気虚 (動けない) と血虚 (燃料がない) が、両方存在する証です。車で言えば、スピードが気で、ガソリンが血です。スピードが出ない上にガソリンも少ない状態です。かなり重篤ですね。気血とは、命そのものをイメージします。
症状
以下の「気虚の症状」「血虚の症状」が混在したものが気血両虚証です。
気虚の症状
- 神疲乏力… 元気に乏しく疲れて力が出ない。
- 呼吸気短… 動くとすぐにハアハアし、息が浅く途絶えそうである。
血虚の症状
- 頭暈眼花… めまいやクラクラ、目がチカチカする。
- 心悸失眠… 動悸や不眠がある。
- 面色蒼白無華… 顔色が蒼白で、精彩がない。
- 手足麻木… 手足が痺れたり感覚がなかったりする。
- 指甲色淡… 爪に血色がない。
- 月経量少・色淡質稀・血崩漏下… 月経量が少なく、経血色が薄く水っぽい。月経量あるいは不正出血量が過多。
舌・脈
- 舌淡而嫩… 淡白舌。胖嫩。
- 脈細弱無力…細にして弱脈、無力。
原因
気と血は、脾 (気血生化の源) が生み出します。脾が弱るから気血が弱るのです。では何が脾をそんなに弱らせる原因となったのか。それが本証の根本原因になります。
- 飲食労倦内傷… 飲食不摂生・労倦 (過労) による内傷によって脾を傷 (やぶ) り、気血を生成できず気血両虚となる。
- 久病不癒… 病気が長引くと気を消耗し血を弱らせ気血両虚となる。
- 失血耗気… 多量の出血があると、血が弱くなる。気は血を燃料にして生成されるので、気を生み出せず気血両虚となる。
▶︎関連病証
気血両虚は、以下の病証中に見られます。
虚労 (慢性疲労) ①
【症状】
- 神疲乏力・気短自汗・納穀減少・頭暈心悸・形痩。
- 淡白舌薄苔・細にして軟。
【原因】後天失調・久病失養→脾胃損傷→気血生化之源不足
…飲食労倦や久病などにより脾胃を損ない、気血を生み出せなくなる。
【治法】調理脾胃・気血双補。八珍湯。
▶八珍湯
人参、白朮、白茯苓、当帰、川芎、白芍薬、熟地黄、甘草。
虚労②
【症状】形痩神疲・気短心悸・易於感冒。あるいは肢痛麻木。
【原因】気血不足→腠理不密→外邪侵襲
…衛気営血不足により、腠理を守ることができず、虚に乗じて外邪が侵襲する。
【治法】扶正祛邪。蕷薯丸。
虚勞諸不足.風氣百疾.薯蕷丸主之.《金匱要略》
▶薯蕷丸
薯蕷.当帰.桂枝.麯.乾地黄.豆黄卷.甘草.人参.芎藭.芍薬.白朮.麦門冬.杏仁.柴胡.桔梗.茯苓.阿膠.乾姜.白歛.防風.大棗.
眩暈
【症状】
- 頭暈目眩・稍労倦則過劇・顔面蒼白・口唇指甲無華・神疲乏力・夜寝多夢・納呆便溏。
- 淡白舌・細脈。
【原因】思慮過渡・脾胃素虚→気血が頭目を上栄できない→脳失所養。
【治法】補養気血・健運中土。帰脾湯あるいは補中益気湯。
▶帰脾湯
白朮、茯神、黄耆、竜眼肉、酸棗仁,各一両(各18g)
人参、木香,各半両(各9g)
炙甘草,二銭半(6g);当帰一銭(3g);遠志一銭(3g)。(当帰、遠志は《内科摘要》から補入)
心悸怔忡 (動悸)
【症状】
- 心悸怔忡・健忘失眠・神疲倦怠・納食不思。
- 淡白舌・細脈。
【原因】憂愁思慮→労傷心脾→気血耗損→血不養心。
【治法】気血双補・心脾同治。帰脾湯加朱砂・龍歯など。
失眠 (不眠)
【症状】
- 多夢易醒・失眠・心悸・頭脹健忘・神疲乏力・面色少華。
- 淡白舌・薄苔・細にして弱脈。
【原因】思慮傷脾→脾血虧損→経年不寐。
【治法】益気生血・寧心定志。帰脾湯あるいは養心湯。
▶帰脾湯は前出。
▶養心湯
黄芪(炙)、白茯苓、茯神、半夏曲、当归、川芎各半两(15g),远志(取肉,姜汁淹焙)、辣桂、柏子仁、酸枣仁(浸,去皮,隔纸炒香)、北五味子、人参各一分(8g),甘草(炙)四钱(12g)。 [5]
痿病 (筋萎縮性側索硬化症などの筋力低下)
【症状】
- 肢体痿軟無力・肌肉痩削・食欲減少・神疲乏力。あるいは頭暈眼花・身重口苦。
- 淡紅舌・薄黄膩苔。細にして弦脈。
【原因】
邪熱が気津 (脾気・胃気・脾陰・胃津) を耗傷→
- → 陽明 (気血生化) が崩壊→水穀精微が宗筋 (骨を束ね関節を利する) や四傍を潤せない
- → 脾胃虚弱→肝の蔵血不足→肝血不足→肝が筋脈を濡養できない
→→→ 痿病
【治法】補中益気・養血柔肝。補中益気湯あるいは加減四物湯。
便血【血証】
【症状】
- 大便黒如柏油 (タール状の大便) ・胃脘脹満不舒・頭暈神疲・面色蒼白
- 淡白舌。細脈。
