東洋医学の脈診って何だろう

▶κ coefficient (κ 係数) とは

診察の結果は概ね一定である必要があります。

κ(カッパ) coefficientが重要です。ここでの κ coefficientとは、同じ診察をした時に、診察した人(験者)同士でどのくらい結果が一致するかを数値化したものを示します。この数値が高い値になれば、多くの先生が一人の患者を診察したときの結果がだいたい一致することを示します。この数値を上げていくことが、東洋医学を確かな医学として成立させるために重要です。

例えば脈診で、同じ患者をある先生は沈だと言い、別の先生は浮だと言う…となると問題です。

脈診を行い、どの先生が診ても同じ見解である。
これは東洋医学がクリアしていくべきこれからの課題の一つです。

そのためには共通の基準が必要です。

基準が個人個人でバラバラで、自分なりの、つまり自分勝手な基準であるならば、一致することは困難です。同時にここが東洋医学を扱うものの個性であり、「上手・下手」がある理由でもあります。

共通の基準とは、誰もが納得のできる「当たり前」で常識的な基準を挙げるべきでしょう。

▶脈診とは

中医学では二十八脈を挙げています。

二十八脈とは、
浮、沈、遅、数、滑、濇、虚、実、長、短、洪、微、緊、緩、弦、芤、革、牢、濡、弱、散、細、伏、動、促、結、代、大(or疾)。

脈診の κ coefficient の高値化はこれからの課題です。にもかかわらず、そんな現状で28種類にもわける意味があるのでしょうか? また28なんて数を見分けることができるのでしようか?

そんな複雑に考えることはありません。東洋医学は陰陽だからです。

浮沈という陰陽
浮脈系…浮・芤・濡・虚・散・革
沈脈系…沈・伏・牢・弱

遅数という陰陽
遅脈系…遅・緩・濇
数脈系…数・滑 ・動・疾
※結代系…代・促・結・散

大細 (強弱) という陰陽
大脈系…洪・実・大・緊・牢
細脈系…細・微・濡・弱・濇

長短という陰陽
長脈系…長・弦
短脈系…短・動・濇

以上は中医診断学をもとにした分類です。複雑多岐な事象を帰納し、単純な事象を演繹していくのが東洋医学です。浮沈・遅数・大細・長短という大雑把な分類から、細分化してゆけばいいということになります。

▶基本となる脈診から

僕の脈診もかなり大雑把です。診ているのは…

  • 遅数…これは子供でも診察できます。結代もここに含めます。
  • 浮沈…誰もが診られるものではありません。この時点で験者のバラツキは大きいはずです。
  • 大細…誰もが診られるものではありません。意外かもしれませんが。
  • 虚実…誰もが診られるものではありません。虚実は基本であり究極です。これが分かりたいから脈診に精進すると言っても過言ではありません。
  • 長短…誰もが診られるものではありません。特に長脈は平脈の特徴でもあるので必須であり究極です。

診ているのはこの程度のものです。しかし、そんな大雑把なものですら、ハッキリさせるには熟練が必要です。

▶三脈同時診法

どういう方法で診ているかというと、以下の図のようなイメージです。

上っつらの脈・下っつらの脈・水平方向の脈、と3つあります。

子供でも脈はとれますが、子供がみているのは上っ面の脈のみです。
プロはそれではいけません。下っつらも水平方向も、波動があるのは確かであり、波動が指尖に響いていることも確かなのですから、感じ取れなくてはなりません。

そのうえで、3つを同時に診ます。これが僕のもつ基準です。

ただし、下っつらと水平方向は、診るのが難しい。上っつらの情報に惑わされてしまうからです。

こういうことは、人付き合いもそうだし、世事万端みな通じるものがありますね。われわれは、上っつらで見てしまいがちなのです。本質は上っつらに惑わされて、得てして見えにくい。でも、それでは正しい評価はできません。上っ面の情報をまずいったん打ち消して、その奥にあるものを感じ取り、そのうえで、上っ面もあわせて全体を診るのです。

一休さんの昔話にこんなのがあります。乞食のような風体をした一休さんが、ある富豪の家を訪れると粗雑に追い返された。後日、美しい袈裟をまとった一休さんが、同じ富豪の家を訪れると丁寧に饗応された…。一休さんは袈裟を脱ぎ捨て裸になって、「この袈裟ではなく、一休そのものを見よ」と諭したと言われます。

