「2時間での解熱 (2歳) 」について、下記のご質問をいただいたのでご紹介します。
【質問】
勉強になりました。でも、発熱は自然治癒力だと思うのですが、この場合は、ただ寝かしておく…ではダメなのでしょうか?
【回答】
寝かせておくだけでも治ったと思います。
…たしかにそうですよね。なぜこうも東洋医学ではカゼに力をいれるのでしょう。「傷寒論」というカゼの本は、黄帝内経に匹敵するバイブルとなっているくらいです。
まず治療家は、子供のシャックリですらその場で治してみたいと思うものです。治ればメチャクチャうれしいし、治らなかったら「なぜだろう」と考えます。こういう好奇心は生命線です。
でも、これは本当の理由ではありません。ちゃんとした裏付けがあります。いろいろあるので一つずつ行きます。
慢性的なカゼを治すため
慢性的なカゼで苦しんでおられる患者さんがおられます。急性のカゼが治せないことでは、慢性のカゼを治すことはできません。これが一点目です。
「カゼが治らない (慢性風邪)」をご参考に。
表証を見破るため
カゼは「表証」
東洋医学では、カゼは外邪 (寒さなど) が主要な原因と考えます。ウイルスが関係する場合もあるし、関係しない場合もあります。こういうものを「表証」といいます。
そういう大きな枠組みで見たとき、一見カゼ症状はない患者さんを表証と診断する場合があります。このようなものを、本ブログでは便宜上、「隠れ表証」と呼ぶこととにします。
「外邪って何だろう」をご参考に。
カゼを予防する
たとえばカゼを引いていない患者さんに、「カゼ症状は出ていませんが、表証の反応があるから××の養生に気をつけておいてください。」と指導したとき、斜に構えた患者さんでしたが、治療翌日に発熱した例がありました。「××の養生」に気を付けなかったのでしょう。それ以来、その患者さんは僕の話をまじめに聞くようになりました。
このように、カゼでもないのに表証の診断ができる…というのは、まったく別次元の診察方法を持っているからです。その応用は無限です。
難病・奇病と表証
たとえば腹痛に苦しんでおられる。どこを受診しても原因が分からない。いわゆる奇病です。こんなとき、表証という診断ができると、それを治すだけで腹痛が取れてしまう場合があります。奇病は実は、「隠れ表証」が一枚かんでいる場合があるのです。
難病の治療にも大きな足掛かりが得られます。テレビで難病の患者さんのドキュメント的な映像が流れることがありますが、そんなとき静止画面にして、ジッと望診します。ほとんどに表証が見られます。ほとんどということは、たぶん慢性的です。
カゼというものは実は厄介で、安静が必要です。運動すると悪化することがあります。急性のカゼならそれでも問題ないこともありますが、長期にわたる慢性の表証…しかもカゼと自覚できない表証だとどうでしょう。カゼ症状がないから動いてしまいますね。また、運動が体に良いとこだわってしまうと、無理に運動することになってしまいます。
難病・奇病が治らないのは、実は複雑な事情が絡んでいる可能性があるのです。
アトピー性皮膚炎の重症例 をご参考に。
隠れ表証と大阪城 をご参考に。
表証が取れたら、今度は安静にこだわってはいけません。逆に運動療法 (ウォーキング) を少しずつ行って、正気 (生命力) を底上げしていく必要が出てきます。
裏証を治すため
3つ目、これが本題です。本題だけにちょっと話が硬くなります。
表証は東洋医学の基本
表証という概念は、東洋医学の基本です。どのくらい基本かというと…。
たとえば世界一周の航海が、治療だとします。航海には羅針盤が必要ですね。東洋医学の羅針盤は「八綱」と呼ばれます。八綱とは、陰陽・表裏・寒熱・虚実です。東・西・南・北みたいなものと思ってください。この中に「表」がありますね。これが表証です。
裏証とは
では、表裏の「裏」とは何でしょう。裏証と呼ばれ、これには2種類あります。
1つ目。カゼが表で持ちこたえられず、体の深いところ (裏) に落ち込んだということです。お風呂で、垢が浮いていると洗面器ですくいやすいですね。これが表証です。でも沈んでしまうと、浮いてこないかぎりは奇麗にするのは無理です。たとえばカゼで重症化したら、裏に外邪が侵入した、つまり垢が沈んでしまった…ということです。たとえばカゼで亡くなる方がおられます。これは垢が二度と浮くことがなかった…ということです。
2つ目。カゼ以外の病気のことです。成人病とか、どこそこが痛いとか、そういうもの全てです。表証ではないものを裏証といいます。裏証はカゼから進行したものばかりを言うのではありません。一般的な「病気」はみな裏証です。
そして、表と裏とは陰陽関係にあります。陰陽とは一枚の紙の表裏のようなものです。どちらが欠けても紙は存在できません。
「陰陽って何だろう」をご参考に。
表裏を知らなければ病気は治せない
これを治療でいえば、表・裏という概念のどちらが欠けても治療は成り立ちません。表を知るということは裏を知ることあり、裏を知ることは表を知ることです。
故善用鍼者.從陰引陽.從陽引陰.以右治左.以左治右.以我知彼.以表知裏.以觀過與不及之理.見微得過.用之不殆.<素問・陰陽應象大論 05>
鍼を上手に用いるものは、陽で陰を操り、陰で陽を操り、右で左を治療し、左で右を治療し、此処で彼処を知り、表で裏を知る。このようにして太過と不及の理を観て、微妙なアプローチから大きな成果を得るならば、鍼を用いるに足る実力がある。
東洋医学の治療は、すべて八綱に基づかなければなりません。八綱 (羅針盤) を忘れて治療 (航海) すると、前に進んでいるつもりでも、逆方向に進んでいたり、ぐるぐる回っているだけだったりします。
裏が分かっていなければ表は治せない。表が分かっていなければ裏は治せない。これが陰陽です。カゼ (よくある表証) を治すがごとくに痛み (よくある裏証) を治す、痛みを治すがごとくにカゼを治す。これができれば、ほとんどの病気が治せるでしょう。
痛みに関しては八綱を無視する、カゼに関しては八綱を無視する…というのでは陰陽が崩れてしまいます。
ケガ (物理的) は、気 (機能的) の範疇に入らず、よって八綱を意識しなくても、切ったり縫ったり固定したりしたらいいです。
生命を映し出す「傷寒論」
「傷寒論」という東洋医学にとってバイブルのような古典があります。簡単に言うと「カゼの本」です。寒邪が体に侵入した場合、どうしたらうまく治療できるかを示すと同時に、カゼが重症化して死に至る過程とはどのようなものか、バリエーション豊富に描き出しています。このバリエーションはカゼに限らず、生を受けて死に至るまでの、誰もが経験するであろう変遷をも描き出しているのです。
「傷寒論私見」をご参考に。
多くの人が、生まれて初めてかかる病気であるカゼ、その最初の症状は「悪寒」です。そして人間の最期の症状は「冷たくなる」。ここに生命の大きな陰陽関係が見て取れます。
初歩的な積み重ねこそ大切
生命の特徴は「温かさ」です。これを守るために、あるいは邪魔するために、体はいろんな反応を起こすのです。それがどういう反応なのかを知るには、急性であるカゼが、短期で如実に示してくれます。それが慢性病を治すときの指標ともなるのです。
急性が治せなければ慢性は治せない。慢性が治せなければ急性は治せない。これも陰陽、一枚の紙です。
人間が初めてかかる病気はカゼです。こんな初歩的で単純なものに真剣に取り組まないで、どうやって「病気」という複雑なものに向き合おうというのでしょうか。