変形性股関節症の症例… この原因はレントゲンに映らない

65歳。女性。2022年6月21日初診。

右股関節痛。

37歳の時、右股関節の激痛が起こり歩行困難となる。変形性股関節症と診断される。以来、悪化を繰り返す。
未熟児として出生、先天性股関節脱臼あり、脱腸ベルトを付けていた。
47歳で子宮筋腫の除去手術。

初診時、腰〜股関節〜下肢にかけて歩行時に痛みがあり、ベッドに寝ていても仰臥位 (あおむけ) で痛くて膝を伸ばせない。寝返りも満足にできなかった。

手術を覚悟されていたが、初診から週に2回の治療を続け、3ヶ月経て痛みが消失し、今は20分のウォーキングを日課にしている。フニャフニャで無力だった背筋が見違えるようにシッカリしてきて、草引きや片付け作業もこなせるようになった。

股関節は、腰や膝とともに体の土台部分に当たる。土台に問題が出るということは生命そのものに弱りが出たということになる。だから “腰者腎之府” 《素問・脉要精微論17》というのである。
生まれたての赤ちゃんは筋肉が弱いが、やがて歩けるほどの筋力を身につける。その順番としては、まず寝返りをうつ。そして腹ばいになってほふく前進する。体幹、とくに背筋を先ず鍛える。そしてはじめて立ち上がる稽古をする。
背筋がシッカリしないと、股関節の周囲の筋肉もシッカリしてこない。

新築の自宅から車で一時間のところに旧家があり、夏は草引きや片付けなどの作業に追われていたが、その仕事も一段落つき、おだやかな初冬を迎えていた。…はずだった。

2022年11月8日の診療。

スタッフ「〇〇さん、ベッドに入られたんですけど、右膝が痛くて脚が伸ばせないって言っておられます。」

膝? 何があった? ともかく診察室に入る。

膝を診てみる。水は溜まっていない。熱感・腫れ・発赤もハッキリしない。よく分からないな。まずは全体を診てみよう。んっ? ああ、これか。

「表証」がある。天突の望診である。

肺兪でも確認しようと座らせるが、股関節が痛くて自力で起き上がれないので支えてやった。そして、やはり左肺兪に虚の反応がある。まちがいない。表証が原因だ。

ここで、はじめて問診を始める。

「膝が痛いんやね。いつから?」

「5日前からです…。股関節と右膝の痛みがつながっているみたいなんです。ずっと楽やったのに、なんでやろ…。」

その日、少し右股関節に痛みを感じたが、翌日は芋掘りを手伝った。そのためか痛みが増し、当院の予約日を心待ちにしていたとのことである。

「急に起こった?」

「いえ、徐々にです。」

徐々に? 表証はある日のある時間から、急に起こるのが特徴である。でもまあいい。表証があるのに芋掘りをしたから余計に悪化したのだろう。表証とはカゼのようなものである。カゼのときは家で横になっている方が治りが早く、動くと悪化しやすい。それと同じことだ。それにしても、なんで急に表証になったんだろう。このペースで治療しているのに、相当大きな何か原因があったはずだ。

「原因としてなにか思い当たることはありませんか? たとえば寒かったとか、雨に降られたとか、あるいは急に体を弱らせるようなことをした覚えはありませんか?」

「うーーん、先生に言われたように、朝は真冬の格好をしてるし、特に…。」

「おかしいな。なんか原因がないと、急にカゼみたいになるなんてことはないはずなんですけど…。」

「たとえば、精神的なことも原因になりますか?」

「なるなる、なにかストレスがあったんですね? 」

「はい。」

「かなり気持ちに大きな落差ができるような?」

「はい。実は田舎の旧家の土地のことなんですけど…。」

話によると、その土地はずっと当該患者の家が倉庫も建てて使っているところだが、実際には当該患者の所有地ではないことが、本当の所有主からの連絡で分かったとのことである。なので、今までの税金をその所有主に払う必要があるらしい。今は家族が皆いなくなって、嫁いだ身である当該患者が世帯主となっているので、どうしていいか何も分からないのだという。

