衝脈とは《前編》…流注をまなぶ

衝脈とは、奇経八脈の一つです。

その走行は、気衝※という陰部付近のツボから、上行するものと下行するものの2つに別れます。このような走行の仕方をするものは、十二経絡と奇経八脈を通じて衝脈だけです。

※気衝… 陽明胃経の穴処。恥骨上際にして外縁。陰毛の中にある。

和漢三才図会

奇経八脈 (衝脈と帯脈以外) は、下から上に向けて走行します。
手の陰経は、体幹から手指に向けて走行します。
手の陽経は、手指から体幹に向けて走行します。
足の陰経は、足指から体幹に向けて走行します。
足の陽経は、体幹から足指に向けて走行します。

▶任脈・督脈と比較

任脈・督脈は有名ですね。経絡の勉強の最初で見かけます。

それにくらべて衝脈は、勉強が進むにつれて意識し始める… という感じです。しかし本当は、任脈・督脈に勝るとも劣らない重要さを持っています。

任脈は前だけでなく、後も走行します。
督脈は後だけでなく、前も走行します。
この2つはまるで同じですね。

《和漢三才図会》の図を見ていただくと分かるように、衝脈は腹部を流注(巡行)します。しかし、じつは衝脈も、前だけでなく後ろも走行するのです。任脈・督脈とよく似ていますね。

これから説明していきますが、任・督・衝の三脈は、ともに胞中(子宮)に起こります。

衝脉 任脉.皆起於胞中.《霊枢・五音五味66》
督乃陽脈之海.其脈起於腎下胞中.《奇経八脈考》

源が一つで、3つの脈に分岐しているに過ぎない。

だから一源三岐といいます。

衝、任、督三脈同起而異行,一源而三歧,皆絡帶脈。《儒門事親》

源を同じくするのは、 “胞中に起こる” ということだけでなく、流注の仕方も同じなのですね。

この「一つにして三つ」という考え得方を立体的に示したのが、奇経八脈って何だろう<前編> で例えた「コイン」です。

▶衝脈の流注

基本的な流注は、以下のとおりです。

衝脉者.起於氣街.並少陰之經.侠齊上行.至胸中而散
《素問・骨空論 60》

衝脉者.起於氣衝.並足陽明之經.夾齊上行.至胸中而散也.
《難経・二十八難》

上記の《素問》と《難経》を見比べると、少陰か陽明かの違いがあります。一般的には素問の方を採用していますが、難経の説も一理あります。

衝脉.任脈、皆起於胞中.上循背 (脊:甲乙経) 裏.爲經絡之海.
其浮而外者.循腹 (腹右) 上行.會於咽喉.別而絡脣口.
《霊枢・五音五味66》

夫衝脉者.五藏六府之海也.五藏六府皆稟焉.
其上者.出於頏顙.滲諸陽.潅諸精
其下者.注少陰之大絡.出於氣街.循陰股内廉.入膕中.伏行骭骨 (脛骨) 内.
下至内踝之後.屬而別.
其下者.並於少陰之經.
滲三陰.
其前者.伏行.出跗屬.下循跗入大指間.滲諸絡而温肌肉.
《霊枢・逆順肥痩38》

衝脉者.十二經之海也.與少陰之大絡.起於腎.下.出於氣街.循陰股内廉.邪入膕中.循脛骨内廉.並少陰之經.下入内踝之後.入足下.
其別者.邪入踝.出屬跗上.入大指之間.
注諸絡.以温足脛.此脉之常動者也.
《霊枢・動輸62》

以下に詳しく見ていきます。

「下図にある矢印 (→) 」と「条文」は、色分けして同じ箇所を同色で示しています。「赤で書かれた条文」は、「図の赤の矢印 (→) 」について述べた部分です。

▶胞中→ 会陰→ 気衝

衝脉者.起於氣街.《素問・骨空論 60》
衝脉.任脈、皆起於胞中.《霊枢・五音五味66》
其下者.注少陰之大絡.出於氣街.《霊枢・逆順肥痩38》
少陰之大絡.起於腎.下.出於氣街.《霊枢・動輸62》

