邪気の数値化…邪熱スコアと痰湿スコア

病気とは、重症になればなるほど自覚症状が出なくなることにお気づきだろうか。

その代表が、ガンと脳梗塞である。

「あたしこのごろ腸にオデキ (ガン) ができちゃってさあ」
「おれこのごろ血管がひび割れてカサカサ (動脈硬化) なんだ〜」
なんて言う人はいない。ガンは検査で見つかるまで気が付かない。脳梗塞 (動脈硬化) はある日突然たおれるまで自覚症状がないのである。

よって重症疾患を診るには、患者さんの言葉である「問診」に頼れない。では西洋医学の検査に依存するのか? というと、それでは東洋医学の診断とはならない。東洋医学の診断ができなければ、治療して良くすることなど及びもつかないのである。

難病になればなるほど、邪気を取らなければならない。邪気を取らなければ、経過良しと見えていたとしても、ある日突然急変する。邪気とは正気 (生命力) を邪魔する力のことである。

邪気を数値化 (スコア化) して重症度を認識する必要がある。

いま試みている方法は以下の通りである。

まず、無形の邪気 (気滞・邪熱) 、有形の邪気 (痰湿・瘀血) に別けて診る。これを問診ではなく、切経で行う。問診だと患者さんの気分的なものが訴えに反映されてバラツキが生じるが、切経だとそういうものの影響を受けない。

2024年2月現在では、邪熱か痰湿かで出ている。邪熱・痰湿それぞれの絶対量を数直線で計測し、数値化するのである。

邪熱は前胸部 (腎経) で診る。左不容 (胃経) から始まり、左歩廊・神封・霊墟と診ていく。左神封 (第4肋間;膻中の傍) の高さが正常域の限界、それ以上 (第3肋間以上;左霊墟以上) になると異常域である。位置が高くなればなるほど、邪熱の量が多くなる。上は左巨髎 (人中の傍) が限界で、それ以上になると右不容に反応が出て、そこから右歩廊・神封・霊墟と診ていく。右不容以上は危険域 (入院レベル) となる。

痰湿は下肢 (左右胃経) で診る。厲兌から始まり衝陽・解谿・上巨虚と診ていく。左右どちらで診ても良い。足三里の高さが正常域の限界、それ以上 (犢鼻以上) になると異常域である。位置が高くなればなるほど、痰湿の量が多くなる。衝門 (脾経) を超えると危険域 (入院レベル) となり、上は天枢まで経験があり、この方はがん患者であった。

邪熱と痰湿が両方あり、どちらが中心になるかは、後渓に実邪 (邪熱) が出るか、曲池に実邪 (痰湿) が出るかが参考になる。今は豊隆 (痰湿を見るツボ) はあまり反応してこない。最終的には神闕の反応で見分け、求心性の気の動きをもって邪熱とし、求心性遠心性ともに見られないものを痰湿とする。

ツボの実の反応が読み取れて初めて使える診察法である。実の反応とは、左右相対的な実ではなく、絶対的な実の反応である。

ツボの診察…正しい弁証のために切経を
ツボは鍼を打ったりお灸をしたりするためだけのものではありません。 弁証 (東洋医学の診断) につかうものです。 ツボの診察のことを切経といいます。つまり、手や足やお腹や背中をなで回し、それぞれりツボの虚実を診て、気血や五臓の異変を察するのです。

この診察法を始めた当初は、とにかく脚を撫で回していた。胸は男性を使って撫で回す。体を撫で回すというのは名医・藤本蓮風先生の教えである。そのうち、衣服 (下着) が邪魔だと感じるようになり、手をかざして移動させ、スキャンするように診察するようになった。これなら顎や膝などの凹凸があっても容易に診察できる。撫で回すことと手をかざすことの、両方を組み合わせることが大切である。

なお、各種邪気のうち、気滞の数値化 (気滞スコア) を問診項目から得ようとする試みがある。
>>【論文】 A prediction model of qi stagnation (気滞の予測モデル)
問診項目を数値化するという意義は大きい。だが、これで気滞スコア確定とするのは尚早である。これのみだと弁証が根本的に狂う恐れがある。

そもそも気滞とは単独のものではない。邪熱も痰湿も瘀血も、気の推動を妨げるものであるため、必ず気滞を伴う
つまり、邪熱も痰湿も瘀血も、気滞の症状を兼ね備えているのである。ゆえに、気滞が主体である (邪熱・痰湿・瘀血は考慮しなくていい) と証明したいのであれば、邪熱がない (邪気が主体とならない) 証明・痰湿がない (痰湿が主体とならない) 証明・瘀血がない (瘀血が主体とならない) 証明を行う必要がある。
さらに重要なことは、気虚であっても気の推動は弱るのであるから、やはり気滞は現れる。気虚も気滞を伴うのである。ここは弁証の根幹である虚実に関わるので看過できない。

このような視点から見直すと、病気 (体調不良) であれば必ず気滞が伴う…ということが言える。よって「この気滞スコア」 (問診によるもの) は、「自覚症状の数値化である」とまとめることができる。自覚症状の数値化とはつまり、患者がどれだけつらいと感じているか…の数値化に過ぎない。冒頭にも言ったように、初期ガンや動脈硬化は自覚症状が出ないのであるから、問診による気滞スコアのみでは、重病度の数値化にさえならないのである。

弁証の基本は四診合参である。問診から得られたスコアが、切診のものと合致するかを検証する必要がある。上記リンクの論文の気滞スコアは大きな成果である。ただしこれで完成したのではなく、そのスコアを基礎に、切診の情報を上乗せ検討していく必要がある。そのためにも切診によるスコアの研究を進めるべきである。

こうした切経による方法はかねてから試みていたが、ネフローゼ症候群 (指定難病222) の患者さんの悪化を予言し、それが的中してから、参考価値ありとの確信を持つようになった。ネフローゼ症候群は、腎臓の自己免疫疾患で、尿蛋白が多くなることが特徴である。この患者さんはステロイド抵抗型 (巣状分節性糸球体硬化症) でありステロイドの効果が期待できず、数値が安定しなければ約10年で人工透析となると言われる。人工透析をしなければ尿毒症で死ぬのである。この病気は、入院レベルになるとむくみが出やすくはなるが、初期段階での自覚症状に乏しい。いま言うところの「重症疾患」の特徴を持つ。

鍼治療によって奇跡的に数値が下がった年末から、正月 (不養生があった) を挟んで2週間ぶりの来院、衝門まで痰湿のレベルが上がっていることから、
前みたいに尿が出なくなってもおかしくない。入院レベルだ。数値が上がっている可能性がある。」
と伝えると、2日後の血液検査で尿タンパクが3.12から入院レベル5を超える5.58となりその翌日は8.16となった。
またAST333・ALT219・γ-GTP164と劇症肝炎がチラつくような数値となった。
また予言通り、4日後から尿量が減った。

これらは正月明けから鍼治療を連日行うことで速やかに安全値となり、尿量も回復して事なきを得た。

このような数値の乱高下に、腎臓内科専門医が「僕には分かりません」と6回もおっしゃったというが、僕にはハッキリとした基準 (痰湿スコア) が見えていた。だから、全く動じなかった。スコアが上がっていれば治療を勧め、スコアが下がってくれば良くなってきたと考えればいいからである。

ぼくが「分からない」と思えば、とうぜん患者さんは迷う。
迷えば出口はない。
見えていれば出口は見つかるものである。

「見える化」は、論文を書く努力と同時に、感覚を鍛える努力によって行うものである。

 

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