糖尿病…東洋医学から見た3つの分類と治療法

糖尿病は「消渇」

糖尿病という概念、中国医学は古くから認識していました。約2000年に編纂された「黄帝内経」という医学書があります。戦火の焼失を免れ、現存する中国最古の医学書となっていますが、ここにすでに詳しい記載が見られます。

多飲・多食・多尿を特徴とし、進行すると体重が減少、尿の甘さ・漸次消痩が見られ、悪化すると脳梗塞・腎不全 (浮腫) ・眼病などの合併症を起こすなど、予後まで把握していました。こうした一連の症候を、「消渇」と呼びます。古代中国人の鋭い観察力が見て取れますね。

尿崩症も消渇

尿崩症も多飲・多尿が見られ、糖尿病の病態と同じ捉え方で治療します。この辺が病名に関係なく、「証」と呼ばれる分類法によって治療する東洋医学の特徴です。

糖尿病=砂漠

糖尿病、すなわち、多飲・多食・多尿の基本病理は「燥熱」です。乾燥して熱い。乾いた邪熱を燥熱といいます。

≫「邪熱とは」 (正気と邪気って何だろう) をご参考に。 

灼熱の砂漠みたいなものです。この砂は、水を足しても足してもすぐ乾きます。水は下に垂れ流し。栄養のある肥料を与えても、素通りして蓄えることができません。

人体では、飲んでも飲んでもノドが乾く。飲んだ水は小便としてドンドン出てしまう。また、常に飢えて、食べても食べてもお腹がすく、栄養分は甘い香りのする小便として出てしまう。砂漠の砂を入れた植木鉢=人体。そう考えると分かりやすいと思います。

運化…網の目機能とは

植木鉢に入っているのが保湿性のある健康的な土ならどうでしょう。たとえば、水を一か所に落としても、ジワジワと全体にしみわたります。水を与えると、網の目のように栄養分+水は全体に行き渡り、蓄えられます。

しかし、砂は水を落とすと、全体にしみわたることなく、そのまま真下に流れ落ちるだけです。糖尿病の場合も同じで、蓄えることができないので、だんだん痩せ細っていきます。全体に行き渡らず筒抜けで垂れ流しになるので、土は上から乾いてきます。上が完全に乾くと、次は真ん中が乾き、真ん中が乾くと、次は下まで乾いてしまいます。下まで乾くということは、全体が乾くということ。この状態が一番よくない状態です。

ジワジワと全体にしみわたる機能を本来は「運化」といいます。しかし、ここでは分かりやすくするために「網の目機能」と呼びましょう。網の目機能は、体液を保持するために大きな役割を果たします。自然界では、はりめぐらされた河川・地下水脈・運河・用水路などが網の目機能であり、森や田畑を養い、われわれの命を支えます。

東洋医学は、なぜ「たとえ」を多用するのでしょうか。詳しくはこちらをぞうぞ。 「東洋医学の『気』って何だろう」

プール機能=胃・腎臓

田畑を維持するためには、干ばつ時の対策が必要です。河川や地下水脈は、ある程度、雨を蓄えてはくれますが、これに頼りすぎると、田畑家屋まで水が来なくなる可能性があります。ですから湖やため池 (ダム) といった、大量の水をプールしておく場所が重要になります。人体にも体液のプールがあります。プールは2か所あります。

1つ目のプールを胃といいます。東洋医学の胃とは、消化管内 (胃~小腸~大腸) の水分を保持する機能のことをいいます。飲食物は胃腸である程度ストックされていますね。これを少しずつ吸収することで、急激な体液量の変化が起こらないようになっています。消化管内の水分は吸収されるまでは体液とは言えませんので、体液とは分けて考えます。この機能は鉢の「中」に位置します。これが乾くと、鉢の「上~中」が乾きます。 