いきなり謎の言葉「少陰の大絡」が出てきます。この言葉は、素問・霊枢を通じて、登場するのはこの2ヶ所のみです。何の説明もありません。衝脈のルートを描くためには、これを想像して確定するしかありません。

まず言えることは、少陰腎経の脈気が通るところであるということです。胞宮 (子宮) はそもそも腎と関わりが強いですが、 “少陰の大絡” という表現から、「少陰腎経のルート」の中にこの場所があると考えるべきです。よって胞宮のことではないと考えられます。

では、胞中に起こった衝脈の脈気が、次に行く場所とは…会陰です。会陰と胞中は一体と考えるといいでしょう。

督脈起於會陰,循背而行於身之後,為陽脈之總督,故曰陽脈之海.
任脈起於會陰,循腹而行於身之前,為陰脈之承任,故曰陰脈之海
衝脈起於會陰,夾臍而行,直沖於上,為諸脈之衝要,故曰十二經脈之海.
《奇経八脈考》

で、会陰から少陰腎経の流れに乗ると考えるのが自然です。しかし、会陰には少陰腎経の脈気は入りません。入るのはその後ろにある長強です。

つまり、会陰から少陰腎経の流れに乗るとしたら、長強もしくは “少陰與巨陽中絡” しかありません。督脈とは《前編》…流注を学ぶ をご参考にしてください。では、どちらがということになりますが、こうなると名前のよく似た方が可能性が高くなりますね。おまけに腹部に流れる少陰腎経に向かうには “中絡” の方が流れ的にも自然です。

よって “少陰の中絡” は “少陽與巨陽中絡” として話を進めます。

古典の記載がないので、推測に頼るしかありません。胞中から “少陰之大絡” に至るまで、どういう走行があるのでしょう。考えられる流注は二通りあります。

  1. 素問・霊枢を通じて、長強を示唆するフレーズはない。また会陰と “少陰之大絡” はほぼ一直線上にあり、会陰と “少陰之大絡” は脈気を共有していると考えられる。よって《霊枢・逆順肥痩38》の “少陰之大絡に注ぐ” という表現は、「会陰および少陰に注ぐ」という意味である。
  2. 長強を示唆するフレーズはないが、次の▶会陰→脊 で後述するように、長強を経由しないと脊には至れない。よって衝脈 (と任脈) は、督脈と同じように長強を流注するものと考えられる。また会陰は少陰の脈気を受けない。よってと督脈と同じように、会陰から長強を経て “少陰之大絡” に行くと考えられる。これが《霊枢・逆順肥痩38》の “少陰之大絡に注ぐ” という表現である。

可能性として、1と2のどちらが高いかというと、1です。その理由は「衝脈の立ち位置」にあります。衝脈は任脈と督脈の境界、つまりお腹側と背中側とを中立公平に見る立場です。

気衝はお腹側の起点であり、
長強は背中側の起点です。

督脈と同じような長強への絡み方になると、長強 (背中側・うしろ) に二度も絡むことになり、うしろ (督脈) ばかりと仲良くすると、公平さに欠けます。少陰腎経と同じように、 “少陰之大絡” を起点として、気衝と長強に別れる。その方が、境界としての公平な働きを、流注が反映することになります。

衝脈とは《後編》…字源・字義 で展開しますが、「衝」という字には「十字路の真ん中の起点」という意味があります。前に行く、後ろに行く、上に行く、下に行く… すべての可能性を同等に持っています。そういう流注であるべきでしょう。

ちなみに、なぜ《素問・骨空論60》の督脈では “少陰與巨陽中絡” という言葉を使ったのに、《霊枢》の衝脈では “少陰の大絡” という別の名前で呼ぶ必要があるのでしょうか。衝脈は、督脈ほど「巨陽 (太陽) 」よりではない… という意図かもしれません。それよりも、純粋に任脈側と督脈側に均等に枝分かれする「少陰経の枢要な分岐点」ということが表現したいのかもしれません。

  • ここで展開した、会陰を中心とした流注は、「少陰與巨陽中絡」について詳説した 督脈とは《前編》…流注を学ぶ の内容を踏まえないと理解できません。是非ご一読ください。

