胸痛とたべもの

79歳。女性。

「先生、昨日の夕方4時ごろ、胸が苦しくなったんです。寝て今朝になったら無くなっていたんですけど、ここに来る途中 (午前9時ごろ) にまた、苦しくなって、今も苦しいんです。」

久しぶりの再発である。
原因として思い当たる節はないという。
診察すると右足三里に虚の反応がある。これが怪しい。
この患者さんはもともと食欲がなく、やっと改善してきたところなので、脾 (消化器) はまだ不安定である。食欲が出始めた頃に食べすぎてしまうのはよく見かける現象だ。

「昨日の昼食、何食べた?」
「ボウダラとメザシと…」
「美味しかった?」
「食べないと元気が出ないと家族に言われて…」
「ほしくないのに?」
「ハイ。」
「タンパク質は栄養があるかわりに、消化器に負担をかけやすいからね。美味しいと思って食べれば身につくけど、おいしくないのに無理に食べたらよくないですよ。」

美味しくないのに無理に食べる。
それは「命」に対して礼を失する。
食材は、野菜も肉もすべて命である。

たとえばライオンは、満腹になるとシマウマがそばを歩いていても知らぬ顔をしている。これが自然だ。
われわれは自然から「命」をいただき、つまり「命」を奪って、それを食することで命をつないでいる。
われわれはその「自然」の中から生まれてきている。

そして、健康とは自然である。自然なことである。

自然 (じねん) って何だろう をご参考に。
最期まで「生きる」    をご参考に。

ライオンは食べたいから食べている。
美味しいからいただく。これは当然のことだ。
人間が人間らしく、自然であるためには、動物以下であってはならない。

生命を殺め、都合のいい部分だけを抽出して肉は捨て去り、水で丸のみにしてそれで健康になるということはあり得ない。
自分さえ助かれば、他の命はいくら犠牲にしてもよいと考えるのは、大自然 (全体組織) に歯向かうものだ。

人間の体も数十兆の細胞が協力し合う組織である。他の細胞 (他の命) を犠牲にしてまで、特定の細胞 (自分) だけが遇されるならば、これはガン細胞である。ガン細胞は、自分だけがたくさんの栄養を取り込みたい。だから増殖する。ガンが自分専用の血管を作って栄養を引き込もうとするのは有名な話だ。

「人間らしさっていうのは感謝なんですよ。これは動物にはできない。人間だけができること。人間らしさが人間にとっての自然でしょ? 健康は自然なことなんだから、自然に合わせてゆくことが大事なんですよ。」

感謝について、脾はなぜ重要か…東洋医学の哲学 をご参考に。

脾の器が小さく、食べたものが器からあふれてしまった。
そのあふれたものを痰湿という。
痰湿が心臓を襲うと胸の苦しさが出る。

右内関に鍼をする。これで器が大きくなる。あふれた痰湿はもとの栄養として器に収まる。
5分後に胸の苦しさは消えた。

利己主義では健康になれない。
利他主義 (自他を超越した全体主義) は体にいい。それはどのような、いかなる健康法にも勝る。
利他とは「感謝」に根ざしたものである。

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