気逆証

気逆証とは “気が上に昇る” …つまり気の逆上のことです。

まずは教科書どおりの解説をしていきます。
後で私見を交えながら説明します。

▶概念

▶気が上に昇る

本来、気が下に降りるべきところが降りません。たとえば嘔吐や呃逆 (しゃっくり) は胃の気逆です。
本来、気が内に入るべきところが入りません。たとえば咳・呼吸困難は肺の気逆です。

昇・出が過度になっており、降・入ができません。

気機 (昇降出入) の異常です。主に肺 (粛降) ・胃 (下降) ・肝 (昇発) の気機が失調して起こります。

多くは実証です。

▶気機…昇降出入とは

昇降出入とは?

気は常に、上にったり下にったり、外にたり内にったりしています。このような昇降出入が気の本来の動き方であり、これを気機と言います。

昇と降は陰陽です。出と入は陰陽です。
バランスが取れているのが正常な陰陽です。昇・出が勝つのが気逆です。

▶症状

肺気上逆
・咳
・喘 (呼吸困難)

胃気上逆
・嘔吐
・呃逆 (しゃっくり)
・曖気 (ゲップ)

肝気上逆
・面紅・目赤・易怒
・頭痛
・眩暈
・口苦
・耳鳴
・吐血・喀血
・意識障害

▶3つの気逆

▶肺気上逆…肺の気逆

肺はもともと粛降という働きを持っています。下に降ろす力です。肺に問題が起こると、粛降ができなくなるので気逆を起こします。咳・喘 (呼吸困難) などが見られます。

喘息氣逆.此有餘也.<素問・奇病論 47>

▶胃気上逆… 胃の気逆

胃には食物を下に下に、肛門に向かって降ろす働きを持っています。胃に問題が起こると、下降する力が妨げられるので気逆を起こします。嘔吐・呃逆 (シャックリ) などが見られます。

胃爲氣逆.爲噦.爲恐.<素問・宣明五氣 23>

▶肝気上逆… 肝の気逆

肝はもともと昇発という働きを持っています。上に上に、すこやかに伸びようとする力です。それが “太過” になると上に昇りすぎて気逆を起こします。

頭痛・眩暈・耳鳴・目赤などが見られます。

ストレスは肝に影響します。とくに怒気は肝気が上逆する原因になります。怒ると面紅・目赤が出やすくなります。怒ると気逆が清竅を犯して耳鳴が出ることがあります。肝火が肺・胃を犯しつつ血に迫ると喀血・吐血します。

怒則氣逆.甚則嘔血及飧泄.故氣上矣.<素問・擧痛論 39>
 ※飧泄…肝鬱脾虚による下痢。未消化物が交じる。

また肝は肺に流注しており、肝鬱気滞は肺気上逆につながります。また肝は胃に流注しており、肝鬱気滞は胃気上逆につながります。

気逆とは昇降出入の異常のことで、気の向かう本来の方向とは異なる方向に行ってしまうものを言います。ゆえに広義では肝気横逆 (横に向かう) ・気陥 (下に向かう) も気逆の概念に含まれます。ただし本ページでは上に向かう「上逆」のみにスポットを当てて解説していきます。

▶原因

  • 情緒抑鬱…ストレス (特に怒り) によって起こる肝気上逆は、肺や胃の気逆を後押しし、咳・喘・嘔吐・呃逆の原因となります。また、眩暈・喀血・口苦・曖気などの原因になります。
  • 外邪…
    • カゼによって肺の粛降作用が阻害され、肺気上逆がして咳・喘となります。
    • 寒凝によって胃の下行作用が阻害され、胃気上逆となって嘔吐・呃逆となります。
  • 食滞…食べすぎによって胃の下行作用が阻害され、胃気上逆して嘔吐となります。
  • 火熱…
    • 肝火が肺を犯すと肺の粛降作用が阻害され、肺気上逆して咳・喘になります。
    • 胃に邪熱がこもると胃の下行作用が阻害され、胃気上逆して嘔吐・呃逆となります。
  • 痰濁…慢性的な食べすぎによって痰濁が生じると胃の下行作用が阻害され、胃気上逆して嘔吐となります。