【原因】脾胃虚損→脾不統血・気不摂血→血溢於内
【治法】益気摂血。帰脾湯。
婦人科
【症状】
- 月経不調
月経量が少ない (周期の長短は問わない) 。血の色が淡い・希薄。納呆。面色蒼白。
- 閉経…
- 原発性閉経…18歳になっても初潮が来ない。
- 継発性閉経…月経が中断停止して6ヶ月以上経過する。
毎月の月経量が少なく色淡く希薄でやがて月経中断となる。痩せを伴い、面色萎黄。
※注;ここでいう「閉経」は中医学用語であり、日本語の「閉経」 (更年期以降の月経停止) よりも意味する範囲が広い。
- 崩漏… 月経期間以外で不正出血がある。
- 「崩」…大量出血。 >> 大量出血は熱実の特徴である。気血両虚証には存在しない。
- 「漏」…連日ダラダラ少量ずつ出血。漏下ともいう。
経水不浄・色淡・質希薄・面色白にして浮。
- 胎漏… 妊娠中の子宮出血。
妊娠少腹下堕・陰道少量出血・色淡紅・質希薄・面色蒼白。
- 缺乳… 産後、母乳が出ない ・少ない。
乳汁少淡・質清稀あるいは無乳汁・乳房不脹にして柔軟・面色蒼白。
【原因】気不生血あるいは気不摂血→少・淡・稀・白といった性状・色彩上の特徴をもった各種症状が出現。
疔瘡チョウソウ (おでき)
【症状】
- 腫れるが潰れない。
- 病勢は緩慢、病程は長い。
- 形状は平塌 (フラットで高くない)
- 芯はまとまっておらず散らばる
- 痛みはなく麻木 (感覚がない)
- 膿はサラッとしている
- 表面は光沢がなく黒っぽい
- 破れた傷口があればなかなか塞がない
小児科
【症状】小児疳積・五遅・五軟が常見される。成長発育緩慢・飲食呆滞・形体消瘦・面色萎黄・智力遅鈍・髪少唇淡・肢軟無力・哭声低微。
- 小児疳積 (疳疾)
【主要症状】形体消瘦・不食欲・面黄・体黄・髪枯・精神萎靡・煩躁不安
【その他症状】腮縮・鼻乾 (鼻腔乾燥) ・唇白・瞼爛・脊耸 (背骨が露見) ・咬甲斗牙 (爪や手を噛む) ・嗜异 (異食症) ・腹部膨隆 - 五遅… 立遅・行遅・髪遅・歯遅・語遅
- 五軟… 頭項軟・口軟・手軟・足軟・肌肉軟
【原因】小児の体は嬌嫩 (新芽のように弱々しい) であり、気血はいまだ充実しておらず、経脈も盛んではない。もし後天的に脾胃に対する養生ができなければ、脾胃を傷 (やぶ) り気血不足となり、あらゆる症状が癒えづらくなる。
【治法】気血双補。健運脾胃。節制飲食に留意し、脾胃の生成化育を助ける。
▶︎特徴
本証の主要病変は脾胃にある。気血は相互に助け合う関係にあることから、資生シショウ的 (生命維持のために不可欠) である。ゆえに本証は、気虚が長引くことにより、血虚を併発する。また、出血過多によって気虚を併発する。
気は陽に属し、血は陰に属する。よって気血両虚は陰陽両虚に進展してしまうことがあり、これは同時に脾病が腎病にまで波及したということである。
患者の体質によって病気の変遷には違いがある。本証は進展過程において寒や熱への転化がある。
本証が熱化する場合、血虚が傷陰にまで進展し、陰虚火旺となる。すでに気虚は存在するので、この状態を気陰両虚という。たとえば心脾気血両虚による「心悸」があったとして、その病変過程においては心脾気陰両虚へと進展する。
本証が寒化する場合、気虚が傷陽にまで進展する。この状態を脾腎両虚という。たとえば脾胃気血両虚の「浮腫」があったとして、その病変過程においては脾腎両虚へと進展する。
▶注意点
本証が出現すると、だんだん病気への抵抗力がなくなり、外邪を感受しやすくなったり、痰湿・食積・瘀血などの病邪を生んだりし、虚実錯雑の証を形成する。よって弁証の際には兼夾症の有無に留意することが重要となる。
本証に以上のような実邪が新たに出現した時は、「急則治標」の原則に従い、まず標である実邪を除き、のちにその本である気血両虚を補う。つまり扶正と祛邪、この2つを勘案することを怠り、扶正のみに執着することがあれば、「閉門留寇」の弊をもたらす恐れがある。
※閉門留寇…中医用語。門を閉じて賊を閉じ込めること。すなわち、虚証において病邪も存在する場合、補法を行うと虚は補われるのだが、それは門戸を閉める結果ともなり、病邪を体内に閉じ込めてしまい、駆逐する機会を逃すことになる。攻と補を同時に用いるべきであり、虚実錯雑に補法のみを行うことの弊害をしめす成語である。
▶︎考察
