黄疸…東洋医学から見た7つの原因と治療法

今回、本ブログで黄疸を取り上げるのは、ガンを治すためです。ガンはその進行過程で出血・腹水・黄疸を突如として併発し得ます。ガンとそれぞれの症候は、病因病理として多分に重なり合います。ガンの治療経過中に黄疸が出たとき、その機序を熟知しておくことが必要で、それが速やかで適切な処置につながるのです。

黄疸という病名は、およそ二千年前の「黄帝内経」という古代中国の医学書に記載されています。その特徴は、目が黄色く、小便が黄色く、寝てばかりいる…その時期すでに粗削りながら、黄疸という病態認識を確立していました。爾来、二千年の歳月を経て到達した中国伝統医学の病因病理・治療方法があります。それを、できるだけ分かりやすくご紹介したいと思います。

まずは、東洋医学の認識方法を確認しておきたいと思います。

現代医学の視点

その前に、現代医学での黄疸の認識方法を見ていきます。

胆汁はコレステロールから作られる

まず、脾臓で赤血球が分解され、ビリルビン (間接ビリルビン) という黄色の物質ができます。ビリルビンは肝臓に運ばれ、水溶性に作り直されて胆汁酸+水に溶け込み、十二指腸に排出されます (直接ビリルビン) 。胆汁酸は消化を助ける物質で、肝臓でコレステロールを材料にして酸化することにより作られます。

胆汁酸は石鹸のようなものと考えると分かりやすいでしょうか。石鹸し油からつくられますね。石鹸は油の塊を細かくします。細かくなるので水と混じり合い、洗い流せるのです。
口から入った油は、そのままでは塊のようなもので、消化酵素と出会っても、表面しか分解されません。胆汁酸は油を細かくします。すると消化酵素と溶け合えるので、消化がすみやかになります。

ビリルビン+胆汁酸+水…つまり胆汁は、腸内に放出され、ビリルビンは茶色のステルコビリノーゲン変えられ、ステルコビリンに変化して大便に交じって排泄されます。腸から吸収された一部のステルコビリノーゲンはウロビリノーゲンに変えられ尿から排泄されます。胆汁酸は、あるいは体外に大便とともに排泄され、あるいは再び腸から吸収されて肝臓で再び胆汁酸として作り直され再利用されます。

体内のコレステロールを材料に、肝臓は石鹸のようなものに作り直し、胆汁として腸内に出して、それが大便として出ていくのですね。

胆石は食べ過ぎから

胆石は、ビリルビンやコレステロールが結晶化したものです。たとえば胆石などで胆管が閉塞されると、黄色いビリルビンが腸内に排出できず、血管内に逆流して全身が黄色くなります。これが黄疸です。同様のことが、肝炎・肝硬変・肝ガン・胆管周囲部のガンでも起こり得ます。

近年の飲食過多の生活習慣のもと、血中のコレステロールが過剰となった結果、胆汁酸が結晶化して起こる胆石が多く、ビリルビンが結晶化して起こるものと比して、約7割を占めると言われます。

コレステロールは肝臓で胆汁酸に作り直されることにより、腸に排出され、糞便として排泄されるルートがあり、血中コレステロールが過剰にならない仕組みがありますが、過剰になり過ぎるとそのルートが破綻するというわけです。脂肪肝による肝炎も多いと言われています。肝臓の仕事が増えすぎた結果、黄疸を起こすということが言えます。

ウイルス性肝炎と生活習慣

肝臓の仕事が増えすぎた結果、黄疸を起こすという法則は、ウイルス性の肝炎でも例外ではありません。知らず知らずの食べ過ぎが肝臓に負担をかけていた状況なればこそのウイルス感染です。О157でさえ、感染しない  (症状が出ない) 子供がいたことを考えると、ウイルス感染全般に言えることとして、体の一般状況が悪いからウイルスの侵入を阻めないということが言えます。

肝臓は最後の消化器

食べたものは、すべて肝臓に運ばれます。小腸で消化吸収するのは皆さんご存じですが、それはすぐには全身に行きません。もしすぐに全身に行ったらどうなるか。脳に毒がまわり、昏睡状態となって死にます。肝臓は解毒の働きを担っているのです。

