起立性調節障害 (不登校) の症例

男性。18歳。2023.1.23初診。

高校三年生、全国有数の進学校に通う。全国屈指の大学を目指している。1月下旬の受験シーズン真っ只中である。
初診の予約日は数日後だったが、「体調が絶不調」で学校を休んでおり、きゅうきょ診察することになった。

母親とともに来院。

【症状】
起床時、体が重だるく動けない。学校に行けない。前額痛がある。
雨天時にもっとも激しい。

【経過】
中学以降、学校を休んだことがない。
高一の1月からエナジードリンクを飲み始める。
高二の4月からエナジードリンクを朝飲むよう母親に勧められ、それが習慣となる。
高二の6月に体調を崩す。それから学校を休みがちになる。起立性調節障害と医師の診断を受ける。

病因病理

勉強は世間様のため

「勉強はこれからも続けてほしい。なぜかというと、その努力は大人になったときに、必ず生きて来るからです。いま、理論付けたり暗記したりしたことは、たとえ使うことがないとしても、大人になったときにそれをモデルとして、いろんなことに当てはめることができます。先生も、英語とか古文とか理科とか一生懸命勉強した経験があるから、今こういうことができてる。鍼とは全然関係ないことだけどね。」

勉強の目的は、他人を益するためである。いろんなことを知って、それを世間様のために活かすためである。間違ってはならないのは、他人に勝るためのものではないということである。勝とうとすると戦いになる。戦いは他人を傷つけ、この体を傷つけることにもつながる。

たくさん勉強して、世の中の役に立つ人間になりたい。それが正しい願いである。その願いをかなえようとするならば、身の回りの他人にも、そしてこの身体にも、必ずいい影響を与える。

以上の指導を与えると、深くうなづき澄んだ目でこっちを見た。

良くなる人はこういう目をもっている。

ブレーキを壊した

学校に行きたくても起きれない。
勉強したくてもできない。
体を起こすことが困難なほど体が重い。

これらはブレーキである。 これ以上スピードが出すぎると、精 (生命力の根源) が枯渇する。 もし、精が枯渇すると死に至る。体はそうならないようにブレーキをかけているのだ。

「体調に問題なかった時期は、勉強ってどのくらいしてた?」

「まあ、いまは体調悪いんでできませんけど、5時間とか6時間くらいはぶっ続けで勉強してました。そんなにつらいとは感じませんでした。」

これは明らかにスピードが出すぎている。ゲームや動画と違い、勉強というものはそんな長時間できるものではない。すぐに眠くなるものだ。眠くなって居眠りすれば、またスッキリして集中できる。こうして勝手に休憩がとれ、適度に疲れがとれるので、勉強は体に良い…というのが持論だ。ただし、受験戦争となると「戦い」になるので興奮状態になる。興奮状態は疲れを感じなくなることがある。

疲れを感じなくなれば、やりすぎて精が減りすぎてしまう。

それに対して体はブレーキをかける。

ただでさえ「戦争」で興奮状態である上に、高一の1月からブレーキを壊すような習慣が始まり、高二4月からはそれが増したことは既に記した。ブレーキが破壊され、猛スピードがとまらない。

このままでは危険なので、体はより強いブレーキ踏み込んだ。それが起立性調節障害の押しつぶされるような倦怠感なのである。 

痰湿

倦怠感を生むもう一つの要素が、痰湿である。

高二の6月の体調悪化、これは梅雨の湿気との関連が非常に疑わしい。湿気の「湿」は痰湿の「湿」を助長する。

正気と邪気って何だろう より転載

お腹には脾胃という器 (うつわ) がある。この器に咀嚼された飲食物の液体が流れ込む。八分目ならあふれることはないが、満タン入るとあふれてこぼれてしまう。
あふれ落ちた「ドロッ」としたものが痰湿である。
この痰湿がが「ドテッ」とした重だるさとなる。
前額痛は痰湿の特徴でもある。

食べ過ぎは禁忌である。腹八分目を指導する。

また蓄積した疲労は、確実に脾胃の器を小さくする。
小さくなると、食べすぎていなくてもあふれる

器を小さくする要素として、間食・勉強のし過ぎ・夜更かしがあった。これらの改善を指導する。

実はこの痰湿が、高二の6月に猛スピードを止めるブレーキとして作用した。6月といえば梅雨の季節である。本人としては忌むべき湿気かもしれないが、体としては「うまく減速」につながる「恵みの雨」であった可能性が高い。

雨天前、軽く湿気があると摩擦が大きくなる。ブレーキがよく効くのだ。雨天前の湿気で症状が出る人は、この病理がある。

雨天時は、この痰湿に外の湿気が加わる。するとわずかな痰湿であってもそれが倍増する。

雨の日の体調変化
雨天による体調不良を、中国伝統医学の視点で考える。雨が降る前と、雨が降り始めたときとでは、病因病理が異なる。

朝に起きられないのは、朝は痰湿が増強するからである。痰湿は餅 (もち) のようなものである。餅は温めると柔らかくなり、冷えるとカチカチになるだろう。痰湿も動いて温まってくるとサラサラになるが、じっとしていて冷えてくるとコテコテになる。痰湿があると、朝がもっともコテコテになってしんどい。

治療と経過

疏泄太過 (スピードオーバー) と湿困脾胃の肝脾同病。

百会を選穴する。
>> 一度だけ関元を用いたことがあったが、それ以外は全て百会一穴のみの治療である (2023.6.2現在) 。

週に2回の治療を継続し、初診以降、起床できずに学校を休むことはなくなった。
雨天ごとに前額痛が見られたが、動けなくなるレベルのものは起こらなかった。

初診時は運動を禁止としたが、治療が進むに連れてウォーキングを25分指導した。

4月からは予備校に通う。多忙となったため、週に1回の治療となった。
4月〜5月で模試が2回あり、朝9:00から午後6:30まで2日でやる模試を1日で行い引き続き自己採点をして夜10:00に帰宅したこともあった。しかし体調をくずすことはなかった。

5月29日に梅雨入り。
5月31日は一日雨が降り続いたが、前額痛・倦怠感ともに出なかった。

まとめ

「これから〇〇くんは、世の中の役に立つ人間になる。そのためにたくさん勉強してください。で、そのためには体が丈夫でないといけない。このまま無理して勉強すれば合格するかもしれないけど、その無理が体を大きく傷つけることがあるならば、せっかく入学しても大学で思うように勉強できない可能性は否定できない。 社会人になっても、ひどい体調で仕事をしている人を何人も知ってるだけに、無理はしないでほしい。現役合格だけでなく、浪人という選択肢も持ったうえで、どちらでも受け入れることのできる幅広い視野を持ち、ゆったりした心でいきましょう。」

初診での指導である。

当該患者だけでなく、付き添われているお母様も、僕の話を真剣に聞いておられた。

天地の道 をご参考に。

近欲 (チカヨク) ではなく、遠欲 (トオヨク) がいい。長期的な展望をもって進んでいけるのは、戦わないからである。争いは性急となる。他人のために、世の中のために…、ほんの少しの気持ちの方向が、心のゆとりと体のゆったりさを生む。

あれから幾月を経て、雨ごときで右往左往しなくなってきたのである。

立派な人柄と丈夫な体に成長し、世間様を益する人になってほしい。

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