督脈とは、長強から齦交までの仙骨部から顔面部にいたる背部正中線上にある “脈” のことです。奇経八脈の一つです。
十二経絡と督脈・任脈の二脈をあわせて十四経という呼び方もあります。古来から重視されています。
類経図翼の図によっても明らかなように、督脈は人体の後面を流注 (るちゅう) します。流注とは経絡を流れる気血の巡行のことです。一般的には「後ろが督脈」と認識されています。それと対になるのが前面 (胸腹部正中線) を流注する任脈で「前が任脈」と認識されています。
しかし、《黄帝内経 (素問・霊枢) 》をよく調べると、後面 (背部) だけでなく、前面 (腹部) をも流注することが分かります。
▶ “少陰与巨陽中絡” のなぞ
それだけではありません。流注が非常に複雑なのです。この複雑な流注を正確に図示することはほとんど不可能に近いものです。なぜなら、 “少陰与巨陽中絡” (少陰と巨陽の中絡) という枢要点がどこなのかがハッキリしないからです。
これに対して見解を示すのが本ページでの目的でもあります。
さて、《素問》《霊枢》をひもといてみましょう。
▶素問・骨空論の原文
督脈の流注は、《素問・骨空論 60》に詳しい記載があります。というより、この記載以外に根拠となるものがほとんどないと言ってもよく、骨空論は避けて通ることができません。
督脉者.起於少腹.以下骨中央.女子入繋廷孔.其孔.溺孔之端也.其絡循陰器.合簒間.
繞簒後.別.繞臀.至少陰與巨陽中絡者.合少陰.上股内後廉.貫脊屬腎.
與太陽起於目内眥.上額交巓上.入絡腦還出別下項.循肩髆内.侠脊抵腰中.入循膂絡腎.
其男子循莖.下至簒.與女子等.
其少腹直上者.貫齊中央.上貫心入喉.上頤環脣.上繋兩目之下中央.
《素問・骨空論 60》
以下に詳しく見ていきます。
「下図にある矢印→ 」と「条文」は、色分けして同じ箇所を同色で示しています。「赤で書かれた条文」は、「図の赤の矢印→」について述べた部分です。
▶胞中→会陰
●督脉者.起於少腹 (下腹部) .以下骨中央 (恥骨結合部) .
女子入繋廷孔 (膣口) .其孔.溺孔 (尿道口) 之端也.
其絡循陰器.合簒 (会陰) 間.
【訳】督脈は、下腹部に起 (お) こり、恥骨結合部を下り、膣口に入り、尿道口などの陰器を循 (めぐ) り、会陰に合 (がっ) す。
●其男子.循莖 (陰茎) .下至簒 (会陰) .與女子等.
【訳】男子の場合は、陰茎を巡行し、会陰に至 (いた) る。ここからは女子と同じである。
下腹部とは《奇経八脈考》を参照すると、胞中 (子宮) のことです。 “胞中に起こる” というのは、どこからか胞中にジャンプしてやってきた…というニュアンスがあります。
督乃陽脈之海,其脈起於腎下胞中.《奇経八脈考》
- 起とは…経絡流注の字源・字義 をご参考に。
▶会陰→脊→鼻柱
▶骨空論の記載
●繞簒後 (会陰後方、すなわち長強) .別(左右に別れて) .繞臀.至少陰 (少陰腎経の流れに至る) .與巨陽中絡者 (少陰の流れ=長強 と、太陽膀胱経=承扶 の中間点に行くものが) 合少陰 (少陰腎経と再び合致する) .
【訳】会陰の後方、すなわち長強に繞 (めぐ) り、左右に別れて臀部に繞 (めぐ) るのである。そこで少陰腎経の流れ (陰谷→長強→脊とつながる流れ) と合流する。さらに「少陰と巨陽の中絡」で (再び少陰腎経の流れと) 合流し、腹部腎経とも関わりを持つ。
長強とは、督脈のツボで、肛門の後ろにあり、脊の下端 (尾骨の先端) に位置します。この穴処がポイントになります。
さらに、結論になってしまいますが…
少陰と巨陽の中絡とは、
・湧泉から陰谷にいたる下肢の腎経
・横骨から兪府にいたる胸腹部の腎経
・長強から脊を貫き腎に属する背部正中線の腎経
この3つのハブ空港的な、腎の拠点となる穴処と考えられます。この腎経の拠点を、督脈が経由するのです。こういう要所だけに、わざわざ督脈は迂回してつながりを持ち、腎への支配を強めていると考えられます。
後でもう一度くわしく説明します。
●上股内後廉 (少陰と巨陽の中絡) .貫脊.屬腎.
