脾はなぜ「卑」しい? … 易経・繋辞伝をひもとく

東洋医学を勉強しておられる方なら、脾がいかに重要視されるかをご存知でしょう。にもかかわらず、「卑」と表記されます。卑しい? これに違和感を覚えるとともに、東洋思想の奥深さを垣間みることができるのです。

卑の字源・字義

立場が低い

まず、「卑」の字源からです。

「卑」は起源が古く、字源には諸説あり、よく分かっていません。そのなかでも理解しやすい説を紹介します。

図のように、「田」と「手」からなります。「田」は杯や勺のような容器を意味します。それを「手」で捧 (ささ) げる。立場の低い者が、目上の高貴な人に捧げまつるのです。

このように卑には、立場や位 (くらい) が低い… という意味があります。

杯の中身は酒がイメージされますが、命を養うもの (水穀) が入っていると捉えても面白いでしょう。目上の者は目下の者に、そういうものを与えられて養ってもらっているのです。

高さが低い

卑には「いやしい」とともに、「ひくい」という意味があります。高度が低い。

《詩経》にその用例があります。

謂山蓋卑.山を低しとする。
為岡為陵.実際には山稜屹立する高い山であってもだ。
民之訛言.このような誤った事を言う者が絶えない。
寧莫之懲.どうしてこれを懲らしめないのか。※寧:なんぞ
召彼故老.かの古老を呼び寄せてみる。
訊之占夢.占い師にたずねてみる。
具曰予聖.いずれも皆こう言うのである。予 (よ) は聖人なり、自分は正しい、と。
誰知烏之雌雄.カラスの雌雄も分からぬものが、言い切れることなど何一つない。

《詩経・小雅・正月》

これは「烏之雌雄」という故事熟語として現代も使われていますので、ついでに覚えておきましょう。「烏之雌雄」とは、物事の是非や善悪などがまぎらわしくて、判断しにくいことを表現する言葉です。
たしかにキジやカモなどは色の違いで雌雄の判別が容易ですが、烏はちょっと難しいですね。

脾の字源・字義

以上を踏まえた上で「脾」を考えます。

脾は要 (かなめ)

脾は五行では中央に配当されます。東洋医学の「脾臓」って何だろう をご参考に。

中央黄色.入通於脾.開竅於口.藏精於脾.故病在舌本.其味甘.其類土.…
《素問・金匱眞言論04》

「中」は要 (かなめ) であり、最高かつ中心とイメージされます。

中.…要也《康煕字典》

そんな重要な位置にある脾を、なぜニクヅキに卑しいと表記したのでしょうか。

脾は土

脾.土蔵也.从肉卑聲。《説文解字》

字源・字義を記した《説文解字》には、脾は土である…とあります。もちろん医学書である《素問・金匱眞言論04》も、そう言っていますね。

要である「中」、卑しい「脾」、そして「土」。

これらの意味が重なるところまで たどりつづけると、《易経・繋辞伝上》にある “天尊地卑” に行き着きました。

“地卑” … 地は低く卑しい。

天尊地卑

天尊地卑とは、どういう意味なのか。《易経・繋辞伝上》を以下に訳しながら、考えたいと思います。

原文

【原文】
①天尊地卑,乾坤定矣。卑高以陈,贵贱位矣。
②动静有常,刚柔断矣。
③方以类聚,物以群分,吉凶生矣。
④在天成象,在地成形,变化见矣。
⑤是故,刚柔相摩,八卦相荡。
⑥鼓之以雷霆,润之以风雨,日月运行,一寒一暑。乾道成男,坤道成女。乾知大始,坤作物。
⑦乾以易知,坤以简能。
⑧易则易知,简则易从。易知则有亲,易从则有功。有亲则可久,有功则可大。可久则贤人德,可大则贤人之业。
⑨易简而天下之理得矣。天下之理得,而位成乎其中矣。

【译文】
①天尊地卑,乾坤定矣。卑高以陈,贵贱位矣。
天是崇高的,地是卑下的,乾卦尊高,坤卦卑下就是据此确定的。天地万物依一定的自然序列由卑下而崇高森然罗列,社会中贵贱尊卑的等列也是 据此 (これに基づいて) 确定的。
卑高,贵贱,其义相同。前者指自然界低下,崇高的顺序,后者指社会中贵贱,尊卑的等级。
陈,陈列。
位,这里用如动词,其义与“陈”同。

②动静有常,刚柔断矣。
天运行不息,地卑伏安静是一种常规,
据此就可以断定,运行的天是刚健的,静伏的地是柔弱的。
动,古人认为天体常动,处于主动的位置,其性为刚;
静,古人认为地常静,处于被动位置,其性为柔。

