温病って何だろう…五運六気からひもとく

六淫の外邪には、風邪・寒邪・暑邪・湿邪・燥邪・火邪 (熱邪) があります。

外邪って何だろう  をご参考に。

また、温邪というのもあります。

ここがすでにややこしいところです。温邪は六淫の外邪とどう関わるのでしょうか。

これを考えるうえで、避けて通れないのは六淫のもとになる六気です。つまり五運六気 (運気) にまでさかのぼる必要があるということになります。

五運六気は、十干・十二支から生まれたと言われています。五運六気って何だろうをご参考に。

五運六気って何だろう
「運気」という言葉を聞いたことがありますね。占いのようなイメージがあります。正確には「五運六気」といいます。五運六気は、五臓六腑や三陰三陽に反映されて行きます。温病って何だろう…五運六気からひもとく をご参考に...

五運六気とは

簡単に言うと、

六気とは “天気” “天候” です。気象用語にもなっていますね。
五運とは “地気” “物候” です。この言葉は馴染みがありませんね。

五運六気という考え方が、五臓六腑という概念にも反映されて行きます。

五行は有名ですね。五行は五運・五臓に通じます。
では六気の “六” はどこから来たのか。これを無理に五行に当てはめるのではなく、そもそも古代中国人は六という数字をどのように発想したのか。この部分を考えることは六腑の “三焦” を考える上でも非常に重要です。

また、六気は六淫につながります。

木火土金水が基本になる考え方ですが、そこから火なり暑なり熱なりが、1つ余っていますね。これが温病の本質を解くカギになると思います。

初心の方には難しい内容ですが、東洋医学の根源となる考え方をたどっていくことは重要だし、この辺に面白みがあると思うので、以下に詳しく展開していきたいと思います。

読めば読むほどに、東洋医学の奥深さに触れていただけると思います。

熱・火・暑の用語について

この表について一言付け加えます。まず、《中医基础理论》の内容をよく比較してみます。

六气就是风、热(暑)、火、湿、燥、寒的简称。
《中医基础理论 >> 运气学说的基本内容》
>> 六気 (正常気候) において熱は暑と同じ意味で用いる

所谓六气,…是指风、寒、暑、湿、燥、火六种正常的自然界气候。
《中医基础理论 >> 外感病因》
>> 《外感病因》と《运气学说的基本内容》の内容は同じ。

热化少阴(君火),
《中医基础理论 >> 运气学说的基本内容》
火化少阳(相火),
《中医基础理论 >> 运气学说的基本内容》
>> 君火とは熱、相火とは火

∴熱 (暑) =君火
 火  =相火

ところが、
火具有炎热特性,旺于夏季,从春分、清明、谷雨,到立夏四个节气,
《中医基础理论 >> 外感病因》
暑为火热之邪,为夏季主气,从小满、芒种、夏至,到小暑四个节气,
《中医基础理论 >> 外感病因》
>> 六気 (正常気候) において、火は春分から立夏、暑 (熱) は小満から小暑。※主気とは六気における正常気候のこと。

少阴君火为二之气,主由春分后至小满前,相当于二月中到四月中。
《中医基础理论 >> 运气学说的基本内容》
少阳相火为三之气,主由小满后至大暑前,相当于四月中到六月中。
《中医基础理论 >> 运气学说的基本内容》
>> 君火は春分から立夏、相火は小満から小暑

中医基础理论 より引用。青字は当方による解説。

以上のように、中医基础理论の《外感病因》と《运气学说的基本内容》を見比べると、いかに熱・火・暑の用語の混乱があるかが伺えます。よって、正しく表にまとめることは不可能です。しかし…、

六气中热(暑)与火同气,故在运气学说中不言风、热(暑)、火、湿、燥、寒,而称风、寒、湿、燥、君火、相火等六气。
《中医基础理论 >> 运气学说的基本内容》

この引用に依拠すると、君火・相火が基本になります。既出の表は、その基本上に熱暑火を折衷することでイメージしやすさを主旨としています。勘案して参考にしてください。

六淫の外邪と “陽熱性”

温病にはどのような種類があるでしょう。末尾の 温病の分類 も参考にしてください。

《病邪》のところに、すべて「熱 or 火」の字がありますね。これが温病の特徴です。熱が関与する。

これを平たくいうと、

温邪とは、六淫の外邪それぞれの中に内蔵される “陽熱性” のことです。本当に陽熱性は見られるのか、ひとつひとつ見ていきます。

まず、暑邪は陽熱性があって当たり前ですね。

風邪は陽邪で、動き回る性質 (陽) があって陽熱性を秘めます。
湿邪は陰邪ですが、気温が高いほど飽和水蒸気量が多くなりますので陽熱性と親和性があります。
燥邪も熱いと乾いてきますので関連があります。

