赤ちゃんの便秘

生後5ヶ月。女の子。

✕✕年1月5日初診。

初診 1/5

10日間、便通がない。生後まもなくから、こういうことがよくある。そのたびに綿棒で浣腸する。

他の機関では、「この子のペースなので心配ない」と指導された。

本人は機嫌よし。

表証がある。咳を少ししている。よく咳をするとのこと。
≫赤ちゃんの表証は望診で診断する。表寒が皮膚に張り付くと、気滞が起こってもともとの症状 (便秘) が派手になる。まずはこれを取る必要がある。おそらく表証がなくなれば便通がつくはず。

左脾兪に金製古代鍼で補法。左合谷に金製古代鍼で瀉法。子供の場合、鍼は刺さない。かざすのみである。

表証が消えるのを望診で確認し、治療を終える。

2診 1/8

便が出ないので綿棒で出した。

咳が少し。表証はない。
≫表証が取れたら便通がつくはずだが、おかしい。なぜだろう。

左脾兪に金製古代鍼で補法。左二間に銀製古代鍼で瀉法。

3診 1/10

大便は出ていない。

咳が少し。表証なし。

表証がとれているのに便通がつかないのはどう考えてもおかしい。そこで、もう一度詳しく問診し直す。その結果、1/6 (初診の翌日) から、離乳食を始めたという情報を得る。これを禁止し、母乳にもどす。
≫表証がとれたのに便秘が治らない、ということは、この便秘や咳は内傷病である。内傷の咳といえば、気逆がまず浮かぶが、便秘の原因はおそらくそこだろう。気が上っていると下るべき便が下らない。体調の整わないこういう状況で離乳食に変えるのは非常にリスクがある。離乳食により脾虚を悪化させ、胃の下行作用、すなわち口から肛門に向けて飲食物が下降する作用が弱った。脾が弱ると相対的に肝気が強くなり、肝気上逆が起こった。表証という大きな原因がなくなったが、離乳食という大きな原因が加わった。だから良くなってこない、と推定した。

便秘…東洋医学から見た6つの原因と治療法
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中脘に金製古代鍼で補法。

4診 1/11

離乳食を止めた。その翌朝つまり今朝、自然に排便。普通量。
≫やはり離乳食が原因だったことが推定できる。

自然排便はいつぶりか分からないほどである。

表証なし。

左脾兪に金製古代鍼で補法。左二間に銀製古代鍼で瀉法。

5診 1/15

1月11以降、5日間続けて排便がある。

赤茶色の皮膚が薄ピンクになる。
≫この数日で、赤ちゃん特有のきれいな色に大きく変化する。地黒かな? とも思っていたが、やはり異常だった。

左脾兪に金製古代鍼で補法。左二間に銀製古代鍼で瀉法。

6診以降

週に2回の治療を継続する。便通は毎日出ていたり、2・3日空いたりする。2・3日空いたのちは大量に出る。

表証はたまに見られる。そのたびに除去する。

8診目 (1/21) までに、多かったヨダレが少なくなる。
≫脾虚の改善を示す。

19診 (3/5) までに、咳をしなくなった。
≫表証と気逆が起こらなくなったことを示す。

23診 (3/25) から、離乳食を再開する。

26診 (4/4) 以降、ほぼ毎日排便があり、略治とする。

考察

赤ちゃんの場合、オムツだけになってもらって治療するが、本症例の赤ちゃんは、肌の色が赤茶色というか赤黒いというか、そういう色をしていた。

きれいな薄ビンクになってから気づいたのだが、そういえば同じ色をしていた患者さんがいた。腎不全で透析寸前の若い男性の患者さんである。それ以来、この独特な色に注意するようになった。

とにかく、色がきれいになって、僕のほうがスッキリした感がある。

初診の翌日に離乳食を始めた、と聞いた時は驚いた。体調の悪い時にハードルを上げるのは良くない。まわりの子が離乳食を始めていて、それであせるのだという。

当該患者の母親は、もともとパニック障害だった。その当時、当院でその治療をした。妊娠願望は強かったが、脈診で調べると、妊娠は ✕ とのことだったため、避妊なしの性交渉は控えるように言ったが妊娠してしまい、なのですぐに流産した。こんなことが続けば体に負担になると説明すると、それからは妊娠しないよう気をつけながら治療に通い、パニック障害はほとんど影を潜めた。同時進行で妊娠してよいタイミングを常に脈診で確認していて、ゴーサインが出てから妊娠・出産となった。

脈診で “体の声” を聞く
藤本蓮風先生の御尊父、藤本和風先生。その患者さんが、かつて近所におられた。その方いわく、「ピーナッツが好きでね、でも和風先生は脈を診て、” ピーナッツは一日〇〇個までやで ”っておっしゃるんです。」僕が鍼灸学校に通っていたころだった。

母親の初診当時は、出産・育児は難しいと思われたが、数年かけて回復し、立派なお母さんになった。だが、少し気にしすぎるところはあって、それが離乳食の形で出たと思う。

離乳食には “この子のペース” があって、それはまだ早かったのである。

以上のような経過があり、治療で持ち上げて、なんとかこぎつけた出産だった。赤ちゃんはもともと弱いのである。だから小さいうちは治療も必要で大切に育てる必要がある。野菜の “苗” と同じだ。苗はひ弱で敏感であるが、これから成長する強くたくましいポテンシャルがある。最初は水を切らさぬよう、肥料を与え過ぎぬよう、細心の注意が必要である。でも成長しさえすれば、少々うっかりしたところで、たくましく成長する。

もともと弱い、つまり先天の気の不足 (禀賦不足) がある。下 (下焦・腎) がもともと弱いので、上 ( 上焦) に気が上りやすい。上に気が上ると、下るべき便通が下らなくなる。また上に気が上る、あるいは表証があると咳が出やすい。上と下との継ぎ目である中 (中焦・脾) も弱くなり、離乳食でエラーが出たのだろう。脾と腎は気や陽の根源なので、防御作用も弱くなり表証になりやすい。ヨダレが少なくなったのは脾 (後天の気) が回復してきた証しでもある。脾 (後天の気) が回復すれば、腎 (先天の気) は勝手に強くなってくる。

治療に3ヶ月も要したのはこういう理由があるからである。

母親にとって馴染みのある当院で再び、今度はこどもを診てもらう。そういう安心感が “上がった気” 上を下に下げ、そしてそれは、我が子の便通を下に下にと降ろす後押しになったことは、言うまでもないだろう。

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