ゆえに、以下のことが言えます。

  • 情緒の急変で起こりやすい。あらゆる気逆証に、肝気上逆はしばしば散見される。
  • 気候の急変で起こりやすい。
  • 暴飲暴食 (胃の内容量の急変) で起こりやすい。
  • 過食生冷 (口腔から胃の急冷) で起こりやすい。
  • 腐敗変質した食品の摂取 (胃内環境の急変) で起こりやすい。                                                      

情志舒暢・寒温適度・飲食有節ならば、気逆を防ぐことができます。

▶各論

▶咳

  • 外感の肺気上逆… 実証。外邪によるもの。
  • 内傷の肺気上逆… 虚証が多い。他臓の病変が時間をかけて肺に累を及ぼす。
    • 肝火犯肺… 実証。ストレス→肝鬱化火→火性炎上→肺に及ぶ→肺気上逆。
    • 脾虚累肺… 虚証。脾の弱り→運化できない→痰濁が生じる→肺に及ぶ→肺気上逆。
    • 腎不納気… 虚証。久咳が肺腎に影響。肺は出気 (呼気) を主る。腎は納気 (吸気) を主る。出多入少。腎を補いつつ肺を固める。

▶喘 (呼吸困難)

  • 虚喘… 虚証。出気 (呼気) も納気 (吸気) も虚す。肺虚 (脾肺気虚で宣降できない) か腎虚 (腎不納気) か、どちらが中心か。
  • 実喘… 実証。外邪・痰濁・肝気などが原因となる。これらは肺気の通道を阻害する。つまり、宣発 (呼気の外出・衛気の外出) できず、かといって粛降の道も閉ざされる。すると気が上逆して通じさせようとする。
  • 虚実錯雑… もともと虚喘 (脾腎の虚) だったのが、外邪によって肺に実邪 (痰濁) を生じ、実喘を突発する。

▶嘔吐

胃気上逆で嘔吐となります。胃気上逆になる原因はいろいろあります。

  • 実証… 胃 (下降する気の流れ) に邪気がつまって流れないと胃気上逆になる。
    • 寒 (寒凝) …冷たい空気や飲食物による嘔吐。
    • 熱 (胃熱) …ストレスによる邪熱が胃にこもることによる嘔吐。便秘を併発する。
    • 痰 (痰濁) …痰濁が胃にたまることによる嘔吐。長期的な食べすぎが主な原因。
    • 食 (食滞) …食べすぎによる消化不良の飲食物が胃にたまることによる嘔吐。
    • 気 (肝気) …ストレスによる気滞が胃にこもることによる嘔吐。
    • 血 (肝火) …ストレスによる邪熱が胃の血絡を傷ることによる吐血。
  • 虚証… 胃気 (飲食物を下降させる力) が弱くなったために胃気上逆になる。
    • 脾胃気虚…寒・痰・食・気による脾胃気滞が長期にわたり、正気 (気) を消耗させ、虚に転じたもの。
    • 脾胃虚寒…反胃と呼ばれる。朝に食べたものを夕方に吐き、夕方に食べたものを朝に吐く。
    • 胃陰不足…胃熱が長期に渡り正気 (陰) を消耗させ、虚に転じたもの。
    • 気脱…嘔吐が止まらなければ気脱にいたる。清竅を塞げば気閉に至る。

 

▶呃逆 (しゃっくり)

胃気上逆で呃逆となります。胃気上逆になる原因はいろいろあります。

  • 実証… 胃 (下降する気の流れ) に邪気がつまって流れないと胃気上逆になる。
    • 寒邪凝胃…冷たい空気や飲食物による呃逆。
    • 胃腑実熱…辛辣・濃厚な食品の多食などで、邪熱が胃にこもることによる呃逆。
    • 痰気交阻…痰濁 (食べすぎなど) と気滞 (ストレスなど) が合わさったことによる呃逆。
  • 虚証… 胃気 (下降する気の流れ) が弱くなったために胃気上逆になる。
    • 脾胃気虚…寒・痰・気による脾胃気滞が長期に渡り、正気 (気) を消耗させ、虚に転じたもの。
    • 胃陰不足…胃熱が長期に渡り正気 (陰) を消耗させ、虚に転じたもの。
    • 気脱… 死ぬ際にしゃっくりが止まらなくなることがある。腎の納気 (固摂) を補う。

▶考察

▶昇降と出入は同義

人体の上部は、上だけでなく外も意味します。上に昇り外に出る。
人体の下部は、下だけでなく内も意味します。下に降り内に入る。

▶管と気逆

気逆は、気管と食道という2つの管に現れやすいと言えます。気管では咳や呼吸困難が起こり、食道は嘔吐やシャックリです。シャックリは食後に出ることが多いですから食つまり胃の病変です。いずれも上から下に降りられません。

