夜啼 (夜泣き) …東洋医学から見た3つの原因と治療法

本ページをまとめようとするキッカケになったのは以下のご質問です。

生後2ヶ月の赤ちゃんが泣き止まないのは、人間の成り立ちの段階において脾のエネルギーが大きくなろうとするからでしょうか。

生後2ヶ月の赤ちゃんに見られる、コリックや仙痛は、中医学ではどのように捉えるかを伺わせて頂けたら幸いです。また、なぜ仙痛と呼ばれるのでしょうか。そして、何が滞っているのでしょうか。対策法もあればご教示願いたいです。

Facebookより引用 (一部校正)

質問者が言っておられるコリック (仙痛) とは、いわゆる「夕暮れ泣き」「黄昏泣き」のことです。生後1ヶ月から見られ始め、生後2ヶ月くらいがビークで、生後3〜4ヶ月を過ぎると自然に消滅します。これは生理的現象であって問題ないとされますが、その意味を考えることは重要ですね。そのためには基礎が必要です。よって、中医児科学【夜啼】https://www.zysj.com.cn/lilunshuji/erkexue/79-8-1.htmlを参考にしながら回答を試みましょう。

ミルクを適宜与え、室内を適温に保ち、オムツも取り替え愛情を尽くしたうえで、にも関わらず泣き止まないというのは、赤ちゃんが生まれながらに持っている邪気 (正気を邪魔する力) を振り払おうとする反応です。治療はその反応を短期間で収束させるためにあります。

その邪気とは、おもに気滞ですね。気滞を起こす原因は2つ。
熱と寒、つまり邪熱 (内熱) と寒邪 (内寒) です。

また、赤ちゃんが生まれながらに持っている弱さ (正気の弱り) も原因になります。
心虚胆怯です。心胆の弱りによって恐れ、怯えます。

寒邪によるものは、脾寒気滞証です。
邪熱によるものは、心経積熱証です。
心胆によるものは、驚恐傷神証です。

1.脾寒気滞

寒邪が原因です。

腹痛によって夜泣きします。腹痛の原因は脾寒 (脾で寒邪を内生) です。寒邪が脾気の流通を凝滞させて痛みが生じます。赤ちゃんの脾に寒邪が発生する原因は2つです。

  1. 生まれながらにして寒邪を持ったもの。すなわち、妊娠中の母親が、虚寒で脾に寒邪を内生したり、生ものや冷たいものを多飲食したりして、赤ちゃんに影響が及んだもの。
  2. 生まれたときは健康だったが、その後に寒邪に犯されたもの。たとえば強い寒気に赤ちゃんを晒して脾に直中したり、冷たいミルクを飲ませたりなど、育てる環境が劣悪である。

夜間は陰に属し陰が盛んです。そのため、陰邪である寒邪は夜間に増強します。あるいは気温が低くなる明け方に増強します。脾は「至陰」であり、温を喜び寒を悪みます。

夜属陰,陰盛則脾臟之寒愈盛,脾為至陰,喜温而悪寒,寒則腹中作痛,故曲腰而啼。
《保嬰撮要・夜啼》

【証候】
・泣き声は時に小さく弱い。時に泣き時に泣き止む。 >> 時によって緩急があるのは気滞 (この場合は寒邪により発生した気滞) の特徴である。時に腹痛が起こり、時に腹痛が止む。
・胎児のように丸まって寝たがる。 >> お腹が痛いので丸くなる。
・腹部をさすってやると泣き止む。 >> 喜按。虚証の特徴。
・四肢が冷たい。 >> 虚寒の特徴。
・母乳を吸う力が弱い。食欲がない。下痢気味である。痩せている。 >> 脾虚。
・小便の色が薄い。顔色が青白く、唇は淡紅色である。舌苔は薄白苔。指紋は多くは淡紅色である。 >> すべて虚寒の特徴である。