【訳】“少陰” と合した後は、《霊枢・經脉 10》にある少陰腎経の流注どおりである。すなわち、股内後廉に上り、脊椎を貫き、腎に属す。 (そして膀胱を絡う)
「属す」という言葉から、督脈と腎は、頭と尾のように一体であるということが分かります。
- これと全く同じ条文が《霊枢・經脉 10》にあり、《骨空論》はこれを踏まえたものと思われます。つまり、督脈は足の少陰腎経と広範囲で「交会」しているのです。
- 青の部分が重複部分です。そのあとで太字にしてある「膀胱を絡う」というのもポイントで、これが晴明からの脈気につながります。後に展開しますので覚えておいてください。
▶ “少陰与巨陽中絡” の見解
もう一度条文を見ます。
繞簒後.別.繞臀.至少陰與巨陽中絡者.合少陰.上股内後廉.貫脊屬腎.
『至少陰與巨陽中絡者.合少陰』の部分は文法的にも難しい部分だと思いますが、以下のように解釈します。
- 『少陰① (長強) に繞 (めぐ) る。そこで左右に別れ、臀部に繞 (めぐ) る。そこで (少陰①と) 巨陽との中絡に至る者は、少陰②と合す。』
会陰の後ろ (真後ろ) 、つまり長強 (少陰①) に行って、そこで左右に別れて臀を繞 (めぐ) る。臀には少陰與巨陽中絡があって、そこに至る。
傷寒論を読んでいてもそうなのですが、昔の人は肝心なところほど字句の省略をします。その方が目にとまるし、そういうのが美学なのでしょう。とにかくここは重要な部分であることが伺えます。
この少陰①は、ほぼ確定できます。長強です。会陰の後ろで少陰がからむ穴処は、長強しかありません。これは督脈が正中線を走行することを踏まえると当然の推測です。
長強,一名氣之陰 ,在脊 端,督脈別絡,少陰所結,《鍼灸甲乙経》
そのあと、 “臀” にある「少陰①と巨陽の中絡」に至る。「至」という表現は「極限」を表し、そこで突き当たるイメージです。突き当たったら引き返すしかありませんね。
この中絡というのが、これまた少陰②であって、ここと合す。少陰とは少陰腎経ルートの流れのことですから、2ヶ所で合流したということです。
かつ、《素問・骨空論》は、少陰腎経の流注《霊枢・経脈》が、読者の頭に入っていることを前提として話を進めています。 “股内後廉に上る” という表現は、先程も述べたように《霊枢・経脈》足少陰腎経 の頁でも使われているフレーズです。
“股内後廉に上って脊を貫き腎に属す” という少陰腎経の流れと合流して、督脈も同じように流れるんだ… ということが言いたいのでしょう。また、「股内後廉に上って (長強から) 脊を貫き腎に属す」の「長強から」が省略されています。これは《類経》でそう言っています。
腎足少陰之脈,…上股內後廉,結於督脈之長強,以貫脊中而後屬於腎,《類経・七卷・經絡類・十二經脈》
つまり、督脈の「会陰から後ろ (長強) に行く脈気」と、腎経の「股内後廉に上る脈気」とが、 “長強” で 結ぶのです。さらに “少陰と巨陽の中絡” で 合するのです。
では、 “股内後廉” とはどこなのか?
「股」とは二股になった部分のことで、大腿部内側を意味しますが、股ぐらをも意味します。つまり “股内後廉” は、陰谷 (膝内後側) から股ぐらまでのラインであるとも言えるし、股ぐらの一点を言っている可能性もあります。督脈は大腿部を流注しない… という前提で話を進めると、 “少陰と巨陽の中絡” は、…「股ぐらの内後廉 (一点) 」と「長強」との間 … のどこかにありそうです。
では、「股ぐらの内後廉 (一点)」とは、具体的にどこなのか?
