めまいと嘔吐… 恵方巻きとデトックス

79歳。女性。2024年2月4日。

その日曜日の昼過ぎ、すこし遅い昼食を食べ始めたとき電話が。

なじみの患者さんである。ご夫君からで、妻がめまいを起こして立てなくなったという。今朝の11時30分、昼食の用意をしようと、ちょっとうつむいた瞬間にグラッとめまいが起こった。それから嘔吐がある。朝食の内容物を全て吐いた。持病のメニエール病 (昨年5月以来) である。きゅうきょ往診することになった。

午後3時に自宅にうかがう。部屋にはいると、横になって眉間にしわを寄せて目を閉じている。目を開けるとめまいがするからである。すぐに、「オー」という声とともに起き上がり、洗面器に嘔吐する。

ずっと嘔吐が続いているのだ。僕が到着してからでも、4〜5回は吐いただろうか。

内容物がもう無いので、黄色い液だけが少量である。嘔吐が済むと、右下で横になっている。あお向けで寝ると気持ち悪さとめまいが襲うから、横向きにしか寝られない。そしてまた、四つん這いになって吐く…というのを何度も繰り返している。

「こんな悪いなら、もっと早く来たら良かったなあ。」
「はい…ハアハア…」

そういう状態で、僕はとりあえず横に座る。

じーっと診ている。望診である。

表寒がある。ずっと診ている患者さんで、表寒があるというのはおかしい。何か変わったことをしたな。急に食べられなくなったことが、めまい以上に意味を持つ。急に食べられなくなったということは、その前段階で食べ過ぎがあった可能性が高いことを示す。

すると、苦しそうに息を継ぎながらも本人から口を切った。

「ゆうべ、食べすぎましてん…」
「ほう、何を食べすぎましたん?」
「恵方巻き…」

そうとだけ言って、また苦しみ悶え、嘔吐する。反省はしているようである。でも、まだ表寒が取れていない。まだ、自分にちゃんと向き合えていないと見る。

当院では主食 (味のついていない白米) と副食 (白米以外のもの) をバランスよく食べることを推奨している。白米以外のもの (味の付いた米料理・麺類・粉もの・だんご・餅など) を主食にすると、美味しいため食べ過ぎるからである。

「お寿司はね、白米じゃないでしょ。あれ、ぜんぶ白米に直してお茶碗に入れ直したら、すごい量になるんですよ。とても食べきれないです。でもお酢の味がつくと喉越しが良くなって食べれちゃうんですね。その食べすぎた分が消化しきれないので、体が苦しむんです。べつに、節分やからって恵方巻きを食べなあかんわけではないんですよ。あんなの最近の流行りですわ。ねえ、お父さん。」

ご主人が心配して付き添ってくださっている。

「そやそや、わしら小さい頃はあんなん無かったもんな。豆やらイワシやらはあったけど。」

「そうですよね。イワシくらいなら食べすぎませんけど、美味しいものはつい食べすぎますね。まあ、こうやって商売人が仕掛けてるんですわ。それにまんまと乗るのはいいけど、体調まで崩したら何にもなりませんなあ。」

洗面器片手に苦しみ悶えるその横で、ご主人と雑談している。
ひどい奴だと思われるかもしれないが、これがちゃんとした治療である。
この世間話を聞かせながら、本人が自分とさらに向き合えるように仕向けているのだ。

ちらっと診る。
おっ、表証が取れている。

そのまま、ご主人と雑談を続ける。
吐かなくなったな。
落ち着いたか?

「で? どうですか? いま。」
「ましです…。じっと寝てられるようになりました。気持ち悪いのが無くなったみたいですわ。」
「今ね、冷えに取り囲まれた状態 (表証) が消えたんですよ。なぜ消えたかというと、今の話をね、真剣に聞いてくださったからです。それだけで生命力 (正気) が強くなってきたんですね。いまの気持ちでいてくださいね。で、恵方巻き、食べすぎたんですね?」
「そうですねん。お父さんが残したから、それまで食べましてん。食べたあとちょっと気分が悪くて、食べすぎたなーって。油断しました…。ここのところ、ずっと耳鳴が続いていて、これは気をつけないとと思っていたんですが…。」

おっ、しゃべれるようになった!

