15歳。男性。スポーツ強豪校で、スポーツ科、運動部。2024.8.3.初診。
アトピーがある。
8月3日初診から週一で3回。ましになって1ヶ月中断。
悪化して再び週一で4回。再度ましになる。
中途半端な治療が続く10月7日、電話が鳴った。父親からである。「息子が病院で皮膚感染症と言われたんですけど、そういうのも診てもらえるんでしょうか…。」
もちろんです。
10月5日午後から、なんかヒリヒリする。
10月6日 (昨日) 昼には、確実に左耳と左頸がおかしいし痛い。
10月7日 (今日) 、38℃の発熱、疱疹がはっきりと現れ、患部は痛い (この日を発症日とする) 。学校は休んで、朝からかかりつけの皮膚科に行く。カポジ水痘様発疹症と診断される。初感染である。
帰宅後、当院に電話、午後7時から診察を受ける。
【カポジ水痘様発疹症】
単純ヘルペスウイルス (HSV) が原因の皮膚感染症である。アトピーなど、皮膚にダメージがある場合に好発する。単純ヘルペスウイルスは口唇ヘルペスなどが一般的だが、アトピーの上に疱疹が起これば重症化しカポジ水痘様発疹症と呼ばれる。38℃以上の高熱が3〜5日続くのが特徴である。初感染では重症化しやすく、治癒に2週間〜4週間かかる。治癒後もウイルスは潜伏し、再発を繰り返すことがある。
初診…10/7 (月) 午後7:00〜
一瞥し、表証 (表寒証) と診断。天突に特殊反応がある。寒邪に取り囲まれている状態だ。この状態は治りにくい。治ったとしても持病のアトピーが悪化する。
「ここ数日、 “さむっ” ってない?」
「寒いっす。」
「いつ寒い。」
「朝っす。」
「どんな格好で寝てる?」
「半袖と半ズボンっす。」
「寒ない?」
「寝るときは寒くないんですけど、朝になったら寒いっす。」
足が氷のように冷たい。これは寒邪に取り囲まれていると同時に、熱が深くて外に出られていない証拠である。
「寝るときフトンは?」
「タオルケット着てるっす。」
「タオルケットは着ないで横においとこ。で、長袖長ズボンに変えよ。」
「長袖長ズボンっすか。」
「そう。」
「分かりました。」
「あと、今日はお風呂はダメです。動いてないから汗かいてないやろ? 明日は入っていいです。あと、温かいものだけを飲食してください。あとは安静。これくらいなら自分にもできる…と思える分でいいからな。」 >> 寒邪が戻ってこないようにするコツである。こういうことをしないで寒熱錯雑の証を治す腕は僕にはない。
「はい。」
寝るときはまだ暑い。このときタオルケットを着ていても、すぐに剥いでしまう。すると明け方の気温が下がったときに、半袖半ズボンのみになってしまう。それで寒邪にやられたのだ。季節の変わり目、とくに秋はこのパターンは多い。タオルケットは横にスタンバイしておき、明け方寒くなったときに着ればよい。
以上の会話が終了すると、天突の特殊反応は消失した。 “そうか、じゃあ今日から長袖長ズボンにしよう!” と決意した瞬間から、正気がグッと強くなる。結果として、寒邪が逃げ出したのである。
表寒裏熱。
半袖半ズボンを改めることで、「寒」の部分はクリアした。
次は「熱」だ。
寒邪が取り囲むと、もともとあった邪熱が閉じ込められる。魔法瓶現象である。寒邪を取り除いただけで、ある程度は邪熱は外に逃げやすくなる。魔法瓶ではない容器だと冷めやすくなるのと同じ現象である。しかし、これだけでは「著効」とはならない。
上熱下寒。
上に残った邪熱を下に引き下ろす。肝気を降ろして熱を引き下げるのである。
その目的で、百会に鍼 (5番鍼) をする。5分間置鍼後、抜鍼。
氷のように冷たかった足が、ぽかぽかに温まる。上に昇って身動きできなかった熱が、下に降りたのである。
病巣となる耳や頸の発疹部分の邪熱が移動し退いた。移動先は足である。足に移動して正気 (温かみ) に変化したのである。しかし、これだけでは「著効」とはならない。
正気 (陽気=温かさ) を足して、魔法瓶状態を解除し熱を冷ます。補法。
正気 (陰気=求心力) を足して、足の方に邪熱を移動し熱を冷ます。補法。
正気を足しても取り切れない邪熱、これはダイレクトに取り去る。正気を足すだけ足してあるので、この邪熱は取れやすい。すこし鍼を入れただけで、すっと抜ける。
これが瀉法である。
これも、百会で同時に行う。平補平瀉である。
これで、「著効」が得られる。
2診…10/8 (火) 12:00〜
ほとんど痛くない。昨日の痛みを10とすると、今日は2。
発熱なし。通常、解熱に3〜5日かかるのだが、本症例は1日で解熱した。
表証なし。
足も温かい。
見た目には昨夜と変わらないが、この変化が非常に大きい。
百会に5番鍼で5分間置鍼。抜鍼時、大量に出血。 >> 百会は大きな井穴でもある。この出血は強力な刺絡に相当する。絞ったわけではないので、正気に負担もかけない。
3診…10/10 (木) 11:00〜
9日は水曜日で休診、10日 (木) の診察となった。
ぜんぜん痛みなし。かゆくもない。
百会に5番鍼で5分間置鍼。抜鍼後、右少沢に銀製古代鍼をかざす。
4診…10/31 (木) 午後6:30〜
完治である。
ましになったので、20日間も日が空いた。このへんはあいかわらず。持病のアトピーの治療に来た。アトピーは大きく改善している。
よって、いつ治癒したかはよくわからないが、10月10日の画像から推定すると、発症から1週間〜10日までに治癒した可能性が高い。通常は2週間〜4週間かかるところである。
考察
その場で足が温まる “奇跡”
