脳性麻痺様の一症例

9歳。男児。

脳性麻痺の状態に似ており、運動発達・知的発達の遅れがある。
ただし、脳性麻痺の特徴である筋肉の強張りはない。逆にだらんとしている。

原因は不明。遺伝子検査もしたが異常なし。

四つん這いになれず、ハイハイができない。ずり這いで、腕の力に頼る。その際、下肢をほとんど動かせず、特に右下肢はまったく力が入らない。
喋れない。「あーあー」「うーうー」以外の声は出さない。

お父さんの膝に座らせて観察する。

  • 太ももから下は力がなくブラブラで、ダランとしている。
  • 腕はよく動かすが、指先は下垂したままブラブラさせる動き。
  • 支えなしで座れない。長く座っていられない。開脚に近いトンビずわり。
  • よだれを流し、よだれ掛けをしている。
  • すぐに機嫌が悪くなり、落ち着かなくなったり叫んだりする。言葉でコミュニケーションが取れないので、精神年齢は0〜1歳くらいか。
  • るい痩 (やせ) 状態にある。
  • 脊柱起立筋 (背中の筋肉) が弱く、大きく側湾している。

さらに、食欲がない。すぐ嫌がって食べないので、好きなものをタイミングを見ては何度も与える。
肝機能の数値 (AST・ALT) が高い。

「まず、無理に食べさせるのを止めましょう。おいしく食べてこそ身につきます。それから、好きなもの (おいしいもの) ばかりを与えると、味覚がそれに慣れてしまって素朴な味を受け付けなくなります。ごはん (白米) を食べさせてください。おかずとの割合は5:5です。ごはんを嫌がって食べないときは、そこで食事を終えてください。おかずなら食べるとしても、それ以上与えず、次回の食事で空腹感が出るようにしてください。」

「朝食・昼食・夕食の、食事の節度を守って、食事回数は3度までにしてください。栄養が足りないことは気にはなりますが、回数を無視して与え続けると、肝臓が休まりません。間食はたとえ一口でも相当な負担になります。肝臓が元気になれば、必ず食欲が出てきます。食欲が出れば何でもおいしく、おいしくいただければ栄養が付いてきます。」

肝臓の話を詳しくした。無理に食物を詰め込んでも、体が受け入れられなければ、負担になるばかりである。

「いやー、今までなんとか食べさせないと…と必死に妻と交代で与えていましたが、なんかよく分かりました。本人が食べたがるまで、辛抱してみます。」

お父さん、お母さんがおそろいでお越しである。お二人とも、とてもいい方である。お子さんに対する溢れんばかりの愛情が、心の底から伝わってくる。

「とにかく、筋肉がついてくるように持っていきますね。そのために、まずは無理に食べさせず、空腹感を出すことです。筋肉は、脊柱起立筋 (背中の筋肉) から付いてくると思います。無理に座らせたり立たせたりせず、本人が動きたいように任せてあげてください。脊柱起立筋が付いてくれば、ハイハイができるようになります。ハイハイができて初めてつかまり立ちができ、歩けるようになる。それを、これから改めてやっていきましょう!」

月曜日と土曜日、週に2回の治療を開始することになった。共働きで、月曜日は自営で融通の効くお父さんが朝一番で連れてこられる。土曜日はご夫婦でお越しになる。本当に仲の良い、明るくて朗らかなご夫婦である。

病因病理

あきらかな先天不足 (禀賦不足) である。

つまり腎精不足である。腎精を直接補うことはできない。脾を強化して水穀之精 (飲食物から得られる栄養) をたくさん取り込み、腎の先天を補充する。先天的に弱いものは、「作強の官」である腎を補充すれば強くなる。

その強さが、脾の肌肉 (全身の筋肉) を強くするのである。

また、腎経は督脈と関わりが深く、腎経を強化することは督脈を強化することに等しい。
督脈は脊柱起立筋をも支配する。
督脈は脳に流注しているので、脳の発達も強くする。

要は、腎と督脈を強化するのである。

痿病 (筋肉に力が入らなくなる病態) としての側面もある。痿病は中医学で見解がまとまった概念だが、やはり熱証である。熱が加わるとプラスチックが柔らかくグニャグニャになるように、邪熱によって萎えるのである。正気をバックアップしながら、邪熱をうまく処理することが必要となる。

全身麻痺 (痿病) の症例
中医学での表証は、あらゆる奇病と関連する可能性を持つ。本症例は急性の痿病であり、全く筋肉が動かせない状態が全身に及んでいたが、表証を撮ることによって速やかに回復した。表証とは何かを考えつつ症例を検討したい。

初診 12/17 (土)

脾腎が弱いがために営衛も弱く、外邪 (寒邪) に取り囲まれている状態である。つまり表証である。この状態にある限り、正気が自然に回復することはない。

  • 中脘に金製古代鍼で補法。正気を補う目的。
  • 左合谷に金製古代鍼で瀉法。表寒を除く目的。

古代鍼とは鍉鍼 (刺さない鍼) の一種である。当院では触れもせず、かざすのみである。

左肺兪の表証の反応が消えるのを確認して治療を終える。

2診目 12/19 (月)