「なるほど、そういう話は聞いたことがありますわ。田舎ではたま〜にあるんですね。僕が聞いた話は、口約束で土地を譲ってしまって、それで譲られた方はそこを自分の土地として使っているんですけど、登記上はそのままなので税金は譲った方が払い続けているらしいです。授受があったその代はそれでいいんですけど、子供や孫に代が変わると、なんでウチが税金払わななあかんのってなるんですね。先方は土地を買い取ってくれとまでは言ってないし、税金分だけでいいのなら、すごく良心的な人ですよ。」

「え ! ?  そうなんですか? 」

「そうです。良心的です。払えば解決がつくなら払うべきです。司法書士など第三者を入れたらいいでしょうね。あとはその司法書士の方に任せて、お金で済ませてしまいましょう。」

「ああ、そうなんですか。なんか安心しました。」

こういう知識も治療に生きるもんだ。曽祖父の物件の相続を自力でやって法務局をびっくりさせたことがある。経験に無駄はないことを再確認。

「よく分からないから、あれこれ考えたんですね。寝耳に水やもんね、そりゃ誰でもそうなります。でも余計な心配をするとね、脳でたくさん血を消費するんですよ。血は生命力だから、それが弱ると今までチョッカイ出してこなかった寒邪が、 “こいつこのごろ弱そうだぞ” ってなめてくるんですね。だから大したことない冷えでも、それにやられて表証 (カゼみたいなの) になるんです。冷えっていうのはカチカチにする性質があるので、もともとある股関節のウィークポイントがカチカチになって痛みが出た。その痛みが右膝にまで響いて、膝が痛いんですね。」

だから “徐々に” 起こったのだろう。ストレス (肝鬱気滞) がまず気機を滞らせてウイークポイントである股関節にわずかに痛みをもたらした。そのストレスが治まらないため徐々に痛みが増した。そして寒邪の侵襲を受け、芋掘りで一気に痛みが強くなった。

「ああ、それでこんなに痛いんですね! 」

「ところで、いまずっと膝を伸ばしていますね。痛くないの? 」

「あれ? 痛くないですね? 」

「ちょっと座ってみてください。さっきは座れなかったけど… うん、自分で座れるね。実は、この話をしている間に血がどんどん回復してるんです。たぶん、気持ちが楽になったんでしょう。だからもう、表証の反応が消えてるんですよ。」

「わ、痛くないです。不思議…。」

真の原因を見つけ出すことがいかに大切であることか。
そしてこの原因は、レントゲンには映らない。

写真に撮れないもの・絵に描けないもの、これが気である。
気とは物質ではないものである。物質とはフレームに収めることができるものである。
中国伝統医学とは「気」を治す医学であり、本症例はまさにそれである。

「この気持ちでいてくださいね。痛みが消えても油断せずに、いま心が整理できたのはなぜか、常によく思い出してください。それを忘れないように、鍼でピン留めしておきますね^^」

百会に一本鍼。

治療も終わってその帰り際、ちょうど当該患者をご紹介くださった患者さんとすれちがう。

「先生に話してもらったら、ぜんぜん楽になってん! 最初ともうぜんぜんちがう! すごく痛かったのに! 」
「そう、わーよかったねー。」

ああ、うれしい。よかった。

そしてまた、奇跡が起こった。

半年を経過した2023年5月現在、痛みはほとんど訴えなくなった。たまに少し痛い時があるが、その場ぞの場で原因を明らかにして治療をするとすぐ収まる。この連休は旧家の片付けや草掃除にあけくれたが、股関節の痛みはでなかった。

背中も、下肢も、だんだん筋肉がついてきている。

手術の事ばかり考えていたころが嘘みたいだとおっしゃる。

1週間に1回のメンテナンス的治療を継続中である。

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