口から入ったものは吸収されたとき栄養と毒 (アンモニアなど) の混ざったものになります。だから肝臓にダイレクトに運び、解毒してから心臓に送り、全身に栄養が行くのです。

飲み過ぎると肝硬変になりますね。アルコールは消化吸収されるとアセトアルデヒドという毒になります。これを肝臓が解毒するのですが、ひっきりなしに仕事があると、疲れて肝細胞が死んでしまうのです。これが肝硬変の原因となります。食べ過ぎや栄養の取りすぎは、肝臓の仕事を増やしてしまいます。

物質的視点と機能的視点

以上、ご説明したのは、物質的・解剖学的な人体生命の認識方法です。物質的に、ということは可視化できるということです。つまり写真に撮れる。だから分かりやすいのです。以上の説明も分かりやすかったと思います。

一方、東洋医学は機能的に人体生命を認識します。この、機能という概念が分かりにくい。たとえば、脳とこころ…脳は物質で、心は機能です。たとえば砂糖の白い粉と甘さ…砂糖の白い粉は物質で、甘さは機能 (やくわり) です。

心も甘さも写真に撮れませんね。しかも、心を失った脳、甘さを失った砂糖は、もはや「用」を為しません。命を失った体も同様です。命とは写真に撮れない「機能」なのです。物質と機能は、実体と実用の関係にあります。

最初にご説明した、物質的・解剖学的な視点による黄疸というものを、機能的視点である東洋医学はどのように説明するのでしょうか。

東洋医学の視点

東洋医学での「肝臓」

胆汁の生成は肝臓が舞台となりますが、東洋医学でも肝臓が舞台となります。注意していただきたいのは、そもそも肝臓と呼ばれているものと、東洋医学での肝臓は、現在我々がイメージする肝臓とは同名異義であり、名は同じでも意味が違うものです。それは「砂糖の白い粉」と「甘さ」なみの違いがあります。現在の意味で用いられるようになったのは杉田玄白以降です。誤解のないように断っておきます。

五臓六腑って何だろう をご参考に。

疏泄

まず、東洋医学の肝臓とは人体生命の一機能を指します。その機能とは疏泄です。疏泄とは壁を突き破り前に進む働きのことです。たとえば、春に木の芽が膨らみ、芽が出ますね。これは木の皮という壁を貫いて前に進む働きで、疏泄です。こういう働きが人体生命にはあります。

たとえば朝って起きにくい。しかしその壁を乗り越えて立ち上がり仕事をする。これは疏泄です。

職場に嫌な奴がいる。しかし、相手の気持ちになり、彼の幸せを願う。すると相手もこちらに対して好意を持ってくれ、協力してくれるようになり、仕事がスムーズにいくようになった。これも壁を乗り越えた姿で、正しい疏泄です。誤った疏泄とは、相手を無視したり、怒りをぶちまけて相手が出しゃばらないようにしたりすることで、これは壁を乗り越えたのではなく、壁を避けて横道にそれたのです。

体内機能にも疏泄はもちろんあります。血液循環も血が前に進む力があるからで、これは疏泄です。消化吸収も、腸の壁を通って血液中に入るのですから、疏泄です。

胆汁は「肝之余気」

さて、そういう肝臓が胆汁をつくる。胆汁も東洋医学が二千年以上前から使っている言葉です。胆汁は別称として「肝之余気」「精汁」とも呼ばれ、いわば肝の精ともいえるもので、色は黄であるとされ、消化を助ける働き…つまり疏泄機能があります。

肝之余気.泄於胆.聚而成精.<脉経>

胆汁に消化を助ける働きがあるように、東洋医学でいう胆汁にも、肝之余気…疏泄の先鋒隊として、腸の壁を乗り越えて全身に栄養を疏泄する働きがあることが分かります。

精という汁

精という言葉が出てきました。これを説明するには、もう少し深い部分に踏み込む必要がありそうです。

東洋医学の認識方法は機能を基礎とすると言いましたが、具体的には陰陽学説として展開されます。東洋医学とは陰陽によって認識する学問なのです。陽とは陽動です。陰とは陰静です。命あるものは必ず動きます。だから、命には陽が存在します。

その命はどうやって誕生したのでしょう。物質に命が吹き込まれるということは、物質=静 に 機能=動 が吹き込まれたということです。つまり、陰静から陽動が生まれた、その静と動を分ける境界が精と呼ばれるものです。精とは動となる寸前の静とも言えます。精こそが命の根源といえます。

