むくみ… 指定難病222;ネフローゼ症候群の症例

40歳。女性。156cm・58kg。

ネフローゼ症候群 (指定難病222) である。

初診までの経過

  • 20代後半 食事をスムージーにする。3年で10kg減量。
  • 30代前半 朝食代わりにバターコーヒー。
    このころから少し浮腫 (むくみ) 。
  • 34歳 朝起きると突然、目が開かないほどの重度のむくみ。なんとか目は見える。
    尿蛋白5.00g (/日) を超え、そのまま入院。ネフローゼ症候群と診断を受ける。
    その後、尿蛋白10.00を超えるなど、入退院を繰り返す。

今年の1月から数値は悪化傾向にあり、当院を受診。

ネフローゼ症候群

ネフローゼ症候群とは

正常尿には総蛋白として1日0.04~0.08gが排泄されており,0.15gを超すと蛋白尿 (アルブミン尿) と呼ばれる。

腎臓に炎症を起こし、細胞が傷ついてタンパク質 (アルブミン) が濾過装置 (ネフロン) の網から漏れ出すことが、蛋白尿の主な原因である。 尿蛋白が3.5g (/1日) 以上、血液のアルブミン濃度が3.0g (/dL) 以下になった場合にネフローゼ症候群と呼ばれる。

進行すれば人工透析が必要となる場合もあり、国の指定難病となっている。

腎臓の炎症を抑えるためのプレドニン (ステロイド) や、免疫が腎臓を攻撃するのを抑えるための免疫抑制剤などが使用される。

むくみはなぜ起こる

むくみはネフローゼ症候群の大きな特徴である。血中のアルブミンが少なくなることによって起こる。

アルブミンは血液の濃度を高くする。アルブミンを正常に含む血液は、全身の体液を血管内に引き寄せる。だから、アルブミンが尿から漏れ出してしまうと血液が薄くなり、皮下組織に血管内の水分が移動してしまい、むくみが起こるのだ。

ネフローゼの病的な状態を「ぬか床」に例えてみよう。ぬか床を皮下組織だとして、そこにキュウリという血管が埋もれている。塩をアルブミンだと考えてほしい。塩分濃度はぬか床が濃く、キュウリが薄い。だからキュウリ (血管) の水分はぬか床の方に移動して (水分量が少なくなって) しぼんでしまい、ぬか床 (皮下組織) は水っぽくなって (水分量が多くなって) 膨らんでしまう。これがネフローゼを含む低アルブミン血症の「むくみのメカニズム」である。

ネフローゼで、全身のむくみ・腹水や胸水による胸腹部膨満感・尿量の減少・血圧の低下などが生じるのは、このような理由によるのだ。本症例でも胸腹部膨満感・尿量の減少が見られた (後述) 。いずれも鍼灸治療の直後に改善が得られたのだが、現代医学的に説明すると尿蛋白が減ったからであると言える。

尿蛋白が減ったのにアルブミンが増えないとするならば、アルブミンは流出していないのに増えない、つまりアルブミンが作られていないことになる。このようなときは肝機能障害が疑われる。アルブミンなどの各種タンパク質を作るのは肝臓の役割である。肝機能障害も低アルブミン血証を引き起こし、むくみの原因となるのだ。血液内の水分量の保持 << 肝臓を考える をご参考に。

ぬか床の例えに戻る。健康な人は、上記とは逆の状態が維持されている。こんなぬか床はありえないが、しぼんだ塩辛いキュウリの漬物を、 塩分をふくまない水だけのぬか床につけてあるようなもので、この状態だとキュウリ (血管内の血液) は、ぬか床 (皮下組織) の水分を吸って膨らむ。血管の中に水分が満たされるのだ。逆に皮下組織は水分が少なくなりスッキリする。

このようにして身体は、血液中の水分を保持しているのである。

コレステロールが高くなる

また、ネフローゼ症候群ではLDLコレステロールが高くなりやすい。これは、血液中にタンパク質 (アルブミン) が少ない状態 (低アルブミン血症) が続くと、肝臓 (各種タンパク質を合成する) でのアルブミン合成過剰とともに、リポ蛋白 (アポタンパク質と脂質が結合したもの;HDLやLDLなど) の合成も過剰となってしまうことから、コレステロールが高くなりやすいと言われている。

HDL…高比重リポ蛋白 (High Density Lipoprotein)
LDL…低比重リポ蛋白 (Low Density Lipoprotein)

コレステロールは動脈硬化の原因となり、毛細血管の塊である腎臓はそのダメージを受けやすく、慢性腎不全に移行しやすくなる。

初診 (8/27)