氷のような足が、その場でポカポカになる。わずか5分間の百会の置鍼で。
もちろん温熱器具等は使わないで。
西洋医学的には奇跡だろう。
だから鍼をしてわずか12時間で解熱し、痛みがほぼ消失するという現象が起こったのだ。
簡単なことのようで、マネできない。
どうでもいいことのようで、重要である。
この重要かつ難易度の高いものが、かえりみられていない現状をなげく。
かえりみられるのは抗ウイルス薬、これはカポジ水痘様発疹症の原因ウイルスをたたく。
中医学はその方法ではなく、原因ウイルスになぜ体が負けたのか、そこを原因とする。平たく言えば免疫である。
負けた体を強くする。
体が強くなった証し。
その分かりやすいものが「足がポカポカになる」という現象である。
その分かりにくいものが、脈診であったり腹診であったり背候診であったりする。あるいは天突の所見の改善である。
患者さんから得られる問診の改善 (治療直後) は、本症例のような場合は期待できない。だから問診だけに頼ってはいけないというのだ。本症例では天突の望診が決め手の一つであった。脈診でもいい、腹診でもいい、これで良くなる…という確実な「何か」を持たなければ、こういう感染症には手を出すべきではないだろう。
効く気がしない鍼を何本打っても効くはずがない。
効く気しかしない鍼を打てば効くに決まっている。
効く鍼とは、その「何か」を持ったうえで打つ鍼のことである。
足を温めようとカイロを貼るなどは、言語道断である。
寝るときの服装が半袖半ズボンであり、それが原因でカポジ水痘様発疹症を発症した。ここに気付くということは、そうとう難しいことだ。しかしたとえ気付いたとしても、それを患者さんに説明し長袖長ズボンに変えるという処方を出したとしても、あまりカッコよくないと思わないか? 単純ヘルペスウイルスが原因なので抗ウイルス薬を処方します…という方がはるかにカッコいい。ドラマにもなりそうだ。
大半の人がそう考えている。
感染症はピンチでチャンス
11月14日現在、持病のアトピーは一気の改善を見ている。
カポジ水痘様発疹症を発症したからだと考えている。
かつ、それをスムーズに治せたからだと考えている。
アトピーの内熱が、カポジの炎症を通じて外に出た…と考えている。
感染症というものは、うまく治すと「病抜け」する場合がある。つまり、感染症が治った後、これまでの持病が一気に改善するのである。
うまく治す…とは?
当院でおこなう感染症の養生を行うことである。
①安静。夜ふかししない。
②間食をせずに、白米主食で腹八分目。
③安心して、症状をあたたく見守る。
最大の養生は「安心」である。これを得るためにも、治療を受けてもらうことが大切である。
それ以外の「手っ取り早く治す方法」は、「押入れ」にもう一度詰め直すことにつながる。
押し入れに詰め直す…とは?
感染症は押し入れの扉を開いてくれる。押入れには、過去に片付ける間がなくて詰め込んだ「疲れ」(邪気=痰湿・邪熱など) が入っている。これを放置すると、60・70代に面倒なことになる。だから早めに片付けたほうがいいのだ。感染症がその後押しをしてくれるのである。押し入れの扉が開くと、片付け物が転がり出てくる。手前にあるものの一つ、二つ。これは不要なもの、それを捨てる。これは必要なもの、それを取っておく。それだけで一歩前進なのである。前に進んでいる限り、体は生き生きとしてくる。ただし、押し入れの前は散らかっている。見た目には不快なものだ。
これが症状である。
だが、体はそれを一生懸命片付けようとしてくれている。不快だからといって文句を言うと、その分だけ片付けが長引いてしまう。そうではなく、体さんご苦労さま有難う…と声をかけてやれば、体も片付けに精が出て早く済むというものである。
これが安心である。
押し入れの中身が出てきて散らかっている状態で、あっちに出かけたりこっちに遊びに行ったりしていると、片付かない。手や足や、頭などに生命力が分散されると、片付け物がそのままになることもあり得る。だから、できるだけ無用の外出や用事は控えて、ゆっくりする。
これが安静である。
安心・安静。
これがうまくできたならば、感染症が治った後、持病が一気に改善する。
うまくできなかったならば、押入れの前は散らかったままとなる。もしくは押し入れにそのまま押し込み直されている。感染症が治った後、あれから余計に持病が悪化した…ということになりかねない。あるいは感染症が治った後、押し入れには数年数十年後にあらわになる病が準備されているのである。
ウイルスは洗剤のようなものである。洗剤は、汚れを持ち去ってくれるチャンスとなる。逆に手早く洗い流して干さないと着る服がなくなるピンチともなる。
感染症は脱皮のようなものである。脱皮は、一気に成長するチャンスとなる。逆に敵に襲われるビンチともなる。
まとめ
体を強くする。
この一事を忘れて眼の前の結果だけを良くしようするならば、長期的な好結果は得られない。
短期の結果ばかりを見て、長期の結果を忘れてはならない。
終わり良ければすべて良し。
これは真理である。
この体を長期に持続可能たらしめるもの、それが真の「原因療法」である。
ご両親もそろって付き添いで来院された。よほど心配だったのだろう。この状態 (急性期) は毎日治療していい。そんな説明に追われ、この日のphotoは失念した。というより、このつらそうな状況で写真も何も無い。なんとかしようと集中しているのである。よってphotoは一息つけた翌日の2診目以降となる。