18歳。女性。一流大学を目指して猛勉強中。
受験シーズンを前に、9月16日初診。
症状
右顎関節の痛み。
口が開けられないので、スプーンすら口に入らない。
3週間前から痛い。ただし、毎日ではなく、1週間に3〜4日痛い日がある。痛い日は突然くる。その日はずっと口が開けられない。
病因病理
望診で表証 (風寒) を認める。天突の反応である。
表証の他の証候としては、くしゃみ・鼻水が出る。寒がり。左肺兪の虚。
脈診では脈幅なし。陰陽幅が小さいことを示す。
背候診では右脾兪がトップ。毎日塾に通っていて、学校が終わるとそのまま塾に直行、塾が終わるのが午後10時前、親の送迎の車中で10時からの夕食が日常となっている。午後9時を過ぎる夕食はなるべく避けたほうがよいと考えているが、この場合はそうも言っていられないので、食事量を半分にするように指導した。
湿盛によって脾が阻遏され、脾が営気を生み出せず、衛気のガードが弱くなって風寒に襲われたものと弁証した。
風寒で表 (皮膚表面) が閉ざされ、魔法瓶状態になると、中に邪熱がこもる。熱は上に登る性質があるので、頭部で炎症を起こすのである。本症例ではそれがたまたま顎関節であった。寝ている間に噛み締めなどがあり、顎関節に負担がかかっていたのだろう。
https://sinsindoo.com/archives/baby-atopy.html#魔法瓶
「ときに痛みときに痛まない」のは気滞の症状であり、受験勉強もあって肝鬱気滞が強く疑われる。
しかし本症例の場合は、もっとも肝鬱を生み出しているのは脾虚である。
背候診つまり督脈 (膀胱経) の診察は、もっとも大きな根拠となる。
よってここでは「ときに痛みときに痛まない」の原因を、気滞ではなく、風邪と考えた。風邪は風である。気まぐれで定まらないのが特徴である。
病邪としての風寒とともに正気の弱りがある。
正気を補いつつ風寒を除く。
治療
【初診】9/16 百会。3番鍼で5分置鍼。10分休息して治療を終える。
【2診】9/19 百会。3番鍼で5分置鍼。10分休息して治療を終える。
【3診】9/29 関元。2番鍼で5分置鍼。10分休息して治療を終える。
【4診】10/8 百会。3番鍼で5分置鍼。10分休息して治療を終える。
【5診】10/15 百会。3番鍼で5分置鍼。10分休息して治療を終える。
【6診】10/17 百会。3番鍼で5分置鍼。10分休息して治療を終える。
【7診】10/20 百会。3番鍼で5分置鍼。10分休息して治療を終える。
百会あるいは関元の刺鍼は、もっとも生きた反応がある穴処を用いたものであり、正気を補い邪気を瀉すこと、また天突・左肺兪・右脾兪などの反応が消失することを目的として使用し、毎回それらの反応の消失を確認した。
効果
初診以降、顎関節症は一度も出ていない。
7診で略治とする。
10/20は中間テスト。10/23は初の受験日であったが、痛みは出なかった。
考察
使用した穴処は百会・関元であったが、これらはともに奇経に属する。奇経は “深湖” のようなもので、邪気を補うことなく正気のみを補うことができると考えている。というのも、陰陽幅が大きい場合は正気を補えば邪気は少なくなるが、陰陽幅の小さい場合は正気を補うと邪気も一緒に補われてしまう弊がある。
3ヶ月続いた症状が、初診の治療で消えてその後再発しなかったことだけでなく、受験という心身の負担が増大しつつある中で治癒を見たことは、選穴した穴処の有効度が高いことを示唆する。
それにしても、ぼくも経験があるが受験は大変である。顎関節症と言えばまずは肝鬱気滞 (ストレス) がイメージされる。本症例でも、受験が終わるまでは物理的に除くことのできない気滞があるのだ。そんな中で奏効を見たのは、「それ以外の病因」を相手に挑んだからであると思う。
戦況に合わせて采を振る柔軟さである。