現在の症状

・倦怠感…ドテッと重い。一日中つかれやすい。 >> 痰湿 (水湿 痰飲)
癃閉… 一日の尿量が少なく、小便が出にくい。 >>湿熱 (痰湿と邪熱が結びついたもの) が膀胱の尿の流通を邪魔する。
・朝の食欲がない。 朝食を抜くことがある。>> 痰湿が胃の下降を妨げる
・胸脇苦満 (胸腹部膨満感) …ミゾオチから季肋部にかけて苦しい、気持ち悪い。 >> 少陽胆に病勢が波及している。

その他の所見

・厥冷… 膝から下が冷たい。 >> 痰湿はもともと水なので特に下半身においては冷えを呈しやすい。
・暑がり。
・温泉が好き。長くはいっていられる。 >> 体力負荷テストとして見ると、身体の弱りが中心ではない。
・右胆兪がトップで痰湿の反応。 >> 少陽胆は枢である。枢という境界を水 (痰湿) が犯す。また少陽は相火であり熱化しやすい。その結果、容器 (陰) に燃料 (精) が入り切らず動力 (陽) も入り切らず、あふれる。よって、ますます痰湿となり邪熱となる。
天突 (左肺兪も) に表証の反応。 >> 表証が長期に渡っている。よって少陽胆も陽明胃も犯されている。

表証を取る

一瞥して「隠れ表証」 (カゼの自覚症状が出ない表証) がある。いわゆる「カゼ引き」は、表証という大きなククリのなかの一部である。よって「カゼによく似た状態」と考えてよい。

カゼを治す方法は、外出を控えて安静にすることである。ネフローゼも、安静、臥床が治療の基本である。安静にするだけでたんぱく尿とむくみがましになることもある。「隠れ表証」がやっかいなのは、表証があると気づけないために普通の活動的な生活をしがちとなり、そのため長期に渡って (場合によっては一生) 表証が改善しないことである。

前述の「初診までの経過」で、ある日突然にひどいむくみが起こっているが、おそらくこれは表証を起こしている。一般にカゼは徐々に引くものではなく、ある日突然、急に発熱したりノドがいたくなったりするが、「突然」という証候があれば表証を視野に弁証してよい。おそらく、6年前のこの日以降、ずっと当該患者は表証が継続している。

隠れ表証と大阪城

このような「隠れ表証」は、なぜ難病につながるのか。

表証とは、外邪 (寒邪) が身体の表面を取り囲んでいる状態のことである。

大阪城で例えてみよう。堀で周囲を囲まれ、しかも強い豊臣秀吉がいる大阪城は、怖くて誰も攻めることができなかった。しかし強い秀吉が没し、弱い秀頼の代になると、あなどって (なめて) 徳川軍が攻めてきた。まさに「弱みにつけこむ風邪の神」である。しかし大阪城は堀を周囲にめぐらせた要害堅固の城である。さすがの徳川軍も安易に攻めることができない。よって城の外堀を徳川軍で囲むこととなる。

秀頼軍側からすると、分厚い徳川軍で取り囲まれているため、瞬時も手を休めることができない。昼夜を問わず弓矢や鉄砲を向けられていれば、場内はどんな様子か考えてみるといい。敵は代わる代わる休憩して取り囲むが、場内は常に追い詰められている。味方はドンドン疲弊して、敵はますます攻勢を強める。

人体において、もし寒邪が堀を渡って侵入したならば、死に至ってしまう。寒邪直中という。しかし人体も大阪城と同じく、鉄壁の守りを備えた名城である。だから攻められることはないが取り囲まれるのである。これがハッキリした自覚症状なく、しかも持久戦の様相を呈することとなる容態のイメージである。

こういう状態で、徳川軍を追い払う治療 (表証を取り去る治療) を行う。

すると、秀頼軍はやっと弓矢を置き、腰を下ろしてくつろげる。徳川軍は来ない。明日もあさっても来ない。ゆっくり休める。英気を養える。敵がいないだけで、ドンドン元気が回復する。

こういう劇的な変化を、鍼一本で起こすことができる。

そんな治療を立て続けに行えば、秀頼軍は元気になり続ける。そして、秀頼もやがて秀吉のような強い武将となる。そうすればもう、徳川軍は諦めて去ってしまうのである。

治療間隔を空けないほうがいい理由である。週に2回以上の治療が望ましい。

「隠れ表証」の養生法である。ぜひ参考にしてもらいたい。

・冷たい飲食を徹底して控える。
・今日 (治療当日) のみ、風呂に入らない。
・外出や運動を控える。

“寒邪に取り囲まれると正気が弱る” という説明をしたが、それだけでなく、
“寒邪に取り囲まれると魔法瓶状態となり邪熱が強くなる” という側面も大きい。▶病因病理…表証と「魔法瓶」 をご参考に。

