「気」 がイメージできません

大切なご質問です。一緒に考える場にできればいいですね。

【質問】私は薬膳を勉強するにあたり、こちらのグループに参加させていただきました。
薬膳のどの本にも基本事項として「気」の説明が出てくるのですが、西洋医学どっぷりの私には、どの説明文を読んでもいまいち掴みにくいのです。
何に例えると理解できますか?
どうイメージすればよいかわかりません。
アドバイスいただけますと幸いです。
よろしくお願いします。
西洋医学に出てくるものは、肉眼で見えなくても顕微鏡を通せば見えるものばかりです。
実体化しているというか…
(私の現職が医学のミクロの世界だから、そう感じてしまうのかもしれませんが。)
東洋医学の3種の神器(と思ってます)の、血は血液のようなもので、津はリンパ液のようなものかなとイメージできますが、気だけはどうもイメージ湧かなくて…
栄養学でいうカロリーとかエネルギーのようなものなのかなと思ってみたり、心理学でいう前向きな気持ちや、やる気のようなエネルギッシュな気持ちに近いのかなと思ったり…
気功術の気のように、外に出て何かを動かすようなスピリチュアルなもので飲み込みたくなくて(笑)


東洋医学では、気という概念が基礎・土台になります。また気という概念が究極・蘊奥です。つまり、一番簡単で一番難しい。
“気一元” と言われるように、万物は集約すると “一” に帰結します。またその “一” は、十にも百にも千にもなり、万物となります。

陰陽者.數之可十.推之可百.數之可千.推之可萬.萬之大.不可勝數.然其要一也.<素問・陰陽離合論 06>

こういう考え方は、帰納とか演繹とか言われますが、根本さえ押さえてしまえば後は広げていくだけだったり、複雑多様な事柄も結局こういうことだと単純化できたりします。これは東洋医学の特徴の一つで、非常に便利かつ面白いところでもあります。
さて、ここで掘り下げたいのは、生命の一部であるところの “気” です。
まず分類方法からです。質問者の方もおっしゃっているように、気・血・水という分け方をご存知の方は多いと思います。気・血・津液とも言います。これらが生命をつくる三大パーツである…という見方です。

しかしこの分け方は、陰陽を理解するという意味では、かえって混乱するかもしれません。 “気” を理解するには、陰陽に基づかなければ不可能だと思うからです。生命をもっともうまく説明できるのは陰陽である…それが本当の東洋医学の考え方です。
“津血同源” と言われるように、津液と血はどちらも陰に属します。
陰 (津液・血) は物質です。
気はそれと相対する概念です。つまり物質ではない。
中医学の教科書には、 “気は物質である” と説明がありますが、もしこれを前提としていたならば、これまで投稿してきた文章はすべて書くことができていません。
陰陽とは何でしょう。夫婦 (男と女) に例えると分かりやすいでしょうか。あるいは火と水に例えてもいいです。まったく相反する性質、対極の存在でありながら、互いが互いを助け合い、互いが互いを育てあい、互いが互いを諌め合いながら、1つのまとまった統合体を作るものです。夫婦なら家庭という統合体、火と水なら大自然という統合体です。

では、物質と相反する概念、対極の存在とは何か。
物質とそれとが、互いに助け合い、互いに育て合い、互いに諌め合うものとは何か。
…ほんとうに、何でしょうか。
古代中国人が何を見ていたかという視点が大切です。最新の科学や精密機器でなければ見えないようなミクロなモノではなく、必要なのは鋭い鑑識眼です。それさえあらば、誰もが自らの “目” で、存在を確認できるものであるはずです。
それを、下の記事で説明したつもりです。
わからない所があればご質問いただければありがたいです。漠然と説明するのは難しいですが、ご質問に答える形であれば、その人の疑問に合わせて答えられるので、やりやすいと思います。
気功術の気のように、外に出て何かを動かすようなスピリチュアルなもの” (質問から) …に頼りすぎることは危険だと考えています。横道にそれやすい。勉強して知性をみがくことが基本です。そのうえで、直感的な応用を展開していくべきです。知性と直感は陰陽です。知性だけに偏っても直感だけに偏っても正道からそれてしまいます。
そういう意味で、質問者の方の勉強の取り組み方は、見本になるものだと思います。
ふりが長くなりました。いよいよ本題です。

