▶︎概念
陰陽両虚とは、陰も陽もともに虚す病態のことをいう。
陰とは、血 (燃料・うるおい) を包含した概念で、落ち着き・休息・うるおい・クールダウン・形体からイメージされる生命の側面である。
陽とは、気 (元気ハツラツさ・活動) を包含した概念で、活気・元気・活動・ヒートアップ・機能からイメージされる生命の側面である。
生命は、陰と陽から成り立つ。
陰陽とは夫婦のようなもので、どちらか一方が弱ると、元気なもう一方がそれを助けようとするのが本来の働きである。それに反し、夫婦共倒れになった状態が陰陽両虚である。
▶︎症状
▶︎常見症状
- 形体羸弱…体が細く弱い。 >> 細いのは陰虚。弱いのは陽虚。
- 精神萎頓…にわかに精神が萎える。 >> にわかは陰虚 (熱) 、あるいは血虚 (不安定) 。精神が萎えるのは陽虚。
- 少气懒言…呼吸が浅く弱く、物憂げで言葉少なである。 >> 陽虚。気虚。
- 倦怠乏力…体がだるく、何をするにも疎ましく、力が入らない。 >> 陽虚。気虚。
- 形寒肢冷…寒がりで手足が冷たい。>> 陽虚。
- 少し動いただけで発熱汗出する… >> 気虚。陰虚。虚熱。
- 潮熱盗汗…陰虚潮熱 (入夜から深夜までの時間帯に発熱する) 、寝汗をかく。>> 陰虚。虚熱。
- 心悸目眩…動悸して、光が眩しい。>> 陰虚。血虚。
- 頭暈耳鳴…めまいがして耳鳴がある。 >> めまいと耳鳴に共通するのは、清竅に清陽が届かなくなるということである。陰虚陽亢で邪熱が清竅を犯す、あるいは陰虚で清陽を生めない。陽虚で清陽が不足する。
▶︎舌・脈
- 舌…淡にして少津。歯痕、あるいは光剥。
- 脈…微細にして数。
▶︎特徴
▶︎寒さ・暑さ双方に弱い
陰陽両虚証は、久病で虚弱な人に見られる。寒さ (陰) に対抗するための陽、暑さ (陽) に対抗するための陰が、ともに足りない。そのため、冬は寒さに耐えることができず、夏は暑さに耐えることができない。寒暑の変化で病状が悪化しやすく、病に対抗する正気 (陰陽) が弱いため、病気にかかりやすい。
よって、以下のことが言える。
- 温熱薬を服用すると、陰虚の症状がひどくなる。
- 苦寒薬を服用すると、陽虚の症状がひどくなる。
- 陰虚と陽虚が入り混じるため症状が複雑で、急変しやすい。
夏は夏バテし、冬は冷えて動けない。
昼過ぎまで冷えてしかたなく、日が暮れると体が火照ってたまらない。
こういう人が陰陽両虚の予備軍と言えるでしょう。下段の「考察」をご参考に。
▶︎病気の末期に現れる
陰陽両虚証は、乳幼児の場合は発育が遅くなる。
高齢者の場合は老化が早くなる。
病気になったときは治りにくく、重症化しやすいため治療は慎重を要する。
陰陽両虚証は、久病患者に多く、様々な病気の末期で見られる。陰虚が陽に及ぶ場合、陽虚が陰に及ぶ場合がある。いずれも病状の進行である。
陰陽両虚がさらに進むと、陰陽ともに尽きるという危険な状態となる。
・陽が尽きる…水腫・少気喘逆・声音低微・眼光遅鈍。
・陰が尽きる…潮熱・舌上脱液・口腔起霉・呃逆。
さらに汗出如珠・四肢厥冷・脈微数欲絶などが揃えば、亡陰亡陽 (死を前にした状態) となる。
▶︎他証との鑑別
鑑別を要する証としては、気血両虚・気陰両虚が挙げられる。
- 気血両虚と陰陽両虚…陽虚生寒 (畏寒肢冷など) あるいは陰虚生熱 (潮熱盗汗など) といった寒証・熱証があれば陰陽両虚である。なければ気血両虚と呼ぶ。
- 気陰両虚と陰陽両虚…気陰両虚には陽虚生寒の現象がなく、陰陽両虚には虚寒虚熱の現象がある。
▶︎考察
陰陽というのは夫婦のようなもので、どちらか一方が弱ると、もう一方が頑張って肩代わりしてくれます。つまり、たとえば陰が弱る (陰虚) と、陽は頑張って弱ることなく任務を遂行します。だから冷えることなく活動を行い、生命活動を活発にすることによって陰血を養おうとします。たとえば陽が弱れば陰が頑張るので、休息が取れ、休息充電が済めばまた陽 (活動力や温かさ) も回復してきます。