もう、10年くらいの古参の患者さんである。全幅の信頼を置いてくださり、何かあったらまず僕のところに連絡が来る。今回も、ゲーゲーと吐いているさなかにお邪魔した。そして、その場で回復させた。嘔吐はそれからもう起こらなかったのである。今日も乗り越えた。こういうハードルを、いろんな場面でなんども乗り越えてきたからこその今日の往診である。お呼びがかかるということは、ありがたいことなのだ。

「なるほど、恵方巻きかー。お寿司好きやもんねー。」
「その前の前の日も、お好み焼き食べましてん。それも食べすぎて。」
「お好み焼きね。続いてたんや。」
「はい。」
「で、今朝は何を食べたんですか? 」
「ご飯と、昨日の残りの粕汁と、佃煮と漬物とで…。」
「お腹は空いてた?」
「普通には食べれました。お腹が空いてたかどうかは分かりませんけど、食べたら食べれました。」
「昨日食べすぎたのは、それはそれで1回や2回、体は許してくれてたんですよ。黙って辛抱してくれてた。でも、それならなおさら今朝はその埋め合わせをするべきで、 “食べすぎたから今朝はおかゆにしとこう” としていれば、めまいは起こらなかったかもしれませんね。粕汁っておいしいでしょ? だからお腹が空いていなくても食べれます。でもおかゆって美味しくないので、もしかしたら二口か三口でもうご馳走さんとなったかもしれません。そうしたら、昨日の埋め合わせができて、何も起こらなかったかもしれませんね。お昼前になっても、そこに気づく気配がなかったので、とうとう体が怒って、それでめまいを起こしたんですよ。」
「いや〜、そうかもしれませんなあ。もうあれから半年以上めまいが起こってないんで、もういいかなって思って…。」
「もういいってことはないんですよ。一生気を気をつけないとあきませんねん。もう食べんでええってことはないでしょ? 食べるってことは、命あるものの命を奪うってことです。だからそこには節度っていうものが必ず求められる。われわれは、その “食べること” と “節度を守る” ってことを、一生やり続けないといけないんです。」

「食」に向き合う… 食・節・即・既 に見る東洋の食意識とは
「食」にも「節」にも含まれる「皀」とは、ご飯のことです。 ご飯をクチバシでついばむ姿が「食」です。 ご飯の前に手をつき頭 (こうべ) を垂れる姿が「節」です。 人間は鳥ではない。食にどう向き合うべきか。

ご主人が大きく頷いておられる。

「せやけど、おんなじモノを食べてて、お父さんはなんで元気ですねやろ。」
「あかん。不足言うたら。お父さんの分まで食べるからですがな。そもそも、お父さんまで倒れてしもたらえらいことでっせ。世の中うまいことなってますねん。今回、めまいを起こしたのも、ありがたいことですよ。世の中、なんぼ食べても大丈夫な人が、体ボロボロになってんのも気が付かずに死に急いでいるんやから。このめまいは、神様が “あんたは気づきや” って教えてくれてはるんですよ。これが恵方巻きのご利益ですわ。」
「そない思わなあきませんなあ。」

恵方巻きで悪化したと見られる患者さんは他にもいる。小学2年生、1/30 (水) に吐き気に苦しみ38℃台発熱、解熱していったん学校に行けるようになったが、2/3 (土) に恵方巻き、2/5 (月) は食欲がなかったが給食を無理に食べ、帰宅後38℃台発熱、そのまま当院で治療を受けた。一旦解熱したのに短期間でまた再感するのは、食養生に問題があることが多い。

夫「この頃はちょっとぜいたくすぎまんねんなあ。」
僕「そうなんですよ。世の中が豊かになるのはええんやけど、豊かになればなるほど “制御” が必要ですね。蛍光灯でも便利ですけど、制御せえへんかったらなんぼでも夜更かししますやろ? 食べ物も制御せえへんかったらなんぼでも食べすぎますねん。」
「なるほどなあ。」

