滞りが、血という物質の滞りを生じたのものが瘀血です。
気虚で起こる瘀血とは、気虚とは機能の弱り。気にはめぐらす作用 (推動機能) があり、これが弱ると必然的に気滞を生じます。その気滞が瘀血を生じます。

軽い段階のものは、例えば気滞で瘀血を生じたならば、気滞を取るだけで瘀血も勝手に消えてしまいます。例えば気虚で瘀血を生じたならば、気虚を治療するだけで瘀血も勝手に消えてしまいます。

ところが重い段階になると、まず瘀血から取ってやらないと病勢が転じません。邪気 (生命の邪魔となるもの) には、機能的な邪気 (気滞・邪熱) と、物質的な邪気 (痰湿・瘀血) ありますが、瘀血は特に物質的側面が強烈です。心臓に器質的病変が見られるもの…たとえば冠状動脈狭窄など…は瘀血を取ることが大切です。

瘀血は深い部分にある邪気なので、取るのは工夫が必要です。特に、虚から生じた瘀血を取る場合は診察力が必要となります。

症状…
動悸。
胸が苦しい。≫瘀血による気滞が心陽を阻遏する。
時々心臓が痛む。鍼で刺されるような鋭い痛み。
唇・爪の色が紫色。舌が紫色だったり舌に紫色の斑紋がある。脈が渋ったり結代したりする。

治療方針…
活血化瘀・理気疏絡。瘀血を取り去り、気をめぐらせて隅々まで循環させる。

鍼灸…
臨泣・三陰交など。

漢方薬…
桃仁紅花煎など。

まとめと考察

このように、多くの原因が動悸には考えられます。単独の原因で起こるものはすぐ治ってしまいますが、治りにくいものの多くは2つ以上の原因が複合しているものです。中には上に述べた9つのほとんどが入れ代わり立ち代わり原因となるものもあります。そのような時は考えを単純にします。揺れやすい船体を揺れにくくしようとすれば、船そのものを大きくすればよい。人間なら体力がつけばよい。体力とは気血のことです。気血という家がしっかりしていれば、心という家主はくつろいでいられるのですから。

陰陽幅の問題

「不眠…東洋医学から見た5つの原因と治療法」と比較してみると分かるように、基本的な病理は同じですが、傾向として多少の違いがあります。不眠の方は熱が中心で、火事で家主が家にいられないという側面が目立ちます。一方、動悸は火事という付加因子よりも体そのものの弱りという側面が目立ちます。本編で陰虚火旺は火事と説明していますが、体の弱りがもととなっています。

例えば脾気虚の場合、不眠は出にくくなります。体が弱り過ぎて意識を失うように眠りにつくことが多いからです。そういう体力の弱りは不眠としては出にくく、逆に動悸として出やすくなる傾向がある、それは上記の原因を見ても言えると思います。

捉えようによっては、不眠は夜に寝られないというだけあって陽的側面が目立ち、動悸は陰陽幅の減少、つまり体力の減少が見え隠れします。

心臓は脈に通じます。脈は陰陽の境界であるとは私見ですが、その考えで分析すると、心臓にウィークポイントがある時点で陰陽の境界がぼやけていると言えます。陰陽の境界がぼやけるということは陰陽ともに病むことが前提になるので、陰陽幅が少ないことがその一因となります。

自力偏重の問題

また、心神の照らす方向が誤っているときも心臓そのものが病むこととなります。心神が過つとは、考え方に誤りがあるということです。現代人にこれは多いと思います。

例えば泥棒家業の人がいたとします。その子供はその親を見て育つわけですかから、泥棒は家業であり悪いことでないと考え生い立ちます。でも泥棒は間違ってますよね? 同じように現代の教育・風潮は真実から見ると誤っているものがあります。しかし、我々はそれを真実であると思い込んで疑おうとしない。

よくある過ちは自力の偏重です。われわれは子供のころから「自分のことは自分でしましょう」と教わってきました。しかし、世の中には自力ではどうしようもないことがたくさんあります。

例えば天気。天災。西に沈もうとする太陽を昇らせようとしても、それは無理です。沈む太陽は自然に任せて、夜を受け入れるべきです。しばらくすると、また朝が来て日は勝手に昇るのですから。天災も、備えはきちっとすべきで、これは自力です。しかし、備えができた上は、それ以上はビクビクしても仕方ありません。自然 (他力) に任せるのです。

この他力に任せるという部分は、現代人に特に欠けているように感じられます。そもそも、それが大切だという知識を持たない。自力と他力は両方大切で、どちらかに偏るとよくありません。「人事を尽くして天命を待つ」。今の教育で欠けていることだと思います。自力の偏重は焦慮を生み出します。現代のストレス社会を象徴してはいないでしょうか。

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