そもそも動とは、「ここ」が確定していなければなりません。「ここ」を起点として「あそこ」」に動くのです。しかも、「ここ」は「あそこ」があるから存在する概念であり、「ここ」にある状態は静であり、「あそこ」に向かう状態が動です。しかし、「ここ」は状態 (機能) ではありません。場所…物質です。しかも、「ここ」という場所は確定したものではなく、主観によって無限に存在します。つまり「ここ」は主観による役割…機能という側面も併せ持ちます。物質と機能の両方を兼ね備えた「ここ」は、陰静と陽動を分ける境界であり、これも精ということができます。

精とは、物質 (陰) と機能 (陽) を分ける境界であり、機能的側面を内蔵した物質と言えます。そのはずです、動となる直前の静なのですから。

そういう「精」というものを精汁と表現し、胆はそれを蔵すると表現する。ここに東洋医学の深さが見て取れます。そういう胆にアプローチするというこは、精にアプローチすることになるからです。逆にいえば精汁のレベルまで病むということは、肝精のレベルまで深く病んでいることを意味します。

精は物質と機能の橋渡し

ややこしいでしょうか。要は、世の中は物質 (陰) と機能 (陽) からなり、その境界を精というんだ、ということです。言い換えれば、

物質 → 境界 → 機能

という事象に対するアプローチがあり、東洋医学は、境界~機能にかけての事象を説明しているということです。ですから、東洋医学の肝臓という言葉は疏泄という機能であり、精という言葉は境界であるという理解のもと、話を進めていきたいと思います。

こういう理論が、臨床でどう生きてくるのかを明確にしておきましょう。ぼくは不全流産で一週間、胎嚢が下りていないものを降ろしてあげたことがあります。
 ≫不全流産の症例
もし、機能にのみのアプローチならば、こういうことはできません。胎嚢を子宮外に出すという物質的アプローチができるのは、境界にアプローチできるからで、境界は物質と機能の2つを牛耳っているからてず。東洋医学の考え方を反映し、境界にアプローチした鍼は、物理的な効果を示すことができます。黄疸のビリルビンという色素、あるいは肝臓の器質的変性、胆管の閉塞など、物質的なものを動かさないと黄疸の治療はできません。

さて改めて、黄疸に陰陽境界の構図を当てはめると

胆汁 (物質)  → 精汁 (境界)  → 疏泄 (機能)

と、まとめることができます。この3つのどの概念も、飲食物の栄養分が小腸の壁を通り抜けるという意味をもつことがお分かりでしょうか。

黄疸の発症機序

いま、肝の疏泄機能が働かなくなったとする。しかも、ただ事ではありません。肝精 (精汁) までもが異常事態に陥っているからです。精という境界が侵されたのです。だから物質的にも機能的にも問題が出る。

黄疸はだから、重篤なケースでおこるのです。では、どうしてこんな重篤なことになるのでしょうか。黄疸を発症するに至るまで、何がどう悪かったのか、何をどう改善すればよかったのか。

中医学での見解

中医学では黄疸の原因を、脾臓の運化機能の問題とします。脾臓とは消化・吸収・栄養機能のことを言います。運化機能とは、全身の各細胞に栄養分+水をじわじわと行き渡らせる機能のことです。運化については、「排尿障害…東洋医学から見た7つの原因と治療法」の「大自然の循環」にご説明しましたので、それをご覧ください。脾臓の運化に問題が出る原因は、食べ過ぎ飲み過ぎ・感染症・もともと脾臓が弱い などです。

この運化機能を助けるのが、先程の疏泄機能です。つまり、食べ過ぎなどで運化に問題が出ると、疏泄に影響が及ぶ。すなわち、脾臓に問題が出ると肝臓に影響が及ぶ。だから肝臓の精汁である胆汁に問題が出る。

こういう状態を肝脾同病といいます。運化と疏泄で結びつき同病となり、脾臓が運化できなくて生まれた病的副産物…痰湿が、脾臓だけでなく肝臓にも影響します。肝の疏泄が痰湿によって邪魔されるという事態に発展し、胆の疏泄も妨げられて胆汁が逆流する…、そのように中医学では説明します。

