樋屋奇応丸と宇津救命丸

かつて長男がなぜ泣いて困ったかは私にはわからないのですが、遠い昔、万策尽き果てた私は自分であの有名な樋屋奇応丸を口に入れ家事を諦めて息子を抱いていたら泣かなくなった経験があります。
私の心身の何かが息子を泣かせていたのかもしれません。
先生の専門的な投稿に間抜けな経験談を語り恐縮ですが、未熟な母親を一度だけですが助けてくれたことが忘れられません。

東洋医学をいっしょに勉強しよう!

赤ちゃんの夜泣き・かんむしに。
関西では樋屋奇応丸、関東では宇津救命丸です。

両者の組成はよく似ています。共通するのは、麝香 (じゃこう) ・牛黄 (ごおう) 、そして人参です。
麝香とは、ジャコウ鹿の陰茎の包皮 (ジャコウ腺) の分泌物です。ムスク (香料) としても使われます。
牛黄とは、牛の胆石です。

樋屋奇応丸
・人参
・牛黄
・麝香
・熊胆…熊の胆嚢。苦寒。涼肝熄風。
・沈香…苦温。脾・胃・腎。
 
 
 

宇津救命丸
・人参
・牛黄
・麝香
・牛胆…牛の胆嚢。苦寒。涼肝熄風。
・羚羊角…鹹寒。涼肝熄風。
・黄連…苦寒。清熱。
・甘草…陰剤と陽剤の調整。
・丁子…辛温。脾胃虚寒に用いる。

傷寒論私見…苦温とは (薬学のまとめ)
厚朴 (苦温) についての理解を深めます。ついでに主な生薬の性質についての考察もまとめます。

麝香と牛黄は「開竅薬」といって、脳卒中や熱性けいれんの意識障害にも用いられる強烈な薬です。竅 (あな) を開く。脳に詰まったコルクを抜くようなイメージです。気閉証 (実証) に用いて意識を回復させます。もし誤って気脱証 (虚証) に用いると正気が抜け出てしまい、帰らぬ人となる恐れがあります。

邪気を取り除く力が強ければ強いほど、正気も取り除く力もあってしまうということです。そういう薬のことを瀉剤といいます。

牛黄は、ぼくも経験があります。20代の頃、高熱が出たときです。牛黄単味を頓服したところ、一気に元気になって治ってしまいました。しかし、それ以降は使用したことがありません。これではカゼを引いた意味がなくなると思ったからです。意味とは…。体がつかれているので感染した。だから体を休める必要がある、ということです。体を休めるというプロセスも吹っ飛ばすほどの、強烈な影響力があることを経験しました。

開竅薬をむやみに用いると正気を消耗する恐れがあり、それは中薬学の注意事項にも記されていることです。頻繁に使用しすぎる (コルクを何度も抜く) と、正気を消耗して空気抜けになってしまうのですね。

そうならないように、人参が足されています。人参は大補元気です。ただし、もしこの大補の人参のみをギャン泣きする赤ちゃんに与えたなら、さらに激しく大泣きする可能性があります。人参は、生命 (正気と邪気) をまるごと元気にするため、邪気も力づけてしまうからです。こういう薬のことを補剤といいます。生命とは、正気と邪気という陰陽のことであるということを確認しておきましょう。

樋屋奇応丸で甘草を使っていないのは、切れ味を鋭くするためでしょう。急性に起こったものを急性に改善する用途が見え隠れします。普通は、補剤と瀉剤を組み合わせて使うときは、宇津救命丸のように甘草を使います。私見ですが、甘草には補を瀉につなげ瀉を補につなげる、つまり陰と陽とを協力関係にする境界としての働きがあると考えています。

つまり樋屋奇応丸 (宇津救命丸) は、うまく瀉剤 (麝香・牛黄) と補剤 (人参) を組み合わせて、絶妙に配合された薬であると言えます。赤ちゃんにこもった邪気 (邪熱) 、泣いても泣いても出ていかない邪気を、開竅薬でコルクを抜いて追い出します。追い出して、中身が腑抜けにならないように、人参で補充します。

こうして、一瞬邪熱を抜き取るのですね。邪熱が原因の夜泣きがあることについては、夜啼 (夜泣き) …東洋医学から見た3つの原因と治療法 で説明しましたが、人参・麝香・牛黄の組み合わせは、このタイプに効果があると考えられます。ただし、夜啼にはその他、寒邪が原因のもの、心胆の弱りが原因のものがありますが、この2つには効果が少ないことが想像できます。

“一度だけ助けていただいた” と、コメントの方もおっしゃるように、赤ちゃんに泣き続けられると、親としては精神的にも肉体的にもどうにもならなくなるときがあります。そんな苦しいときに、こういう薬を頓服して泣き止んで寝てくれれば、それは親としては何物にも代えがたい「休憩時間」となります。休憩を取れれば、また向き合えます。非常に効くお薬なればこそです。

ただし、夜啼 (夜泣き) …東洋医学から見た3つの原因と治療法 で展開したように、赤ちゃんがギャン泣きするには何か理由があると考えるべきです。その原因に気づくことが親としては最も大切なことで、その結果として夜泣きがマシになるのが理想と言えます。そのプロセスを無視して、泣き止めばそれでいい…というような使い方ならば、ただの口封じです。それではよくない使い方になってしまいます。

原因を考え、取り除くこと。 原因療法 (↔対症療法) 。
結果だけを “改ざん” してはならない。

本ブログで繰り返し述べる重要事項です。

ただし、結果だけを良くすることであろうとも、それが「母親の休憩」につながるならば、原因を考える「ゆとり」が生まれます。対症療法にはそういう「意味」があり、その意味を持たせることが重要です。つまりは「使いよう」です。

コメントの方に確認したのですか、樋屋奇応丸を赤ちゃんではなく、 “自分で” 飲んだそうです。それで赤ちゃんが泣き止んだ。どうしてそんなことが起こったか。 “私の心身の何かが息子を泣かせていたのかもしれません” という考察を投げかけてくださっています。

自分の何が悪いんだろう。きっと何かあるにちがいない。
この謙虚さ。これほど大切なものはない。
自分に、強烈に向き合う。

妊娠、出産、そして子育て。
初めての大仕事。休む間もない激務。

終わりの見えない毎日に、戸惑わない人はいないでしょう。そんな中、母の心肝に邪熱を持った。邪熱とは、落ち着かなさです。その邪熱が赤ちゃんに波及した。そこに、熱性けいれんや脳卒中の意識回復にも用いられる薬で、一気にコルクを抜く (開竅する) 。抜いて腑抜けになってしまわぬように、すかさず元気を大補する。すると母は、余計な力が抜け、邪熱が一瞬消え去る。

その結果、赤ちゃんに波及していた邪熱のソースが消え去り、赤ちゃんの邪熱も一瞬消え去る。だから泣き止んだ。

母親が服用すれば、赤ちゃんが泣き止んだ。
母親が落ち着けば、赤ちゃんも落ち着いた。

母と子は一心同体であるという事実を突きつけられます。

なぜ、母の影響力はここまで強いのか。

いま「この子」の命が存在する理由は、母の存在あってのことだからです。

母がなしとげた「大手柄」が、その存在理由だからです。

その後、長男は山下達郎さんの曲を聴くとよく寝付くことがわかり、とても楽になりました。

東洋医学をいっしょに勉強しよう!

コメントの方には、絶妙なオチでまとめていただきました。

山下達郎さん、いいですよね〜。懐かしくなって、ひとしきり聞き惚れました。そら泣き止むわ。

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