で、「股ぐらの内後廉」を分解すると、…
・股ぐらの内廉 (内側) と
・股ぐらの後廉 (後側) との
中間となります。
「股ぐらの後廉」といえば? そういえば穴処がありますね。承扶 (太陽膀胱経) です。
では、「股ぐらの内廉」とは? これはもう、陰部になります。
ここで、ハッときませんか? そう、長強です。
巨陽 (太陽) と少陰の真ん中の一点。…これは承扶と長強の真ん中の一点です。「股ぐらの内後廉 (一点)」と合致します。
- 太ももの内後廉を上って、正中線の “脊” に入るのですから、脊椎の下端 (尾骨の先端) である長強を経由するのは当然のことです。《骨空論》では、このようにして「少陰の脈気が長強に入る」ことをふまえて、「少陰」と巨陽の中絡… と言ったのでしょう。つまり、長強と承扶の中間点に大きな要所があると考えられます。
ちなみに会陰には少陰腎経をはじめ、十二経絡が入りませんので、「少陰」ではありません。会陰は任脈で、督脈と衝脈のみが交会します。
會陰,一名屏翳,在大便前、小便後,兩陰之間,任脈別絡,俠督脈衝脈之會,
《鍼灸甲乙経》
机上の空論はここまでです。実際はどうなのか。
これは、望診や切診に長けた人なら分かると思うのですが、手をかざして気を感じ取ると、この「少陰と巨陽の中絡」には大きな「気の集まり」があります。こういう反応を示す場所は、そう多くありません。僕が把握しているのは、百会・水溝・会陰・神闕・懸枢。そしてこの「中絡」です。
足から上ってきた腎経はさらに、この「中絡」から腹部の少陰腎経 (横骨) へと向かう流れと、長強から背部の脊椎に入る流れが分岐していると思われます。長強よりも要所であると考えます。
高いところが苦手な人は経験があるかもしれません。高いところから下を見下ろすと、恐怖感とともにお尻のあたりがゾワッと来ることがあります。これがちょうど “少陰与巨陽中絡” のあたりになります。恐れは腎と関わりますね。腎を弱らせないように、ゾワッと不快感を感じさせ、恐怖を感じる高所から離れさせるようにしていると考えられます。腎兪でも志室でも太谿でもない、“少陰与巨陽中絡” にゾワッと来る…というところが注目です。
つまり、
・横骨から兪府にいたる腹部の少陰腎経、
・そして、湧泉から陰谷に至る下肢の少陰腎経、
・さらに、長強から脊を貫き腎に属する背部正中線の少陰腎経、
「少陰と巨陽の中絡」は、この3つを結ぶ要所であると言えます。督脈はこの要所を押さえていると考えた時、その支配の広範さに驚かされます。
しかし、流注をたどっていくにつれて、その広範さはこんなものではないことに気づくこととなります。
▶難経の記載
《骨空論》に記載がない部分を、難経は補ってくれています。 “脊を貫く” …の、その後です。
督脈者,起於下極之俞,並於脊裡,上至風府,入屬於腦,
《難経・二十八難》
下極之俞とは、関元でもいいし、会陰でもいいと思います。ここでは奇経八脈考にならい、 “胞中に起こる” と簡略化しておきます。
督乃陽脈之海,其脈起於腎下胞中.《奇経八脈考》
- 百会に相対する穴処は関元であり、水溝 (口の上・深部は齦交) に相対する穴処は会陰 (肛門の上) と考えられます。つまり、下極…下の極みは、関元でも会陰でもいい。もっとも陰の深い部位と考えればいいでしょう。例えば地球でも「北の極み」は、23.4°の地軸の傾きを考慮しなければ北極とも取れるし、傾きを考慮すればそれとはズレたところ (北極線:北緯66度33分) になります。北極線上にある「北の極み」は自転によって刻々に移動します。ですから関元は神闕でも大巨でも会陰でもいい。百会は後頂でも正営でも水溝でもいい…ということです。
難経よりも後世の《鍼灸甲乙経》は、難経にはこう描いてあるよ…と記載があります。写本を重ねて伝わっている難経なのでおそらく欠落箇所もありますので、この記載は非常に参考になります。
難經曰.督脈者,起於下極之俞,並於脊裏,上至風府,入屬於腦,上巔 (百会) .循額,至鼻柱,陽脈之海也.