気管は肺気上逆になります。食道は胃気上逆になります。

肝気はそういう管は関係ありません。 “管” っぽく言うならば「清竅」を犯すという側面はあります。上から下に降りられません。清竅が犯されるとめまいや、ひどい場合は意識障害を起こします。

▶肺… 咳・呼吸困難

▶肺気不宣は気逆

我々の体には何十兆にも及ぶ細胞があると言われますが、それら一つ一つは、小さな一人一人です。それら一つ一つがみんな呼吸をしています。

口から息を吐くように、体全体から気 (衛気…寒さなどから身を守るバリア) を吐いているのです。これが肺の宣発です。吐こうとする気が吐けなくなるのが肺気不宣です。吐けないところをなんとか吐こうとする姿が咳です。多くは外邪が邪魔をして肺気不宣が起こります。息が吐けないとき、息はノドに昇ってそこから出られません。これが気逆です。

▶肺失粛降・腎不納気は気逆

下へ下へと息を吸うとともに、体全体の気は内へ内へと入ろうとします。これが粛降です。粛降は腎の納気と連携しています。納気とは吸気のことで、臍下丹田に息を吸い込み息を集める力です。だから肺失粛降で呼吸困難になるのは腎不納気と同義です。腎の弱りによって肺が粛降できなくなっています。吸気に関しては、肺 (粛降) の後ろで腎 (納気) が糸を引いているのですね。

▶肺脾気虚は気逆

宣発 (呼気) ・粛降 (吸気) ともに弱くなるのは気虚です。つまり呼吸が浅くハアハアします。宣発できず粛降できないという意味ではこれも気逆です。脾は “気血生化の源” であり、肺は “気の本” なので、脾が弱ると気虚を起こし、それが肺気の虚になります。

つまり、息を吸い込むのは脾・腎が関与しており、息を吐くのは脾・肺が関与していて、その実働が肺という構図になっています。その実働はやはり脾腎という原気の元締めが牛耳を執っているのですね。

肺者.氣之本.魄之處也.<素問・六節藏象論 09>
諸気者.皆属於肺.<素問・五臓生成論>
肺主一身之気.<医門法律>

▶外に気が集まる

昇出ができなくなるということは、 “外枠” で外邪に阻まれて出られない状態で、気逆です。咳や過換気が代表です。
降入ができなくなるということは、 “内核” の求心力が弱すぎて入れない状態で、気逆です。

要するに、外枠付近に気が集まって、上げも下ろしもできないでいる状態が気逆です。

▶呼吸困難から死に至る

内核の求心力 (腎の納気) が弱すぎて、気が外郭に集まっている状態で、もしも昇出してしまったらどうなるか。気脱を起こし、死に至ります。気が上に昇ろうとするが外出しきれない。これは例えば咳や過換気です。それは苦しみではありますが、命を内に止めようとする働きでもあるのです。

たとえば咳は、肺気上逆によって起こりますが、外 (上) に宣発できず、内 (下) に粛降できない。しかも外に気が集まっている状態です。粛降できないのはもちろん気逆ですが、宣発できないのも気逆である理由です。

呼吸ができなくなって最期となりますが、これは息を吐いて息を吸えない、つまり宣発 (陽) はできるが粛降 (陰) ができないという矛盾から起こります。気逆ではなくなってしまうのです。陰陽離決です。

▶胃… 嘔吐・呃逆

嘔吐は胃の下行作用の弱りです。もちろん原因は弱りそのものであることもあるし、食べすぎなどの何か他の要素 (邪気) が胃を押さえつけて弱らせていることもあります。弱りそのものの時は胃気そのものを強くしていく必要があり、これは時間がかかります。邪気が押さえつけている時は、邪気を取りさえすれば胃は元気を取り戻し、すぐに下行作用が復活します。吐いたら楽になるのは邪気が取れたということです。

胃気とは “胃の気” すなわち生命に関わる原気です。

人無胃氣曰逆.逆者死.<素問・平人氣象論 18>

飲食物を下に下に、内に内にと運ぶ作用は、内核 (腎=生命の根源) を養う作用です。これが無くなると、嘔吐が止まらなくなって気脱を起こし亡陰亡陽に至る、すなわち死に至る場合があるのはこのような理由からです。

