胸痛と湿邪

定期的に診ている患者さんである。PMSがひどく、外出するたびに体調を崩していたが、生理での悪化はほぼなくなり、かなり体力がついてきている。

詳しく問診する前に、まずは望診・脈診・腹診・切診を行う。

四診とは…望診・聞診・問診・切診
四診とは、東洋医学独自の診察方法を言います。望診・聞診・問診・切診の4つを言います。望診とは目で見て行う診察法、聞診とは耳や鼻を用いて行う診察法、問診とは患者さんの話を詳しく聞く診察法、切診とは体に触れて診察する方法です。

5月16日から梅雨入りした。16日の午後から振り始め、それから一週間、雨が続いている。雨や湿気の影響 (湿邪) が出ている人が多い。それを踏まえつつ診る。

切診 (体の診察)

まず表証の有無から診察を始める。反応はなく、表証は否定。

少商 (肺の井穴) に実の反応がある。井穴は急性の場合に反応しやすい。肺気 (気・津液のめぐり) が急に滞ったことを意味する。雨があると体が重くなるのは、肺気に急な滞りが生じるからでもある。

外邪 (雨の影響) である可能性が高い。

行間 (肝の栄穴) に実の反応がある。ふつう行間は左に実が出るのはよく見かけるが、左右ともに出る場合は、内風 (こころの波風) の可能性がある。内風は、外風 (外の気候の急変) とタッグを組みやすい。内風があると雨というの気候の急変 (外湿) によって、内湿 (食べたものの余り) が助長されやすい。

内風とは◀外邪って何だろう をご参考に。

三陰交は実の反応がない。この年齢の女性の場合、生理周期がどこにあるかで三陰交の反応の評価は変わる。

豊隆 (胃の絡穴) に実の反応が広面積で出ている。これは直近での内湿 (痰湿) の増加を意味する。雨による増加か、食べすぎによる増加か。

痰湿とは◀正気と邪気って何だろう をご参考に。

問診

「生理はいまどうかな…。」
「今日で4日目です。」

三陰交の反応は正常だ。血虚を示す反応はなく、しかも生理が始まって実の反応が消えている。子宮の瘀血は正常に排出されている。瘀血による胸痛の可能性は低い。

瘀血とは◀正気と邪気って何だろう をご参考に。

また、隠白 (脾の井穴) に実の反応はない。隠白は不統血 (弱りによる出血) の反応を示す。この反応がないということは、生理後半の悪化ではないことを示す。当該患者は初診の頃、生理の後半になるほど体調を崩していた。

不統血とは◀出血…東洋医学から見た4つの原因と治療法 をご参考に。

「調子は?」
「生理2日目の日だったんですけど、昼食をとって、その後30分ほど昼寝したんです。で、昼寝から起きたら胸が苦しくて痛くなっていて、それからずっと胸が痛いんです。
「今は?」」
「今もこの辺が痛いです。」
「そのときの昼食、食べ過ぎた?」
「いえ、気をつけて食べたんですけど…」

診断

生理前や生理前期に見られる食欲の過亢進はなさそうだ。
しかし、食事で食べ物の余りが出て、昼寝でそれが動かなくなり、痰湿になった可能性はある。その溢れた痰湿が洪水のように胸に流れ込んで胸痛が出たと考えるのが自然だ。

脾為生痰之源,肺為貯痰之器。
<証治彙補>明・李中梓

食べすぎると脾で痰湿を生じる。その痰湿は “貯水の器” である肺に流れ込みやすい。肺と心は、 “宰相” と “君主” の間柄で一心同体である。だから心に痰湿が流れ込みやすい。

しかし、なぜ食べすぎてもいないのに、そんな事になったのか。ここで雨の影響が思いつく。
ただし、なぜ雨の影響を受けたのか。それを教えてくれるのが行間の反応である。内風 (心の波風) がある。

「外からの冷えの影響 (表証) はない、血の弱り (血虚) もない、瘀血もない、食べ過ぎもない。なのに湿気の影響を受けてるんですよ。こういう場合は 「風 (ふう) 」が疑わしい。気象の急な変化があると、必ず風が起こるんです。風ってね、ちょっとのスキを突いてくる。スキマが少しでもあったらそこから入ってくる。体内に風 (心の波風) があると、まるで電話で連絡を取り合うように、外の風と内の風がダッグを組む。すると、外の湿気が高いので、内の湿気が高くなる。風と湿が組み合わさって、風湿っていうんです。」

「あっ、関係ないかも知れないんですけど、今年、子供が小学校に入学して、5月から給食が始まって、一人の時間が増えたんです。」

「それで、開放感が?」

「そうなんです ! パーッとなっちゃって…」

「それやな。それが波風になったかな。」

「ああ…それ思っちゃいけないんですね。」

「よくいるでしょ? 60過ぎて “もう好きなことするんや!” っていって、それで体を壊す人ね。人間は体は衰えるけど、心は一生、死ぬまで成長し続ける。木と同じ、少しずつ成長して、もしそれが成長しなくなったら、葉っぱを一枚も出せなくなったら、枯れるんです。我々は、成長をやめたらあかんのです。成長の上に健康は乗っかるんですよ。」

ここで少商と行間の反応を確認する。この診断・指導が正しければ反応が消えるからだ。果たして、反応は消えていた。正しい指導が当該患者の “腑に落ちた” のである。

「今、いっぱい時間があるんですけど、勉強とか、…家の片付けとかでもいいんですか?」
「やりたい勉強があればそれもいいし、片付けね、これがすごくいいですよ。自分に向き合う、自分を磨くことで、それがまず一番目の行です。きっと成長できますよ。」

治療

右外関に2番鍼を3mm刺入する。5分置鍼する。抜鍼後、15分休憩して治療を終える。

「今、胸どうですか。まだ痛い?」

「いえ、ぜんぜん無くなりました。」

考察

鍼を打てば効くというものではない。患者さんですら気づかない原因に気づくこと。ハッキリとした原因を知ること。これが患者さんに寄り添うことである。寄り添い、一体化してこそ、届いてほしいところに鍼は届く。

病因病理が大切、病因病理を理解し説明するための基礎、つまり勉強が大切である。患者さんに寄り添うためには、患者さんと同じ経験をしていることが必要である。だから経験に無駄はない。苦労は多ければ多いほどいいのだ。喜び・悲しみ・怒り・恐れ・思い、そして日々の行動・生活習慣…。分かってあげたい、分かりたい。しかし僕の短い一生の中で、経験できることはたかが知れている。だからそれを勉強で補う。書物で、思索で、いまだ知らざる経験を補う。

だから勉強するのだ。

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