春は、ほめて伸ばす

一昨日の夜 (2月2日) の深夜2時ごろ、野良猫が変な声で鳴いていた。喧嘩である。毎夜騒がれたら困るなあと思っていたが、昨夜は静かだった。

さかりが始まろうとしているのである。これから4月くらいまではうるさくなる。

猫の妊娠期間は2が月強である。3〜4月くらいに交尾して妊娠すると、5〜6月くらいに出産となる。5〜6月ならば、これから餌も増えてくるし、温かくなるので子猫が凍えることもなく育てやすい。

自然とは、うまくできているのである。

そして、天地自然の気の影響は猫だけでなく、人にも及んでいる。
強い生命力が動き始めている。

ただし、その生命力の躍動を阻んでいるものがある。痰湿である。
阻まれた結果、生命力は動こうにも動けず、熱化して邪熱となる。

邪実のレベルを知る方法

別項で詳説したものを参考にしていただきたい。

トロミを無くして爽やかに冷ます

ここ最近の患者さんの状態を診ていくと、多くが痰湿が主、邪熱は従となっている。痰湿が主となっているということは、痰湿のレベルさえ下げれば、どんな強い邪熱でもゴッソリと取れてしまうということである。

痰湿さえ取れば邪熱も取れてしまうとは、どういうイメージをすればいいのだろう。
普通は邪熱と炭質が結びついたものは湿熱と呼ばれるが、邪熱を取ってから痰湿を取るのがセオリーである。

まず、痰湿とはドロドロのものであるということを思い出そう。

▶痰湿とは

八宝菜や濃厚なスープをイメージするといい。アツアツでしかもドロドロのトロミがついていると、冷めにくいというのはイメージできるだろうか。対流しないので湯気もあまり出ない。普通のお湯や吸い物なら湯気がたくさん出るが、だから早く冷めるのである。

ほめて痰湿を取る

今の時期おもしろいのは、痰湿が中心として出ていても、痰湿のレベルはまずまず (比較的低い) である一方、邪熱のレベルが非常に高い場合がよく見られることである。痰湿のレベルがまずまずというのは、反応が足三里 (ボーダー) までしか出ていないということである。邪熱のレベルが高いとは、神封を越えて霊墟以上の高さに出てしまっているということである。

邪熱が強いなら邪熱を取りたくなるだろう。
しかし、主は痰湿なのである。だから邪熱は相手にしない。

そういうとき、このような説明をする。

「いま、痰湿を中心に診ているんですけど、この調子ですよ。痰湿と言えば食べることですね。注意すべき項目を順に上げていくと、まず間食でしたね。それができたら白米を主食、そして白米とおかずの割合は5:5〜6:4、あともう一口白米が食べたいところでおかずもごちそうさまにするのが、腹八分目にするコツでした。それらがね、できるだけのことができてる。これでいいです。もちろん〇〇さんの一年後の “できるだけ” は、いまの “できるだけ” よりも進歩しています。でもね。今はこれでいい。自信・安心を持って下さい。それが土台となって、その階段の一段をシッカリと踏みしめて、次の一段に昇っていくんです。だからまず、今現在これでいいということの確認、これをシッカリと取っておきます。ちゃんとできてますよ!」

このように、ほめる。ほめまくるのである。

ほめるとは、甘やかすことではない。

いま立っている土 (脾) を、かたくかたく築 (つ) き固め、次のステップを見据える。そのためのアクションである。

ドロドロの地盤では前に進めない。

悪くないならほめろ

今の自分の養生はこれでいいんだろうか…という不安は、時として思慮過度となる。思慮過度は脾を傷 (やぶ) る。だから、ほめて自信と安心を与える。すると脾はさらに器を大きくして、痰湿のレベルが上巨虚くらいまで下がる。

そのとき、胸部に見られた「ひどい邪熱」を確認すると、ゴッソリとレベルが下がる。つまり、痰湿が中心なので邪熱は放っておいても、少し痰湿のレベルを下げるだけで邪熱が取れてしまうのである。

「実は今日、邪熱のレベルは結構高かったんです。騒がしくて落ち着かない症状は、熱によるものですが、今の努力がこの調子でいいという安心によって、熱が今ゴッソリ取れたんですよ。だから、今の気持ちでいてくださいね。」

足三里まで痰湿があるというのは、上限値のギリギリである。だから本当は、そこまでいい状態とは言えない。可もなく不可もなくの程度である。ただし不可でないなら、ボーダーまでできているなら、ほめる。ほめてほめてほめまくる。すると、体は良くなる (上巨虚以下に下がる) のである。

ただし、犢鼻まで痰湿が来ていると不可のテリトリーに入る。これをほめても良くならない。やはり注意を促し、できるだけ実行するよう指導する。もちろん無理強いをしてはならない。自分にできると思える分だけ、それを素直に実行する。それがたとえ僅かなことであったとしても、すごく価値がある。そう真剣に説明するのだ。すると体が良くなる (三里以下に下がる) 。

どのレベルまでならほめ、どのレベルからはほめないのか。このあたりの機微は、補瀉と通じるものがある。

とても面白い診察、そして現象である。

邪熱が取れている、痰湿が取れている。それがわかる。それが面白い。

現在、いくつかの難病に向き合っているが、奇跡的な効果が出ているのは、こういう体の反応に気づいたからでもあろうと思う。

“ほめろ” は、素問が出典

これら一連の現象は、この季節…「春」が関係することは確かだろう。

この時期、猫もさかりがかってくるように、我々の生命も春に向かって力強く突き上げる。肝気である。「生」が生まれるのだ。種から発芽するときの力である。それがドロッとした痰湿によって、スッとうまく伸びられず、そのため滞って邪熱と化している人が多い。

ほめて痰湿を取る。

すると「生」の気がスムーズに伸びる。

《素問・四氣調神大論02》も、 “春はほめろ” と言っているではないか。

春三月.此謂發陳.天地倶生.萬物以榮.夜臥早起.廣歩於庭.被髮緩形.以使志生.生而勿殺.予而勿奪.賞而勿罰.此春氣之應.養生之道也.
《素問・四氣調神大論02》

【訳】春の3ヶ月、これを発陳という。天地はともに生まれ、万物は一斉に栄える。夜に臥し早く起き、庭を広く散歩し、固く結った髪を緩め、そして志を生じさせる。生かして殺すなかれ。与えて奪うなかれ。賞めて罰するなかれ。これが春気に応じたやり方で、養生の道である。

さがせばほめるところはイッパイある。常にそれを真剣に探す。

ほんの少しの “できるだけ” 。
これをつまらないものと思ってはならない。

これでいい。できている。

自分をほめて伸ばして (肝) いこう。飛躍しよう。

自信をもって。

安心という「土」(脾) をシッカリと踏みしめて。

 

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