生温かい風・蒸し暑さ・乾いた暑さ (フェーン現象など) ならイメージできますね。

“風熱・暑熱・湿熱・燥熱” と表現します。
寒邪はそういう表現がありません。 “寒熱” とは言わないのです。

寒は熱との相性が悪い。しかし寒邪といえども陽熱性を内蔵しています。例えば内陥化火はよく知られています。その他にも寒邪伏蔵化火 (伏邪温病:春温) も挙げられます。寒邪は内陥すると “陽熱性” を発揮するのです。

他の六淫も同じです。風邪・暑邪・湿邪・燥邪もみなそれぞれ、内陥すると陽熱性が露わになります。内陥後の陽熱性を「火邪」といいます。

内陥前にこの陽熱性が露わになった状態を「熱邪」といいます。

火邪=熱邪と言われるのはこの部分です。

内陥前に陽熱性が露わになった六淫を、風熱・暑熱・湿熱・燥熱といいます。温病学でよく使われる言葉ですね。

温病に該当しない通常の場合は、内陥前ならば陽熱性が露わではないので、たんに風邪・暑邪・湿邪・燥邪といいます。

暑邪は常に陽熱性が露わですから、暑邪でも暑熱でもどちらで表現しても意味は変わりません。

在天爲風.在地爲木.
在天爲熱.在地爲火.
在天爲濕.在地爲土.
在天爲燥.在地爲金.
在天爲寒.在地爲水.
<素問・陰陽應象大論 05>

内陥前・内陥後というのは、この素問の文言に依拠したものです。
「在天」は天位、すなわち皮毛〜肌表の浅い病位で、
「在地」は地位、すなわち肌肉より深い病位です。
皮毛 (肺金) は天空に通じ、肌肉 (脾土) は大地に通じます。

以上がほぼ結論です。

ですがもう少し詳しく説明します。

以下、この陰陽応象大論の文言を軸にして展開することにします。というのは、素問の中ですら 熱・火・暑・温 の使い方に一貫性がないからです。何かを軸にしないと、まとめることが難しいと思います。

六気と六淫

余計ややこしくしているのは、六気と六淫の表記が同じであることです。

基本に立ち戻ります。

六気とは、風・寒・暑 (熱) ・湿・燥・火のことを言います。これは正常な気候変化を表したものです。
六淫もまた、風・寒・暑・湿・燥・火 (熱) のことを言います。これは異常な気候変化を表したものです。

中庸を得ていれば六気であり、生命を養うものです。
太過不及があれば六淫であり、生命を損なうものです。

六気としての風・寒・暑・湿・燥・火に、太過不及があれば、六淫としての風邪・寒邪・暑邪・湿邪・燥邪・火邪になります。簡単に言うと、春なのに夏みたいだったり冬みたいだったりが六淫です。

風邪・寒邪・暑邪・湿邪・燥邪・火邪と “邪” を付けていってくれれば、六淫のことを言っているんだなと分かるのですが、付けて言っていないときは、正常・異常どちらのことを言っているのか判断しなければなりません。

引っかかるのは、 “暑 (熱) ” とあったり、 “火 (熱) ” とあったりすることですね。
六気… 風・寒・暑 (熱) ・湿・燥・火
六淫… 風・寒・暑・湿・燥・火 (熱)
中医学の教科書を調べても、その明確な理由が見当たりません。

君火と相火

こんな表記があります。

君火以明.相火以位.<素問・天元紀大論 66>

“君火以明.相火以位” の君火と相火を、さきほどの
“在天爲熱.在地爲火” に当てはめると、
君火が熱で、相火が火になります。

も相も火と表現されますが、君火は熱です。すでに「火」と「熱」の言葉が入り混じって混乱しています。

君火 (太陽の光) は「明るさ」である。君火とは「君主のような火」のこと。
相火 (地面の温かさ) は「位置」である。相火とは「宰相のような火」のこと。宰相の「地位」は君主が与えます。地面の温度は君火が与えます。

