メニエール病 (回転性めまい) の症例

女性。78歳。2023年。

元々ある耳鳴りがここ10日間ずっと強かったが、今朝はましで気分よくウォーキングして帰宅、草を引くのにうつむいた途端、グルンと回るめまいを発症。特別に寒い朝であった。吐き気がする。起きていられない。寝ても仰向けになれない。横向きで丸まって寝ている。こういうめまいは10年ほど前に経験あり。

この状態でご主人から僕の自宅に午前7時ごろ電話があった。4/18 (火) のことであった。 (ご夫婦ともに当院の古い患者さんである)
往診を依頼される。往診は午前診終了後の昼過ぎになると答えると、それまでの間、どのように過ごせばいいかとご質問があった。

【電話での指導】
吐き気があり食事を受け付けない状態であるが、これから朝食として、ご飯 (白米) を一粒でもいから食べるよう指導する。その際、必ず手を合わせ、よく噛んでよく味わってできれば感謝して頂くよう指導する。
そして安静にして、僕の到着を待ってもらうよう指導した。

胆汁とデトックス… 朝食は一口でも
朝食を取らない人が増えましたね。一昔前は小学校でも「朝ごはんを食べましょう」と指導していました。朝ごはんの必要性について、「胆汁」をキーワードに考えてみましょう。

1診目… 4/18 (火)

午前診が終わり、そのまま自宅に向かう。

電話で指導したとおり、白米を3粒ほど食べた。5分ほどすると真っ白のドロっとした胃液を大量に吐き、しばらくすると黄色のドロっとした胃液を大量に吐いた。またしばらくすると再び黄色くドロッとした胃液を大量に嘔吐した。あわせて洗面器に半分ほどの量を吐いたそうだ。それで吐き気はおさまり胃部はスッキリし、目を開けられるようになった。仰向けに寝ることができるようになった。

現在、グルンとはならないがフワフワしてまだ立てない。

結局、8時間以上めまいが続いている。耳鳴りもある。これがメニエール病の特徴である。

メニエール病は「内リンパ水腫」とも言われる。この別名が示すように、内耳を満たしているリンパ液が過剰になって内耳全体 (三半規管・前庭・蝸牛) がむくむことが原因であり、またその病態を指す。

内耳のうち、三半規管および前庭のみがむくむ場合、あるいは蝸牛のみがむくむ場合は、「メニエール病非定形例」と称する。

三半規管および前庭 (いずれも平衡感覚を司る) がむくむと、めまいが起こる。回転性めまい・左右に揺れるめまい・フワフワとふとんの上を歩いているようなめまいがある。

蝸牛 (聴覚を司る) がむくむと、聴覚障害 (耳鳴・難聴) が起こる。

メニエール病の特徴は、長時間継続するめまいと聴覚障害であり、それが長期にわたって反復すれば診断が確定となる。一度起こしただけではメニエール病とは言えないのだ。
・めまいと聴覚障害は両方出現する。
・こういう病態が繰り返し起こる。

めまいに関して、三半規管及び前庭のむくみが、ひどければ回転性めまいとなるが、軽ければフワフワするだけのこともある。頭位性めまいの発作が数秒〜数十秒に対して、メニエール病は本症例のように長時間に渡ってめまいが続く。むくみが引くまで持続するのである。

聴覚障害に関して、蝸牛のむくみが、ひどければ難聴・耳鳴となるが、軽ければ耳が詰まった感じ・音が響く感じにとどまることもある。頭位性めまいには内耳のむくみはなく、必然的に蝸牛のむくみはないので、聴覚障害は起こらない。

内耳のむくみがあっても、めまいだけだったり、聴覚障害だけだったりすることがあるる。この場合は、「メニエール病非定形例」という病名になり、前庭型と蝸牛型に別けられる。

前庭型は、内耳のむくみにおいて、三半規管および前庭のむくみが中心で、蝸牛のむくみが少ない場合である。めまいだけが起こって聴覚障害がない。
蝸牛型は、内耳のむくみにおいて、蝸牛のむくみが中心で、三半規管および前庭のむくみが少ない場合である。聴覚障害だけが起こってめまいがない。

嘔吐もメニエール病の特徴と思われがちだが、嘔吐に関しては、メニエール病でも頭位性めまいでも起こり得る。車酔いのときに嘔吐するのと同じく、平衡感覚が混乱するとその混乱が嘔吐中枢を刺激することがあるからである。

