跗と大指之間

重廣補註黃帝內經素問

「跗」という概念を学ぶ理由は、衝脈と大きく関わるからです。

衝脈は、 “五藏六府之海” 《霊枢・逆順肥痩38》であり、 “十二經之海” 《霊枢・動輸62》でもあります。人体生命を大きくひとまとめにして捉える時、衝脈がもっとも大切な概念となります。

夫衝脉者.五藏六府之海也.五藏六府皆稟焉.
其上者.出於頏顙.滲諸陽.潅諸精.
其下者.注少陰之大絡.出於氣街.循陰股内廉.入膕中.伏行骭骨 (脛骨) 内.
下至内踝之後.屬而別.
其下者.並於少陰之經.滲三陰.
其前者.伏行出屬下.循跗入大指間.滲諸絡而温肌肉.
《霊枢・逆順肥痩38》

衝脉者.十二經之海也.與少陰之大絡.起於腎.下.出於氣街.循陰股内廉.邪入膕中.循脛骨内廉.並少陰之經.下入内踝之後.入足下.
其別者.邪入踝.出屬跗上.入大指之間.注諸絡.以温足脛.此脉之常動者也.
《霊枢・動輸62》

「跗」と「大指之間」については色々な説がありますが、原典をくわしく見ながら考えます。

▶跗とは

趺陽脈浮而濇.浮則胃気強.…《傷寒論》
胃瘧者.…瘧發身方熱.刺跗上動脉.《素問・刺瘧36》

「跗」「跗上」は、足の甲のことです。

ここには動脈の拍動が観察されます。この動脈を「趺陽脈」あるいは「跗上動脈」といいます。診断点や治療点として用いられる重要箇所です。

▶大指の間とは

“大指之間” とはどこでしょう。

行間.足大指間也.《霊枢・本輸02》

《霊枢・本輸02》では、 “大指之間” に行間穴があると言っています。、第一趾と第二趾の間です。

三脉動於足大指之間.必審其實虚.… 其動也.陽明在上.厥陰在中.少陰在下.
《霊枢・終始09》

ところが《霊枢・終始09》では、「大指之間」のなかに「跗上動脈」があるという表現をしています。しかもその「大指之間」に動ずる脈気は、浅部 (足背) は陽明であり、中部は厥陰であり、深部 (足底) は少陰であると言っています。主要な脈気の集まる場所なのです。

つまり、足の甲と足の裏と、その中間にある深層組織まで、すべて “大指之間” であり、足背動脈という概念を超越した「巨大な脈気」があるということです。

▶「跗」と「大指の間」

このあたりから、
・「大指之間」と「跗」とは同じ意味で用いられる場合がある。
・「跗」は、足の甲全体 (指を除く) を指して用いられる場合がある。これが一般的。
・「跗」は動脈拍動部に限局して用いられる場合がある。「跗上動脈」を略した用い方。
・「大指之間」は行間穴寄りを指して用いられる場合がある。
・「大指之間」は「跗上動脈」も含めた範囲を言う場合がある。
ということが言えそうです。

ひっくるめて言えば、 “大指之間” と “跗” は、広義においては同一の概念であり、足背から足底までの大きく立体的な部分をいう… と言えます。

其別者.邪入踝.出屬跗上.入大指之間.注諸絡.以温足脛.此脉之常動者也.
《霊枢・動輸62》

そして本題である衝脈です。冒頭の《霊枢・逆順肥痩38》《霊枢・動輸62》を見ると、衝脈は明らかに「大指之間」および「跗上動脈」に入っています。一体どこに流注しているのか。そしてそれはどんな意味を持つのか。

解剖学的な場所ではなく、「意義」が大切です。

▶脈気のハブ空港

・肝足厥陰之脉.起於大指叢毛之際.上循足跗上廉.
・胃足陽明之脉.… 其支者.起於胃口.…下足跗.入中指内間.其支者.下廉三寸而別.下入中指外間.其支者.別跗上.入大指間.出其端.
・膽足少陽之脉.…下出外踝之前.循足跗上.入小指次指之間.其支者.別跗上.入大指之間.循大指岐骨内.出其端.還貫爪甲.出三毛.
《霊枢・經脉10》

《霊枢・經脉10》によると “大指之間” は、肝経はもちろん、胃経・胆経も入ります。

・足陽明.下行至跗上.注大指間.與 (足) 太陰合.
・足少陽.下行至跗上.復從跗注大指間.合足厥陰.
《霊枢・營氣16》

《霊枢・營氣16》を見ると、脾経や胆経が “跗上” “大指之間” で絡み合っていることが、もっとよくわかります。

・腎足少陰之脉.起於小指之下.邪走足心.《霊枢・經脉10》
・膀胱足太陽之脉.起於目内眥.…至小指外側.《霊枢・經脉10》
・足太陽.循脊下尻.下行注小指之端.循足心.注足少陰.上行注腎.《霊枢・營氣16》

また、足の小指から湧泉穴に向かう流れがあり、先出の《霊枢・終始09》に従い、足底も「跗」の一部と考えるならば、膀胱経も腎経も足底側で「大指之間」とつながっています。

このように “跗上” は、肝経・腎経・脾経・胃経・胆経が経由し、腎経・膀胱経も深く関わる要所です。下肢の脈気における「ハブ空港」ともいえるものです。

▶公孫

まとめます。

《霊枢・終始09》が最も参考になります。「大指之間」「跗上動脈」とは場所の特定に必要な単語というのみで、要はこの辺りに「非常に大きな脈気」が立体的に存在する… ということが分かればそれでいいと思います。

臨床的には、衝陽と湧泉を両手で包み込むようにして触診します。このとき、衝陽・湧泉、そしてその中間にある気を伺います。治療前はこの三つがバラバラで偏りがありますが、正しく治療すると三つが一体となって推進力を持ちます。治療がどの程度効いているかを察することができます。それを察することは、脈診でも腹診でも背候診でも気色診でもできますが、「足跗診」 (造語) なるものもそこに付け加える事ができるほど、重要な場所です。

公孫は、この大きな立体的脈気に直接アプローチできるポイントと言えるかもしれません。つまり、衝脈を代表する穴処 (宗穴) たるゆえんです。

公孫の「公」には「衆」という意味があります。「衆」は「众」とも表記し、人人人で人が集まるという意味があります。「孫」は「細」という意味があります。枝のように細分化されて細くなる。だから子々孫々という意味にもなります。

衝脈とは《後編》…字源・字義 で詳しく述べますが、衝脈にはそもそも「十字路」としての働きがあります。人 (脈気) が集まり、そして出立して行く「要所」です。

“跗” は「ハブ空港」です。「公孫」は、そこに直接アプローチする穴処の名として、ふさわしくないでしょうか。

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