【治法】
温脾散寒,行気止痛。

【方薬】
烏薬散合匀気散加減。
烏薬、高良姜、炮姜…温中散寒,
砂仁、陳皮、木香、香附…行気止痛
白芍、甘草…緩急止痛
桔梗…載薬上行,調暢気機

2.心経積熱

邪熱が原因です。

急躁 (イライラ) によって夜泣きします。急躁の出どころは心火です。赤ちゃんに心火が起こる原因は3つです。

  1. 母親が、脾気急躁 (生まれつきイライラしやすい) である。
  2. 母親が、普段から香燥炙烤の食品を好む。
    ・香燥…辛温香燥。ピリ辛の食品。
    ・炙烤…炙ったり焼いたりしてカリカリに乾かしたもの。スナック菓子・おかきなど。
  3. 母親が、温剤を過度に服用している。

以上のような要素によって母体 (胎児を含む) に邪熱がこもり、それを持ったまま胎児が生まれます。熱は上に昇って心を襲い、心火上炎となって心神不安となって泣き止まなくなります。夜を徹して泣くと、気が消耗して日中は (気を失うかのように) よく寝ますが、寝て陽気が回復すると邪熱を元気づけて、日暮れ頃から泣き始めます。あるいは入夜 (午後8〜9時頃) から泣き始めます。

衣服の着せ過ぎ、室内温度の上げ過ぎに注意します。

【証候】
・泣き声は大きく、よく響く。 >> 騒がしさは邪熱の特徴である。
・電灯をつけるとさらに激しく泣く。 >> 灯火は火である。心火もまた火である。電灯の光が心火を助長する。

心属火,見灯則煩熱內生,両陽相搏,故仰身而啼。《保嬰撮要・夜啼》

・泣くときは顔や唇が赤くなる。 >> 赤は火であり熱を示す。
・煩躁して落ち着かない。 >> 煩躁は心に熱がこもった証候である。

心属火則煩,多夜啼。《幼科発揮·心所生病》

・体に触れると冷たくない。ことに腹部が温かく熱い。 >> 熱証を示す。
・便秘。 >> 熱証を示す。
・小便の色が濃くあまり出ない。舌尖紅。 >> いずれも心経に熱がある証候。
・虎口三関 (小児指紋) が赤紫色になることが多い。 >> 熱証を示す。
・薄黄苔。

【治法】
清心導赤,瀉火安神。
>> 清心導赤とは、心火を清熱し、心火による小便短赤を尿道に導き利水するというイメージである

【方薬】
導赤散加減。
生地…清熱涼血,
竹葉、木通…清心降火,
甘草梢…瀉火清熱,
灯心…引諸薬入心経。

3.惊恐伤神

心胆の弱りが原因です。

驚恐によって夜泣きします。こわいものを見たり (視覚) 、大きな音を聞いたり (聴覚) すると驚いたり恐れたりしますが、赤ちゃんは心身が未発達で、驚恐の感情をうまく受け止めることができません。驚恐を受け止めるのは心 (と胆) ですが、それを受け止めきれないと心胆を弱らせます。心神が安定せず、よって寝ている最中に夢を見などし、驚いたり怯えたりして夜泣きします。

【証候】
・こわいものを見たかのように突然泣き出す。 >> 赤ちゃんは心胆が未発達で驚恐を受け止めることができないことがある。
・発作的に驚き怖がり、母親にしがみつく。 >> 夢を見て驚く。

驚惕者,常在夢中哭而作驚。《育嬰家秘・夜啼》

・面色がたちまち青く、またたちまち白くなる。泣き声は時に大きく時に小さい。時に激しく時に穏やかである。脈数。虎口三関 (小児指紋) は赤紫色である。 >> 胆気虚怯は血虚がベースである。血虚をベースとして、気虚が出たり、寒証が出たり、熱証が出たりする。よって証候は複雑となる。
・舌苔は正常。

