脾気急躁… 肝ではないストレスがあった

ご質問にお答えしようと、中医児科学の「夜啼」 (夜泣き) についてまとめていると、その中にあった「脾气急躁」という言葉に目が止まる。

脾気急躁、聞き慣れない言葉である。調べてみるとこの言葉、中医学用語ではなくて普通に使う中国語のようだ。同じ意味の「脾气爆躁」は、さらによく使われる現代中国語である。

意味は、「生来のイラチ」(イライラしやすい性格) だそうだ。

現代中国語で、
「脾气」は、気性 (生まれつきの性格) のこと。
「急躁」は、落ち着かない。イライラする。せっかち。

中医児科学の「夜啼」で、母体の脾気急躁が原因で胎児に影響すると記載されている。赤ちゃんは、肝気 (ストレス) による落ち着かなさではなく、生まれつき落ち着かないために夜泣きをするというニュアンスに取れた。あまり中医学的に深く考えなくてもいい言葉なのかな…と思っていた。ただ、なんで「脾気」が「生まれつきの性格」という意味に転じたのだろう…という疑問は持ちつつも。

そんな折に、貴重な症例に出会った。

60代。女性。2024.8.12.

主訴…今朝から右陰陵泉から地機・漏谷にかけての脾経ラインが熱く感じる。前回治療時から右大都に痛みがあったが (最近たまに痛くなる) 、主訴と入れ替わるように今日は痛みがない。

右下肢の脾経を切診すると、右大都に実の反応がある。大都は滎火穴で、脾経に熱があることを示す。この反応こそが右脾経の熱さの矛盾を示すものであり、これを取らないと熱さは治らないと考えた。

下腿部脾経ラインに手をかざすと、症状を示す反応がある。縦4cm、横14cmの楕円形である。これが縮小してさらに消えなければならないが、楕円形は取れにくい反応で、このままでは縮小しない。楕円形を円形に変化させることが重要で、円形ならば小さくなって消失していく。

その楕円形の状態で、患者さんに問診を試みた。

「熱い感じがあるということは、脾経に邪熱があるということですね。でも脾の実熱っていうのはあまり言わないんですよ。ということは虚熱、つまり脾陰虚が疑わしい。脾陰虚というのは脾の陰血不足のことなので潤いが不足します。なので症状は、食欲はあるが食べようとすると食べられない。みずみずしいものなら喉が通りやすい…という特徴がありますが…。」

「いえ、食欲は普通にあるし食べられます。」

「ということは脾陰虚による虚熱ではないということになりますね。」

あるいは脾胃湿熱も考えられるが、脾胃は虚寒に偏るタイプなのでそれも否定してよい。

「ちょっと気になっている概念があるんですが、『脾気急躁』という言葉があるんですよ。中医学の言葉ではなく、現代中国語で使われる言葉なんですが、それでも脾気という言葉が使われている以上、もともと医学の言葉だったものが慣用的に使われるようになった可能性があるんです。で、この言葉を『脾気が落ち着かない』と考えて、〇〇さんの今の状態に重ね合わせると、ちょっと符合するところがあるのではないかと思うんです。」

今の状況を、当該患者の身になって考えてみる。

実は、夫の浮気 (10年以上も知らぬ顔!) が発覚して、別居となった。
まさに今、身辺が「急に躁 (さわ) がしい」のだ。

その間お話を伺いアドバイスもしたが、ただし驚くべきことに、一方的に相手が悪いのに怒気がない。以前、交通事故された際も、後遺症が残っているにも関わらず、相手加害者に対して怒りというものが微塵もなかった。たくさん謝っているのを見て、かえって気の毒だったとおっしゃったくらいである。こういう方はあまりいない。あまりいないだけに学びも多い。

事実、この日も太衝その他肝経穴処を確認したが、反応は認められなかった。怒気はない。つまり、「肝気の急躁」は無いのである。

事業を立ち上げ今の成功を見るまで、ずっと苦労をともにし夫を支える立場であっただけに、それと切り離された今は自分の職業というものがない。そのため慣れない仕事に一生懸命に挑戦しておられる。

やはり今、身辺が「急に躁 (さわ) がしい」のである。

「今、仕事は忙しい? 外国人、すごいんでしょ? 」

「けっこう忙しいんです。外国人だけじゃなくて、お盆なので日本人も予約取る方が多いんですよ。」

「今ね、お仕事、やっと慣れてきたところだと思うんです。それで、今の忙しさで『急躁』の状態にあるのではないか、つまり時間や人に追われて落ち着かない、そんな状態があるのではないかと思うんですが…。」

