口臭、その場で消失

男性。70代。2021年11月30日 9:50

心筋梗塞があり、当院で大幅に改善。その後も週に一度のペースで悪化予防と健康維持のために来院しておられる。

この日も主訴は特になし。

ただし、脈を診ていると鼻から漏れる呼気が異臭を放つ。
口を閉じ、安静にしているのに、ドブくさい匂いがする。
時々、口臭が気になる患者さんだが、今日は特にひどい。

東洋医学的に見たとき、口臭をはじめとした体臭は、ほとんどが「熱」が強いことを意味する。連日の猛暑日で体にも邪熱を生じたか。

この患者さんの心筋梗塞はおもに気滞から生じた邪熱が瘀血を形成し発症したものなので、邪熱をうまく取っておくことは治療の眼目でもある。

ちなみにオナラも含めた強い体臭は癌患者でも見られる。線虫が癌患者の尿の匂い嗅ぎ分けるというが、虫は臭く栄養豊富なものを好む。体臭を甘く見てはならない。

脈診

滑脈。
左が中位。右が沈位。 >> 深浅の境界がぼやけているとみる。

腹診

右不容に邪熱。
左右章門の邪の絶対量が同等。 >> 左右の境界がぼやけていると見る。

舌診

紅舌。薄白苔~薄黄苔。

治療指針

深浅・左右ともに境界が機能していない、邪の性質が熱であるところから、督脈で正気を補い、深浅左右を動かし、邪熱を取る。

治療

霊台に1番鍼をかざして補法、その後2ミリ刺入し4分置鍼。その後、穴処を押えない瀉法の手技で抜鍼。

効果

右不容の邪熱が取れる。口臭が消失。ためしに少し会話し、さりげなく手で空気を呼び込み嗅いでみるが無臭。

考察  (専門家の方へ)

明らかな熱証だが、口渇はないとのこと。連日の猛暑日で熱証が明らかなら、口渇があってもおかしくない。そこで口渇についてこだわって考えてみる。

そもそも、この患者さんは特殊な体質であるとみている。


●冬の寒さが苦手。5月になっても腰にカイロを貼っている。盛夏以外は冬用の布団を使う。若いころから夏でも長袖。
●夏はいくら暑くても平気。クーラーなしで平気で眠れる。
●冬になると動悸が増える。夏は少ない。
●冬になると口渇がある。夏はない。
●黄苔や口臭が出やすい。

●70才半ばで虫歯が一本もない。すべて自前の歯。
●腰や膝を悪くしたことがない。
●骨格ががっちりして肩幅や臀部が大きい。
●食欲はなくなったことがない。
●現在も地域役職を精力的にこなしている。

実熱なのか陽虚なのかよくわからない。もし熱厥ならば、その場合はある程度の腎臓の弱りがあるとみている。腎陰も腎陽も弱いので、熱は内 (陰) に寒は外 (陽) にという構図になりやすい。しかし、ここまで腎臓がしっかりしているというのはどうか。

心神の照らす方向

一ついえることは、非常に気丈な方で信念をもっておられ、地域住民の信頼厚く、動じるということがなくストレスを自覚しておられないということである。ただし、微妙に心神 (太陽) の照らす方向にズレがあるとみている。こういう特殊な方を診ていると、一般の気滞化熱というものがどういうものかがハッキリわかる。例外と通例を比較することで、通例をより深く理解するのである。

ノドの渇きは肺熱

ノドの渇きは肺臓に熱がある時に起こる。肺臓は人体の上部にある。熱は自然現象として上に昇る性質があり、熱があると多く肺に熱が到達する。熱があるとノドが渇くのはそういうカラクリがある。逆に言うと、たとえ熱があっても、何らかの原因で肺に到達しなければノドの渇きはでないことになる。

この患者さんの場合、熱は夏も冬もあるにはあるが、それが肺臓や心臓のある上焦に到達するか否かだろう。夏は到達しないので渇きも動悸も出ない。しかし冬は到達するので渇きも動悸も出やすい。

心神の乱れ、膈のほころび

熱があるのにノドの渇きが出ない理由を知るうえで、膈について考えたい。もともと上焦は膈という上下 (清濁) を分ける境界で守られており、中下焦で起こった邪気は容易に上焦を犯すことができないようになっている。本来、上焦は濁りを寄せ付けない澄み切った状態が正常である。その上焦に乱れが生じ、不純物が入り混じると、上焦が上焦らしくあることができない。これは、膈という境界が機能しなくなったからである。

心神と膈とは密接な関係があり、心神が乱れると膈も機能しなくなる。「こころ」が乱れると、上焦は清浄に、中下焦は重濁に、という仕分けができず、波風が立ってゴチャゴチャになってしまう。つまり、中下焦から上焦に向けて、膈というバリケードを破り、スキマ風が吹いて上焦を濁してしまうのである。

心神のズレと乱れ

通常の肝鬱気滞は心神の乱れを伴う。条達ができないということは心神の照らす方向に誤り (ズレ) があるからで、心神が誤っていると信念がないことがほとんどで、照らす方向は定まらない。こういう状態の心臓だと膈が機能せず、中焦の肝臓 (九椎) ) に起こった熱は、膈上の心臓に飛び火しやすい。もし肺にも移行すれば口渇が起こる。本来、肝鬱気滞・化熱は胸脇苦満のように横に出るのが基本である。一方、上実下虚のように、気滞や邪熱は上に昇りやすい側面もある。緊張が横に出るのではなく、上に起こりやすい場合は、心神の問題が根本にあると思う。

だが、本症例の患者さんは、信念が強いため、照らす方向はズレてはいるが、ズレはズレのまま動じない。こういう心神のありようは非常に例外的であると思う。心神が乱れなければ肝臓の熱は心臓を犯すことはできず、肺にも移行しにくい。腎臓を弱らせることもない。内風も起こりにくい。正気が充実し、上下を分ける境界がよく機能しているともいいかえられるだろう。

心神と腎陽

この心神の光が差す方向の微妙なズレが腎陽を温めきれず、冬の畏寒・動悸などを生んでいると考えている。夏は心神の光がズレていても外気の温かみで腎陽が温められるため、体調に問題が出ない。しかし冬は腎陽が追い付かないため、いかに動揺しない心神をもってしても、腎陰が心神をサポートできないため、心神の一部に乱れが生じる。心臓に熱が移行し動悸しやすくなり、肺臓にも波及する。心神が乱れると内風も生じやすくなり、カゼで寝込むこともある。これなら腎臓が強いのに陽虚があるという説明がつく。

口臭についての報告だったはずが、話が飛んでしまった。

だが、やった効いた、で終わるのではなく、ささいな現象にも目を止め、そこから展開してそれぞれの患者さんの体質について考えをハッキリ持っておくことは、その考察が的を得ているかの問題よりも、やがてこの患者さんに訪れる老化等の体調変化に、的確に対処するための準備として大切だと思っている。

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