【治法】
定驚安神,補気養心。

【方薬】
遠志丸去朱砂。
遠志、石菖蒲、茯神、竜歯…定驚安神,
人参、茯苓…補気養心。

“仙痛” ことばの由来

仙痛は、もともとは「疝痛」です。

疝痛とは、腹部臓器由来の痛みのことです。たとえば胆石疝痛とか言いますね。

脾寒気滞証のところで説明したように、この証には腹痛があります。お腹が痛くて夜泣きするということは、西洋・東洋問わず昔から分かっていたようで、だから疝痛による夜泣きなのですね。「乳児疝痛」という言い方もあるようです。

またコリック (colic) は英語で、日本語訳は疝痛です。日本語ではコリックは夕暮れ泣きを意味しますが、英語では夕暮れ泣きのことを指さないかもしれません。

医学用語としては、疝痛は腹部臓器由来の痛みのことです。
それと区別するために、やまいだれを取って「仙痛」とし、腹痛による夜泣きに特定したのでしょう。
それが意義展開して、腹痛以外で起こる夜泣きをも、仙痛と呼ぶようになったのでしょう。
さらに意義転換して、夕暮れ泣きのみを特定する言葉として用いられるようになったと思われます。

夕暮れ泣きの “病理”

夕暮れという特定の時間に泣く。

これに最も近いのは、上記の3つの証のうちどれでしょう。

1.脾寒気滞証は寒邪によるものなので、夜または未明に泣きます。
2.心経積熱証は邪熱によるものなので、潮熱が起こる時間帯 (午後4時ごろから入夜にかけて) に泣きます。
3.驚恐傷神証は、心胆によるものなのでいつ泣くかわかりません。夢で驚けば泣きます。

よって夕暮れ泣きは、2の心経積熱証が最も近い概念となります。

夕暮れ泣きは一種の潮熱です。
潮熱とは、ある一定の時間に熱証が明らかになる病態を言います。陽明潮熱・湿温潮熱・陰虚潮熱の3つがあります。

このうち陽明潮熱は、別名を「日晡潮熱」と言います。日晡とは、太陽が西の地平線に張り付く時間帯を言います。つまり夕暮れですね。2.心経積熱 をもう一度読んでみると分かるように、その原因は母親が邪熱を持ちやすい食品や薬を多量に摂取したためです。これらはすべて胃腸にはいって、陽明胃の熱になります。熱は上に昇りやすい性質があるので、上にある心を熱するのですね。

潮熱の病理については以下リンクに詳しくまとめました。

五心煩熱とは
五心煩熱とは、手掌・足底・前胸部が熱くほてった感じがする状態を言います。 ●手心 (手のひら=たなごころ) 2 ●足心 (足の裏) 2 ●胸の心臓部 (前胸部) 1 …と、全部で “五” つの “心” がありますね。

もともと陽明胃に熱がある場合、夕暮れ時がもっとも熱が激しくなって症状が出やすくなります。これを陽明潮熱といいます。

乳児にそういう症状があるなら、中医学による診断・治療を受けることはもちろんですが、母乳を与えている母親がスナック菓子やせんべいやピリ辛の食品、あるいは甘いお菓子や肉食など、邪熱を生じやすい食品を控えることも方法の一つです。それで母親の母乳の質が改善します。

幼児であれば、夕暮れ泣きとならずとも、夕暮れから入夜にかけて、落ち着きがなくなるとか聞き分けがなくなるとか、そういう変化が起こる場合があります。食べ物を気をつけることはもちろん、間食なども控えられればなお良いと思います。発達障害など、それに当てはまるケースは多いです。

夕暮れ泣きは生理的なものなので心配いらないと言われます。しかし、それは確かな診断力があってこそ言えることであり、画一的に言ってはならないでしょう。

体質を改善して夕暮れ泣きが止まれば、それはこの先起こるはずだったアトピーや扁桃炎などの予防につながるかもしれません。

熱証があるかないか。

それのみが、夕暮れ泣きを治療すべきかその必要がないかを判断するための、唯一の指標であると考えるべきです。

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