初診〜3診目
▶2022.12.06、初診
男性。81歳。初診時の舌の写真である。これからどんどん悪化の一途をたどることになる。
黄膩苔である。湿熱を示す。
主訴は、
・右下肢が歩くときに上がらない。
・腰が痛い。腰は投打痛があり、炎症を起こしている可能性がある。
・食欲不振。
口臭があり、生臭いヘドロのような臭い。
血圧・尿酸値・コレステロール・不眠・痛み止め・胃薬の各薬剤を服用中である。
百会に鍼。
▶2022.12.09、2診目
食欲がなく、固形物がノドを通らないと訴える。プリンやゼリーを食事代わりに食べている。
足腰の症状を言わないので聞いてみると、もう、あまりつらくないとのこと。
プリンやゼリーではなく、おかゆと梅干しや塩昆布のみにするよう指導する。野菜もダメ。
食養生表 をご参考に。
百会・右上巨虚に鍼。
▶2022.12.13、3診目
前額痛を訴える。毎日午後5時から前額痛があり、寝るときに痛くて眠れない。夜中に目覚めたときも痛い。痛みと同時に前額に熱感があり、冷やすと楽になる。朝になると痛み・熱感ともに無くなる。 >> 前額痛は胃に痰湿がある証候である。また前額の熱感は胃に邪熱がある証候である。当該患者は食欲がないにも関わらず、お粥の指導に従わず、プリンなどの肥甘厚味の品を食している。だから陽明腸胃の湿熱がますます増えて、前額痛が発症した。
腰の投打痛なし。足腰の症状を言わないので聞いてみると、腰痛なしとのこと。
下肢は上がるようになった。 >> これらの改善が速やかに見られたために、その信頼からこの後も通院されることとなる。
百会に鍼。
おかゆと梅干しの指導は守っておらず、再度それのみにするよう指導するが、笑顔でごまかしながら生返事である。僕は真剣だが、真面目に話を聞こうとしていない。
4診目 12月15日
舌根部 (舌の奥) のハゲは湿熱による傷陰を示す。
前額痛は一昨夜までマシだった。昨夜は痛かった。
おとといまでは おかゆと梅干しにしていたが、もういいかな?と思って、昨日はちりめんじゃこ・キュウリを食べた。指導をいい加減にしか聞かない。
百会・右上巨虚に鍼。
5診目 12月20日
黄苔が極まって黒苔に変化しつつある。舌根部のハゲも拡大。この黒苔は黄苔から変化したもので、極熱を意味する。非常に良くない状態である。舌根部のハゲは、熱が激しすぎて陰を大きく消耗したことを示す。
夜間の前額痛・前額の熱感が続いている。
食欲が出てきている。
おかゆと梅干しだけでは物足りない。みかん・りんごジュースなどを食べている。>> おそらくみかんやリンゴだけではなく、滋養の濃いものを食べている。腸胃の熱が激しさを増しているにも関わらず、これが火に油を注ぐ結果となっている。食欲が出てきているのは良いのだが、食養生指導を守らないので、正気は力づかず、邪気が力づいてしまっている。
百会に鍼。
6診目 12月23日
黒苔がハッキリと観察できる。黒苔は、そのときは何ともなくとも、重い病気にかかっている危険があると中医学では説く。強い口調 (怒💢) で、養生にまじめに向き合うよう説得する。
ただしこの黒苔は、ここで命が危ういという段階ではないと見る。いったん消えて、何年後かにもう一度出たときが危ない。これは舌神と合わせて見た時の僕の考えである。
夜間の前額痛・前額の熱感が続いている。
百会に鍼。
脈診で判定し、ごはん・野菜・白身魚を食してよしとする。油ものはまだ✕。
7診目 12月27日
前回の説得が効いたのか、はじめて舌が改善に向いている。黒苔がやや薄くなってきた。
夜間の前額痛・前額の熱感が続いている。
百会・右三陰交に鍼。
8診目 1月6日
舌根にハゲ (熱による傷陰を示す) は出ているが、黒苔は消失に向いている。舌全体としては改善。
夜間の前額痛・前額の熱感が続いている。
百会に鍼。
9診目 1月13日
夜間の前額痛・前額の熱感が続いている。
しかし、真剣な治療の結果、舌は徐々に改善してきている。舌根のハゲが修復しつつある。
百会に鍼。