素問の文言は、簡潔すぎて分かりづらいですが、要は “太陽の光 (君火) ” と “地球の温かさ (相火) ” を分けて考えるということです。地面の温度 (相火) によって空気が温められます。太陽の光だけでは温かくなりません。

実際、標高が高い山に登ると、太陽に近づいていきますが、寒くなります。これは地面から離れていくからです。太陽の光は、地面に射し込むことで地面が温まり、その輻射熱で空気が温まります。太陽光と輻射熱を、古代中国人は厳密に分けました。

たしかにそうですね。曇っていても暑い日があるし、晴れていても寒い日があります。しかし晴れていたら暑くなるし、曇っていれば涼しくなります。太陽光と輻射熱をゴッチャにしていると、この区別がつかなくなり現象を説明できません。火を2つに分けた、という部分が六気を6とした濫觴でしょう。温かいと感じる同じ現象の中に、2つの要素が混在することを見抜いていた鋭さです。

五運六気が五臓六腑につながっていったと言われます。なぜ五運五気としなかったのか。五臓六腑を理解する上でも必須です。

熱と火の字源

この時点で、 “熱” とは “明るさ” のことではないのか? という仮説が成り立ちます。これを検証します。

そもそも熱と火は、どんな意味の違いがあるのでしょう。字源から紐解いていきます。

「火」の字源は、燃える火の象形文字で、これはそのままなので省略します。

熱の字源

「熱」の字源を考えます。

熱は「埶」+「灬 = 火」です。
埶はゲイと読み、「蓺」と同義です。
蓺 =「藝」=「芸」です。園芸をイメージします。
埶は「坴」+「丮」です。
坴は「圥」+「土」です。
圥は「屮」+「六」です。
屮 =「艸」=「艹」=「草」です。
六は「∩」です。∩ の形に盛り上がる意味があります。数をかぞえるとき手でかぞえますが、五指をたたんでグーにして、一本指を突き出した形とも言われます。

埶の字源・字義

つまり坴は、 “一本突き出した草” のことです。 盛り上がった “土” すなわち畝 (うね) に、一本だけ大切に植えられた “屮” すなわち苗のことです。

丮は、図のように、人が手を差し出してものを握る象形文字です。たとえば「執」とる =「幸」+「丸」ですが、この「丸」はマルではなく「丮」です。

まとめると、「埶」は、畝の苗に人の手が上から力を注いでいる状態を示します。

「埶」+「灬」とは、上にある火 (太陽) が、下にある苗にエネルギーを注いでいる状態です。何らかの力が作用して苗を成長させるもの、その作用に火が関係するもの。

熱は「炎気」

これに近い解釈が《康煕字典》に見られます。

熱.…増韻.炎気.《康煕字典》
※増韻とは《増修互注礼部韻略》の略称。

「炎気」とは、火から放出されるエネルギー、つまり温かさのことです。温かさとは赤外線のことです。赤外線は光の一部です。おもに太陽から放出されています。太陽は巨大な火ですね。

漐の字源・字義

「漐」(チュウ) という字があります。

漐は「埶+水」です。
熱は「埶+火」です。

「漐」は、 “小雨が降り止まない様子” です。天から小雨が苗に降り注ぐ様子が、「熱」の字義を解き明かすヒントになります。「埶」には「天から降り注ぐ」というイメージがあることが伺えます。この意味でも、熱は光 (赤外線) と重なります。燦々と大地に降り注ぐ日差しです。

漐も熱も、大地に降り注ぎ、苗をそだてるのです。

傷寒論・12条の桂枝湯で、 “遍身漐漐、微似有汗者益佳” とあり、東洋医学にとっては馴染みが深い字ですね。

微似汗…ジワッとした汗◀傷寒論私見…桂枝湯〔12〕 をご参考に。

五臓六腑はなぜ五臓五腑ではないのか

面白いですね。

六気の “六” とは何かをたどっていくと、必然的に、五運 (木火土金水) のなかにはない “熱” に行き着きます。その “熱” を調べていくと、字源に また “六” が出てきました。これは偶然でしょうか。

木火土金水の “五” の中にはない、もう一つの要素が “六” (≒熱) です。しかも “六” は命の土壌である “畝” を示し、畝から突き出した「苗」を意味します。 “六” がなければ「命の芽」が生まれない。

