不全流産の症例

「娘が流産しまして…。それで、フクロ (胎嚢) が下らないらしいんです。産婦人科で手術して出さないといけないと言われてるのに、手術が嫌だというんです。先生の鍼で何とかなりませんか?」

「ああ、来ていただいたらいいですよ。」

ご相談を受けた翌日に診察する。
不全流産である。
結果、計5回の治療 (10日間) で、胎嚢を排泄し完全流産となる。

  • 不全流産…胎児が死亡した後も、胎嚢が子宮内に残留し、排泄されない状態のこと。
  • 完全流産…胎児が死亡するとともに胎嚢が体外に排出され、完結した流産のこと。

治療と経過

初診

一週間前に流産と診断を受ける。下腹が少し痛い (刺痛) が出血はない。おりものはある。流産するということは、子宮の求心力がないということで、腎臓の弱り (腎気虚) があることを示す。

刺痛は瘀血の存在を示す。不全流産による胎嚢は、母体にとっては異物 (瘀血) である。生命は、異物を必ず取り除こうとする。鍼でその手助けをするのである。

左三陰交にウロウロと定まらない邪気がある。この邪気は瘀血である。しかし、今ここに鍼を打っても命中はしない。シッカリと動かない反応に変えてから仕留める必要がある。

左照海に20分置鍼。腎の正気を補い、子宮を充実させる。三陰交の邪気がシッカリしたものになる。
左三陰交に鍼 (速刺速抜) 。瘀血を取り去る。

2診目 (2日後)

今朝から微量の出血。腎が補われ、出血を起こす体力、瘀血を洗い流す体力がいくらか出てきた。かなりの出血量がないと胎嚢は下らない。

左照海に20分置鍼。

3診目 (3日後)

出血は同じ程度で続いている。下腹の刺痛は気にならない程度に減少。瘀血 (胎嚢) が取れようとしている。子宮内で血が増してきている。

左照海に20分置鍼。左三陰交に鍼 (速刺速抜) 。
左合谷に銀製古代鍼にて処置。気滞をとることで瘀血の除去をスムーズにする狙い。

4診目 (2日後)

前回治療後、出血量が6倍に増えた。ただし、月経の終わりころの出血に相当する量。色は黒っぽく、濃い時と薄い時がある。初診当初よりも下腹の痛みがきつい。瘀血を押し出すために陣痛的な痛みが出てきている。

左照海に20分置鍼。

5診目 (翌日)

AM5:30に大量出血。しんどいかなと思ったが子供の参観に出席。PM3:00帰りの車中で再び大量出血。出血が多いせいか、少しボーっとする (起立性めまい) 。出血がだらだら続いている。脈を診ると浮いて力がない。これは正気が漏れていることを示す。

出血過多にならないように脾臓をバックアップする。この出血は瘀血をなんとか洗い流そうとする正しい出血と、生命力に負担をかけた (参観に出席した) 出血との両側面がある。不統血とみて以下の処置を行う。

左不容に夢分流打鍼術。
脊中に灸9壮。脾兪に灸5壮。
左隠白に銀製古代鍼にて瀉法。

出血が起こったことは、胎嚢を排出するために必要な過程である。しかし、そういう状態で外出 (参観に出席) は労倦 (無理のし過ぎ) となり、脾を弱らして正気を漏らす出血ともなった。この不統血の治療は、出血を維持しつつもその量を調整し、正気を漏らさず補う目的がある。

6診目 (3日後)

前回治療後も出血量は多く、昨日、白っぽく大きな異形の塊が出た。胎嚢である。

塊の排出後から出血が少なくなり、生理の終わりころと同じくらいとなる。血の色は薄い。

流産した頃から体調が悪かったが少し楽。
起床時のスッキリ感が出てきた。
起立性めまいは不変。手のむくみが子供をダッコすると出る。

左大巨に20分置鍼。脾臓と腎臓の正気を補う。

7診目 (3日後)

産婦人科で、胎嚢は排出され、完全流産であるとの診断を得る。
出血は、おりものに血がまじる程度のものとなる。

流産してからなかった食欲が出てきた。
めまいはまし。手のむくみなし。
体調が良くなった。

左大巨に20分置鍼。左不容に夢分流打鍼術。

まもなく出血は止まり、7診目の20日後、生理が来たとの報告を受ける。

考察

子宮内に死亡した胎嚢がある。これを生命は異物とみなし、出産あるいは月経を起こすときと同じやり方で、外に排出しようとする。しかし、生命力が足りないと、それができない。だから産婦人科での手術が必要となるのである。

流産してしまったのは、腎臓の正気の弱りがあったことが原因である。胎嚢そのものは瘀血である。瘀血という邪気を外に出すためには、正気がしっかりしていないとできない。このように、虚 (正気の弱り) と実 (邪気) が同時に存在する。そもそも正気の弱りがあっては妊娠は持続できない。不全流産となるのは、ある意味 必然といえる。病態把握が複雑となるのは避けられない。

素体として、腎精の不足があるタイプ。腎精は弱くても、腎気は強いというのはよく見られる。だから妊娠できたのだ。この患者さんは、妊娠後、睡眠不足があった。そのため、もともと弱い腎精がますます弱くなり、腎気を支え切れるレベルではなくなり、流産に至ったものと考えた。簡単に言うと、気合で妊娠はできたが、体力がもたなかったのだ。

治療によって正気が増され、邪気 (異物) が排泄された。だから体調が良くなった。手術で胎嚢を除去しても、体調不良は続いた可能性が高い。

癥瘕 (子宮筋腫や子宮がんなど) もこれと同じ考えを当てはめることができる。もちろんガンともなると、本症例などは比較にならないほど難しいし時間もかかる。しかし一つ言えることがある。生命は、異物をなんとか排除しようとしているのだ。

癥瘕 (子宮筋腫・卵巣嚢腫・子宮内膜症・子宮がんなど) …東洋医学から見た原因と治療法
癥瘕 (ちょうか) とは、女性の下腹部に、腫塊・脹り・膨満・痛みのあるものを言います。現代でいう子宮筋腫・卵巣嚢腫・チョコレート嚢胞などの子宮内膜症・子宮がんなどを示す概念です。中医学ではこれらをどのように捉えているのか、詳しく説明します。

ぼくは安請け合いしたのではない。生命というものを信じたのである。

もし手術で除去しても体質が変わらなければ、病は形を変えて繰り返すことになる。

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