ところが、この陰陽 (夫婦) そのものが弱いと、一方が弱っても、もう一方がそれを肩代わりする力がありません。老化などはその一因です。互いを補い合えない。これは関係の破綻、つまり離決です。
陰陽が離決すると死にます。
陰陽両虚証では、陰虚は陰虚、陽虚は陽虚として症状が出ますので、陰陽が離決する手前の状態と見ていいです。つまり非常に重症です。退院の見込みが立たない患者さんや、自力で通院する気力のない患者さんをイメージして良いと思います。
治療所まで通えるくらいの気力があるということは、気虚はそれほどでもないのですから、陽虚もそこまでのレベルではありません。
例を挙げます。
78歳・男性。2012/3/2初診。趣味は週一でゴルフ。主訴はムズムズ脚症候群で、就寝前に悪化する。雨天前に悪化する。3月時点で、日中は足が冷えて寒く、夜は足を中心に火照って暑い。この方は当院の当時の大家さんで気の良いおじさんです。ただしそういう関係上 (心安すぎる) 、僕の言う事を全く聞かないので良くなることもなく、治療は中断しました。ゴルフは控えたほうがいいと話したのを覚えています。
2018年の暮れにひょっこりお越しになり、「僕の腕では治せない」「心安すぎて治療にならない」と断りましたが、それでも治療を希望されたので2回ほど診させていただきました。このときは面やつれされ、元気がなく、肘・肩・腰などに痛みを訴えられました。ガンかなと思いましたが、心配させてもいけないので、あえて詳しくは聞きませんでした。はたして、翌年に亡くなったと伝え聞きました。
2012年時は、陰虚潮熱がハッキリしており、さらに畏寒肢冷も出ているので、陰陽両虚と言えないこともありません。しかし、ゴルフに行くくらいの元気があるなら、この畏寒肢冷は 痰湿>陽虚 のレベルと見ていいと思います。痰湿がなかなか取れないと、それを温煦し推動する陽気に負担がかかり、やがて陽気が弱って陽虚となるのです。陰陽両虚に進行する一歩手前の状態と言えます。
正確に言えば、気陰両虚に痰湿と邪熱 (陽亢) を挟んだ状態と言えるでしょうか。夫婦で言えば妻が弱って (陰虚) 、しかし夫は老いたものの (気虚) まだまだ元気 (陽亢) で、妻を助けようとしなかった…という陰陽の構図をイメージすればいいでしょう。
2018年時は、すでに陰陽両虚の状態でした。ご自宅がすぐそこなので、一回顔でも見ようかくらいのノリで来院されたのです。
そして2019年、陰陽離決 (死) となります。
通院患者のみを相手にするならば、いかに陰陽両虚に至るところまで悪化させずに治療できるかということが大切となります。
凡陰陽之要.陽密乃固. >> およそ陰陽の要とは、陰の求心力によって陽の遠心力が制御されることによって、陽と陰とが互いに固く抱き合っていることである。
兩者不和.若春無秋.若冬無夏. >> 両者が不和だと、まるで春あって秋なきがごとく、冬あって夏なきがごとしである。
因而和之.是謂聖度. >> よって陰陽を和すことである。これを「聖度」という。
故陽強不能密.陰氣乃絶. >> ゆえに陽 (遠心力) が強すぎて露見し陰との和合ができないと、陰 (求心力) が絶えてしまうのである。
陰平陽祕.精神乃治. >> 陰が波立たず地盤が強固であり、陽 (遠心力) が制御されているならば、精も神も治まるのである。
陰陽離決.精氣乃絶. >> そのような関係であるべき陰陽がもし離決すれば、精も気も絶えるのである。
《素問・生氣通天論03》
参考文献:中国中医研究院・中医証候鑑別診断学・人民衛生出版社1995
「目眩」は日本語では「めまい」と読むが、中国語では「 (光がまぶして) 目がくらむ」である。目がくらんだ結果としてめまいになることもあるが、本来の意味は「めまい」ではない。中医学用語における目眩は古典から引用されており、その意味「目がくらむ」を踏襲している。