気脱証

症状

【概念】
気が脱せんとする状態です。亡陰亡陽 (生命危篤の状態) に至る手前の状態で、重篤です。
病状が急変して起こります。

気虚証が生命の危機に至るまで悪化したもので、虚証に属します。寒証は不明瞭です。

気虚証              をご参考に。
東洋医学の「気」って何だろう   をご参考に。
虚実とは◀正気と邪気って何だろう をご参考に。

【常見症状】
突然大汗淋漓…突然に大量の汗がしたたるように出る。
精神萎靡…精神の力がぬけてぐったりする。
目合口張…目を閉じ、口を開く。
面色蒼白…顔色が蒼白である。
気短不続…ハアハアして息が浅く途絶えそうである。
二便自遺…大小便を失禁する。

【多見症状】
肢冷…上肢と下肢の冷え。
昏迷…意識喪失。
失明…両眼乾渋・双目失明・瞳孔散大。精気虚脱して目を上栄できず。

氣脱者.目不明. <霊枢・決氣 30>

【舌・脈】
舌淡胖…舌の色が淡く、ぽってりしている。
脈細微、あるいは芤大。

原因

気脱をおこす原因は、出血・発汗・下痢・体弱・脳卒中が挙げられます。

①気随血脱 (大量出血)
・外傷の大出血。
・崩漏 …大量の不正出血。
・産後の大出血。

②津液損傷
・外感熱病不癒 → 津液損傷+誤汗・誤下 → 激しい発汗・激しい下痢。
・内傷久病 (脾腎元気不足) + 誤汗・誤下 → 大汗淋漓…したたるような大発汗。
・正不勝邪…戦汗 (戦慄発汗・熱病治癒転機)  → 治癒せず、かえって四肢の冷えが出た場合。
・小児禀賦不足+外感熱病。

③老年体弱・久病
気虚不固…気虚により固摂を失う → 腠理疏松…肌目がスキマだらけ。腎気不固・脾不制水。
そのスキマから
・陽気が外脱すると亡陽になる。
・津液 (汗) が外泄すると亡陰になる。

④脳卒中
突然昏倒 → 目合口張…目を閉じ口を開く + 二便自遺…大小便を失禁する。

考察

前出の 原因①〜④について説明を試みます。まず前提として…、

陰 (血・津液) 。そして陽 (気) 。
この2つを ”恋し焦がれ合う男女” に例えて考えてみます。
“陰陽の元” は、先天である腎に保存 (封蔵) されています。封蔵された陽のことを真陽 (命門) といい、封蔵された陰のことを真陰 (腎の陰精) と言います。太極図がありますね。白い魚と黒い魚が抱き合っています。

真陰と真陽は、生命の最も中心で深い部分、つまりコアに相当する部分に安居しています。それを包み込むように、生命全体を形成し充満する陰陽が守ってます。地球と地球のコアをイメージすると分かりやすいでしょうか。

生命に充満する陰はこの真陰と、生命に充満する陽はこの真陽と、それぞれつながっています。このつながりが切れてしまうと、生命が危機に陥ります。

① 気随血脱

例えば、大量出血が起こったとします。血は真陰とつながっていますが、大量出血が起こるときは、そのつながりが切れてしまいます。真陰と決別し、大量の血が外に出てしまいます。その血 (陰) には、陽 (気) が抱きついています。つまり、駆け落ちですね。親元を離れ、家出してしまった血、その血と気はくっついて離れません。

大量の血だけでなく、大量の気が体外に散ってしまいます。
この状態を「気随血脱」といいます。気が血に随 (したが) って脱す。

ここで治療をして、気随血脱を止めれば回復します。しかし止まらない場合は真陰と真陽だけが生命という家を守ることになります。それでもなお止まらない。つまり出血が止まらない。亡陰です。すると真陽・真陰ともにドンドン小さくなります。

最終的には陽らしさ・陰らしさが無くなります。無くなると互いに恋し焦がれ合う関係が無くなり、陰は陽をつなぎとめておけず (陰不制陽) 、陽は陰に未練が無くなり (陽不恋陰) 、陽が離れてどこかに行ってしまいます。