ここに五臓六腑が、なぜ五臓五腑ではないのか… という意味が見え隠れします。六つ目の腑とは、三焦ですね。符合しました。三焦とは「大地と天空の温かさ」なのです。

熱と土。光と土壌。温かさ。命を支える根源。万物をあまねく照らす。

「熱」は熱くない

つまり「熱」とは “太陽の光” のことです。つまり赤外線に代表される「温める光線」のことです。

これは熱放射 (熱輻射) と近い概念です。物理学では、熱と温度は明確に区別されます。つまり、熱いものを「熱」というわけではない。それと同様の概念であると考えてください。古代中国人も、「熱」と「火(温度)」を明確に区別しようとしたのです。しかし、われわれが日常語で用いる「熱」という言葉は、温度の高さ (熱さ) としてイメージすることが多いので、混乱しやすくなるのですね。

これを素問は
“君火以明” 君火は明をもってす
“在天爲熱” 天にあっては熱となす
と表現したのでしょう。

温度 (熱さ) は天から降り注ぎません。光が地面に当たって、地面の温度が上がり、地面から上がってくるものです。天から降り注ぐ火 (灬) ならば、太陽の「光」しかありませせん。

「熱」のもともとの字義は、高い温度のことではなく、赤外線という光のことだったのです。

赤外線そのものに温度はありません。対象物に赤外線があたり、そのエネルギーが吸収されることによって温かさとなります。

赤外線だけでなく、厳密には可視光線もいくらか対象物の温度を上げます。しかしここでは端的に表現することを主旨として、赤外線を中心に考えることにします。光 (波) が対象物の分子を振動させることで温度は高くなります。赤外線はその仕事量が最も大きいということです。

電子レンジも分子を振動させて温めます。基本的な仕組みは同じです。電磁波はとても広い概念で、光は電磁波の一つです。波長によって名称や作用が変わります。

素問の “熱” と “火”

字源・字義から…

“熱” は君火で「太陽の光」ということになります。
“火” は相火で「大地の温かさ」ということになります。

この字源・字義を踏まえつつ、あらためて素問を見ていきます。

在天爲風.在地爲木.
在天爲熱.在地爲火.
在天爲濕.在地爲土.
在天爲燥.在地爲金.
在天爲寒.在地爲水.


在天爲氣.在地成形.
形氣相感.而化生萬物矣.
<素問・天元紀大論 66>

“在天爲氣.在地成形” という素問の文言は、
・天では “気” (実体のないもの=実用) であり、
・地では “形” (実体のあるもの) である
という意味です。
つまり、 “熱” は実体のないもの、 “火” は実体のあるもの、と考えられます。

“在天爲熱.在地爲火” から考えると、 “熱” は気 (実体のないもの) であり、太陽 (実体) そのものではなく、太陽が作用するところのもの (実用) であることが言えます。そして、素問で言う熱は “天” のものであり君火ですから、温度というものを持ちません。

つまりここでも、素問で述べている “熱” とは「光」であるということが言えます。

種苗の成長の原因となる「光」です。
温度の上昇の原因となる「光」です。

ただし、光そのものは温度をもたない。地面などの物体にあたって初めて温かさになります。

“火” は実体のあるもので、太陽そのもの、炎そのもの、温度そのものです。
火は、光となって移動するのです。火のままでは移動できません。
太陽は光となって移動するのです。太陽のままでは移動できません。光を放って地球に移動して「地上の火」となるのです。

たとえば太陽は実体を持った火です。手で触ればおそらく熱い。
太陽から日光が地球に届く。地球も昼半球は輝き温まります。光となって火が移動したのです。じっさい、ローソクの火が地球で燃えている。太陽の光がとどかない極寒の世界では、ローソクに火は灯りません。

光線 (素問の熱) は物質を温めて温度 (素問の火) を生じ、
温度 (素問の火) は光線 (素問の熱) を生み出して移動する。

温度をもつ物質は、かならず光線 (赤外線) を放っています。赤外線サーモグラフィーで見ると人体も光線を放っています。太陽はもっとも多くの光線を放っています。

太陽の光線が大地にとどくと、大地が温まります。大地が温まると、こんどは大地が赤外線を放ちます。この赤外線は空気中に存在する様々な粒子 (二酸化炭素・水蒸気など) を温める性質が強く、よって空気が温まります。

ここまでさかのぼらないと、ぼくには六淫と温病の関係が理解できません。

君火と相火は相対的

ローソクの灯火は地上のものです。太陽が君火なら、灯火は相火です。
このローソクの火に手をかざした時、手がポッと温かくなります。このときは、ロウソクが君火で、手に感じられる温かさは相火です。