こういう脈診を説く先人・先生に、僕はまだ出会ったことがありません。
そこで、ここでは記述の便宜上、「三脈同時診法」と名付けて展開します。

  • 上っ面 … 浮位をみる。
  • 水平方向 … 中位をみる。推進力・胃の気・長脈の有無をみる。
  • 下っ面 … 沈位をみる。

たとえば、生まれつき橈骨動脈が分岐しているかのように見えるもの、脈管が浮き出ているものなどは、脈の中心となる場所 (中位) を特定するだけでも難しい場合があります。三脈同時診法では、そういうものを度外視して、一定の基準が得られます。

▶陰陽應象大論に通じる

東洋医学に基づく脈診は、陰陽に基づかなければなりません。

陰陽者.天地之道也.…治病必求於本.<素問・陰陽應象大論 05>

上っ面 (天) と下っ面 (地) 、そしてその境界をなすのは水平方向 (道) です。
前に前に歩く、それが道です。
天 (上っつら) を高く見、地 (下っつら) の重さを感じつつ、道 (水平方向) に立ち、歩む。

左 (陽) と右 (陰) に広がる景色を広く大きくとらえ、それを良く知ったうえで、左にも右にも偏らない「中道」を歩む。

陰陽應象大論◀陰陽って何だろう をご参考に。

この至言は、脈診の神髄をも指し示しているのではないでしょうか。
そしてそれが「治病」のための根本である…と。

陰陽応象大論のこの言葉を、あらゆる診察・診断に当てはめる。これが東洋医学の本質だと思います。問診・腹診・切経・望診も同じことなのです。上っ面・下っ面・水平方向を同時に診る。上っ面のカルテを取っても意味がありません。ひそむ真意を洞察するのです。

脈診は四診の捉え方の中核をなしているのではないか。陰陽応象大論の「道」をもっとも具体的に、拍動として見ることができるのは脈診なのです。

▶脈は見方によって変わる

水平方向 (道) が見えない限り、上っ面 (天) も下っ面 (地) も見えない。
また、下っ面 (地) が認識できなければ、いま診ているのが上っ面 (天) なのかどうかすら分からない。

つまりどこからが天で、どこからが地面なのか、基準がハッキリしない。
浮沈は、実は診察がとても難しいことが分かります。

また、水平方向の脈が取れないと、長脈も弦脈 (緊脈+長脈) も取れません。

三脈同時診法で診ると、浮中沈・脈状・脈幅、すべてが全く違うものとなります。これは恐ろしいことです。脈を語るのが、これほど難しいものだったとは!

たとえば、高齢でやせ型の体力のない人が、いつ診ても脈が非常に太くて硬く強く打っている…そういうものに出会ったことはないでしょうか。難しいですよね。これを三脈同時診法で診ると、なんと細脈・虚脈になります。その脈幅を増すように治療すると、太くて硬い脈が、緩んでおとなしくなります。こういうタイプの高齢者が、脈幅が大変大きいということが、そもそも矛盾しますね。細脈のほうが証に合っています。

大脈を細脈と見る をご参考に。

▶脈診の κ coefficient 高値化は可能か

脈診の κ coefficient 高値化を目指すのであれば、遅数はすでに高値化できているはずなので除外し、それ以外の基本的な脈診項目、すなわち、

  • 虚実
  • 浮沈
  • 脈幅の有無

これぐらいに絞ってやるべきかと思います。
これだけ分かれば、じゅうぶん名人になれます。虚実が分かるのですから。

ぼくはこういう脈診の骨格はアナログではなくデジタルだと感じています。三脈同時診法では、デジタル脈診が可能になると思います。もちろんアナログも大切ですが、それだけでは基準がハッキリしなくなります。デジタルとアナログも陰陽だと思います。

ただし、虚実は東洋医学の蘊奥ですので、そもそも三脈同時診法は難しいだろうと思います。ぼくは脈診に基準が必要だと感じ、こういう脈診をやり始めてから20年ほどになりますが、寝ても覚めても脈を診て、それが過ぎて病気になり、無意識で脈を診てしまわないように、仕事の時以外は、手袋をはめていた時期があります。夜も手袋をして寝たなあ。どんな職業もそうですが、一芸に秀でるためには、執念ともいえる打ち込み方が必要となります。

三脈同時診法は、「当たり前」に過ぎる初歩的・現実的なものです。かつ習得が難しいかもしれない。しかし、脈診に精通した先生であれば、その場で簡単にやってのけるでしょう。一つの基準をもって共通語とし、公の場ではそれを使用する。そのうえで名人は名人芸を自由に磨く。そういうありようが理想だと思います。

もちろんこれは、僕の個人的な基準です。

こういう候補をたくさんの人が出して、一番いいのをみんなで選んだらいいと思います。とは思いますが、それはまったく未知数で予測できません。もし、この「当たり前」に過ぎる脈診法が、一般化できないほどの難しさならば、そもそも脈診の κ coefficient 高値化そのものが難しいのかもしれません。

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