これを陰陽離決と言います。亡陽です。やがて命はついえます。

東洋医学では出血による気脱は気を補うことで回復させてきました。だから気の病証として考えます。気を補うことで出血を止め、気脱を食い止めるのです。

しかし現代では輸血が順当ですね。ただし、こういう病因病理を理解しておくと、臨床でいろんな応用ができます。急事に対応できる能力があればこそ、平時の臨床がうまくいく…というものです。

② 津液損傷

「血汗同源」という言葉があります。よって、さきほどの ①気随血脱 の “血” を、 “津液” に置き換えます。生理病理は同じです。

津液とは◀五液とは をご参考に。

つまり、汗も下痢・小便も「血」ではありませんが、物質的体液という意味で、血であると簡略にまとめて、気との関わりを考えつつ気脱を説明します。

汗が止まらず、下痢が止まらず、嘔吐が止まらず、それで死に至ることがあります。出血が止まらないのと同じです。

東洋医学では津液損傷による気脱は気を補うことで回復させてきました。だから気の病証として考えます。気を補うことで下痢・発汗を止め、気脱を食い止めるのです。具体的には脾気・腎気を補います。

しかし、ここまで危篤になると、現代では点滴が順当ですね。ただし、こういう病因病理を理解しておくと、臨床でいろんな応用ができます。急事と平時は陰陽です。急事の勉強は大切です。

③ 老年体弱

気脱は、たとえば死期が迫った老人、あるいは病気などで体の弱った人に起こりやすくなります。こういう人は平素から気虚を起こしているものです。そういう気虚証の人が突然に、汗・下痢などが止まらなくなって起こります。

気には固摂作用があります。

固摂とは何でしょう。集めて固める機能のことですが、固摂がもしなかったら…と考えたほうが分かりやすいかも知れません。もしも固摂が無かったらどうなるかと言うと、体の体液が外に漏れ出します。つまり汗が出て止まらず、血が出て止まらず、下痢・小便が出て止まりません。今いうのはすべて目に見える物質的なもの (体液) ばかりですが、目に見えない機能 (気) も外に散ってしまいます。この状態が、気脱です。

気を補えれば固摂が効くわけですから、体液の漏れ、気の漏れ、双方が無くなり、回復します。この歯止めが効かなくなったら、亡陰亡陽です。

陽 (気) と陰 (血・体液) は陰陽関係にあって、こがれ合う男女のように、互いをつなぎとめあっています。それが円満な家庭 (健全な体) のなかで抱き合っているならば問題ありません。ところが、駆け落ちして家から飛び出してしまった、となると家はモヌケの殻になってしまいます。これは先に述べたとおりです。

④ 脳卒中

脳卒中の際に口を開けて失禁し、気を失ったときも気脱です。大小便の失禁はあってもそれが原因で気脱を起こしたのではなく、気脱を起こして固摂できなくなった結果の失禁です。ではこの場合、なぜ気脱を起こしたのでしょうか。

脳卒中の基本病理は気陰両虚による気の上衝です。すでにそもそも陰(血)がかなり弱っていたのです。ただし、脳卒中を起こす前夜は普通に生活しています。これは気陰両虚を起こしていることに気づいていない状態です。

本当は気虚・血虚・陰虚を起こしているのですが、陽だけは虚していないので、それだけで持ってしまう。しかし、その陽も、気・血・陰によって支えられているものですので、支えがなくなった “泡沫 (うたかた) ” のような陽です。そのバブルが突然はじけてしまった。すると、生命を維持できるレベルを遥かに超えた気虚・血虚がむき出しになってしまうのです。

すでに固摂する力を失っていた気は気閉という壁にぶつかることもなく、血を見捨ててそのまま上に外に脱します。つまり、 もともと焦がれ合い抱き合っていた男女が、男らしさ女らしさを失う (気虚・血虚) ことにより、他方を見捨ててどこかに行ってしまう、見捨てられた方も未練がない、というイメージです。①気随血脱 で説明した、陰不制陽・陽不恋陰です。

そのときに、どこかに行かないように壁があれば、そこで気はぶつかり留まって滞り、脱することだけは避けられます。これが気閉であり、脳卒中後の後遺症です。気閉を起こさず、そのうえ気脱が止められなれば、亡陽を起こして死に至ります。

参考文献:中国中医研究院「証候鑑別診断学」人民衛生出版社1995

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