焚き火で顔が熱くなるのも相火です。焚き火そのものは君火です。

これが正確なところです。

つまりロウソクの灯火は、素問で言う “火” になったり “熱” になったりしています。何と比較するによって、どういう陰陽の場で語るかによって、表現される言葉が変わります。

この相対的な見方は、陰陽です。

陰陽だからこそ有用だし、一見ややこしいのです。とくに、素問の “火” や “熱” という表現が、現代口語とは大きく違うし、物理学用語とも微妙に違う。そこが余計ややこしくしていると思います。

「光線」と「温度」

しかし本ページでは、表現をできるだけ誤解のない形に統一したいと思います。その際、混乱を避けるために “火” と “熱” の文字は、できるだけ使わず、以下の表記を基本にします。

素問の “熱” ≫≫≫ ここでは「光線」と表記。 (実体のないもの・温度がないもの)
素問の “火” ≫≫≫ ここでは「温度」と表記。 (実体のあるもの・温度があるもの)

  • 「光線」は赤外線とも置き換えて読んでください。温度がなく、気温と無関係です。赤外線は電磁波の一種で、それ自身は「温度)」のエネルギーではなく、ある波長を特つ「光」のエネルギーです。
  • 「温度」は熱源とも置き換えて読んでください。熱源そのものです。炎・輻射熱・気温です。気温が高ければ空気自体も熱源です。太陽も熱源です。温度があります。

もう一度、天元紀大論を見てみます。

君火以明.相火以位.<素問・天元紀大論 66>

“明” は光です。神明です。
“位” は光の届いた位置です。

本当に正しいのはこの表現なのですが、文が混乱するので採用しません。陰陽をイメージしながら読みすすめると、意図するところが正しく伝わると思います。

暑・熱・火

六気の暑・熱・火

六気において、
風・寒・暑 (熱) ・湿・燥・火
の、暑 (熱) と火はどう違うのでしょうか。

  • 暑 (熱) …
    光線。君火。日差し。初夏。真上から照らす太陽光線。
  • 火…  
    温度。相火。地温。盛夏。太陽光線に陰りは出るが、蓄えた地温で最も暑い。

六淫の暑・熱・火

六淫において
風・寒・暑・湿・燥・火 (熱)
の、暑と火 (熱) はどう違うのでしょうか。

  • 暑…  
    暑邪。暑すぎる夏。空気そのものが熱源。内陥前の暑熱の邪。
  • 火 (熱) …
    内陥前の熱邪.& 内陥後の火邪。六淫すべてに内蔵される陽熱性。
    • 内陥前は「光線」なので、通常は「温度」がない。
    • 内陥後は「温度」を生じるのでハッキリとした熱さが出る。

熱邪は、冒頭に述べた『六淫の外邪それぞれの中に内蔵される “陽熱性”』です。すなわち、風邪・寒邪・暑邪・湿邪・燥邪にそれぞれ内蔵される陽熱性が、いまだ内陥する前の状態です。これは君火です。「光線」です。「光線」は、風寒暑湿燥の中に差し込んで入っていきますので、六淫すべてに光線が宿ると言えます。

火邪は、「光線」がなにか物質にあたってそこが温まったものです。当たった部分が「温度」を生じます。

暑邪は、夏の異常気象で、度を越した暑さです。内陥前から「光線」と「温度」の両方を持っていると言えるでしょう。まぶしいだけでなく、すでに熱いのですから…。 “暑多挟湿”《中医基礎理論》 と言われるように、暑邪はそのなかに湿気を保持することが多くなります。気温が高いと飽和水蒸気量が大きくなるというのは中学理科で学びましたね。水蒸気はその中に、太陽から放射された赤外線などの光線や、地球から放射された赤外線を吸収して熱くなり、暑邪をより強くします。

地球温暖化と赤外線の動き

光線と温度の関係を理解する一助となるので、地球温暖化の仕組みについて説明します。

太陽から下向きに降り注ぐ太陽放射 (赤外線ふくむ) は、地表 (海面ふくむ) にあたってそれらを温めます。
すると地表はそれを吸収し、地表の温度が上がって、地表から赤外線が上向きに大気に向かって放射されます (地球放射) 。

その上向きの赤外線は、大気中の雲・水蒸気・エーロゾル (火山灰などの塵) ・二酸化炭素・メタンなどの粒子にあたってそれらを温めます。
するとそれら粒子の温度が上がって、粒子から赤外線があらゆる方向に放出され、地表を再び温めます。こうして地球の温かさは保たれます。