疏泄太過という視点

が、ただ食べ過ぎただけでこんなことが起こるでしょうか。食べ過ぎるにしても、それがなぜ長期間に渡って続いてしまったのか。肝の精にまで影響が及んでしまうほどに…。なので、もう少し私見を展開し補足したいと思います。

まず、黄疸ほどの大病 (肝精が病んだ状態) がいきなり起こるはずがありません。準備期間が相当あるはずです。その状態を疏泄太過といいます。

疏泄太過って何だろう をご参考に。

疏泄太過とは病的興奮状態です。食事にしても仕事にしても遊びにしても、われわれは身の丈に合った量を適量とし、それは自然の理法に適うので健康を保つことができます。しかし疏泄太過では、身の丈以上の量をこなして自覚症状が出ません。食べ過ぎたとか、疲れたとか、そういうことを感じないのです。水面下で病気が進み、それに気づくことができません。

たとえば、仕事で大きなストレスがかかっているとする。しかし今は出世街道の只中で、そんなことにかまっていられない。いつのまにか、飲む、食べる。そうやってストレスをごまかしている自分に気づけない。その飲食物の量は、その体が必要とする量をはるかに超えてしまっている。しかし、出世がドンドンかなうにつれて、さしたる症状も出ない…。そしてある日突然、つっかえ棒が折れてしまうかのように、黄疸が出る。診断は肝炎だった…。

この一例のなかに、疏泄太過は隠れています。ストレスは肝臓に関わります。肝臓はストレスによって大きく病んでいるのです。ストレスという壁をまっすぐ乗り越えることなく、飲食という逃げ道をつくることにより、病んだ肝を整えずとも前に進める状態を作ってしまった。これが肝の枢要たる精に至るほどに、深い問題にしてしまった原因です。

疏泄太過とは、疏泄の力が旺盛なのではなく、疏泄しなくてもいい方向にデタラメに疏泄することです。そういう意味で用いています。

しかも、そのストレスは肝臓ではなく、飲食過多という姿に変化して脾臓を攻撃したことが見て取れます。肝脾同病はこのようにして起こるのです。なぜ飲食不節が起こるのか。その原因を考えなければなりません。脾臓が病むと後天の精…つまり正気そのもののレベルが下がり、精が弱体化します。

道からそれた胆汁

ストレスという壁に対し、その壁を乗り越える「道」を踏むことなく、「脇道」である酒・美食という道に反れてしまっている図をイメージできるでしょうか。疏泄太過とは誤った疏泄のことです。正しい疏泄とは、感謝・思いやりなどのメンタルトレーニングにより、壁を真っすぐに乗り越えることです。

胆汁の正しい疏泄は、肝臓から胆嚢・胆管を経て小腸に入る「道」です。しかし、疏泄太過が長期に及ぶと、胆汁は誤った道に逆流して黄疸となるのです。その際、

機能 (メンタルでの疏泄太過)
→ 境界 (精汁)
→ 物質 (フィジカルでの疏泄太過=ビリルビンという物質の細胞染色)

という経過をたどり、胆汁は誤った「脇道」に逆流して黄疸となるのです。具体的には痰湿が壁となって正しい道を進めなくなります。結果として、目・尿・皮膚が胆汁色に染まります。また胆汁には苦い性質があるので、それが口中に達すると口が苦くなります。

口苦とは をご参考に。

ただし口苦は機能的 (視覚化できない) で軽症、黄色化は物質的 (視覚化できる) で重症ということが言えます。

黄疸の治療原則

胆汁の行く手を阻む壁は、いまやもうストレスのような無形のものではなく、痰湿という有形のものに変化しています。

痰湿とは、体が必要とする飲食量以上のものを摂取したときにできる、ネバネバした副産物です。この痰湿は腸胃にあるような浅い痰湿ではなく、肝の精にまで達した痰湿です。

これを小便 (時には大便) として、体外に排出します。すると黄疸は消失します。黄疸を起こす人は、少し調子がよくなるとまた飲食過多になる傾向がありますので、疏泄太過の治療も同時に行い、痰湿のソースを断ちます。

痰湿は、中焦の陽気がどの程度のレベルかによって、湿熱あるいは寒湿に変化します。痰湿を基本病理としたうえで、湿熱なのか寒湿なのかの分類が大切です。湿熱の方は陽黄、寒湿の方は陰黄と呼称します。

