
還 【訓】かえる
「還」とは、元の位置にもどるという意味があります。
さらに、円形にグルっと回って元の位置に戻るというイメージが付け加えられます。
グルっと遠回りして戻って来るとイメージしてもいいでしょう。
そのイメージでいくと太陰肺経の条文は以下のように訳すことができます。
肺手太陰之脉.起於中焦.下絡大腸.還循胃口.…《霊枢・經脉10》
【訳】手の太陰肺経の脈は、中焦 (中脘;中央) に起こり、下って大腸 (水分;下方) を絡い、中央を中心としてグルっと回って胃口 (上脘;上方) を循る。
「還」という字は、辶・瞏に分解できます。
「瞏」という字は、目・袁に分解できます。
袁。長衣皃。《説文解字》
「袁」とは、長くてゆったりした衣服の様子を示します。ゆったりしているということは、空間や面積が大きいということを示唆します。
睘。目驚視也。《説文解字》
「睘」とは、目を見開き、驚いて凝視することを意味します。「袁」の空間・面積が大きいことと、「目」を組みわせることによって、まんまるな目 (面積が大きい目) をイメージします。
「辶」は進むこと。「還」とは、「睘」に「辶」を加えることで空間・面積を広く取って円形に進み元の位置に戻ってくる、というイメージになります。
さらにイメージを深めるために、「園」「環」「遠」についても説明しておきます。
園。同團。《集韻》
園は團 (団) と同義です。「団」とは「円」です。
「袁」には広い空間というイメージがありましたね。それを「囗」で囲うことによって、円く囲まれた広い空間を意味します。中国は農耕文化なので、必然的に栽培場所を意味するようになりました。
環。璧也。《説文解字》
環とは璧です。「璧」とは5円玉のような形をした古代中国の宝玉です。また玉環 (指輪のような宝玉) です。「睘」に「王 (玉) 」を加えることで、円形を強調した文字となっています。
「遠」にも「袁」がありますね。「袁」は長い衣服でした。距離的に長いという「遠」に、まんまるな「目」を加えて「還」とし、「ぐるっと遠回りして戻って来る」という意味を持たせたのです。
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40年前に失明した目が、鍼一本で翌朝に見えるようになったという症例を、かつて公開しました。40年間動かなかった痰湿を動かした、ということになり、つまりは陽明胃経を動かしたということになります。
この陽明胃経の経別をいま勉強しています。初心者がやる勉強をなんで今さら、と思われるかも知れませんが、ぼくはまだこんな基本をやっているのですね。
陽明胃経の経別は、ぐるっと目をめぐりつつ目に直接入ります。おそらく僕はこれを動かしたのですね。それを今の勉強で知ることができました。つまり「還」にそういう意味があるということを初めて知ったのです。
本ページをみていだだくと分かるように、こんなマニアックなことやって臨床に役立つのか? という声が聞こえてきそうですね。
「癒やし」とは、舟です。疒 (やまい) を愈 (いよいよ) 治癒という目的地に進めるのだ。「兪」の中にある「月」のような字は、「舟」のことです。「巜」は波のことで、舟が波を切って愉快に進む様子です。前に前に、それが「亼」で、舳先を表します。
醫者は、舟を作って旅人を乗せ、目的地まで運ぶ船頭です。歩くより何百倍も速やかに到着する。ただしその舟は、できのいい船でなければなりません。隙間から水が入ってくるようではいけないのです。ほんの隙間が命取り、その隙間を埋める作業が、こんな「どうでもいい」かのように見える勉強なのですね。
僕はこの舟を、もっと大きい豪華客船にしたい。そして一度に沢山の人を乗せたい。そして、みんなで目的地に向かって漕ぎ出すのです。
考えてみれば、地球は宇宙に浮かぶ大きな舟です。いま、危険な水底 (みなそこ) に進もうとするこの舟を、もう一度作り変えて、安らぎある目的地に運びたい。バカみたいな夢を持ちつつ、バカと笑われるような勉強を続けています。やりたいんだからしかたない。楽しいんだからそれでいい。