ぼくとしては、ホッと一息、喜んでいる状態。
10診目 1月20日
3日前から全身に発疹が生じた。あまり痒くはないが、皮膚科に行くとステロイドが出たので、それを塗っている。
「前額痛はどうですか? 」
「いや、それが嘘みたいに無くなりましてん。」
「いつからですか?」
「3日ほど前からです。」
「発疹が出たら、入れ替わるように前額痛が無くなったのと違いますか?」
「ああ、そういえばそうです。…いや〜、そうですわ!」
〇〇と入れ替わるように✕✕が起こった。
「中医学の立場から見ると、前額痛は内熱が内にこもっている状態で、この発疹は内熱が外に逃げている状態です。しつこかった内熱がやっと外に逃げようとしているのですね。急性熱病で、発疹が出て治るということはいくらでもあり、これもそれと同じです。だから、発疹はでるだけだしたらいいです。特に痒くもないのだから、見た目は気になるかもしれないけれど、放っておいたほうがいいです。放っておけばいつか内熱が取れたタイミングで発疹が消えると思います。そもそも内熱がきつすぎて、黒苔まで出ていたでしょ。これはかなり危険な状態が迫ってきていた証拠でもあります。中医学的にみたとき、この発疹はとてつもないチャンスですよ。抑え込むと熱がふたたび内向して、『はるかに面倒なこと』が起こるかもしれません。」
ていねいに説明し指導もしたが、他人の真剣なアドバイスに聞く耳を持たない。あいかわらずである。
何をしにここに来ておられるのだろう。
ここまで根気よく治療し、「頭が痛いですねん」の愚痴にも粘り強く付き合い、そのたびに養生 (患者自身がどのように行動するか) の大切さを懸命に説いてきた。その結果として、舌もほぼ正常となり、夜間の頭痛もなくなった。
発疹は、その転機としてのものであり、これは改善である。つまりこの発疹は陣痛のようなもので、これから良いことが起こるためのものである。発疹の出現によって、ようやく病勢の見通しが開けてきたのである。夜の睡眠を妨げていた前額痛の消失がそれを雄弁に物語っている。
百会に鍼。
11診目 1月27日
ステロイドを塗っている。そのおかげで発疹がきれいに治った。
前額痛も熱感もなし。
発疹と入れ替わるように、足が一気にむくむ。ただの浮腫ではないと確信。
〇〇と入れ替わるように✕✕が起こった。
発疹として外に出ようとしていた熱が、一気に内側に向きを変えて入り込んだのである。内熱による肝機能障害 (アルブミンの生成減退) や腎機能障害 (濾過機能の減退) などを疑ってよい。もう、額が痛いとか熱いとか悠長なことを言っていられなくなった。
この時点で、これ以上ぼくのところで治療しても回復の見込みはないと判断し、病院の受診を勧める。
生返事でいつものとおり言うことを聞かないと見たので、本人の目の前で自宅に電話をし、病院に連れて行くようにご家族に強く勧める。
妻 (電話) 「わざわざありがとうございます! ずっと本人に病院に行くよう言ってるんですけど、言うことを聞かないんです。もう、先生がそうおっしゃるなら、息子たちに頼んで引っ張ってでも連れていきます!」
「ぜひ、そうしてください。」
〇
その後すぐ、病院を受診した。
そのまま入院となった。
病因は、食べたい欲が強すぎて抑えきれず、知らずしらずに負担をかけ続けたからである。
その他の悪化例
【例1】
2022年8月20日初診。遠方のため1〜2週に1回の治療。
強皮症。女性。43歳。全身にこわばり・変形・筋力低下があり、自力でイスから立ちあがれない。るい痩著しい。CRP4.58
▶右足小指先端部が化膿、黒く潰瘍が拡大しつつあり、じっとしていても痛みが激しい。歩行時はいっそう痛みが激しく、このままでは歩行ができなくなる、あるいは壊死切断の危険がある。
>> 足先は氷のように冷たく、レイノー現象でロウ細工のような質感であり、これらは血流が悪いことを示す。血流不全から指先が壊疽を起こすのは、全身性強皮症の特徴である。
▶初診の治療後、その場で足が温まる。