通常、太陽から地球への下向きの太陽放射 (赤外線ふくむ) は、雲・地表・海面など当たると、そこで反射するものと吸収するものとに別れます。反射したものはそのまま宇宙空間に放散します。だから宇宙から地球が輝いて見えるのですね。反射せず吸収した分は、地球の温かさとなります。

水蒸気 (雲) ・エーロゾルなどの粒子では、反射するエネルギーの割合が大きく、たくさん宇宙空間に放散してしまうので、これらの粒子では温暖化にはなりません。地球が雲や火山灰の粉塵で完全に覆われてしまうと、逆に地球は冷えてしまうということです。

ところが、いわゆる温室効果ガス (二酸化炭素CO2・メタンCH4など) は、下向きの赤外線は反射せずそのまま透過し、上向きの赤外線を吸収しやすい性質があると言われています。これが地球温暖化を進めると考えられています。

太陽の「光線」、地表から発せられる赤外線、それらが行き交う環境の中に存在する、風・寒・湿・暑・燥として、陽熱性 (光線) が内蔵されるのは当たり前のことと言えます。

皮毛は大気に相当し、肌肉は大地に相当します。よって皮毛に「光線」が当たったところで熱くはなりません。肌肉に当たった時、はじめて熱くなります。ですから、普通は風邪・寒邪・湿邪・燥邪は皮毛の段階では化火しません。

暑邪のみは皮毛に入る前から熱邪と火邪 (光線と温度) を持ち合わせているので、衛分証はわずかの時間ですぐに気分証になります。

春温では寒邪が潜伏して、春に化火して発病となりますが、潜伏した寒邪の中に「光線」があり、その「光線」が肌肉に注いでいて、但し冬の間は冷たく、それが「温度」を生じるのが春の暖かさが出た頃である。そう考えると非常に納得できるものがあります。

六淫から温邪へ

まとめると以下のようになります。

天にある陽熱とは君火 (それ自体は気温をもたない太陽光) であり、これを熱という。熱が過度となれば熱邪という。また、これが内陥せず表 (生命の天空に相当) にある段階も熱邪と表現する。

地にある陽熱とは相火 (太陽光を受け止めた地温から生じた気温) であり、これを火という。火が過度となれば火邪という。熱邪が内陥して裏 (生命の大地に相当) にある段階も火邪と表現する。

このうち風邪・湿邪・燥邪は、これらはすべて内陥前 (天空) から「温度」を持つことがある。風熱・湿熱・燥熱である。これが温病の特殊性である。

暑邪は内陥前 (天空) から、必ず「温度」を持つ。
寒邪は内陥後 (大地) のみ、「温度」を持つことがある。温病では寒邪が原因となる春温 (伏邪温病) がこれに該当する。

風邪・湿邪・暑邪・燥邪・寒邪、そして温邪 (風熱・湿熱・暑熱・燥熱) 、すべて内陥後 (地) は火邪に変化 (化火) する。※寒邪直中は除く。

このうち風邪・寒邪・湿邪・燥邪、これらはすべて内陥前 (天空) は、必ずしも「温度」を持たない。暑邪は内陥前から陽熱性を持っている。

暑 (熱) ・火 (熱) の表記について

専門書をみると、

六気は、風・寒・暑 (熱) ・湿・燥・火
六淫は、風・寒・暑・湿・燥・火 (熱)

と表記されることがあります。まず前提として忘れてはならないのは、六気は春・夏・長夏・秋・冬の正常な気候変動を示したものです。六淫はそれらその変動が異常である状態を示します。

それをふまえ、本ブログの見解を述べます。

六気での表記

風・寒・暑 (熱) ・湿・燥・火

六気では、暑は「光線」も「温度」も両方備えているので、暑 (熱) でも、暑 (火) でもどちらでもいいと言えます。しかし、君火 (熱=光線) と相火 (火=温度) を分けないと六気になりませんので、暑 (熱・火) ではだめです。

熱は「光線」で初夏を示し、火は「温度」で盛夏を示します。日本では初夏→梅雨→盛夏と来ます。ですから梅雨は「光線」で初夏に劣り、「温度」で盛夏に劣ります。

五運六気って何だろう より転載

そう考えると、風・寒・熱 (暑) ・湿・燥・火 (暑) とした方が分かりやすいと思います。

六淫での表記

風・寒・暑・湿・燥・火 (熱)

