
上リンクに夜尿症の病因病理を教科書的に説明した。本ページはその続編であり、治療現場の実際である。教科書に命を吹き込むのは臨床である。専門用語はリンクの方で説明済みなので、参考にしていただきたい。
症状
小学4年生。男児。
4年生になってから夜尿が始まる。大便の失禁もあった。とくに夏休み (8月20日ごろ) になってから9月6日初診までは毎晩1〜2回あり、一晩で3回することもあった。
病勢に勢いがついているのである。
3歳ごろからアトピー性皮膚炎がある。ステロイドと免疫の薬を毎日塗布しつづけている。普段はほぼ完全におさまっているが、たまに出ることがあるので、塗布を続けている。
夜尿とアトピー、この2つの病的現象を、一つの体に起こるものとして分析することが重要となる。

病因病理
本症例のアトピーの原因は肝火 (内熱) である。
アトピーは対症療法 (薬) で鎮静している。つまり、治っていないが消えているのである。治っていないとは、内熱が取れていないということである。アトピーの皮膚のタダレがでているならば、これは内熱が無理やりにではあるが外に逃げられている状態でもある。このタダレのない今の状態は、内熱が逃げられず、内部ではむしろ強くなっていることを示唆する。
内熱をこもらせ強くしていれば、当然、火事を消し止める役目の腎には、さらに大きな負担がかかってくる。その結果として腎気不固を起こした。これが夜尿となって現れている。
タダレが消えてオシッコが現れたのだ。
つまり、腎気不固 (夜尿) の原因もまた、肝火である。
肝火は、ストレス (肝鬱) よりもむしろ、肺気不宣が原因である。
肺気不宣は、表証 (かくれ表証) が原因である。
表証は、営衛不和が原因である。
営衛不和は、脾虚が原因である。
脾虚は、間食が原因である。
間食がやめられないのは、家族みんなが間食をとる家庭環境、そしてリンクで言うところの「緊張」とが関わる。食べるとホッとして一瞬緊張がほぐれるのである。この「緊張」がもっとも根本的な原因である。生まれたときから上に気が上り、上がギュウギュウ詰めに、下がガラガラに…という傾向がある。
その他、寒がる。ものによく怯える。夜になると誰かが自宅を覗いていると怖がる。尖端恐怖症。これは正気 (肝血・肝気・胆気) がかなり弱っている証拠だ。
肝火が脾や腎を弱らせて遺尿となっていることは前述の通りであるが、肝血・肝気まで弱らせているのである。
治療
遠方のため、週に一度の来院である。
初診から10日後には、夜尿のない日が出て、毎晩ということはなくなった。しかしまだ、ない日は週に一度程度である。
「まずアトピー (肝火) を治すことから始めましょう。薬に頼らず自分の力で皮膚の綺麗さを保つことが、夜尿を治すことにつながります。」と治療計画を説明した。
その後、徐々にではあるが、夜尿のない日が増えていった。
治療は、鍉鍼 (刺さない鍼) で、百会・関元などを適宜用いた。目的は、
・表証をとる、予防する。
・肝気を正しい方向に向け、余計な緊張をとる。
・肝火を除去する。
・肝に上って偏った気を、腎 (下) に移動させ、腎を補う。
・肝気を引き下げて、脾への負担をなくす。
同時に、間食が原因になっていることを説明する。学校から帰ったらすぐにお菓子を食べる習慣がある。学校という緊張から開放され、お菓子を食べてもっとホッとしたいのだ。この時間のお菓子をやめて、夕食後にデザートとして食べるように指導する。夕食後なら、いくら食べてもいいと説明する。
治療開始当初は、「間食はこのごろどう?」と聞くと、急に頭や腕を掻き出し、ゴゾゴソと非常に慌てた様子だった。これはよくない反応だ。率直に言えないということは、溜め込んでいる証拠である。「緊張」が強いのだ。
「この調子でいいよ。間食が良くないってわかって、減らそうという方に向かって1mmでも進んでいれば、それがすごいことなんやで。」と説明した。急な痒さが出たときは「いまなら食後までお菓子を辛抱することができる。乗り越えられるから壁に今ぶつかったんやで。完璧でなくていいから、乗り越えられる分だけ乗り越えよう。」と言葉をかけたこともあった。1日だけ間食しなかった時は「えらかったなあ! すごかったなあ! それが成長やで!」と、相手が苦笑いするほどに褒めてやった。
そうするうち、間食のことを聞くと、「辛抱できなくて食べてしまう」と言い出した。これはストレスのない、非常に良い反応である。率直に自分に向き合えている。人目を気にしていては何もできない。自分に向き合わないと成長なんかできない。こういう反応は、肝火がだんだん下火になってきている証拠だ。
率直さ。
これは今の抑圧された環境下の子どもたちに、もっとも欠けている部分であり、最も必要となる部分である。
効果
このころ (6月) から、一週間で夜尿の無い日が、有る日を急激に上回り始めた。初診 (2021年9月6日) からちょうど一年が経過するが、9月3日現在で40日連続でオネショをしていない。※当該患者は2024年現在で中学生となったが、それ以来一度もオネショをしていない。
こわがり、さむがりは、初診から数ヶ月で影を潜めた。正気 (生命力) が回復する姿である。
隠れ表証は初診の段階で治っている。
アトピーの悪化もない。
しかしこれからまだ、もっと肺気の宣発を盛んにしなければならない。それには間食を乗り越えて、動きたがらない重い体を軽くする。そして、体を軽快に動かしてゆくことである。その過程で、先ずアトピーが完治するだろう。
体を動かせば、肺気は外に外にと肝気の発散を助ける。
心も体も軽々と、多くのことを学び成長してゆく。
徐々に、着実に。
忘れてはならないのが、自主性。
成長をうながすのだ。
心も体も、そして膀胱の機能にも。
僕がまだ二十歳代の頃、僕の患者さんではなかったが、20歳代後半で夜尿症が治らないという女性を一度だけ診たことがある。彼氏ができても長く続かないと悩んでおられた。腹診すると、左大巨が見たこともないほど大きく陥没していた。この陥没が改善しなければ夜尿症は治らないと直感し、左大巨に補法の鍼をしたが、陥没はまったく改善しなかった。これは、本ページで展開するような病因病理がまったく理解できていない未熟さによるものである。
本症例では、小学4年生から夜尿症が始まっているという特異性がある。放っておいてもそのうち治るという楽観はまったくできないことを知りつつ、治療を引き受けた。軽微ながら、やはり左大巨に陥没が見られた。