▶鍼灸治療をはじめてから痛みが止まり、自然に傷口が修復に向かう。
▶2022年11月18日 右小指のカサブタがとれ、完全に治癒する。レイノー現象も消失。 (写真)
▶小指治癒以降、歩けるようになる。行動範囲が増えてきた。
▶2023年2月25日、子どもたちが大きくなり、手狭になったので、引っ越し&リフォームすることに決める。
▶2023年2月27日、CRP2.90。病院の指導でプレドニン (ステロイド) も着実に減らせている。
▶リフォームの準備で多忙になり、買い物で歩くことが多くなる。選んだり考えたりすることも多い。
▶歩く用事が多い→右足首に痛みと腫れが出る→歩けない→買い物に行けない。
▶湿布を貼る→痛みが止まる→歩ける→買い物に行ける。
▶2023年3月17日、注意と指導を与える。
「痛みはブレーキ。」
「ブレーキが効かなくなるとどうなるか。ブレーキを消すとどうなるか。」
「足が痛くて歩けないということは、リフォームの買い物を止めなさいということ。体の声に従わなければならない。」
「急な下り坂を幼児が走り出したらどうするか。いくら止めてもやめないなら、そのままやらせてころんだ時の痛さを教えてやることも愛情。」
この指導を与えた日が、最後の治療となる。
▶3月31日から発熱→胸に痛みが広がる→病院受診→心臓に水が貯まっている・CRP18.00に上昇→ステロイド大量投与による入院治療となる。
〇〇と入れ替わるように✕✕が起こった。
もっときつく言うべきだったか…とも思いが交錯するが、選択肢は与えた。
選ぶのは患者さんである。
病因は、リフォームに一生懸命になりすぎて抑えきれず、知らずしらずに負担をかけ続けたからである。
【例2】
××年3月××日初診。12歳。男性。週に2回の治療。
- 6か月前から動悸。1日に15回前後で毎日。動いたとき。午後が多い。布団を敷くとき特にひどい。
- 4ヶ月前から足指の痛み。左第2・4趾痛、右第1・2趾痛、発熱・発赤・腫脹がある。軽く触れるだけで激痛。歩くのも痛いので小学校まで車で送ってもらっている。
骨折を疑わせるが、ぶつけた覚えがない。病院を受診し、レントゲンを撮ってもらうよう指導する。ただしそれは念の為である。この時点でただの痛みではないことを確信している。 - ゲームが大好き。
▶当院で4診を経過するが、動悸・足痛みともに不変。
▶立てないほど痛みが強くなり、やっと病院を受診する。足のレントゲンをとるも原因不明。湿布を処方される。
▶湿布を貼ると、足の痛みがすぐに消失した。
▶翌日、はじめて学校に歩いて通うことができる。
▶その日の昼過ぎに、「心臓が爆発するみたいな痛み」が起こる。
「痛みはブレーキ。」
「ブレーキが効かなくなるとどうなるか。ブレーキを消すとどうなるか。」
〇〇と入れ替わるように✕✕が起こった。
▶その日の夕方、当院受診。動悸と足痛みはゲームのやりすぎが原因であると診立て、「命に関わるから母親にゲームを預けなさい」と指導する。
▶3日後、当院受診。ゲームを止めている。心臓の痛みは出ていない。動悸は1日15回から、1日5回に減少。足の痛みはいつもを10とすると3〜4に減少。湿布は貼っていない。
「ゲームを預けた翌朝から足も動悸も楽になってました。」
半年続いた症状が、一夜で半減以下に。
▶ゲームを止めて10日後、動悸・足の痛みがすべて消失。
病因はゲームがおもしろすぎて抑えきれず、知らずしらずに負担をかけ続けたからである。
まとめ
これら一連の流れを見て、分岐点となる箇所を各位において洞察されたい。
何をおいても大切なのは、原因を特定してそれを除去することである。これを軽んじての「その場しのぎ」を行えば、入れ替わるように「何か」が起こる。
そしてその何かとは、「はるかに面倒なこと」であることが多い。子供がぐずるからといって簡単にアメ玉を与えるのは、目線を低くして原因を考えようとしない親のやることである。
原因療法とは。
対症療法とは。
現時点で言えるのは、事実を順番に提示するところまでである。