六淫では、火邪 (熱邪) は、風邪・寒邪・暑邪・湿邪・燥邪それぞれが持つ、過度の陽熱性を示したものです。

人体外部環境では、
熱邪は強すぎる「光線」のことです。春夏秋冬いずれの季節でもありえます。
火邪は高すぎる「温度」のことです。春夏秋冬いずれの季節でもありえます。

人体内部環境では、
内陥前は熱邪 (天空 ; 皮毛の光線) と言います。人体にとって「光線」が強すぎる。
内陥後は火邪 (地表 ; 肌肉の温度) と言います。人体にとって「温度」が高すぎる。

暑邪とは “暑すぎる夏” のことですので、「夏限定の熱邪・火邪」と言えます。熱邪・火邪は夏もふくめて一年中ありえるものですが、暑邪は夏だけです。ですから六淫の場合は、風・寒・暑・湿・燥・火 (熱) という分類のままで分かりやすい表記になっていると思います。

もしくは、この場合の “火” は君火 (熱) と相火 (火) のことですから、単に、
風・寒・暑・湿・燥・火 と言ってもいいと思います。

温邪とは

さて、いよいよ温病とは何か、という本題に切り込みます。

温病の分類

簡単な温病の分類です。これまでの展開を踏まえると、かなり見やすくなるのではないでしょうか。

  • 温病 (狭義)
    1. 風温…風熱の邪。四季を通じて発症。春と冬が多い。冬の風温を “冬温” ともいう。
    2. 春温…伏邪温病。冬に寒邪に犯され内陥潜伏し、春に化火して発症する。
    3. 暑温…暑熱の邪 (夏至以降) に侵されたもの。病の悪化変遷が早い。
    4. 秋燥…燥熱の邪。日本は湿潤気候なのであまり見られない。
    5. 湿温…湿熱の邪。雨季に発症。軽症は衛分を犯す。重症は膜原を犯す。
    6. 伏暑…伏邪温病。夏に暑邪 (暑湿の邪) に犯され内陥潜伏し、秋冬に発症する。
  • 温疫
    1. 温熱疫…温熱癘気の邪。四季を通じて発症するが春が多い。初期から気分証が即見される。楊栗山 “虽有表証,実無表邪.”
    2. 暑熱疫…暑熱癘気の邪。干ばつ猛暑で多発。驚くほど早い展開で、激しい表裏内外にまたがる症状。悪寒・体痛・高熱・出血など。
    3. 湿熱疫…湿熱癘気の邪。夏の暑湿多雨で発症する。特に強烈な伝染性を持ち、凶暴険呑。膜原に潜伏する。白厚膩苔、重度のもの積粉苔が見られる。

風温は、風熱のことです。風邪にもともと「光線」が入り込んでおり、その光が皮毛 (衛分) に当たった瞬間にやや「温度」を生じて表熱証を呈するものです。四季を通じて見られますが、春季に多発します。

春温は、寒邪のなかの「光線」が、肌肉 (気分) に当たって「温度」 (化火) を生じたものです。ただし、その「温度」は、は春の温暖さの中で初めて発動します。火邪による病変と言えます。

暑温は、暑熱といえば整合性が取れるでしょうか。暑邪はすでに「温度」を持っており、暑邪のなかにそそぐ強い「光」とあいまって、それらが皮毛 (衛分) に当たった瞬間に「熱源」となり、瞬時に肌肉 (気分) まで熱源にしてしまいます。内陥するのが早いんですね。夏季に見られる温病です。

秋燥は、燥熱といえば整合性が取れるでしょうか。燥邪にもともと「光線」が入り込んでおり、その光が皮毛 (衛分) に当たった瞬間にやや「温度」を生じて表熱証を呈するものです。秋季に見られる温病です。

湿温は、湿熱といえば整合性が取れるでしょうか。湿邪にもともと「光線」が入り込んでおり、その光が皮毛 (衛分) に当たった瞬間にやや「温度」を生じて表熱証を呈するものです。雨季に見られる温病です。

伏暑は、暑邪という「光線」「温度」が膜原に当たって、それが秋・冬になるまで潜伏したものです (<通俗傷寒論>兪根初) 。暑邪は湿邪をはさみますので暑湿ともいわれます。火邪と湿邪による病変と言えます。霜降前と霜降後では霜降後のほうが重症です。

