77歳。女性。
目つき鋭く、神経質そうである。
「10年前から耳鳴りがあります。ましな時もあったり、ひどい時もあったり。でも、1か月前から鳴りっぱなしで、ましにならなくなったんです。」
「ストレスは?」
「私のもっている不動産の売買のことで…。今も交渉中。長くかかりそうです。1か月に、その話が持ち上がってから耳鳴りが止まらなくなりました。」
解決の難しいストレス。しかも老齢。難しそうだ…。
耳は目と同じで、炎症などで一度こわれてしまうと、元に戻らなくなる。そういう状態もしれないし、まだ回復できる状態かもしれない。
ダメ元でやってみる。
初診
ベッドで仰向けになってもらうと、すぐ咳をする。痰がからんでゼロゼロいう。いつものことらしい。気の逆上 (気逆) に痰湿を伴っている状態が見てとれる。
気逆は邪気のひとつで、気滞の変化したもの。もともと気が上にのぼりやすい性格&体質である。この気逆の邪気が痰湿をともなって耳を襲うことで、この耳鳴りは起こっている。過去、3回、意識不明になり、突然倒れたことがある。これも気逆と痰湿によるものだろう。
お腹に手をあてる。老齢の割には反応してくる。邪気を狙って取り去ることが可能。
右章門に鍼。百会・左大敦に鍼。
鍼をして、10分後くらいから咳が止まる。
左肝兪の実の反応が鮮やかに取れる。
よく効いていることを患者に告げ、励ます。
2診目・3診目、症状かわらない。
ただし、肝兪の反応は治療のたびに改善する。
水溝 (人中) をつかう
3診目より、百会の処置を水溝 (人中) に変更。こちらの方が脈の反応が良い。
水溝は開竅する作用が強いツボである。
開竅とは、東洋医学独特の考え方だ。意識不明になった時は、意識に正気が通じる竅 (あな) があり、それがふさがることで急に意識を失うと考える。水溝に鍼をすると意識が戻る。応急的な処置だ。耳鳴りの場合も、耳に通じる竅 (あな) があってそれがふさがる。それをこじ開けるようなイメージである。ふさいでいるのは気逆と痰湿の邪である。肝兪が良くなっているということは、気逆に効いている。鍼をすると咳がでなくなるということは痰湿にも効いている。耳鳴りがましになれば、ストレスも減り、もっと気逆がましになるはず。そのためにも、とりあえず竅をこじ開ける!
4診目までは週に2回の治療である。
しかし、5診目以降は週に1回の予約になった。これでは治せない!
耳鳴りが突然消える
5診目
不動産のことでストレスがアップする。にもかかわらず、耳鳴りが突然消える。ただし、一晩寝て朝起きると元に戻っていた。寝ている間に気滞がアップするからだ。耳鳴りがうるさくてかなわない。
右章門に鍼。水溝・大敦に鍼。
「治療してもらったら、4日間くらい、咳がましです。」
7診目
「前回治療してもらった日、急に耳鳴りが止まりました。一晩寝たら元に戻りましたが、次の日も午後から止まりました。また寝たら戻って、次の日は午前中に耳鳴りが止まりました。翌日、起きたら耳鳴りが戻っていて、それから今日までずっと耳鳴りがしています。いつもより大きくてうるさいです。」
「余計うるさくなるのは、いったんマシになって耳鳴りがでると、またか…ってなってストレスが増えるからでしょうね。週に2回治療しないと厳しいなあ。ましになってから、週1回になさったら…」
以降、18診まで、耳鳴りは出たり、消えたり。
「このまま週に1回だと、そのうち効かなくなると思います。もっと年をとると、たぶん治らなくなる。いま効いているうちに、たたみかけて治療し安定させる必要があります。過去に何度か意識を失うことがありましたね。それと耳鳴りはつながっているので、体全体を良くすることは、その両方を治療することになるんですよ。」
気閉証 をご参考に。
治療を中断
19診目以降、予告どおり、耳鳴りが鳴りっぱなしになる。23診で治療を中断される。
77歳という高齢。ストレスは落ち着くメドがたたない。その中での耳鳴りとしては、よく奏功したと思う。水溝を応用して使ったことが大きかった印象である。治療機会が得られていたら完治した可能性もある。非常に勉強になったし、次につながる貴重な経験だった。
ただし、それ以前の問題が山積だ。ガンコなおばあちゃん、この頑固さを治すのは、耳鳴りを治すよりも難しい。それもこれも、ぼく自身の徳が足りないから。難病を治したければ、体だけでなく、心も変えるくらいのパワーが必要だ。