▶肝… 頭痛・めまい

情緒による気逆です。肝気上逆です。気持ちがカーッとなると気が昇りやすい。

肝昇太過とも言います。

肝というのは “昇発” という性質をもともと持っています。五行でいうと木で、木がまっすぐ上に伸びてゆく性質です。昇らなければ降りませんので、グルグル循環するためには昇る力が必要です。この意味で、 “気が昇る” のは正常なことです。正しい道は昇って降りる、降りてまた昇る。行き止まりがなく、永遠に前に進み続けます。

降りる道は「肺」です。粛降ですね。正しい肝は肺という道につながっているのです。

ところが誤った道は、いずれ行き止まりになります。つまり、昇ってはみたものの降りられない。これが肝気上逆です。肺という道につながっていない。いや、それどころか肺を攻撃します。肝火犯肺などです。肺という降る道をダメにしてしまう。そうなるともっと上に昇るしかありません。それが頭痛やめまいです。

昇ってみたものの降りられない。これが軽い状態で済んでいれば頭痛やめまい程度となるのですが、重い状態となるとと脳梗塞です。気閉とも言います。気閉というのは昇ったものが、体の最も外枠に達し、それ以上 昇れない状態です。

外枠とは肺 (皮毛) のことです。また肺金は空でもあります。頭痛もめまいも脳梗塞も清空 (脳を含めた頭部) が犯されたものです。清空の中に心神の働きが存在します。君主 (心) と宰相 (肺) の関係ですね。空 (肺) がやられると太陽 (心神) がやられるのです。

もし、それ以上 昇ってしまうとどうなるか。気の外枠で食い止められず、枠外に出てしまいます。生命そのものとも言える “気” が体外に出ようとする。気脱です。これは死につながります。脳梗塞から死に至るケースです。

  • 正しい肝気は上にある肺を攻めたりしません。木のように健やかに上に伸び、その道は肺へとつながり、落ち葉が散り敷くような静寂さで下に降りていきます。肝気と肺気は手を取り合って協力するのです。誤った肝気は上にある肺を攻めます。肝気上逆・肝火犯肺です。

    正しい肝気は横にある胃 (土) を攻めたりしません。木と土とは互いに助け合う関係です。土は木を育て、木は土を肥やします。脾気は上に昇り胃気は下に降りますが、肝は脾気を助け、腎は胃気を助けます。誤った肝気は横にある胃を攻めます。肝気横逆・肝気犯胃です。

▶気逆のいろいろ

このように、気逆のイメージがハッキリすると、いろんな症状の分析にも役に立ちます。

脳梗塞も気逆の延長にあることがよくわかりますね。

誤嚥も気逆と考えると治療の幅が増えます。誤嚥から肺に食物が流入して肺炎を起こし死に至る…などの病理も、以上と重ね合わすと整合性があります。

口苦は胆汁の苦さが肝気上逆によって昇ったものです。

便秘も気逆の延長にあります。たとえば旅行に行くと便秘する人は多いですね。情緒の変化があるのです。肝気が上に昇って胃気が降らなくなります。

▶気逆は虚実錯雑

気逆は多くは実証というのが一般的な認識です。しかし、これまでの説明からわかるように、虚証を含んでいます。それは腎・胃の虚です。そもそも邪気が肺や胃を邪魔して肺気 (腎気) や胃気の “降” のはたらきが弱る。だから気逆が起こるのです。「弱る」ということ自体、虚の概念をはらんでいるということです。

電車の1両目が上、2両目が下だとすると、1両目がギュウギュウ、2両目がガラガラ、これが気逆のイメージです。

上はギュウギュウなので気滞 (実) があります。下はガラガラなので虚があります。

もしも、1両目の運転席の扉が空いてしまったら、お客さんは外に放り出されますね。電車には人がいなくなる。これが死です。そうならないように、運転席の扉は開かないようにロックされています。だからこそ、1両目はギュウギュウになる。

気滞が関わる。気機が関わる。多くは実である。虚が関わる。このように説明します。

虚実錯雑となり、虚 (生命力の弱り) がひどく、実 (生命力を邪魔するもの) が激しくなると、当然命の危険が出てきます。

参考文献:中国中医研究院「証候鑑別診断学」人民衛生出版社1995

テキストのコピーはできません。
タイトルとURLをコピーしました