一般的に陽黄は急性で治癒しやすく、陰黄は慢性的で治癒しにくくなります。ただし、陽黄の中でも急黄 (疫毒発黄) は重篤で予断を許しません。また、陽黄がなかなか治癒せず、熱は退いたが湿だけが残ると、脾陽を損傷して陰黄になることがあります。

ここまでのまとめ

肝の精にまで病が達した原因は、疏泄太過による弱り…すなわち知らず知らずの間に水面下で積み重なり起こった弱りです。精 (境界) に問題が起こると、機能 (陽) の問題であった機能的滞りが、物質 (陰) の問題に顕現します。物質的肉体においても、正道から外れるという現象が起こるのです。これが黄疸です。

7つの原因と治療法

以上を踏まえながら、黄疸の各証候を見ていきましょう。1~7まで、長い疏泄太過の無症状期間を経過したのちに発病します。その発病時の分析です。

1.湿熱兼表

陽黄に属します。
ウイルス性の急性肝炎が該当します。
痰湿がすでに体内に存在し、そこにウイルス (外感湿熱) が侵入し、痰湿は熱化し、湿熱となります。湿熱は肝精を犯し、黄疸となります。

症状…
黄疸は不鮮明で、わずかに目黄が現れることがある。
褐色尿 (ウーロン茶様) 。≫胆汁が小腸に行かず、尿中に流入。
胃が張って気持ち悪く、飲食を摂りたがらない。≫痰湿が胃の下降機能を阻害する。
悪寒・発熱・頭重痛・身体重痛。≫表湿熱の症状である。
倦怠感。≫乏力。熱が激しいために気虚を起こす。
黄膩苔。

治療方針…清熱化湿,佐以解表。≫清熱化湿ということは、清熱解毒・芳香化湿のことである。清熱解毒とは、邪熱の強力バージョンを熱毒というが、これを取るということである。

鍼灸…霊台+陰陵泉など。

漢方薬…麻黄连翘赤小豆汤 合 甘露消毒丹など。
麻黄,连翘,杏仁,赤小豆,大枣,桑白皮,生姜,炙甘草。
飛滑石、淡黄芩、绵茵陈、石菖蒲、川贝母、木通、藿香、连翘、白蔻仁、薄荷、射干。≫連翹・黄芩で清熱解毒する。気分から営分の手前までを清熱すると思われる。衛分・気分を陽とすると、営分・血分は陰になる。陰陽の間には境界があるので、清熱解毒は気分から境界に効くと言える。
芳香化湿とは、湿という陰鬱で重濁なものを、軽微で爽やかな香りにより消し去ることである。藿香・石菖蒲などである。

鍼で治療するなら、軽微な刺激が有効で、一本鍼がよく効く理由の一つになるだろう。これで必然的に、浅いレベル (衛分・気分) の湿邪を狙うこととなる。

赤小豆・滑石・木通などで利小便 (利湿) しているが、これは、清熱解毒で深いレベル (境界) の邪熱を取ると、境界の湿邪が残るので、これを取り去るということだろう。
麻黄・薄荷で解表し、清熱・化湿・利湿をスムーズにする。

2.熱重於湿

陽黄に属します。
湿熱があり、熱>湿です。熱は陽に属し、明るく迅速で激しいという性質があります。黄疸にもそれが反映されます。

症状…
目から黄疸症状が始まり、急速に全身に黄疸が広がる。色は鮮やかで明るい黄色である。≫暖色は陽に属する。
右脇が痛み、触られるのを嫌がる。≫脇痛は肝の病証である。痰湿を呼び込む原因になったのは肝鬱である。
高熱・口渇・口乾。≫熱が強いと乾きが出る。
口苦。≫胆汁の苦い性質が小腸に排出されず、口に逆上する。
悪心嘔吐。≫痰湿・湿熱が胃の下降機能を阻害している。
胃脘部を中心に腹が張る。≫胃における痰湿による気滞が張りとなる。
便秘。≫燥屎。
小便は赤黄色で量が少ない。≫熱が強いので煎じられて色が濃くなり量が少なくなる。