▶会陰→ 脊

さあ、最大の難所を突破しました。あとは楽です。

衝脉.任脈、皆起於胞中.上循背 (脊:甲乙経) 裏.爲經絡之海.
其浮而外者.循腹 (腹右) 上行.會於咽喉.別而絡脣口.
《霊枢・五音五味66》

脊椎下端部つまり尾骨先端に、長強は位置します。よって会陰→ 長強→ 脊という流れとなります。これも《素問・骨空論60》の督脈の流注が参考になります。督脈とは《前編》…流注を学ぶ を御覧ください。

▶気衝→ 腹→ 頏顙

衝脉者.起於氣街.並少陰之經.侠齊上行.至胸中而散.
《素問・骨空論 60》

夫衝脉者.五藏六府之海也.五藏六府皆焉.
其上者.出於頏顙.滲諸陽.潅諸精.
《霊枢・逆順肥痩38》

衝脉.任脈、皆起於胞中.上循背 (脊:甲乙経) 裏.爲經絡之海.
其浮而外者.循腹 (腹右) 上行.會於咽喉.別而絡脣口.
《霊枢・五音五味66》

▶衝脈は “稟”

まず最初に、衝脈の位置づけです。

《霊枢・逆順肥痩38》にある「稟」とは、上位高官から、下位の者に褒美として与えられる米のことです。あの五臓六腑が、じつは衝脈の部下で、与えられる側だったのですね。

上に行くものは、気衝から頏顙に出ます。ここで諸陽 (呼吸・摂食などの諸活動) に向けて滲出し (活動を後押しし) 、諸精 (諸活動のもとになるもの) が潅 (そそ) ぎ込みます。

衝脈→諸陽 に流れて行く
頏顙→諸精 (衝脈) に流れて来る

▶胸中

気衝から上行して少陰腎経に “並” んで胸中に “” じます。

「並」は人が二人並び立つ形「竝」が元の形です。腹部の少陰腎経の穴処 = 衝脈の穴処 ですが、少陰腎経のツボを借りているのではなく、同等に所有しているというイメージが得られます。

「散」は凝集して離散する。胸中は、衝脈の脈気が集まり、胸中の広い範囲を支配することがイメージできます。

▶頏顙

頏顙 (こうそう) ・口・咽喉という文字が見られます。まとめて「頏顙」ということが言いたいのでしょう。

頏顙が関わるということは、呼吸と飲食に関わるということです。呼吸と飲食は命に関わります。つまり衝脈は、命に関わる。

▶気衝→ 下肢→ 大指之間

夫衝脉者.五藏六府之海也.五藏六府皆稟焉.
其上者.出於頏顙.滲諸陽.潅諸精.
其下者.注少陰之大絡.出於氣街.循陰股内廉.入膕中.伏行骭骨 (脛骨) 内.
下至内踝之後.屬而別.
其下者.並於少陰之經.
滲三陰.
其前者.伏行出跗屬下.循跗入大指間.
滲諸絡而温肌肉.
《霊枢・逆順肥痩38》

衝脉者.十二經之海也.與少陰之大絡.起於腎.下.
出於氣街.循陰股内廉.邪入膕中.循脛骨内廉.並少陰之經.下入内踝之後.
入足下.
其別者.邪入踝.出屬跗上.入大指之間.注諸絡.以温足脛.此脉之常動者也.
《霊枢・動輸62》

▶下肢の流注

気衝から下にいくルートは、《霊枢・逆順肥痩38》と《霊枢・動輸62》並べながらまとめます。

・出於氣街.循陰股内廉.入膕中. 伏行骭骨 (脛骨) 内. 下至内踝之後.屬而別.《逆順肥痩》
・出於氣街.循陰股内廉.邪入膕中.循脛骨内廉.並少陰之經.下入内踝之後.《動輸》