③方以类聚,物以群分,
吉凶生矣。
人各以其类相聚集,物各以其群相分别,
彼此利害的调和与冲突,祸福吉凶就在其中产生。
“方”当作“人”,篆文“人”作“”,“方”作“”,形似而误。

④在天成象,在地成形,变化见矣。
天上日月星辰风雨雷电形成了各种天象,地上江河山泽草木虫鱼形成了大地环境。
天空大地的种种现象体现了变化发展。
象,天象,日月星辰风雨雷电构成天象。
形,大地环境,江河山峰草木虫鱼构成大地环境。
见,读为现。

⑤是故,刚柔相摩,八卦相荡。
所以,刚柔所表示的不同事物互相摩擦,八卦所表示的各种物质互相激荡。
摩,摩擦。
荡,激荡。…(衝撃を受けて心・波などが)激しく揺れ動く,激動する.
刚柔,古人将天地万物分为刚性、柔性两大类。
八卦,古人以八卦代表天地风雷水火山泽八种基本物质。

⑥鼓之以雷霆,润之以风雨,
日月运行,一寒一暑。
乾道成男,坤道成女。
乾知大始,坤作物。

并且用雷霆来鼓动它们 (それら) ,用风雨来泽润它们。
于是日月运行永不停止,寒暑更替永无穷尽。
代表天的乾卦成为男性的象征,代表地的坤卦成为女性的象征。
天的功能在于伟大的创始,地接下来 (来たるべき・次の) 完成 养育万物的任务。
知,王念孙说:“知犹为也,为亦作也。”  犹:あたかも…のようである
大始,最初。最始。
作成,生成养育。

⑦乾以易知,坤以简能。
天以平易来显现它的智慧,地以简略来显现它的功能。
易,平易。
知,读为智。
易知,犹言 从平常中显示智慧。

简,简明。
能,功能。
简能,犹言 从简略中体现出功能。

⑧易则易知,简则易从。
易知则有亲,易从则有功。
有亲则可久,有功则可大。
可久则人德,可大则人之业。

正因为 (〜だからこそ) 平易 才(just)容易被人了解,正因为简略才容易使人遵从 (服従する)
容易被人了解才能使人亲近,容易使人遵从才能发挥功效。
有了亲近之感,这种依存关系才能长久地维持下去,有了功效才能发展壮大。
长久的依恋,就能塑造人的品德,发展壮大,就能成就人的功业。
两“贤”,这里都用如动词,
前一“贤”字,意为 改善,塑造(石膏・泥・粘土・金属などで)
人物像を作る
后一“贤”字,意为 成就,造就 (人を) 養成する

⑨易简,而天下之理得矣 (完了・詠嘆)
天下之理得,而位成乎 (〜からfrom) 其中矣。
掌握了平易简要的原则,天地间的道理就能理解了。
理解了天地间的的道理,阴阳刚柔贵贱尊卑的位置系统就自然确立起来了。
位,这里是总自然、社会刚柔、尊卑等列系统而言。

周易系辞上译注 (見やすくするために一部を編集した)

義訳

①天は高く尊く、地は低く卑しい。高き低きは厳然として存在し、貴き賎しきは各々の位置に安住する。

②天地宇宙万有一切を形作る陰陽は動と静に帰結し、常にそのシーソー運動を続けている。天の剛直さ、地の柔軟さという原理が成立しているのである。

③人は (価値観によって) 類をもって集まり、しかし物は (多様性によって) 群をもって分かれる。このような離合集散のなかで、吉凶・禍福・善悪・愛憎は生まれるのだ。

④天において毫末も誤差なく運行する日月星辰は、地においては形体として顕現し変化してやまない。不動の法則のもとに、変化が成り立つのである。

⑤これゆえに「天の剛直不変の法則」と「地の柔軟応変の運用」のはざまで乾・兌・離・震・巽・坎・艮・坤の八つの卦が激しく脈打つのである。

⑥雷霆・風雨・日月・寒暑。これらはこの「脈動」を、あるいは鼓舞し、あるいは潤し、あるいは運行し、あるいは調節する。天 (乾) は「男」として現れ、地 (坤) は「女」として現れる。天 (乾) は始まりを支配し、地 (坤) は物質として完成させる。

⑦天 (乾) は知ろしめす (主管する) ことが職分である。地 (坤) はそれを「能 (強固に固める) 」とすることが職分である。

※「知」は主 (つかさど) る。掌管する。例:知事。知行国。

知.…又猶主也。【易·繫辭】乾知大始。《康煕字典》

⑧易とは「知ろしめしやすい」こと、簡とは「従いやすい」ことである。
易知は、有親である。すなわち親しく知ろしめすことである。
易従は、有功である。すなわち勲功を貫き通すことである。
有親ならば、可久である。すなわち久しく持続できる。
有功ならは、可大である。すなわち大なる結実となる。
可久ならば人徳をより成長させる。
可大ならば人の業を完成させる。