以下のリンクがそれになります。まず、これをお読みください。

【質問者】返信が遅くなり、大変申し訳ありません。
質問した私が読んで理解した上で、きちんと御礼を述べたく思いました。
わかったわかった~ というのではなく、ちゃんと腑に落ちるまではいい加減なお返事はできなかったので…
めちゃくちゃ納得できましたし、理解もできました。
気=機能といわれると、どんどんイメージが沸きました。
特に、例の1)と3)、機能が原因の病気でモヤモヤが一気に晴れました。
今までは私の中の3種の神器を同じくくりで捉えていましたが、先生のご回答を拝受して、気:血&津というグループに分けて考えることができるようになった時点で、自分の中の分厚かった壁をクリアできました。
その意識で、本の中のわからなかった「気」を読み進めると、いままでつっかえていたものがなくなり、前に進めるようになりました。
お忙しい中、本当に本当にありがとうございます!
P.S.私はちゃんと理解する場合は、プリントして紙媒体で目を通さないとできなくて、印刷して読んだのですが、自分の勉強ファイルに閉じさせてもらってもよろしいでしょうか?

【回答者】もちろんいいですよ。考え方が共有できてとても嬉しいです。
脳と心、物質と機能という考え方は、養老孟司先生の「唯脳論」の受け売りです。この一節を読んで、いろんな疑問が氷解しました。ああ、古代中国人は養老先生のような視点を持っていたんだ…と。
養老先生は解剖学の先生です。死体に寄り添い、人の物質的側面を知り尽くした人です。一方を熟知する人は、もう一方をも洞察できるのでしょうか。養老先生は死体と酒を酌み交わすようにすぐ隣で晩酌されたそうです。明日、その死体が解剖される…という前夜です。これほど「体」…物質…に向き合える人は少ないと思います。
養老先生は幼くしてお父さんをなくされていますが、その亡くなった姿を見せてもらえず、泣くこともできなかったそうです。それが非常に青年期の先生を苦しめたが、大人になったある日、電車で突然涙がとめどなく流れ、それをキッカケに前を向けた…と述懐されています。じつは僕もそうで、十二歳で父をなくし、当時は土葬でしたが、死に顔も見せてもらえず、ゆえに泣いてもおらず、父親が死んだという実感が得られず、非常に苦しみました。
30歳のころ、父を墓から泣きながら掘り出す夢をみて、それは血の臭いのする腐食した生々しいものでしたが、顎のない頭部を胸に抱きしめて嗚咽し目が覚め、はじめて、父親なしで生きよう ! という気持ちになれました。母も長生きできず、そんなこんなで僕は3回喪主をしています。
死体というのは究極の物質的人体です。それと対極にあるのが気であると考えています。死体といってもただの死体ではなく、大切で大切でたまらない死体です。その死体の向こう側に、生き生きとした気が見えるのではないか。大切な死体を知る人は、気をよく知る人だと思います。
コメントしづらいですね ^^ 
返信無用です。

【質問者】上雅也 先生。
先生の考え方に少しでも近づけるよう、努力したいと思いました。
保存承認ありがとうございます🥰
私が医学の世界に興味をもったきっかけがNHKスペシャルでやっていた『人体』でした。
その時MCをされていたのがタモリさんと養老先生でした。
その時に養老先生を知り、“解剖学教室へようこそ”という本を読み、医学に興味を持ちました。
私の医学へのスタート地点は養老先生です。
これからもどうかご指導よろしくお願いします🌸

  

テキストのコピーはできません。
タイトルとURLをコピーしました