【解説】下に行くものは、気衝→膝窩部→脛骨内縁→内踝のうしろ という経路を取ります。内踝のうしろは “少陰之経に並ぶ” とあるので太谿でしょう。脛骨内廉で “少陰之経に並ぶ” ならば、腎経も交会する三陰交も意識していいかもしれません。そのようにして、太谿に至って、ここで少陰腎経に属して、そしてまた分岐する。

・其下者.並於少陰之經.滲三陰.《逆順肥痩》
・入足下.《動輸》

【解説】太谿から下に分岐して “足下に入る” とありますので、湧泉でしょう。これも “少陰之経に並ぶ” とあります。三陰交あたりから腎経の走行を下向きに湧泉まで行くのでしょう。そして湧泉から三陰 (少陰・太陰・厥陰) に滲出 (三陰経を後押し) します。

・其前者. 伏行.出跗.屬.下循跗.入大指間. 滲諸絡而温肌肉.《逆順肥痩》
・其別者.邪入踝.出屬跗上. 入大指之間.注諸絡.以温足脛.此脉之常動者也.《動輸》

【解説】太谿から前に分岐して、内踝に入ってそのまま伏行し、跗 (足の甲) に出ます。ここで〇〇に属し、跗上を下りながら (体幹から離れながら) 循 (めぐ) り、 “大指之間” に入り、諸絡に滲むように出ていく。

“大指” とは足の親指のことです。

“ここで〇〇に属し” とは、どこに属すというのでしょうか。衝脈の脈気が、何かかとつながりがハッキリする… というのです。

そのために、「跗」とは何かを考えます。跗と大指之間 で展開したように、「跗」も「大指之間」も場所の特定に必要な単語であるに過ぎません。そんなことよりも重要なのは、足のあらゆる脈気 (肝・脾・腎・胃・胆・膀胱) の集まりがこの辺りにあり、ここをハブ空港的な起点としているということなのです。それを踏まえます。

この「跗」を起点として、足やスネを温めます。足が温かいと全身が温かくなりますね。よって全身の肌肉が温まります。《霊枢・終始09》には、跗 (大指之間) は “陽明在上” とありますので、厥陰や少陰が下で支えつつ、表立っては陽明として、つまり肌肉に力がみなぎる…ということでしょう。

三脉動於足大指之間.必審其實虚.… 其動也.陽明在上.厥陰在中.少陰在下.
《霊枢・終始09》

さらにいえば、足のあらゆる脈気 (肝・脾・腎・胃・胆・膀胱) が強力し合って陽明を支える… つまり後天の元気が表舞台に立つ… と考えられます。

よって、さきほどの “ここで〇〇に属し” は、
「ここで跗 (というハブ空港) に属し
となります。

下から湧泉 (腎) が支え、中では太衝 (肝) が支え、表舞台では衝陽 (脾胃) が活躍する。太衝や衝陽に「衝」という字がつく理由が垣間見えるようですね。また、衝脈が “足心” と “大指之間” を上下で挟んでいるのは、《霊枢・終始09》でいう「広義の跗」を支配する… という意味であると結論づけたいと思います。

胃足陽明之脉.…其支者.起於胃口.…下足跗.入中指内間 (衝陽穴) .…其支者.別跗上.入大指間.出其端 (隠白穴) .
《霊枢・經脉10》

《霊枢・經脉10》を見ると分かるように、衝陽穴は脾経と直接つながっています。

足太陰之別.名曰公孫.去本節之後一寸.別走陽明 (衝陽穴) .《霊枢・經脉10》

また、衝陽穴は公孫ともつながっています。

▶衝脈の宗穴は公孫

ここに、公孫を「衝脈の宗穴」とした発想が見て取れます。

公孫はおそらく、《霊枢・終始09》でいうところの「大きな跗」に届くのですね。下は腎経 (湧泉) 、上は胃経 (衝陽) との間、しかも太衝につながる脈気がその真ん中を流れています。

さらに言えばこの「大きな跗」は、足のあらゆる脈気の「ハブ」であり、は「五臓六腑の海《霊枢・逆順肥痩38》」・「十二経絡の海《霊枢・動輸62》」と呼ばれる衝脈、すなわち “深湖” を四肢末端において体現すると言えるでしょう。

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