⑨易と簡をなすことを得れば、「天下の理得」である。そして「位」は「天下の理得」の中から成就する。

解説

①天は高く尊く、地は低く卑しい。これは絶対法則である。天は天としての地位に安んじ、地は地としての地位に安んずるのが真理である。天が低い地位に降ろうとしたり、地が高い天位に昇ろうとすることは真理を犯すものである。

②動と静が両方存在しないと、生命の活動、大宇宙の運行は崩壊してしまうだろう。動ばかりがが大切ではない。静ばかりが大切ではない。両方必要なのだ。天は厳格な父のようであり、地は慈愛の母のようなものである。

③たとえば一国の王になりたいと多くの人々が共通して望んだとしても、もって生まれた能力や生まれた環境はさまざまである。これは森羅万象が星の数ほどあることと何ら変わりはなく、みなが王になろうとするのはそもそも無理なことである。ここに幸不幸の差別が生じる。

④日月や星の運行の寸分の狂いなき正確さには舌を巻くであろう。これが天である。生長収蔵のめくるめく変化には目を新たにするであろう。これが地である。さらにいえば、天地が協調して機能することにより、正確かつ変化に飛んだ「大自然」が成り立つのである。

⑤八卦とは、これを分類しまとめ上げたものである。

⑥あらゆる事象は、この大自然と八卦のなかにある。たとえば「男」は “天尊” であり、「女」は “地卑” である。たとえるならば、男は針であり、女は糸である。始まりを針が突き通し、それに糸がしたがって縫い合わさることにより、完成する。

⑦天は針のように上位に立って主導することが職分であり、これが「天の性 (さが)」である。地は糸のように下位に甘んじて針に従順に従いつつ、針の通した道を不動のものとして完成させるのが職分であり、これが「地の性 (さが)」である。

⑧天が「天の性」に従うことは「易」…つまり「やりやすい」のである。地が「地の性」に従うことは「簡」…つまり「簡単なこと」である。もともとそれが得意なのですんなりと行くのだ。
これで十分足りていることを知り、おのが職分に安 (やす) んずるのである。
天は「親しみ」をもって地をいたわりほめる。つまり、お高く止まっていないで、下に降り、寄り添う。そうすれば長く幸せが続く。そして徳を積み、人の歩むべき道を進み続けることができる。
地は「てがら」をもって言挙げする。つまり、子を抱くように育てた草木が、高く天を貫くのである。そうすれば大いなる結実が得られる。そして人として成すべきことを、完全に成し遂げることができる。

⑨天 (男) がその分に安んじ、地 (女) がその分に安んずるならば、それが「天下の大儲け」である。無駄が省け、生産性が倍増するのである。それぞれが、それぞれにしかるべき位置に付き、互いに助け合うことができるならば、吉凶禍福など気にすることなく、豊かに安心して生きることができるであろう。これが「天下の大儲け」であり、その中で正確な「位」…それぞれが帰着すべき位置…. が確立していくのだ。

脾と卑

脾は消化器です。おいしい食べ物・栄養・きたないウンチまでを主管します。

もし脾が「こんなウンチだらけの臭いところ (地) はイヤだ!」といって、高く澄み切った肺や心 (天) になろうとしたらどうでしょう。

天は高く尊く、地は低く卑しい。

天は天らしく、地は地らしく。

天は針のようなもので、地は糸のようなものです。どちらも、なくてはならない。しかし順番があります。針が先の「位置」で糸が後の「位置」でないと、逆さまでは裁縫に時間がかかるばかりで、何も出来上がりません。

「位置」が正しければ、短時間で立派な温かい衣服が完成するでしょう。これが「天下の理得」なのですね。

最後に布をつなぎとめているのは何でしょう。糸です。「要 (かなめ) 」なのです。「重要」なのです。針と糸のどちらが重要か…どちらもです。優劣はない。ただ順番がある。それが「尊卑」なのです。

天 (尊) は地 (卑) をほめ、地 (卑) は天 (尊) をたたえる。

これは陰陽関係です。ほめ、たたえることによってその陰陽が循環します。その循環があってこそ、平和な世界・家庭・身体が成り立ちます。天は為政者・夫・心肺です。地は国民・妻・脾です。上下がなければ空間は成立しません。組織も成り立ちません。

天の「尊さ」はいうまでもない。
地の「重要さ」は、それに勝るとも劣らない。

しかし、よくよく足元を顧みておかないと、つまづきの元になるのです。足元を大切にする。土を大切にする。土をほめる。土に感謝する。ふまれてもなお、ささえてくれる。いつも寄り添ってくれる。一番近くにいてくれる。そんな土に、そして人に。

謙虚さと感謝は最も大きな徳です。それは男女問わずです。

「卑」を大切にしなければ。

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