>> https://inoue-jibika.jp/meniere/index.html

「吐いてよかったんですよ。それがなかったら、今もまだもっとしんどいはずです。お米の3粒がとても大きかったと思います。」

汗吐下の「吐法」である。ご飯3粒にこういう力がある。
吐いたとなると不安になるものだ。しかし、かなり過去の症例であるがノロウイルスの症例がある。このときの経験が今回の自信につながっている。白米や重湯は、吐法を行ううえで優れた薬膳であると考えている。

百会に2番鍼で1分置鍼、抜鍼後10分休憩し治療を終える。

次に診察するまでは、ご飯 (白米) と植物性の食品 (ただし豆類は✕) のみにするよう指導する。ご飯とおかずの割合は6:4にするよう指導する。ご飯をお粥にする場合は、ご飯の状態の量を考慮しておかずを減らすよう指導する。これらの指導は、すべて脈診で判定を行い、体の声を聞いたものである。

脈診で “体の声” を聞く
藤本蓮風先生の御尊父、藤本和風先生。その患者さんが、かつて近所におられた。その方いわく、「ピーナッツが好きでね、でも和風先生は脈を診て、” ピーナッツは一日〇〇個までやで ”っておっしゃるんです。」僕が鍼灸学校に通っていたころだった。

表証 (寒邪) があったので、
・今日の入浴は止めておくこと、
・温かいもの (37℃以上) のみを飲食すること、
・たとえ元気になってもウォーキングは止めておくこと

を指導する。

「私がこんなんなってしもたら、お父さん (ご主人) が何もできないんですわ。最近やっと自分のお茶碗くらいは流しにつけるようにはなってくれたんですが…。料理なんかしたことないし、それが心配で…」

「お父さん、ええチャンスでっせ。お粥のかんたんな作り方、教えたげますわ。人生初の料理、やってみませんか?」

「ははは、ほんならいっぺんやってみますわ。」

【病因病理】
・胃液の黄色さは熱を意味する。腸胃に邪熱がある。
・夫への不満や不安に代表されるストレスがあり、肝にも邪熱がある。
・この邪熱が上に昇る。そのまま昇りきってしまうと天に召されてしまうが、体はそうはさせじと頭部にコルクを詰める。詰められた苦しみがめまいである。
・上に昇ろうとするものを下に引き止める力がないのは正気の弱りである。
・胃気・腑気 (下降作用) の弱りがある。だから消化に悪い (滋養がある) 飲食物が負担になる。
・陰血の弱りがある。だから痩薄舌が見られる。
・邪熱は表寒によって魔法瓶のように閉じ込められている。だからますます冷めにくく、激しい陽亢を起こしている。

・陽亢によるめまい
・痰湿によるめまい
・陰虚・血虚によるめまい
これらを考慮して治療を行った。虚実錯雑である。

2診目… 4/20 (木)

左:4/18 歪斜舌・黄膩苔・痩薄舌が見られる。顔面の気色は血虚がうかがえる。
右:4/20 舌診所見すべてにおいて改善、とくに舌と顔の色艶が良くなっている。ごはんと野菜だけでこれだけの血色を生む。これは栄養を取ったからではなく、肝臓 (人体を作る臓器) が元気になったからであろう。まるで化粧したかのようであるが、鼻孔の下の赤みの差を見ていただければ、こんなところに化粧をするはずがないことが分かる。口紅は塗っているかもしれない。

この日は院まで一人でお越しになった。かなりよくなっている。

【その後の経過】
4/18 めまいは治療後まもなくましになり、夕方にはご自分で夕ご飯をつくった。耳鳴りもなく気分が良かった。
4/19 朝から気分が良い。めまいなし。
4/20 昨日のほうが楽だった。耳鳴りがややひどい。なんとなくフワフワする。

表証なし。

百会に2番鍼で5分置鍼、抜鍼後10分休憩し治療を終える。

脈診で判定を行い、食べて良いものを診る。前回と同じである。つまり、次に診察するまでは、ご飯 (白米) と植物性の食品 (ただし豆類は✕) のみにする、ご飯とおかずの割合は6:4にするよう指導する。

食養生表を渡し、参考にするよう指導する。

「あれから楽にさせてもろてますねん。いや〜でも死ぬかと思いましたわ」

「そうかー、まずはマシになって良かったですね〜。でもお父さんが人生初のお粥を作るチャンスやったけど、逃してしまいましたなあ笑」

3診目… 4/22 (土)

ご夫婦で来院。

耳鳴りが再発した。頭を動かすとフワフワする。

再発するのはおかしい。何かある。

詳しく聞くと、数日前から味噌汁を飲んでいた。1診目翌日 (4/18) は気分が良かったのに2診目当日 (4/20) のほうが耳鳴りが増していたのは、おそらくこれが理由だ。