治療

百会に3番鍼で補法。5分置鍼。抜鍼後、天突の反応が消えるのを確認。

百会は、空間的に一源三岐 (督脈・任脈・衝脈) を支配するツボである。表・裏・表裏の境界の3つを同時に動かすことが可能である。ただし、初心者はこのような使い方をすべきではない。表証を取るならば、まずは表寒実と表寒虚という基本から勉強し、表寒実ならば合谷、表寒虚ならば桂枝湯の組成 (桂枝・芍薬・生姜・甘草・大棗) の意味をよく理解し、中脘などで気血を補い申脈などで膀胱経の左右を調整するなどの基本的な実践から入るべきである。

10分休憩させ、その後、養生指導を行う。

・冷たい飲食を控える。
・今日のみ、風呂に入らない。
・外出や運動を控える。
>> 以上三点、表証に対しての養生。
・朝食を、午前8時までに「ご飯一粒」でもいいから食べる。手を合わして感謝を意識する。
・間食 (中途半端な時間の食事) は、食事時にデザートとして食べる。
・白米とおかずを5:5とし、もう一口白米がほしいところで食事を終える。
>> 以上三点、痰湿を胆汁排出によって除去しつつ、痰湿をこれ以上増やさないための養生。

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以上の指導を与え、治療を終える。

2診目 (9/2)

6日後来院。

ベッドに入ると、診察台に検査結果の紙が置かれていた。昨日、病院で検査があったらしい。

「これ見てほしいんですけど、信じられないことが起こったんです…。」

「え? …どこ見たらいいんかなあ。」

「ここなんですけど、0.78まで下がってるんです! いままでゼロ台なんか見たこともないのに! 何をしたって入院したって、ゼロ台なんか一度もなかったんです! なんでこんなことが起こったのか考えてみたんですけど、なにか変わったことをしたとしたら、ここで治療を受けたことしか思い当たらないんです…。」

「ちょっと待ってね。前の数値を確認するから…。…ああ本当や、これは奇跡が起こったなあ。」

「私もそう思います! 主治医の先生は、 “これは僕にも意味が分かりません” って言っておられて…。」

「こないだがウチで初診で、その5日後が、たまたま病院の日だったんですね?」

「はい、そうなんです。」

こういうシチュエーションはあまりない。たった5日でこういうことが起こる可能性がある…という貴重な時系列である。

「…そうかあ、これは鍼のおかげ、それから何よりも、〇〇さんが養生を一生懸命にやったおがけですよ。えらかったなあ。」

・倦怠感。→改善
・尿量が少ない。→改善
・朝の食欲がない。 →改善
・胸脇苦満。→改善
・足の冷たさ。 →改善

考察

意味が分からないほどの数値の改善。

しかし僕にはその意味が分かる。

普通では見抜けないものを見抜いた。

天突の反応 (表証) を取った。

堰 (せき) が一気に切られたのだ。5日前までは、その堰によって生命力がさえぎられていた。今までさえぎられていたもの…それは、息づこう息づこうとウズウズしているものだった。しかし、その堰 (表証) は頑丈で分厚く、いままで何をやってもビクともしなかったのだ。

もちろん、堰と生命力は大した関係ではない場合もある。そのときは、表証を取ったところでそんなに大きな改善変化は出ない。しかし、本症例はその関連性が非常に大きかった。

この関連性の大小は、治療してみるまで残念ながら僕にもわからない。たとえば僕の娘が急性の痿病になった症例がある。全身が縄のようにグニャグニャになり、指先すら動かせなくなった症例だ。このときも、「堰」を除去した。そして10分後に動けるようになった。祈るような気持ちだった。

いずれにしても表証を強烈に治す力量が必要である。たとえば2歳の子供が40℃近い発熱でやってきて、2時間で解熱させた症例がある。こういうチカラワザを身に着けていることが、難病を相手にする上で大切である。

先表後裏の原則」の大切さ・すさまじさは「乳児アトピーの症例」でも触れたが、本症例でもそれを見せつけられた。

本症例は、全体のなかで「表証の影響力」が占める割合が非常に大きかった。

表証という堰。それは大きく立ちはだかって、何をやっても微動だにしない。

百会の一本鍼は、それを軽々と動かしたのである。

さあ、出だしは好調、先ずは「表」の寒邪を除去した。後は「裏」の痰湿と邪熱の除去、裏証は根気が必要となる。

治療はこれからだ。

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