2つ目のプールを腎臓といいます。東洋医学の腎臓とは、体液そのものを保持する機能です。植木鉢でいえば、鉢を上中下に分けた「下」に位置します。これが乾くと鉢の土全体が乾きます。胃プールが干上がると、腎臓プールから水を引かざるを得ません。すると腎臓に負担がかかり、腎臓が弱り貯水量が減ってしまいます。腎臓が弱るということは、生命力が弱るということ。これが命にも関わる合併症の原因になります。脳梗塞・心筋梗塞・腎不全・壊疽・失明です。

≫「東洋医学の腎臓って何だろう」をご参考に。

網の目機能=肺臓・脾臓

「網の目機能」にも2つの分類があります。肺臓と脾臓です。

1つ目は肺臓。鉢の「上」にあって、下に網の目のように行き渡らせます。つまり、もともと下にある腎臓プールの水は、いったん蒸発して肺臓に持ち上げられ、肺臓が上から、全体に行き渡らせるのです。腎臓を海、肺臓を雲 (雨) と考えると、腎臓が下で肺臓が上にあるという説明ができます。その雨がため池にたまり、ため池から用水路へと、上から下に流れます。ため池の水は海水が蒸発して雨として降ってきたもので、海水もため池も腎臓プールと考えることができます。

2つ目は脾臓。鉢の「中」にあって、上に向かって網の目のように行き渡らせます。胃プールの水は肛門へ向かって降ろうとしますが、脾臓が逆に上に行き渡らせるのです。毛細管現象や湧水現象が該当します。消化管で吸収された水分は、脾臓の力で身体各所に運輸されるのです。土に蓄えられた水が胃プールであり、はりめぐらされた地下水脈が脾臓です。地下水 (脾臓) はため池 (腎臓) も養っています。

このように、肺臓は下方向に網の目のように全体を潤おし、脾臓は上方向に網の目のように全体を潤おします。よい土の入った植木鉢には、この上下の機能が備わり、生きた命が育まれます。

肝臓・脾臓・心臓などの言葉は、東洋医学では意味が全く違います。なぜ? 詳しくは「五臓六腑って何だろう」をご参考に。

≫「東洋医学の肺臓って何だろう」をご参考に。 ≫「東洋医学の脾臓って何だろう」をご参考に。

3つの分類と治療法

以上、糖尿病の体と、健康な体を、対比しながら簡単に説明しました。いよいよ、東洋医学的な糖尿病の把握方法を見ていきましょう。

1.肺熱津傷…上の燥熱

肺熱津傷とは、肺臓の燥熱のことです。

肺臓とはなんでしょう。西洋医学の肺とは概念が違います。西洋医学は物質的な捉え方で「人体」を分析しますが、東洋医学は機能的な捉え方で「生命」を分析します。

肺臓とは、魄 (はく) を蔵するもの。魄とは何か。魄とは、物質ではなく機能です。どんな機能か。簡単に言うと、自律的機能のうち、我々の意識で認識できるもの。たとえば、痛覚などの感覚・呼吸・発汗・排尿・排便・反射など。こうした機能を蔵しているのが肺臓です。

発汗や排尿に深くかかわることが分かりますね。肺は、体液の流通・代謝を行います。先ほど、人体を植木鉢に例えましたが、そこで出てきた「網の目機能」は肺臓です。また、肺臓は人体の上半身に位置します。植木鉢の上部です。

「魄 (はく) 」については、「東洋医学の肺臓って何だろう」をご参考に。

ストレスや食べ過ぎなどによる熱は、早期は浅いレベルである肺に影響します。こうして肺臓に燥熱が起こると、上部に乾きが生じ、ノドの乾きが自覚されます。熱ですから冷たい飲み物が欲しくてたまらない。一方、肺臓は燥熱という邪気に侵されているので、網の目機能が失われます。

そのため、飲んでも体には浸み込まず、下に垂れ流しになり、小便が何度もたくさん出ます。熱があるので舌の苔は黄色です。

肺臓の燥熱は何が原因で起こるのでしょうか。ストレス・食べ過ぎです。ストレスという緊張は高じると熱化し、その熱は飛び火して肺に熱を持たせます。食べ過ぎも胃に熱をこもらせ、肺を乾かして熱を持たせます。

