症状
【概念】
気虚に内臓下垂を伴うものです。中気下陥とも言います。虚証です。
気虚証 をご参考に。
虚実とは◀正気と邪気って何だろう をご参考に。
内臓下垂はなくとも、内臓墜脹感があれば、気陥証といえます。
墜脹感とは、内臓が下る感じを伴う不快な張りのことです。
【常見症状】
気短乏力…動くとすぐにハアハアし、心身ともに力が入らない。
神疲懒言…精神披露があり、しゃべるのがおっくうである。
脘腹脹墜…腹が張って胃腸が下がる感じがある。
久泄脱肛…慢性的に下痢で、脱肛がある。
陰挺…子宮下垂・子宮脱のこと。
【その他症状】
顖門下陥…小児の大泉門 (オドリコ) の凹み。
【舌・脈】
舌質淡胖…水湿の邪が多いため、舌の色が淡く、形はボッテリと大きくなる。水湿の邪が多くなるのは気陥証の特徴である。
“胖” については、胖嫩と老 をご参考に。
脈細緩無力…細は細くてハッキリ、気血両虚。緩は湿・脾胃虚弱。
原因
【主な原因】
先天不足・後天失調による元気虧損と気機昇降失常。
・禀賦不足…生まれつき弱い。
・飲食不節…食べすぎ・食べさなすぎ・間食。
・房労過度…セックスのしすぎ・動きすぎ。
・胎次過多…出産回数が多すぎる。
・老年…中高年に多く見られる。
この中で、自分でコントロールできるものが改善可能な原因であり、真の原因と言えます。
【特徴】
脾気不昇→水湿逗留→痰飲内停
気陥証は虚証ですが、痰湿を生じやすいのが特徴です。痰湿は邪実ですので、この部分では虚実が同時に存在します。たとえば、子宮下垂 (気陥) などでネバネバした オリモノ (痰湿) が多量に出るとかです。
痰湿とは◀正気と邪気って何だろう をご参考に。
脾は運化を主り、津液 (体液) をサラサラと動かす力があります。この機能が低下すると、モタモタして水邪を生じたりネバネバした痰湿を生じたりします。
浮腫 (むくみ) …東洋医学から見た5つの原因と治療法 をご参考に。
気陥証は中気下陥とも言われ、中焦 (脾胃) の弱りが元になリます。現代社会で脾胃を弱らせる原因になり改善可能なものは、食べすぎ・動きすぎ・動かなさすぎが多いと思います。
東洋医学の「脾臓」って何だろう をご参考に。
脾は気血を生み出す源ですから、ここが弱ると気虚を起こします。気には固摂作用があって、例えば内臓を腹腔内に止めます。固摂が弱るので内臓が出てしまうのです。
気は「機能」であり、写真には取れないものであって物質ではありませんが、内臓を腹腔内に本来の「形」どおりに収めておく、という「機能」を果たします。この機能が弱ると「形」に影響が及び、内臓が下垂します。
考察
固摂とは
固摂という言葉が出てきたので、もう少し掘り下げます。内臓下垂は固摂失調と言えます。
気には、推動作用・温煦作用・防御作用・気化作用・栄養作用・固摂作用と、6つの機能があります。その中の一つ、固摂作用についてです。
気のもっとも基本的な働きは、推動作用、つまり前に進む力です。これによって生命は循環します。この端的な表現として、昇降出入という言葉があります。これが固摂作用とつながります。
昇降について言います。上下のある人体をイメージしてください。「下」のものを上に持ち上げるのが「昇」です。「上」のものを下に引き下げるのが「降」です。昇と降がぶつかり、集まり合うところが「中」です。これが中気と言えます。集まり合う働きが固摂です。
出入について言います。上下のない球形すなわち地球 (大気圏をふくむ) をイメージしてください。「内」のもの (コア) を外に発散させるのが「出」です。「外」のもの (大気) を内に引き寄せるのが「入」です。出と入がぶつかり合い、集まり合うところが「中」 (地表) です。地球の表層を覆うところの土が中気と言えます。集まり合う働きが固摂です。地球は、散らばって元の宇宙の塵になろうとする力と、引力によって引き締めようという力が、ちょうど釣り合っているので形を保つことができます。
昇降によって、出入によって、形体が維持できているのがイメージできるでしょうか。これが固摂です。内臓下垂は、昇降の「昇」がうまく行かないことによって起こる病態です。その原因は中気の失調です。中気とは脾胃のことです。
やはり脾胃を整えることが重要なんですね。
脾は升を主る,
胃は降を主る,
自覚にのぼらない内臓下垂
脱肛・子宮脱などは、すべて患者さんの自覚にのぼるものですが、自覚にのぼらない内臓下垂も多いと思います。例えば、横行結腸だと思うのですが、これがヘソの下に下がっている人は非常に多いです。これがヘソの上に上がってくると、「すごく調子がいい」という声が聞かれます。しかし、ここまで良くなるには相当な時間がかかります。軽微な内臓下垂と言えます。
横行結腸がヘソの上にあるかないかの一事は非常に大きな意味があります。こういう腹診は聞いたことがありませんが、重要な所見として明記すべきだと思います。この腹診は、高値のK-係数が期待できます。つまり誰が診察しても同じ所見が得られやすい、ということです。そして、その意味づけは「自覚にのぼらない気虚を洞察する」ということです。
気陥証に関して、これは中医学では触れていない部分です。
自覚にのぼらない気虚
中医学の教科書的には、内臓下垂は気虚症状を伴うことになっていますが、前出の軽微な内臓下垂を含め、臨床的には必ずしもそうではありません。むしろ、「火事場の馬鹿力」的な空元気を出している人が多いと思います。この辺は、もしかしたら昔の生活環境と、現代社会のストレス社会との違いが出ているのかな、とも思います。つまり、気虚はあっても気虚症状がないことがあるのです。
疏泄太過って何だろう をご参考に。
昔の人は貧しく、肉体労働の機会も多かったですが、気持ちは現代人よりは落ち着いていたと思います。現代社会で生きる我々は、興奮環境のど真ん中で暮らしている、といってもいい。視覚的・味覚的な刺激は特に強いですね。動画・美食…。昔の人が見れば、面白くて面白くて、美味しくて美味しくて仕方のないものが、日常的になっています。我々は知らぬ間に興奮状態になっているのです。
「興奮なんかしてない!」という人が、いちばん興奮しています。
興奮はつらさを見えなくします。
これは、症状が隠れて素直に出ない環境でもあります。
気虚はあるにはあるが、症状が隠れてしまっている。隠れていて「時々」は出てくるのですが、その「時々」のタイミングは人それぞれです。ちょっと調子よく動いていたと思ったら しんどくなる…を繰り返す人もいます。長年ずっと調子よく動いていて、ある日突然病魔に襲われ動けなくなり、そのままの人もいます。
罷極とは… 疲労って何だろう をご参考に。
気虚はほとんどの人が見えないどこかに隠し持っている…と思っておけばいいでしょう。
そこに段差があるかもしれない…と常に思っている人は、まずつまずきません。段差なんてあるもんか! と思っている人は、下を見ないで歩くのでつまずきやすくなります。
参考文献:中国中医研究院「証候鑑別診断学」人民衛生出版社1995