味噌は豆でできており、豆類はまだ、脈診でOKが出ていない。
少しでも栄養を…というのは特に高齢者に見受けられる特徴であるが、これが「無理に食べる」という行動につながり、回復を妨げている。

足三里に実邪の反応がある。これは食滞を意味する。

表証なし。

百会に2番鍼で5分置鍼、抜鍼後10分休憩し治療を終える。

脈診で判定のうえ、ご飯 (白米) と植物性の食品 (ただし豆類は✕) のみにするよう再度指導する。

4診目… 4/23 (日)

昨日の診察から一夜明けた日曜日、またもや電話があった。
朝からめまいがあり、嘔吐して起きられないという。

きゅうきょ往診に向かう。

午前11時に到着する。見れば、ソファーで横向きに寝て、目を閉じている。

「先生すみません、目が開けられなくて… 目を開けると目が舞うんです…」

か弱い声で説明される。

診察すると、天突・陽池・足三里に反応がある。
・天突… 表証を示す
・陽池… 冷たいものを飲食し、それが体に悪影響を及ぼした可能性を示す。
・三里… 食べ過ぎたり消化に悪いものを食べたりした可能性を示す。

「冷たいものの反応が出てるなあ。冷たいものは控えてくれてると思うんですが、どうですか? 」
「はい、先生に言われてるからキチンと守ってます。果物も食べてないし。」
「うーん、そうか…。味噌汁はもう飲んでないしねえ?」
「それも先生に言われたように今度は気をつけてます。」
「うーん、おかしいな…。」

今朝も冷え込んだ。しかし、この冷えだけでは表証とまではならないはずだ。そうならないように治療と養生指導をしている。ここに「確信」がある。

何かある。

「何かないですかね。」
「あ、シイタケの煮たのを食べました。それやろか。」
「いやー、シイタケは豆以外の野菜なので、それでこうなることは考えにくですね。」
「うーんお茶も温めてるしなあ。」
「枕元のお茶も魔法瓶にしてくれてるしねえ?」
「あっ、そういえばヤクルト1000飲んでるわ。ああ、そうや、それも冷たいものですねえ?」
「温めてなかったら、そうなりますね。」
「ああそしたらそれやわ、あっ、それからパイロゲン (リンゴ酢に各種栄養分を加味したもの) も飲んでるわ!」
「ほうほう、それ、何時頃?」
「寝る前にね、もう何年もヤクルト1000とパイロゲンを健康のために飲んでるんです。おととい飲んだら何ともなかったから、昨日も飲みましたわ。それやろか。」
「うん、それですね。」

・冷たい飲食
・間食
・いま食べてはいけないもの (白米と豆類以外の植物性食品のみがOK)
これらすべての要素を兼ねてしまっている。

「せやけど、おとといは大丈夫やったのに…」
「2日続けたから、体が “おいおい” って言ってるんですわ。」
「そうかー、いや、もう今日から止めますわ。」

気がついたら目を開けてしゃべっている。

「目、開けて大丈夫ですか?」
「あれ? 大丈夫になりました。ああ、なんか楽ですわ。」
「気がついてくれて、体が喜んでるんですよ。今の気持ちでいて下さい。」

関元に2番鍼で1分置鍼、抜鍼後5分休憩し治療を終える。

脈診で判定し、おかゆと梅干しのみにするよう指導する。

「先生、明日も来てくれはりますか?」
僕「ああ、そしたら昼過ぎにまた電話して来ます。そしたら失礼しますね。」
「やあ先生、おしっこ行きたくなってきた。」
夫「おお、行け行け、ここ開けたるわ。」
僕「もうちょっと僕、いときましょか?」
「先生、そうしてくれはりますか? 」
僕「よっしゃよっしゃ、とりあえず靴下はかせたげますわ。」
「やあ先生にくつしたはかしてもろて…すんません…這ってやったらいけるやろか… ああ、いけるいける。」
夫「俺ついていったるわ。」

そのまま這ってトイレに行き、自力でトイレに座り、ソファーに戻って寝ることができた。

僕「ほんなら失礼しますね。お父さん、前はせっかくのお粥作るチャンス、逃してしまわはったんで。」
夫「そうでんがな笑」
僕「今日こそ人生初のおかゆをつくるチャンスですなあ笑」

健康のためにと考え、そういうものを毎晩飲んでいる。一緒に住んでいない僕には全くわからないことである。ここが、臨床というものが一筋縄では行かないものであることを如実に示すとともに、臨床家の力量が試されるところなのである。鍼を打つだけが能ではない部分がある。