治法:肺を潤おし邪熱を取りさり、乾きを収める
ツボ:身柱・太淵・魚際・後渓・臨泣・行間など
漢方薬:消渴方

2.胃熱熾盛…中の燥熱

胃熱熾盛とは、胃の燥熱のことです。

胃とは、前述のように、消化管 (胃~小腸~大腸) 内の水分を保持するプール機能のことです。必要な栄養分や水分、それと残滓物とを仕分けする機能も胃です。吸収した栄養分を上に持ち上げる力が脾臓です。胃も脾臓も「中」に属します。

胃に燥熱が起こると、中部に乾きが生じ、食べても食べても飢える…という状態になります。中が乾けば上も乾いているので、ノドの乾きも自覚されます。

中部に燥熱が起こると、脾臓も弱ります。脾臓は網の目機能でした。網の目機能を失うと、大量にとった栄養分や水が体にしみわたらず、下に筒抜け状態で垂れ流しになります。これが甘い香りや味のする小便です。

栄養分は身につかず捨てられてしまうので痩せていきます。胃 (腸) は乾いた熱ですので、大便は乾燥し固くなります。熱があるので舌の苔は黄色です。

もともと食べ過ぎがあると、胃に熱をこもらせ、高じると燥熱に発展します。ストレス食いに代表されるように、食べ過ぎはストレスを無視して語ることができません。こういうストレスは、深い深い潜在的なストレスで、取り去るには治療が必要です。

治法: 胃の邪熱を取り去り、乾きを潤おす
ツボ: 神道・霊台・至陽・緊縮・脊柱・手足十井穴など。
漢方薬:玉女煎。

3.腎陰虧虚…下の燥熱

腎陰虧虚とは、腎陰 (腎臓の陰) の弱りのことです。陰とは「恵みの雨」のこと。

つまり腎臓プールが干上がりかけている状態です。腎臓には求心性の働きがあり、体液が外に散らばらないように引力のように中央に集める力がありますが、これも弱り、小便に歯止めが効かなくなります。

腎臓プールが乾くと、植木鉢の下部が乾いているのと同様で、必然的に中部 (胃) も上部 (肺臓) も乾きます。

上・中・下とも乾くので口やノドがカラカラになりますが、弱りが強くなっているのでガブガブ飲みたがることはもうありません。肺臓の網の目機能が効かないので、浸み込まず小便として出てしまいます。胃が乾くので食べても飢えますが、弱りが強くなっているので空腹感の割にそう多くは食べません。脾臓の網の目機能が効かないので、甘い小便がでます。

ただでさえそうなのに、加えて腎臓の引力が失われるので、栄養分に満ちた体液は、小便としてダダ漏れになります。強い甘い香りで油っこい混濁した小便が特徴です。飲めない・食べられない割に、栄養や水分が抜けていく。非常に危険な状態で、放っておくと憔悴して死に至ります。現代はインスリンのおかげで、こういう重篤な病態は少なくなりました。

腎陰がよわると、腰や膝に力が入らなくなり、めまい・耳鳴りがし、皮膚は乾燥してあちこちが痒くなります。乾きが強いため、舌の苔は消失します。

腎陰が弱り燥熱を起こす原因は何でしょう。まず挙げられるのが、肺臓や胃の燥熱です。これが腎臓まで乾かします。それに加えて、元来の体質として腎陰が弱く、熱化しやすい場合、またセックスのし過ぎ・無理のし過ぎでも、腎陰を弱らせます。

治法:腎陰を補い、乾きを潤おす
ツボ :腎兪・胃兪・大巨・滑肉門・関元・照海・陰谷など。
方药:六味地黄丸。

合併症の病理

慢性化が生んだ「湿熱」

脳梗塞・心筋梗塞・壊疽・眼病・痺れなど、糖尿病には多くの合併症があることが知られ、血糖値の調節が可能になった現代では、本当に恐ろしいのは、むしろこの合併症であるとも言われます。その病理を東洋医学ではどう見るのでしょうか。