初診はジッとしているのがイヤそうに暴れていたが、今日はうってかわってニコニコしている。
ヨダレを常に垂らしていたが、今日の治療中は垂らすことがなかった。車に乗せられているときは垂れているとのことであるが。

よだれと脾
東洋医学では、口は消化器 (脾) の状態を示す。口が自然に開いてしまって閉じないというのは、脾が弱いことを意味する。胃は脾と深い関係にあるが、胃には食べ物を始めとして、気を下に下にと降ろす働きがある。これが弱るとヨダレが上に昇る。

無理に食べさせるのを止めた。
表証は見られない。

  • 中脘に金製古代鍼で補法。正気を補う目的。
  • 左少沢に銀製古代鍼で瀉法。邪熱 (内熱) を取る目的。

表証がとれ、内熱が外にスムーズに逃げてくれている。だからスッキリして機嫌がいいのだ。

3診目 12/24 (土)

「すごくよく笑うんです。 ここへ越させてもらってから一週間、すごく機嫌が良くて、絶好調ですわ!」
張り切りポーズ (左腕を前に出す) をさかんにする。
食欲がある。無理に与えなくても食べるようになった。
治療中も、ずっとニコニコしている。

  • 中脘に金製古代鍼で補法。正気を補う目的。
  • 左少商に銀製古代鍼で瀉法。邪熱 (内熱) を取る目的。

腎精が不足するため、熱が上焦 (上半身) を中心にこもっている。これが機嫌の悪さや食欲のなさにつながっていた。表証があると内熱はとれないが、表証がない今は取ることができる。内熱を取ることでより上焦の熱が収まり、腎精を使って消火用水のようにそれを冷ます必要がなくなった。そこに腎精を使わなくても良くなったので、腎精が増えてきている。今後、この余った腎精を体の力に転じることができるようになるはずである。

すべては、機嫌が良いということがそれを裏付けする。
「楽しくやれば身につく」とは本当のことである。

8診目 1/9 (月)

きげんがいい。ずっとニコニコしている。
とくに、受付さんのことが大好きで、キョロキョロとずっとさがしている。見えたら満面の笑み。

母「あれ? 照れてる? わ、照れてるやん!」

初恋?

お父さんの膝だっこでの治療中も、受付さんをさがす。なので僕の顔を見てあまり笑ってくれなくなった泣。

  • 中脘に金製古代鍼で補法。正気を補う目的。
  • 左少商に銀製古代鍼で瀉法。邪熱 (内熱) を取る目的。

9診目 1/21 (土)

ご両親の多忙で12日間治療が空いた。

昨日、夕方から発熱、39℃まで上がった。
しかし食欲は落ちず、元気だった。
今朝は平熱に下がっている。

  • 中脘に金製古代鍼で補法。正気を補う目的。
  • 左少商に銀製古代鍼で瀉法。邪熱 (内熱) を取る目的。

11診目 1/28 (土)

「毎日絶好調で、ほんとによく笑うんです。」
「なんか胸板が熱くなった気がするんです。」
お父さんが、いつもニコニコしながら経過を教えてくださる。

長い時間座れるようになってきた。

  • 中脘に金製古代鍼で補法。正気を補う目的。
  • 左少商に銀製古代鍼で瀉法。邪熱 (内熱) を取る目的

15診目 2/11 (土)

午前9時前に当院で治療を行い、少し遅刻で養護学校に直行するが、
「鍼の日 (火曜日) はすごく元気でよく笑うしよく動いてくれてます…って、養護学校の先生もおっしゃるんです。僕らから見てても、鍼した日は特に絶好調なんです。」

ヨダレがだいぶ減った。

  • 中脘に金製古代鍼で補法。正気を補う目的。
  • 左少商に銀製古代鍼で瀉法。邪熱 (内熱) を取る目的。

18診目 2/23 (木)

お父さんの膝抱っこの状態で、膝を曲げ伸ばしし、脚をピョンピョンさせる。脚は力が入らずブラブラの状態であったが、初めて見る動きである。ハムストリングス (半腱様筋・半膜様筋・大腿二頭筋) 、大腿四頭筋 (大腿直筋・内側広筋・中間広筋・外側広筋) に筋力がついてきた!

「足をピョンピョンさせますね。…ほら、またした! 太ももに力が入ってきている証拠ですよ!」
「そうなんです。このごろすごく動けるようになってきて、ソファーに登れるようになったんです。」

ピョンビョンさせるときに、膝を持ち上げる動作 (股関節の屈曲) を伴う。これは、腸腰筋に筋力が付いてきたからである。

  • 中脘に金製古代鍼で補法。正気を補う目的。
  • 左少沢に銀製古代鍼で瀉法。邪熱 (内熱) を取る目的。

21診目 3/4 (火)

いつもどおり機嫌がよくニコニコしている。
と、声を出して「ハッハッハッ」と笑った!
いつもニッコリするのみで、「あーあー」「うーうー」のみだったのに!