5診目… 4/24 (月)

約束通り、昼過ぎに往診。

【その後の経過】
昨日あれから、すぐに動けるようになり、午後4時ごろに洗濯物をたたんだ。
夕ご飯は、自分でお粥を炊いて食べた。
今朝もお粥を食べた。美味しかった。

「もうあれからは、あれを飲まんように気をつけてます!」

めまいなし。耳鳴りも気にならない。

僕「お父さん、また人生初の料理、作りそびれましたなあ。」
夫「お粥でっかいな。そうでんがな笑」

百会に2番鍼で1分置鍼、抜鍼後10分休憩し治療を終える。

5診目… 4/27 (木)

めまいなし。

ついでに尿もれも無くなった
じつは半年前から尿もれがあり、水道水を出したときや行きたくなったときに漏れてしまっていたが、それが全く無くなった。2回あった夜間尿も無くなった。

脾には制水作用がある。これが弱ると尿もれになる。食養生によって脾が強化され、制水作用までが復活したのである。

その後

外出に不安があるため、その後もしばらく往診を続けた。

何度かめまい (耳鳴りと嘔気を伴う) があったが、そのたびに禁止事項の甘いものなどが判明。
とともにめまい消失。

改めて、食事不摂生が大きな原因であったことが分かってきた。

【病因病理・補足】
治療を重ねるうち、間食や甘いものの影響がかなりあったことが徐々に明らかになってきた。往診当初は問診では出てこなかったのである。治りにくい病になればなるほど、病因が患者の意識からも遠のき、間食等がないかと聞いても、思い出せずに「ない」と答えることがある。これが本症例で得られた僕の最も大きい学びであった。これは、足しげく家庭内に上がり込んだからこそ実見し得たことである。往診当初は昼休みに出向いていたが、初診の予約が入ると行けなくなるので、朝の出勤前に週に2回立ち寄って診察した。緊急では夜の9時過ぎに往診したこともある。

初診時、洗面器半分にもおよぶ胃液の量は、痰湿 (水湿痰飲) を意味する。これが上記【病因病理】でも述べたように、陽亢とともに耳の清竅を襲ったのである。

西洋医学的に見ても、メニエール症候群は「内リンパ水腫」、つまり内耳のむくみ (水ぶくれ) によって起こることが知られている。ただし内耳のむくみがなぜ起こるかは原因が分かっていない。
中医学的に見れば、その原因の一つは食事不摂生である。

梅雨の長雨が止んだ7月頃から、自信がついて自力で院まで通えるようになった。

めまいが起こるたび、救急車を呼ぼうと思った。しかし僕に診てもらいたかった。
「先生に診てもらって、本当によかった」…症状が落ち着いてから、そのように何度も述懐された。

メニエール病の特徴は、長時間のめまいや嘔気嘔吐を繰り返すことであり、そこに難聴・耳鳴りを伴う。また、それらを繰り返すうちに聴力が戻らなくなることがある。本症例では聴力に問題が出なかったうえに耳鳴りすら治まっている。

「せんせい、ちょっとくらいなら〇〇食べてもいいですやろか? 」
「ははは、いいですね、食べてみてください。めまいがでたら、また往診に行ったげますから。」
「あれはもういらん! うーーん、まあもうちょっと辛抱しますわ。」
「ははは、そうしてください。」

肥満で悩んでいたが、2023年7月現在、体重が8.2kg減った。わずか3ヶ月である。体が軽くなった。家族から “見やすくなった” とほめられるらしい笑。

10月現在、週に一度の治療。
甘いものなどの禁止事項は無くなった。そのためか、7月よりも0.8kg増えた。これをすごく気にしておられる。「へえ、でもすごいやん。ブログでそれも載せますわ。で、いま何kg? 」
と聞くと教えてもらえなかった。「え なんで? 」と聞くと理由は、「女性だから」。
冗談の応酬をひと通り終えた後に小声で教えてくださったが、おんなごごろを守るため固く秘めさせていただく。

そういうわけで、元気である。

めまいはずっと起こっていない。調子がいいときは耳鳴りも全くない。

暑い季節に早朝のウォーキング30分を続けられた。

若返った。

今回のめまいで、多くの気付きと改善点があったからである。

つまずけば、気をつける。だからつまずかなくなる。
病とは、そもそもそういうものである。
そこから何かを学ぶためにある。
元気でまっすぐに歩むために。

試練を乗り越えた。

その喜びを分かち合う。

さあ、人生はこれからですよ!

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