「そうそう。ところで今、あお向けはどうですか? ちょっとだけあお向けになってみようとしてみましょか。」

すこし体を傾ける。すぐに眉間にシワが寄る。

「ああ、もういいもういい。横向きに戻って下さい。このまま治療しますから。」

舌を見る。そこまで悪い舌ではない。3時間以上も吐いて苦しんだのは、悪いもの (痰湿) が腸管から吸収され体内に入るのを、拒んでいるからだ。吸収すまいと吐いて出しているのである。だから舌にさしたる異変が出ていないのである。

左が初診、右は2日後である。左は薄いながらも黄苔が見られる。右は白苔に変化している。画像を拡大すると分かりやすいだろうか。黄苔は湿熱をしめす。痰湿と、そして上に突き上げる邪熱である。下記の【病因病理】をご参考に。

片腕だけ脈をとる。その他はほとんど望診で診察する。

百会に決定。だが、気の動きから鍼を刺すのはキツすぎると見る。
金製古代鍼を百会にかざし、脈が改善するのを確認後、治療を終える。

【病因病理】
春の影響がまずある。春には種を割り土を割って芽を出す力がある。土に痰湿が張り付いて芽が出せないと苦しむ。だから春は、眠れなかったり木の芽時と言って調子を崩したりする。今回のめまい (メニエール病) も、春の突き上げがあって、それが痰湿で阻害され、熱化して発症したものである。肝陽上亢に痰湿を挟んだものと理解すれば中医学っぽくなる。ただしこの場合、痰湿さえ取れば、阻害されずにスッと昇ることができるので、めまいが止まるのである。

「すこしオシッコに行きたい感じもするんですけど、まだ起きるのは怖いから、もう少し寝ていることにします。」
「ああ、そうしてください。」

明日の朝7時30分に往診することを約束して患家を辞す。

明けて翌朝。

これから往診に向かうことを連絡すると、電話にはご主人が出られた。奥さん、まだめまいがあるのかな…。

自宅に着くと、ご主人が出迎えてくださる。開口一番、

「あれから先生、だいぶ良うなりましてん。」
「あ、そうですか。やあ、よかったなあ。」

部屋に入ってみると、あお向けで寝て治療を受ける準備をしている。ちゃんと目を開けて、元気そうに挨拶し、しゃべり始めた。もともとおしゃべりの好きな方である。

「昨日あれ (午後4時) から、だんだん落ち着いてきて、しばらくしたらトイレに行けましてん。そしたらオシッコだけのつもりが、ついでに便も出て、それでなんかスッキリして、夕ご飯 (午後6時) はご飯を一粒だけ食べて、もう早う寝ました。そしたらよう寝て、朝からおかゆを七分ほど食べて、もう元気です。ありがとうございました。」
「そうですか。オシッコ行けたか。よかった…。」
「それがね、そのとき便も出て、それが自分でも “えっ?”って思うぐらい臭かったんです。今までちょっと経験がないような…。それが出てから、なんかスッキリして元気になりました。 」
「そんなに臭かったですか。それは良かったなあ。悪いものが出たんですね。それでこんな急に良くなったんですよ。」

恵方巻き。お好み焼き。
主食は、砂糖も塩も使わない唯一の料理である「ごはん」がよい。
ごはんとおかずの割合は、5:5〜6:4。
それが食べ過ぎないコツであることを、今回も学んだ。
寿司・チャーハン・カレーライス・炊き込みご飯・卵ごはん・お茶漬け・米粉パン・ビーフン。
お好み焼き・うどん・ラーメン・パスタ・ピザ・パン・サンドイッチ・そば。
栄養学は決め手ではない。味と口当たりと喉越しが決め手である。

食べ過ぎたら臭くて汚い痰湿になる。
それが体にあるから苦しんだ。めまいである。
それが大便として出たから楽になった。デトックスである。

翌朝も念のため往診にうかがったが、ウォーキングしてよく寝たとのこと。
めまいと耳鳴は、臭い便が出てから再発なし。

経過良好。

反省の力と、鍼の力である。

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