気虚の特徴は “面色皓白” です。、血虚の特徴は “面色蒼白無華” です。共通点は、顔色が白いということ、相違点は、皓白 (光沢あり) と無華 (光沢なし) です。
つまり、気虚と血虚が同時に存在しても、顔色が白いというのは変わりません。ただし、気虚と血虚が同時に存在すると、気虚だけ (血は弱っていない) なら保っていた光沢が消えます。血虚があるということは皮膚を血が潤せていないということになるので、光沢なしです。
しかし実際の診察となると、かなり高度な鑑識眼が必要となり、こういう記載が気虚と血虚の分別をややこしくしています。
一方、気と血がどのように関わるかという問題提起として捉えると、非常に言い得た表現とも癒えます。それほど気虚と血虚は鑑別しにくい。なぜなら気と血は常に同時に存在するものだからです。気と血は夫婦のようなもので、どんな状況でもつねに影響し合っています。
- 慢性の気虚はかならず血虚を伴います。これは気血両虚です。
- 急性の気虚は血虚を伴うとは限りません。これは気血両虚とは言えません。
- 血虚は気虚を伴うとは限りません。血虚だけなら皮膚などの「色」に出るだけで、つらさ (気の異変) は存在しません。ただし、それでは病態として認識しにくいので、多少の気虚の症状を付け加えています。純粋な血虚 (気虚がない) を診断できることが大切で、それは “無証可弁” (証候や症状なしで弁証を可能にすること ) になります。初期ガン、あるいは脳梗塞の前段階など、無証可弁が必要となります。症状がないからです。
- 血虚がもともとあって、それをベースに急性に気虚がでたものは気血両虚です。こういうものは、インターバルをおいて度々気虚を起こしやすくなります。その後、慢性的に気虚を起こすことになります。
気虚には急性の気虚もあり、血虚にも急性の血虚もあります。しかし気血両虚は慢性のみですので、必然的に重篤なもの (改善に時間がかかるもの) となります。
〇
もっと噛み砕いてお話しましょう。
車で言えば、気はスピードで、血はガソリンです。ガス欠を起こしそうになれば、エンプティーランプが点灯するので無茶な運転は控えますね。スピードを控えている状態が気虚です。ガス欠が血虚です。これが基本的な生理と考えてください。
ガス欠は、エンプティーランプが点灯しない限り、自覚できません。血虚は自覚できないのです。弁証学では血虚の症状を羅列していますが、その症状のほとんどは気虚です。純粋な血虚はしんどくないんですね。ただ、色だけは変わります。赤い色が消えます。そして、白 (白濁) というよりも、透明 (透過性がある) になります。白が艶あり、透明が艶なしと考えると分かりやすいと思います。
スピードは、落ちれば自覚できますね。気虚は自覚できる。しんどいのです。しんどければ休みます。このとき、ガソリンは温存されて、飲食や睡眠で血が補われるのです。だから、気虚がでている時は給油中であると考えればいいでしょう。つらくて動けなくても、ゆっくり休んでいれば回復する。ところがつらくて動けないわけですから、本人はそれを不安に思う場合があります。不安は安静とは真逆で、安静にできなければスピードが出ているのと同じですから、血虚が回復しません。そういう患者さんはたくさんおられます。
最も厄介なのは、ガス欠を起こしそうなのに、エンプティーランプが点灯しないケースです。ガス欠に向かって爆走する。これが無症状で進行する病気のベースとなります。無症状で進行する…つまり、ガンです。動脈硬化 (脳梗塞・心筋梗塞につながる) です。これらが日本人の死因の上位を独占していることをよく考えるべきです。
ガス欠を起こしそうなのに、エンプティーランプが点灯しないケースとは?
その人のことを一番大切に思ってくれる人、しかも一番身近な人…つまり家族…が、真剣に忠告してくれることを歯牙にもかけない、あるいは、それに言い返す。
それはもう、気虚というブレーキが壊れて、血虚のみが爆走している状態かもしれません。
そして、壁に激突。
その時、もう二度と回復しない気虚となります。
その車はもう、動かなくなったのです。
参考文献:中国中医研究院・中医証候鑑別診断学・人民衛生出版社1995
鄧鉄涛主編・中医診断学・人民衛生出版社 1994
令和4年の日本人死因別1位はがん、2位は心疾患である。それに次ぐ3位は老衰となっているが、チューブ状態での多臓器不全、あるいは医師の表現方法であるとみていいだろう。老衰の定義は難しく、参考とはなりがたい。