《鍼灸甲乙経》
甲乙経の記載を含めて、まとめます。
【訳】督脈は胞中に起こり、脊裏に並んで上り、風府に至り、脳に入る。百会に上り、額を巡行し、鼻柱に至る。
ここで、「陽脈の海」という表現が出てきます。この表現はおそらく甲乙経が最古でしょう。
難経の記載が、督脈の本流ですね。骨空論には描かれていない「腰部から頭部へ」の記載が見られます。
骨空論では、この部分には詳しく触れず “脊に属す” と言うにとどめ、むしろ、 “腎に属す” というところに重点を置き、《霊枢・経脈》の記載を踏まえて、腎に属して “膀胱を絡 (まと) う” ところから、頭部 (晴明) にふたたび督脈が発し背部を下るという「頭部から腰部へ」の記載が見られます。背部を上からも下からも駆け巡る様子が見て取れます。
▶晴明→頭→背中→腰
膀胱に督脈の脈気が入り、膀胱の脈が起こるところの晴明で、ともに督脈の気もまた、「起こる」のです。 “起” は、かがんでいたものがジャンプする…でしたね。
●與太陽.起於目内眥 (晴明) .上額.交巓上 (百会) .入絡腦.還出別下項.循肩髆内 (肩甲間部) .侠脊.抵腰中.入循膂 (脊柱起立筋) .絡腎.
【訳】 “膀胱を絡 (まと) う” の後、足の太陽膀胱経の脈とともに晴明に起こり、額を上り、百会に交わり、脳に入り、もう一度出てから項を下り、肩甲間部を巡行し、脊椎を挟み、腰に抵 (あた) る。脊柱起立筋に入って巡行し、腎を絡 (まと) う。
これと全く同じ条文が《霊枢・經脉 10》にあり、《骨空論》はこれを踏まえたものと思われます。つまり、督脈は足の太陽膀胱経と広範囲で「交会」しているのです。
膀胱足太陽之脉.起於目内眥.上額.交巓.其支者.從巓至耳上角.其直者.從巓入絡腦.還出別下項.循肩髆カタノホネ内.挾脊抵腰中.入循膂.絡腎.屬膀胱. 《霊枢・經脉 10》
緑の部分が重複部分です。
これは、《霊枢・経脈》の膀胱経の流注を勉強している人でないと分からない。さっきもそうでしたね。《霊枢・経脈》の腎経の流注を勉強している人でないと分かりませんでした。
そんな内容を《素問》で述べている。そういういじわるな書き方をしています。いや、二度説明はしない。
ここまでの督脈の大筋の流れをおさらいします。
胞中に起こり、会陰で任脈と合流し、長強で少陰腎経と合流し、「少陰と巨陽の中絡」でさらに少陰腎経と結びつきを強めつつ、長強から脊椎に入って、腎・膀胱と合体し、膀胱経の流れに乗って、膀胱経の起始点である晴明に現れ、頭から背部膀胱経までを支配する。
▶胞中→腹部→顔面
●其少腹直上者.貫齊中央.上貫心.入喉.上頤.環脣.上繋兩目之下中央 .
【訳】下腹部 (会陰) から (後ろに行かず) そのまま上に行くものは、臍を貫き、心を貫き、喉に入り、頤 (オトガイ・下顎骨) に上り、唇をめぐり、両目の下中央 (承泣? 鼻柱? ) に繋がる。
これは任脈の走行と同じです。任脈とは でも、任脈は督脈と同じ背中をも流注すると説明しましたが、督脈も任脈と同じ胸腹をも流注するのです。
これは、陰は陽を生み、陽は陰を生む…という法則を示すものです。
さらに、先程も言うように、任脈のすぐ隣を走行する腹部腎経も、「少陰と巨陽の中絡」から督脈の脈気を受けています。背部でも膀胱経が督脈でした。督脈の支配は正中線上にとどまらず、その両傍らの経脈にまで及んでいるのです。非常に太い脈気です。
〇
難しかったですね 。。
流注は以上です。次回は 督脈とは《後編》…字源・字義 です。「督」の字源に迫り、督脈とはどういう働きがあるのかを考えます。