治療方針…清熱利湿,佐以泄下。

鍼灸…霊台+上巨虚など。

漢方薬…茵陳蒿湯など。.
茵陈・栀子・大黄。
梔子は清熱して利小便する働き、大黄は瘀熱を大便として瀉下する働き。

3.湿重於熱

陽黄に属します。

湿熱があり、湿>熱です。湿は陰に属しますから、明るく迅速で激しい陽の性質がハッキリしなくなります。黄疸にそれが反映されます。

症状…
黄疸はミカンのような色である。≫熱重於湿の鮮明な色よりもややくすみがある。熱は陽邪だが湿は陰邪なので、暖色が鮮明でないということである。
無発熱あるいは身熱不揚。≫湿が熱を内にこもらせる。湿は陰邪で寒の性質を持つので、それが熱を覆い、熱が発散できない…魔法瓶のような状態にする。魔法瓶は表面が冷たく (湿) 、中が熱い (熱) 。だから冷めない。
右脇痛。
胃脘部が気持ち悪く腹が張る。≫気持ち悪いのは痰湿、張るのは痰湿による気滞。
頭・体が重く、寝てばかりいて倦怠感が強い。≫湿は重い。
食欲がなく、軟便下痢。脂っこいもの・味の濃いものを嫌がる。≫湿が脾を抑えるので脾虚的な症状が出る。
悪心嘔吐。
口粘・不口渇。≫湿が痰化すると口粘になる。湿は陰邪なので水を飲みたがらない。
小便不利。≫中焦に水湿邪があり、脾臓が押さえつけられているため、清濁を分ける力が働かない。

治療方針…健脾利湿,清熱利胆。≫湿を小便として排泄する。湿が取れれば熱は自然と発散する可能性がある。熱が残れば補助的に清熱を用いる。

鍼灸…豊隆・外関・公孫・列缺など。

漢方薬…茵陳四苓湯など。
茵陈・猪苓、茯苓、泽泻・炒白术。

4.胆腑郁熱

陽黄に属します。

疏泄太過の過食によって痰湿を呼び込むのがセオリーですが、胆腑郁熱の場合は、もともと疏泄不及 (肝鬱気滞) があり、木乗土によって脾臓が弱らされている…という素体の問題があります。そのような体質に、風湿熱という外感が入ったとします。そのような体質ですから、太陽 (表) で受けることができず、陽明 (裏) に落とすこともできず、問題のトップである肝鬱に帰結し、胆腑~少陽胆経に邪熱が入ります。

肝精にまで邪が入った原因は、上にご説明したように疏泄太過です。疏泄太過による食べ過ぎや無理のし過ぎがあったはずです。疏泄太過と疏泄不及は陰陽関係にあり、転化の法則が存在します。「疏泄太過って何だろう」をご参考に。ストレス食いとストレスによる胃腸障害を同時にもっている人は、臨床的にも散見されます。ストレスが強いと食べられなくなり、ストレスが中等度だと食べ過ぎる…というタイプです。このようにして少陽病に陽明病を兼ねた大柴胡湯証となります。

右脇に激痛があるということが此証の特徴です。胆石疝痛などが相当します。

症状…
黄疸の色は鮮やかで明るい黄色である。≫熱で暖色となる。
右脇に激痛があり肩背にまで放散痛がある。≫邪熱が強い。激痛は邪熱の特徴である。
高熱。あるいは寒熱往来。≫高熱は陽明病。寒熱往来は少陽病。
口苦・咽乾。≫少陽病の特徴。
悪心嘔吐。≫木乗土。
便秘。≫陽明病の特徴。
大便が白っぽくなる。≫胆汁が小腸に排出されていない。
尿黄。

治療方針…清熱化湿,疏肝利胆。

鍼灸…肝兪など。

漢方薬…大柴胡湯など。

5.疫毒発黄

陽黄に属します。
危篤な急性肝炎が相当します。急黄とも呼称されます。湿熱兼表の強力バージョンです。熱が非常に強く深い熱毒といわれる状態です。

症状…
急に発症し、黄疸がドンドンひどくなり、黄金色になる。
脇痛。
胃脘部を中心に腹が張り、疼痛があり、触られるのを嫌がる。
高熱・煩渇・嘔吐・尿少・便秘・煩躁。
意識があやふやになり、うわ言を言う。鼻血・血尿・皮下出血。≫熱毒が営血分に迫る。
腹水。≫強力な外感湿熱が入ってきた。湿は脾臓の運化を急激に弱らせ水滞を作る。熱 (激しい気滞) は肝臓の疏泄を急激に弱らせ瘀血を作る。気滞・邪熱・水滞・瘀血は胃の気を急激に弱らせ、胃の気の本拠地である腹部 (求心力のコア) に問題を生じる。水穀の精 (精とは境界) に問題が生じるほどに、陰陽の境界がぼやけ、腹水となる。
昏睡。≫営血分の最も深い部分、すなわち心包に邪熱が入る。肝性昏睡。

