膀胱炎 (80才) 10分で完治?

80歳。女性。

膝の痛みが主訴で、3診目。痛みは少しずつ取れてきている。

一泊で旅行、昨日帰宅。
おとといから、小便に何度もいく。いっても少ししか出ない。残尿感が常にある。
昨日から特にひどい。
尿の色に変化はない。

診察

顔面気色診

顔を1.5m離れたところから診る。
鼻の頭 (消化器≒脾) に湿熱がある。

舌診

黄膩苔。初診・2診目までは薄黄苔だったので、旅行による生活環境の変化が、体に大きく影響したことを想像させる。

脈診

沈脈。幅はまずまず。陰経の穴処が適応する可能性。

腹診

臍の反応から、心神は主要矛盾にならない。
左不容に湿熱を示す反応。
空間は左上。
章門の邪の絶対量は、左右同等。補瀉を同時に行う必要があるため、胆経と原気に係わる穴処を選ぶ必要がある。

その他の所見

左後渓に重量感のある沈んだ邪がある。

治療

左外神門。2番鍼で10分置鍼。

まず、鍼をかざして補法のための空間をつくり、その後、刺入して穴処を補う。置鍼後、穴処を按じない瀉法の手技で抜鍼。
つづいて右少沢・右関衝・右商陽に銀製古代鍼で瀉法。

効果

外神門の抜鍼時、顔面気色診を行うと、湿熱がきれいに取れていた。
また、左後渓の反応も取れていた。

「いま、おしっこの気持ち悪さはどうですか?」

「何もなくなりました! これ、鍼の効果ですか!? 泌尿器科に行こうと思っていたんですけど、どうしたらいいですか?」

この患者さんは膝の治療に来ておられる。鍼は痛みにしか効かないと思っておられる。戸惑われるのは無理もない。

「膀胱炎の原因は細菌で、細菌を殺すのは免疫です。いま、残尿感がなくなったのは、ご自分の治す力…つまり免疫が働き始めたからかもしれませんね。再び残尿感が出たら病院に行ってください。」

その後、10日経過現在、残尿感の再発なし。

病因病理

淋疾

本症例の病態は、東洋医学的な病気分類 (弁病) では「淋疾」に相当する。排尿障害…東洋医学からみた7つの原因と治療法をご参考に。

旅行先は食べ物が美味しいことで有名な地方。多分、ご馳走を多めに摂っただろう。食べ過ぎは栄養分の滞りを生じ、痰湿を生む。この痰湿が熱化して湿熱となり、膀胱に至れば膀胱炎となる。膝に至れば膝痛になる。「湿熱とは…邪気のステージ」 (正気と邪気って何だろう) をご参考に。

湿熱下注

この患者さんは普段から暑がりで冷たいものを多飲する傾向にあり、もともと内熱がある。この内熱は心肝由来の気滞による熱だが、旅行先で目にしたご馳走の数々は、過剰な欲を生み出して心肝の熱をさらに加速させる。この熱によって痰湿は容易に湿熱となる。

①心 (太陽) は膀胱 (海) よりも上に位置し、膀胱を照らすことによって水蒸気が雲となり、身体各所を潤す。心の熱が過剰になると、膀胱の水を煮詰める。それにより湿熱が生まれる。
②過剰な欲によって多飲多食した結果、脾胃で痰湿が生じる。湿も痰ももとは栄養分を含んだ水である。この水は重濁の性質を持っており、下に降りやすい。それが州都の官 (水を管理する機能) である膀胱にたどり着く。

①②が合わさって、湿熱が下に降る…湿熱下注が起こった。

③小腸経を治療すれは清濁がうまく分けられる (泌別) 。その結果、膀胱に痰湿が至らず、糞便として痰湿が排泄される。
④心経を治療すれば、過剰な欲 (心火) が冷まされる。これ以上の食べ過ぎが制御され、膀胱の水を煮詰めることもない。

③④を同時に行った治療が外神門と言えるだろうか。

後渓の反応は、心と小腸の熱を示す。体は後渓に反応を出して、体の異変はこうだよ、と訴えかけているのである。

腎虚

湿熱下注の場合、熱によって小便の色が濃くなるのが特徴である。しかし当該患者の場合は、小便の色が濃くなかったことから、純粋な湿熱下注とはいえない。腎虚が関わっていたからではないか。

旅行による疲労は腎を弱らせる。もっと言うと、腎の陰陽幅を小さくする。陰陽ともに縮小すると、陰 (痰湿) を入れる器も、陽 (熱) を入れる器も、両方が小さくなる。

これらが小さいと、大した痰湿や邪熱でなくとも、容易に器からあふれ出てしまう。器に収まった分は正気 (陽気・津液) となるが、あふれた分が邪熱と痰湿となる。

よって、激しい熱証 (尿の色の濃さ) が出ずに淋疾を発症したのではないか。

高齢にもかかわらず、どこかに出かけたい!という過剰な欲 (心火) は、腎 (生命力) を弱らせる。この心火をクールダウンすると心身ともに穏やかになり、腎 (生命力) が回復する。

外神門について

手少陰心経の神門と、手太陽小腸経の陽谷の間にとる穴処を仮に外神門とここでは呼んだ。いわゆる阿是穴である。心経の特徴と小腸経の特徴を兼ね備えた穴処といえる。

外神門の選穴理由は…

①湿熱をとる。小腸は胃の支配下にある。胃経で湿熱が取れるように、小腸経もその作用がある。
②沈脈に対しては陰経が有効な場合が多い。
③空間診が左上なので、左上の穴処で湿熱を取る必要がある。
④章門の左右がそろっている場合、補瀉ともに必要と考えている。正邪が拮抗しているものと見て、正気を補いつつも胆経の左右を動かす力を用いて、邪気よりも正気を優位にする必要があると考えている。
⑤神門は心神に直接係わる穴処で元気につながる特別なルートを持ち、陽谷は小腸経で胆経とは子午関係にあり、胆経を動かすことができると考えた。神門と暘谷の間にある阿是穴 (外神門) を使えば、正気と胆経を一度に動かすことができると考えた。
⑥心と腎はともに少陰に属し、心神と腎精は気と血の関係と同じく持ちつ持たれつの関係にある。気実を除けば血が勝手に回復するように、心経を調節することは腎を助けることにつながる。

以上の理由で外神門が選穴候補となるため、手で触れて反応を確認。すると生きた反応がある。よってこの穴処に鍼治療を行った。

80歳の高齢とはいえ、自然治癒力は健在。治癒力を引き出せるということは、元気で長生きできる力を引き出せる、ということだ。

なお、主訴の膝の痛みの原因も腎虚と湿熱である。外神門は膀胱炎だけでなく、膝を治療する意図も含まれている。

東洋医学は一か所だけを治すことはしない。全体 (一つの組織) を治すのである。

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