消渇は死の危険のある病ですか、現代ではインスリンのおかげでその危険を回避できています。ただし、慢性化すれば、肺・胃・脾・腎の弱りは持続し、合併症を起こす場合があります。

インスリンの作用メカニズム

薬として使用するインスリンは、本来膵臓で作られるものです。その働きは血糖を下げることですが、具体的にどのようにして作用するのでしょうか。

食後に血糖 (ブドウ糖) が増えると、その血液は膵臓に達し、膵臓はそれを感知してインスリンと呼ばれるホルモンを放出します。インスリンは血流に乗って筋肉・肝臓・脂肪組織などに達します。それら各組織の細胞たちは、その表面にインスリン受容体を持っており、その受容体と結合することによって、細胞たちはブドウ糖を取り込み始めます。だから血糖値が下がるのですね。取り込んだ細胞たちは、それをエネルギー源として使用したり貯蔵したりします。すなわち、筋肉細胞では動く力として使用したり、肝細胞ではグリコーゲンや中性脂肪として蓄えたり、脂肪組織では脂肪として貯蔵したりします。

“肝臓” を考える… 東洋医学とのコラボ も合わせてご覧ください。

合併症の原因になるのは、湿熱とよばれる病的副産物です。湿熱とは何でしょう。食事によって摂取した「栄養分+水」が、身体の許容量を超えたものです。モタモタ動かなくなって、よどみ、にごり、ネバネバした痰のようになったもの。これを痰湿と言います。痰湿に邪熱が加わったものを湿熱と言います。

≫「痰湿とは」 (正気と邪気って何だろう) をご参考に。 

燥熱と湿熱

あれ? 湿熱って燥熱と逆のものですよね。湿った熱と、乾いた熱。実はこの2つはつながっています。

糖尿病で多飲・多食・多尿があるとき、体には燥熱があります。このとき、網の目機能は働かず、栄養分+水は小便を通して垂れ流しになります。

ストレス・無理のし過ぎ・食べ過ぎという原因のうち、ストレスと無理のし過ぎが落ち着くとします。すると燥熱は落ち着きます。すると網の目機能も復活し、体の隅々まで栄養分が行き渡ります。

このとき、食事量も落ち着けばいいのですが、習慣はそうはいかないもの。同じように飲み食いしていると、網の目機能が働いているので、体の隅隅まで栄養分+水は送られ、痰湿を形成します。

そこにまた、ストレス・無理が加わるとする。栄養分は垂れ流しになり、網の目機能は働かなくなり、体の隅々に蓄積した痰湿は、完全に取り残されることになります。取り残された痰湿には、燥熱の激しい熱が加わり、痰湿は煮詰められ、非常に粘着性の強い湿熱に変化します。

湿熱が全身を侵す

このサイクルを何度も繰り返すうち、体は細部に至るまで痰湿・湿熱に侵され、細微な毛細血管の集まる、西洋医学でいうところの腎臓や心臓・脳・眼球が悲鳴を上げる。ここで、 (東洋医学の) 脾臓や腎臓という名の生命力が弱ると、体は湿熱に打ち勝つことができません。痰のように粘ついた物質を外に排泄することができず、合併症を発症します。

網の目機能の復活こそ治療眼目

血糖が落ち着いていたとしても、食事を見直すことの大切さは変わりません。食事を見直したくても、ストレスになってどうしてもできない。よくあることです。食べ物のことになると、なぜかムキになってしまう…。

潜在的なストレスを緩め、落ち着いて食事がとれるようになると、網の目機能が復活します。

こうして、蓄積した湿熱を排出するルートをつくりながら、湿熱を取り去る治療を行うこと。これが予防・治療に直結します。網の目機能が復活してこそ、運動療法に確かな意味が生まれます。運動そのものをやる意欲は、さらさらと循環する体であってこそのものです。東洋医学の機能的アプローチによる分析です。

テキストのコピーはできません。
タイトルとURLをコピーしました