  • 中脘に金製古代鍼で補法。正気を補う目的。
  • 左少商に銀製古代鍼で瀉法。邪熱 (内熱) を取る目的。

23診目 3/11 (土)

さかんにツバをペッペッと吐いている。

父「こらこら、先生にかかるやろ?」
僕「これ、最近やるんですか?」
父「そうなんですよ…。」
僕「たぶん、面白いんだと思います。ぼくは大丈夫だから、できるだけやらせてあげてください。というより、口輪筋 (口の周りの筋肉) に力が入りだして、口をすぼめて尖らせることができるようになったんですわ。だんだん脊柱起立筋 (背筋) が付いてきて、それが手とか足に伝わってきている印象がありますが、口にも力が波及してきているんですよ! そうか、わあ、うれしいな。〇〇ちゃん、そんなことできるようになったんやなあ! 」
「ペッペッ」
父「もう、ほんとにすみません…」

  • 左脾兪に金製古代鍼で補法。正気を補う目的。
  • 左少商に銀製古代鍼で瀉法。邪熱 (内熱) を取る目的。

治療も終わって他の患者さんの治療をしていると、受付さんとお母さんがさかんに何かしゃべって笑っている。

午前診も終わった昼下がり、受付さんに何を楽しそうにしゃべっていたのか聞いた。

受付「お父さんに服を着せてもらっている途中、ちょっと〇〇ちゃんの顔を見に行ったら、お母さんがね、『 (〇〇ちゃんが) 首を傾けてこっちを見るから私のことを探しているのかなって思って覗き込んだら、“お前と違うねん” みたいな顔したから、えっ? と思ったら、後ろに (受付さんが) いてはったんです笑笑』って、そんな話してました。ハハハ。そのとき “ママ” っていう声が聞こえたから、『最近 “ママ” って言わはるんですか?』って聞いたら、『そうなんです♡ 最近言うようになって…。』って言ってはりましたよ。」

僕「え ! ? “ママ” ! ? そんなん言えるようになったん ! ?」
受付「そうみたいです。」

僕「えっ ! ? っていうか、そう言ってるの聞いたん ! ? 」
受付「はい。」

僕「え ! ? いつから言えるようになったん ! ? 」
受付「最近らしいです。」

僕「わー… よかったなあ。。っていうか、オレも聞きたかったなあ…。お父さんも、喜んではったやろ! 」
受付「お父さん? 黙々と服を着せてはりましたよ。」

え ! ?  

そうか…。 “パパ ” ではなかったか…。

いやいや、そんなことはどうでもいい。
やはりそうだった。
ツバをペッペッと吐いていたのは、口輪筋が強くなってきたのだ。
だから “ママ” って言えるようになったのだ!

9歳である。
その言葉。母を呼ぶ言葉。
いままで9年間、一度も発することがなかった「言葉」。

劇的なその瞬間に、僕も立ち会いたかった。

〇〇ちゃんを一人で連れて来、また奥さんと一緒に来るときも必ずご自分で服の脱ぎ着を率先してなさる優しいお父さん。

そのお父さんと、手を取り合って喜びを分かち合いたかった!

…が、男二人は蚊帳の外であった。寂。

まとめに変えて… 25診目 3月18日 (土)

脊柱起立筋 (背中の筋肉) に丸みができてきた。胸板が厚くなってきた。

「ほんとうに元気なんです。なんか最近、腹ばいからお尻を持ち上げようとするんです。」

お尻を持ち上げるというのは、腸腰筋が発達してきて、四つん這いの姿勢を取ろうとしているのだ。四つん這いができれば、次は “立つ” というステップが見えてくる!

「養護学校は3人の先生で見てくれているんですが、鍼の日は特に元気だと3人とも口を揃えておっしゃるんです。その日は “元気さ150%” って記録してくれているらしくて。」

  • 中脘に金製古代鍼で補法。正気を補う目的。
  • 左少商に銀製古代鍼で瀉法。邪熱 (内熱) を取る目的。

一緒に写真を撮らせてもらった。

お父さんも、お母さんも、ずっと笑顔である。毎日のほんの少しの成長を心から喜んでおられる。こういうご両親だからこそ、こういう改善が見られるのである。これは、奇跡を起こす上での必須項目である。成長や改善はつねに1ミリずつであり、この「わずかな変化を心から喜ぶ気持ち」がなければ奇跡はおこるものではない。

この気持ちは、「感謝」に限りなく近いからである。

「おじいちゃんもおばあちゃんも、 “こんなこともできるようになったん!” って毎日ほめてますわ。ほんとうに、何もあせってないんで。少しずつ成長してくれれば。」

初診はブランブランだった脚を、今は笑顔と掛け声とともにピョンピョンとさかんに動かしている。

両脇を支えて足先を地面につけてやると、膝を伸ばしてピンッと力を入れる。ふくらはぎは細いながらも、堅く力強くコロッとした筋肉が触れるのである。

“言葉” の次の「ステップ」が見えてきた。

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