誤嚥→嘔吐

病歴

76才。男性。

糖尿病。6年前から食前にインスリンを注射している。
当院にて、1年半前から週に1~2回のペースで治療中。治療開始後からA1cの値が良好になる。通院9か月目で、病院の指示によりインスリンの量を減らし、それから7か月後に再びインスリンの量を減らす。通院前の量を10とすると現在は6。

持病の腰痛は通院中に消失している。

症状

初春。

昨日、夕ご飯中に咳き込み吐いた。また少し食べるが、やはり咳き込み食べた分また吐く。それを繰り返し、結局食べられない。食事前にインスリンを打っているため、低血糖におちいる。顔色が悪くなり、冷や汗をかき、起きていられない。しばらく横になっていると回復はしたが、食事はとれぬまま就寝。

翌日、朝ご飯を食べるとやはり咳き込み、吐いて食事がおさまらない。インスリンは打っていなかったので低血糖にはなっていない。
「病院に行くか?」という家族の問いに、「いや、鍼の先生のところに行く。」
そのまま、急きょ来院。

昨日の昼を最後に食べていないが、その割には元気である。
気持ち悪さなし。誤嚥・嘔吐以外の症状は何もなし。
食べ物がおさまらない原因として思い当たる節が全くない、とのこと。
原因は何なのか。

望診

会陰から百会にかけての伏衝脈に流れがあるのを確認、診察を始める。≫患者の体が出す「診察しても良い」というサインを術者は見抜けなければならない。これが分からないと正しい診断とはならない。
天突に反応。表証があると断定。≫おそらくこれをとれば嘔吐は止む。

脈診

左が浮位、右が中位。≫深浅という陰陽のの境界に問題。
幅は中等度あり。≫補中の瀉が必要。

腹診

左右の不容に寒邪。≫表証は寒邪が中心、つまり表寒であることを示す。
左右の章門の邪の絶対量が同等。≫左右という陰陽の境界に問題。

空間診

百会に手をかざす。百会後ろに反応。≫督脈上の穴処に反応がある可能性。

選穴

天突・不容の反応から表寒証があると診断できる。脈の深浅、章門の左右の2つで境界に問題があるので、督脈あるいは任脈に選穴が絞られる。百会の反応から督脈に絞る。表寒があることから身柱穴・肺兪穴の周辺穴処が有力候補となる。手をかざすと身柱穴に生きた穴処の反応があるので、身柱穴を治療穴として確定する。

治療

身柱穴に2番鍼をかざし補法。穴処が実の反応になったところで2mm刺鍼して邪にあて瀉法。4分置鍼後、穴処を押えない瀉法の手技で抜鍼。その後、15分休憩後、治療を終える。

指導

今日の入浴は禁止する。本日中の冷たい飲食の摂取を禁止する。今日の無用の外出や運動を禁止する。≫カゼで寒気があり熱がある時と同じ養生である。

効果

帰宅後、昼食をとる。ご飯を普通に食べたが誤嚥も嘔吐もせず。夕食はすき焼きをリクエストししたが誤嚥・嘔吐しなかった。

考察

「これはカゼですね。」
「え?カゼ?…そういえば昨日、風が強うて寒いと思った。ああそうですか、カゼですか。」
「はい。これからそのカゼを取る治療をやりますね。」

たしかに、誤嚥・嘔吐以外の症状が何もないので、カゼとは意外だっただろう。

なぜ、カゼで嘔吐するのだろうか。
「嘔吐…東洋医学から見た6つの原因と治療法」の「1.外邪犯胃」、また「大雪…表証への工夫」に詳しくご説明したので、それをご参考に。本症例は表寒虚と表寒実の虚実錯雑と診断した。

東洋医学では、気候の変動が体に悪影響を与えることを、古くから見抜いていた。その変動を外邪と名付けた。またそれには様々な種類があると分析し、風邪・寒邪・暑邪・湿邪・燥邪と名付け、それぞれが持つ個性的な特徴を、3000年かけてまとめ上げてきた。

外邪って何だろう」をご参考に。

気候と体とは密接な関係がある。難病や奇病も気候変動の影響を色濃く受けている場合があり、ぼくはこれが思った以上の割合を占めていると考えている。切り込み口は一つでも多い方がいいのだ。ノドの筋肉を鍛える以外にも、もっと広い視野がある。

東洋医学では、外邪が侵入すると、悪寒・頭項の強ばりや痛み・脈が浮く…などの症状が出るとされるが、本症例ではそれは何一つなかった。東洋医学はまだ発展過程にあって、無症状の表証が認められた本症例は、この医学をさらに高みに持ち上げるための問題提起でもある。

4日後、ご来院になったが、「一発で効いたで!」と挨拶もそこそこに喜んで治療室に入ってこられた。理論と実際の一致である。

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