「ああ、それはあるかも知れません。」

この時点で大都を確認する。実の反応が消えた。
地機あたりの症状を示す反応も、手をかざして再度確認すると、縦8cm・横8cmの円形になっている。先ほど説明したように、良い反応である。

ただしこの日 (8/13)は、 まだ反応が残るので即座に良くなることはない。熱さが取れるのは少し時間がかかる。そのように治療の終わり際に伝えておいた。
2診目 (8/19) は反応が5✕5cmに縮小、ただし症状は13日とあまり変わらず。
3診目 (8/22) は反応が消え去り、症状も消失。
放っておけば、かなりしつこい症状であると考えられた。人生にイレギュラーは避けられず、それによって知らず知らずに体に蓄積した邪気 (邪熱) は、その一部を地機の熱さとして表現し、そして抜け去っていったのである。

ぼくの投げかけた言葉によって、体が急に良い反応をし始めたのである。

「脚の熱さの原因はたぶん、そこです。いま、反応が良くなりましたから、いまの会話の中に、良くする要素があったということです。ああそうか、いま自分は気忙しい状態にあるのだな…と気づいたことが重要です。それだけで自分にうまく向き合えたんですね。向き合えば片付きます。部屋でも、向き合えば片付くでしょ? 向き合わなかったら散らかったままですね? 片付き始めたのでツボの反応が良くなったんだろうと思います。」

地機の熱さは、臨床であまり見かけないが、大都の痛みはよく見られる症状である。多くは脾胃湿熱や肝鬱気滞などであるが、「脾気急躁」も想定に入れておけば治療の幅が広がると感じた。「生まれながらの急躁」だけでなく、「肝気 (外的ストレス) によらない急躁」全般 (もちろん生まれながらの急躁も含む) を意味する、それが「脾気急躁」なのである。

肝気の落ち着かなさではなければ (肝経が反応しなければ) 、脾気の落ち着かなさを疑えばいい。診断箇所は大都穴であると仮説を立てる。

簡単な症例を挙げる。50代。女性。2023年8月19日。

お盆の最中、左脇の肋骨 (第11肋骨前端部・左章門穴) が痛かった。
今朝は左の背中 (第11棘突起外縁・左脾兪一行) が痛くて、こぶしでトントン叩いていた。
肋間神経痛である。左章門に手をかざしてみると、悪さをしている反応 (機能:浅い反応) がある。まだ肋間神経痛があるのだ。しかし本体の反応 (物質:深い反応) は見当たらない。脾兪一行に手をかざしてみると、悪さをしている反応は無いが、本体の反応がある。
脇の痛みは気滞としてまず肝を疑うが、この症例では本体は脾であるとみた。そこで脾経を切経してみると、いま話題にしている「大都」に反応が出ていたのである (陰陵泉に反応はなかったので水邪は否定) 。肝経に反応はなかった。これこそが「脾気急躁」である。

「今なにか身辺が騒がしいとか、ないですか?」
「はい、騒がしいです。お盆から昨日までずっと仕事が忙しくて、そのうえ昨日夕方から私用もあって寝るのが遅くなってしまって…。でも忙しさに気づかないようにしていました。気づいてしまうと、もたないような気がして…。今日はなんとしても診ていただかなくてはと思って来ました。」

この瞬間、大都の反応が消える。背中をみると脾兪一行も消えていた。章門の反応も消えていた。
その後、百会に一本鍼。
それ以降、症状の再発なし。

脾気急躁を8月12日に学んでわずか6日後、それがなかったらこんなに簡単に肋間神経痛を治せていなかっただろう。そしてさらに、今回の考察が臨床で使えることが確信できた。
別の症例で、8月13日発症の帯状疱疹 (ヘルペス:左季肋部) があり、これも脾気急躁と弁証して治癒となった。後日UPする予定である。

今日もまた、患者さんに教わったのである。

ありがとうございます。

これからも患者さんの悩みに出来だけ寄り添い、その生き方 (人生) を疑似体験させていただくことをお許しいただきたい。

僕ひとりでは経験しつくせないことを体験させていただきつつ、「体という医学書」を読み解いていきたいからである。

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