温熱疫は、四季を通じて見られる疫病で、春期に多発します。温熱 (時風よりも強い光線) に強い感染力が加わります。
暑熱疫は、疫病で夏季に流行します。暑熱に強い感染力が加わります。
湿熱疫は、疫病で夏季や雨季に流行します。湿熱に強い感染力が加わります。

温邪 = 熱邪 + 火邪

上記から、

「温」と「熱」(=光線) が同じ意味で用いられていることが分かります。
「温」と「火」(=温度) が同じ意味で用いられていることが分かります。

たとえば、
風寒は、風邪+寒邪 です。
風湿は、風邪+湿邪 です。
寒湿は、風邪+寒邪+湿邪 です。

これと同じように、

風熱は、風邪+温邪 です。
暑熱は、風邪+暑邪 (六気の暑+温邪)  です。
湿熱は、風邪+湿邪+温邪 です。
燥熱は、風邪+燥邪+温邪 です。

風邪が必ず伴うのは、そもそも気候変動には風が伴い、風邪が先陣を切って体に風穴をあけ、他の六淫はそれに従って侵入するからです。≫風邪とは

また、暑邪だけは温邪の必要条件を満たしています。

風邪・寒邪・暑邪・湿邪・燥邪・熱邪 は、内陥すると火邪に変わります。※寒邪直中は除く。
しかし例えば、風邪や寒邪が火邪に変わるわけではなく、
風邪や寒邪に内蔵される「過度の光線 (熱邪) 」が「土 (肌肉) 」を射照らし、火邪 (過度の温度) に変わったものです。

つまり、内陥して火邪に変わるのは、熱邪のみであるということです。

風邪や寒邪に内蔵される熱邪 (光線) は、ほとんどの場合皮毛では「温度」を持ちません。
だから風邪+熱邪、あるいは寒邪+熱邪とは言わない。熱邪はあるが言わない。単に風邪・寒邪というのです。

風邪+熱邪、すなわち風熱という表現をするときは、
皮毛 (内陥前) の段階からすでに「温度 (火邪) 」をもつ場合です。しかし内陥前なので “熱邪” と言いたいのです。

この温度は、太陽光が大地に当たって生まれた「温度」がもうすでに高い、つまり
温度の高すぎる冬、
温度の高すぎる春、
温度の高すぎる初夏、
温度の高すぎる梅雨、
温度の高すぎる盛夏、
温度の高すぎる秋、
そのような環境でうまれた「温度 (火邪) 」が、すでに風暑湿燥の邪にまじり込んでいたからであると考えられす。これが温病です。

つまり温邪とは、内陥前に「熱邪+火邪」の状態にある邪気であると言えます。

たとえば風熱とは、風邪+熱邪+火邪 のことであると言えます。
これが内陥すると、火邪 (もと風邪+熱邪) +火邪 となります。 

ただし、寒邪 (過度の寒さ) のみは「過度の温度 (火邪) 」を相殺するので、皮毛の段階から火邪 (温度) をもつことはありません。「過度の光線 (熱邪) 」をもつことはあり、これが春温です。光線が地下に射し込むことはありえないことで、春温は、それだけ脾土が冬に希薄になっていたということが言えます。

まとめ

ここまで、ややこしく感じられたのは当たり前です。陰陽だからです。

その陰陽の使い方がわかると、臨機応変に分析ができます。名前の由来も、なるほどと分かります。

温病は季節に応じた病です。
温病は「光線」と「温度」を主とした病です。

六気とは地球や人体を育む四季の循環です。
六淫とは地球や人体に悪影響を及ぼした六気のことです。
地球を土と見る。
人体を土と見る。
何を土と見るかによって六気・六淫の影響の及ぼし方が変わり、表現の仕方も変わります。
しかし、その異なる表現の仕方を、しばしば同じ言葉で表現しているのは、根底となる概念が同じだからです。

君火と相火。熱と火。光線と温度。

概念が異なるのは、この2つのみと言っても過言ではないでしょう。

君火と相火は陰陽です。

古代中国人は、まず物候から木火土金水を見出し、気候から火のなかに君火 (熱) と相火 (火) があることを見出したのでしょう。そして、考えれば考えるほどに、君火 (日光) と相火 (気温) は別のものであると認識を深めた。そして相火は、昼夜を問わず存在する。木火土金水すべてに、生命のいたるところに、肉体のあらゆる組織に、常に行き渡り遍満している。

温かさと命。

五運六気・五臓六腑の概念は、このようにして作られたのでしょうか。

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