治療方針…清热解毒,凉血解竅。

鍼灸…霊台・人中・公孫・三陰交など。

漢方薬…千金犀角散など。

6.寒湿阻遏

陰黄に属します。
もともと中焦 (脾臓・胃腑) の陽気のレベルが低く、体内で生まれた湿邪は寒化して寒湿となります。寒湿は邪実ですが、脾陽のレベルが低いということは正虚があるということです。

症状…
黄疸の色は暗い黄色で光沢がなく、煙でいぶされたようなすすけた質感である。≫寒湿は陰邪なので暗い色になる
右脇に痛み。
ミゾオチがつかえ、少ししか食べない。
精神疲労・寒がり。≫寒邪が心陽を圧迫。
腹が張る。≫寒湿邪による気滞。
軟便下痢が出る。≫土 (脾臓) は保水性を持っているが、雨 (寒湿) が多すぎるので、そのまま流れる。

治療方針…温中化湿,健脾利胆。

鍼灸…公孫・豊隆・外足三里・外関・列缺など。

漢方薬…茵陳朮附湯など。
茵陈,附子、干姜, 白术、甘草。

7.脾虚湿郁

陰黄に属します。
湿重於熱をうまく治療できないと、陰黄に転化し、黄疸が慢性化し治療が難しくなります。正虚>邪実 で、これは邪実である痰湿が長らく除去できず、生命力の弱りである正虚が中心となったものです。正虚である脾虚が進むにつれ、食欲がなくなり、過度の痰湿を呼び込むことがなくなり、痰湿が主要矛盾ではなくなります。もし、脾虚があるのに自覚できず、相変わらず食べ過ぎるとなると、これは虚実錯雑となり、ガンに移行する可能性があります。症状が自覚できないのは疏泄太過があるからです。

症状…
黄疸の色はやや不鮮明。≫邪実よりも正虚の方が主体となる。黄疸の色は邪実の色なので不鮮明となる。
脇にジワジワとした痛み。≫脾虚肝鬱。
食欲不振。体がだるく力が入らない。≫脾虚によるもの。
動悸・息切れ。≫気虚によるもの。
腹が張る。≫張りそのものは気滞。脾虚により運化できなるなるので気滞が生じる。
軟便下痢。≫脾虚により、清濁を分ける力がなく、清濁混交のまま流れ出る。

治療方針…健脾益気,祛湿利胆。

鍼灸…外足三里・公孫・脾兪・中脘など。

漢方薬…六君子湯加茵陳、柴胡など。·

まとめ

陽黄だからと言って冷やすと陰黄に転化しやすく、陰黄だからといって温めると陽黄に転化しやすいのが特徴です。治療の機微が求められるのです。これは陰陽の幅が小さくなっているからです。陰陽の幅をつねに狭めることがないよう、注意を払いながら治療すべきです。陰陽の幅は中気 (脾胃) が関与します。胃の気を傷つけないように気を付けるということです。

適宜、瘀血の除去も意識します。やはり、陰陽幅が小さいので、気血ともに病みやすくなります。ビリルビンが胆石の原因になりうるように、瘀血が気滞を強固にして疏泄できないという病理があります。

治療の過程で、黄疸が消えたからといって安心してはいけないのは当然のことです。湿邪をはじめとし、邪熱・寒邪・気滞・瘀血のレベルを低くして、リスクを少なくしておくことが必要です。危険な波打ち際にいると、時として高い波が襲ったときに、波にさらわれてしまいますね。低い波ならさらわれないということもありえます。波の高さは我々にはコントロールできません。波とは、気候変動・予期せぬストレス・急用など、いくらでもあります。だからできるだけ波打ち際から離れるという努力が必要なのです。

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